進撃の赤い巨人   作:ヤン・デ・レェ

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地下街のコーバ その2

俺が地下街で暮らし始めてから、もう随分になる。長く居座っていると、それだけでも愛称が付けられるようだ。俺の場合はそれがコーバだった。

 

ある日から、皆が俺をコーバと呼び出し、俺も何の違和感もなく受け入れてしまっている。俺にはちゃんとした、名前があるんだがな。ヨシフ・ヴェトーって名前が。

 

そんな調子だが、地下街は誰のお陰か至って平穏そのものだった。だが、正直に言うと今のままじゃァダメだな。

 

このまま平穏過ぎると、結局のところ、目標である『外の世界で日光を目いっぱい浴びる』ことが叶わなくなってしまう。

 

だから、ちょっとした騒動を起こして…いや、そうでなくとも、俺たちが外の世界で光を浴びられるように計らってくれそうな人を探した方が好さそうだな…。

 

生活は相変わらず安定しないし、貧しいうえに辛気臭い。どうしようもねぇと、思ってる連中がうじゃうじゃいる。それも仕方ないことだとは思うがな。

 

やはり、革命が必要なのか?

 

…この話は止そう。止した方が好い気がする。まだ、今のところは、だがな。

 

そう言えば、また新しく子分が出来た。そいつは何と俺やリヴァイと同じ黒髪で、尚且つ東洋人の風貌らしい。

 

東洋人か…懐かしいな。ユミルと一緒になる前は、東洋人にも世話になった。

 

ともかく、志願者は大歓迎だ。この調子で仲間をじゃんじゃん増やしていこう。特に地下街の外のな。

 

 

 

 

 

「嬢ちゃん、アンタと同じ風貌の人間を、俺は他に二人ほど知っているんだが、会ってみないか?」

 

両親を殺した強盗を、音もなく現れて殺した男。私に対して、このケニーと名乗った全身黒尽くめの男は、血の海の中でそう提案した。

 

「ご両親のことは気の毒になぁ…だが、地下街にはこういう連中が、うじゃうじゃいる。俺は特別珍しいことだとは思えねぇんだ。」

 

ナイフを弄びながら、ケニーはニタニタと笑って言った。

 

「だが、考えてみれば俺が尋ねた日にわざわざこんなことが起きたなんて、まるで運命だとは思わないか?」

 

「少し気障ったらしい言葉を借りたが、お前さんは一度、コーバに会った方が好い。コーバとリヴァイに会えば新しい世界の扉が開くはずだ。」

 

「たった一度きりでも十分だ。さぁ、どうする?」

 

私は目の前の事態を正確に飲み込めてはいなかった。

 

両親が殺され、その仇を討つまでもなく仇が殺され、そして今や得体のしれない何者かに勧誘を受けていた。

 

私は忘我のまま、立ち上がり、両親を一瞥してから、このケニーと名乗った男の手を取った。

 

向かう先は地下街らしいが…それは何処にあるのだろう?

 

私には考える時間も、何かを拒むだけの気力も残されていなかった。

 

ケニーのごつごつと硬い手の平の感触を頼りに、私は彼の後をついて彼方此方を回った。

 

回りくどい、周到な経路で、ケニーは地下街とその外を自由に行き来できたのだと、私は後に知った。

 

彼と同志リヴァイが同じ、私と同じアッカーマンの姓を持つことさえも。

 

 

 

 

 

 

王都ミットラスの喧騒に負けないくらい、その日は地下街でも熱狂が渦巻いていた。

 

と言うのも、コーバが地上の祭り用に使われるはずだった資材をちょろまかして、地下街の住人にばら撒いたからだ。

 

住人たちは口々に言った。

 

「コーバ!コーバ!」

 

「コーバ万歳!コーバ万歳!」

 

「コーバこそが地下街の王だ!」

 

だが、この大盛況に水を差す者がいた。警邏中の憲兵隊だ。

 

「地下街の蛆どもめ、今度は何を盗んだ?さぁ、証拠品として金は没収させてもらうぞ?」

 

憲兵たちは地下街にやってきては、時を見計らいコーバとその仲間の活動を邪魔した。

 

だが、そこには何らの政治的な気高い志などなく、純粋に便利な金蔓を見る目しか持ち合わせていなかった。

 

コーバは今回の盛況ぶりに関して、胸を張って言った。後ろにはリヴァイたちも控えていた。

 

「俺たちには貴様らに呉れて遣る貨幣など持ち合わせていない!立ち去れ!早く立ち去れ!この地下街が貴様らの敵になる前に早く!」

 

コーバの言葉は正しかった。地下街の住人は全員が、隅から隅までコーバの味方だった。コーバが地下街で積み重ねた二十年余りの歳月は無駄ではなかった。否、寧ろコーバと言う人間一人こそが、地下街で最も大きな価値を誇る存在だった。

 

「チッ…今に見ていろ、ヨシフ・ヴェトー。お前が向かう先は絞首台だってことをよく覚えておけ!」

 

憲兵たちが捨て台詞を吐いて遁走すると、すぐさま大歓声が上がった。

 

「コーバ!コーバ!コーバ!コーバ!」

 

コーバの呼び声に、ヨシフは大仰に手をゆっくりと振り応えた。

 

ヨシフは文字通り地下街の大人物として、その基礎を盤石なものにしていた。

 

後は動く時を待つのみ…。

 

そんな時だった。ミカサこと、ミカサ・アッカーマンが彼の元に現れたのは。

 

 

 

 

 

 

「初めまして。私はヨシフ・ヴェトー…皆はコーバと呼んでくれている。君もよかったら好きに呼んでくれ」

 

「初めまして…ミカサ、ミカサ・アッカーマンです」

 

第一印象は『美しい人』だった。

 

その一言に尽きる程、そしてそれ以上の表現が思い浮かばないほどに、コーバ…いいえ、ヨシフは美しかった。

 

ケニーに率いられて溝川を渡り、下水を潜り抜け、梯子を上り、綱を渡り、ようやく地下街に入り込んだ。

 

疲労困憊の私の心を一瞬で潤してしまうほど、それは劇的な出会いだと感じた。

 

私は途端に自分の服の匂いが気になり始めた。私は慣れてしまっていたが、それでも実際のところ、酷く臭うハズだった。

 

「ここまで来るのは大変だっただろう…お疲れ様、何か食べ物を探してくるよ」

 

「い、いえ、お気遣いなく…それより、貴方のことを教えて頂いても?」

 

酷く臭うハズの私を、ヨシフは優しく抱きしめると、それから頭を撫でて、次にもてなそうとしてくれた。

 

私は感激していた。両親の死によって、何か酷く達観とも老成ともしていた感覚に、今一度火が点いたような感覚だった。

 

私はヨシフについて知りたくなった。私を救ったケニーをして、自分の飼い主はコーバだと公言する彼について。ヨシフについて、私は知りたかった。

 

ヨシフは「じゃぁ、まずは身綺麗にするところからだな」と言って、側近であるイザベルという少女を紹介してくれた。

 

イザベルの後をついていくと、地下街と言うには明るすぎる場所が現れた。外から見た時は気付かなかったが、角ばったこの建物は大きな屋敷になっているらしい。

 

蝋燭と光る石の二つの光源に照らされながら、私は温かいお湯で体を浄めた。

 

新しい服…まるで軍服のような鼠色の詰襟…に着替えると、待っていたかのようにイザベルが現れた。

 

「お前が新入りのミカサだな?よし、まずは自己紹介からだ。俺はイザベル。コーバの親衛隊のナンバーツーだ!今日からお前の兄貴分になる!」

 

「コーバの親衛隊、ですか?」

 

私の疑問に、イザベルは朗々と答えた。

 

「そうだ、コーバの身の回りの世話から、いざって時の腕っぷしの強さまで兼ね備えているのが、俺たち親衛隊なんだ」

 

「私も、入るんですか?」

 

「コーバのこと、嫌いなのか?」

 

「え?いいえ、そんなことは」

 

「なら親衛隊だ!親衛隊に入って、みっちり扱かれろ!」

 

私は事態の進展についていけていなかった。だが、一つ確かなことはこの場に留まれば、またすぐにあの美しい…美しいヨシフを見ることが出来るということだ。

 

それだけでも、親衛隊とやらに入る余地はあるだろう。

 

私はヨシフについてもっと知りたかった。そしていつか、ケニーに聞いたヨシフの抱える野望を叶えるための力になりたい。

 

殆どヨシフに認められたい一心で、私は灰色の制服に袖を通した。

 

 

 

 

 

 

ミカサは覚えの早い子だった。毎日のように上がってくる親衛隊からの報告書には、日々、ミカサの身体能力が抜群であることを示す数値、文言が記されていた。

 

一種の強調表現を抜きにしても、ミカサはリヴァイ以来の逸材らしい…というか、そもそも俺には親衛隊を組織した記憶が無いのだがそこは…まぁ、おいておく。

 

にしてもミカサは凄い精神力の持ち主だと思う。彼女の悲惨な境遇から考えれば、数週間どころか数年はふさぎ込むものだと思うが…それがほとんど見られないのだから。

 

何か、きっかけになるような劇的な恋や出逢いでもしなければ、両親の死を乗り越えることなどできそうにないと、俺は思うのだが…。

 

この地はおろか、ユミルと一緒にいた時ですら俺には両親が見当たらなかったのだから、両親がいる感覚には共感できない。しかし、孤独の苦痛は誰よりも知っているつもりである。今後、ミカサには出来る限りの気遣いをしようと思った。

 

それにしても、俺の居場所も随分と様変わりしたもんだ。

 

盗みの技術が上がったのか、それとも俺たちの支持者が増えたのかは知らないが、俺の家は魔改築されており、王侯貴族の使うような風呂場まで増築されていた。

 

流石に気が咎めたのだが、リヴァイに聞いても「アンタは自分の格ってもんを考えた方が好い」の一点張りだった。

 

風呂に使う水は地下水を引いてきているらしいが、それだって地下街の住人の協力無くしては実現しなかったはずだ。

 

日々、地下街の隣人に感謝しつつ、週に一度程度のペースで風呂に入るという、この地下街じゃぁ、なんとも贅沢な暮らしをおくらせてもらっている。

 

無論、親衛隊や地下街の連中にも開放している。苦労者たる彼らにも分け前は当然分配されるべきだからな。

 

 

 

 

さて風呂の話は置いておくとして…今日は珍しい訪問者が現れた。

 

鋭い気配を放つケニーに手枷をはめられながら連行されてきたのは、金髪七三わけの男だった。

 

なんでも俺のことを嗅ぎまわっていたらしい。ケニーの御手柄だった。

 

だが、そんな危険人物がまだ元気に息をしている所を見ると、この男には何か持つものがあるらしい。

 

俺は目覚めた時から変わらず住んでいるボロ小屋のテーブルを幹部と、それから今回の主役であり招かれざる客と共に囲んだ。長方形のテーブルで、俺の席はお誕生日席だった。

 

「さぁ、会議を始めようぜ。今回の議題はこのお坊ちゃんの処遇についてだ…どうする?」

 

ケニーの声が嚆矢となり、会議が始まった。

 

俺は影を薄くして彼らに任せていたのだが、何やら「埋めちまえ」とか「自殺に見せかけて」とかとか…物騒な声が聞こえてきた。

 

俺の我慢も色々と限界に達し、会議の席を立つ頃になって、今日の主役が俺に声を掛けた。

 

「初めまして、ドン・ヨシフ=ヴェトー…あるいはコーバとお呼びすべきかな?」

 

「どっちでも構わない。それより用件を聞きたい。地下街に何をしに来た?」

 

「私は貴方の思想に興味がある」

 

「革命にか?」

 

「あぁ、それと貴方の掲げる『解放』の思想についても…」

 

「…話す前に、名前を聞いておこう」

 

「申し遅れた…私の名はエルヴィン・スミス。調査兵団に所属している」

 

「俺はヨシフ・ヴェトー。人は俺をコーバと呼ぶ…エルヴィン、君も好きに呼ぶといい」

 

「さて、革命と解放の件だが…」

 

 

 

 

 

俺はエルヴィンに、どれだけ自分が日光を目いっぱい浴びたいのかを懇切丁寧に語ってやった。大した内容でもないのに、エルヴィンは目を輝かせていた。

 

「なるほど、ようやく理解が追いついたよ。いや、追いつきました。私は是非とも貴方に協力したい」

 

「壁の外の情報から、内の情報まで、調査兵団に所属している身として最大限できることをしよう」

 

壁?なんだそりゃ?とは思ったが、顔には出さなかった。

 

エルヴィンはその日の内に今知り得る壁内と壁外の情報を洗いざらい話してから帰って行った。

 

帰り際、エルヴィンは俺に向かって言った。

 

「私の父が今も存命であるのは貴方のお陰だ…今日分かったよ、心から感謝する」

 

何のことだか皆目見当がつかなかったが、俺は瞼を閉じてそれっぽく頷いておいた。

 

エルヴィンが帰った後で、リヴァイが俺に言った。

 

「コーバ、あの男は参謀役として使える…だが油断は禁物だ。地下街では俺が監視に着く…その間はアンタから離れることになるからな…だからコイツを傍に置いてくれ。俺の次に好く動ける」

 

そう言って、リヴァイは自分の弟子として鍛えたミカサを俺に引き合わせた。

 

「コーバのことは私が守る。だから安心して」

 

リヴァイが去って間もなく、俺の斜め後ろに陣取ったミカサがそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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