進撃の赤い巨人   作:ヤン・デ・レェ

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希望 ケニー&クシェル&リヴァイ

 

 

 

 

 

コーバと最も付き合いが長い同志は誰か?という問いには、明確な答えが存在する。

 

それはケニー・アッカーマンだ。

 

ケニー・アッカーマンとコーバの付き合いは二十年近く、同時に、二人の出会いから革命まで掛かった時間も、同様に二十年近かった。

 

ケニーがコーバに出会うきっかけは、ケニーがコーバの財布を掏ったことだった。

 

 

 

 

 

 

それは地下街から何年も離れて、地上で王族のウーリ・レイスと出会い、中央第一憲兵として働き始めたばかりの頃だった。

 

手癖の悪さから、やけに隙の有る男を見つけて、やけに重たい財布を掏った。そして、ホクホク顔で妹のクシェルに会いに行くと、そこでケニーは肌艶の好い妹と、瘦せ細って困り顔のコーバと再会した。

 

ついさっき自分が財布を掏った男が、どうしてこんなところに…。

 

コーバに遭ったケニーは、どうして久方ぶりに会う自分の妹の家に、自分が掏った財布の持ち主が居るのか理解できなかった。

 

だが、その答えはコーバの一言で理解できてしまうものだった。

 

「なんだ、君が盗ってくれたのか…それなら、好かった。兄である君なら、間違った使い方はしないだろう?」

 

要するに、コーバは妹の客だったのだ…と、ケニーはその場で中途半端な理解を済ませると、顎で「出て行け」とコーバに示した。

 

「あぁ、出て行くとも…クシェル、お大事にね…リヴァイにも宜しく言っておいてくれ」

 

コーバはそう言うと、「お金は好いから」と自分を引き留めようとするクシェルに、隠しにしまっておいた持ち合わせを全て渡してから、足早にケニー達の元を去ってしまった。

 

男が去るなり突然泣き出した妹と、見覚えのない目つきの悪い子供からの敵愾心の籠った視線を受けて、ケニーは困惑した。

 

何が起こったんだ、一体。ケニーは化かされたような気分だったが、その直ぐあとで、生まれて初めて妹に頬を叩かれて、我に返った。

 

「見損なったわ!兄さん!盗ってはいけないヒトから、物を盗むだなんて!」

 

「物を盗るのに好いも悪いもあるかよ…まぁ、元気そうでなによりだ…それで、そのガキは?」

 

ケニーは盗みの話はさっさと忘れて、健康そうな妹との再会を喜び、それから妹の子供であろう…鋭い目つきのガキのことについて知りたかった。

 

「ほら、土産もあるんだ」

 

そう言ってケニーが、重たい財布をクシェルに投げて寄越すと、いよいよクシェルは怒髪天を衝く勢いで兄に詰め寄った。

 

「まだ分からないの?兄さんに会えたことは嬉しいわ。けれど、今すぐ出て行って!自力で理解できるまで、家には上げないわ!私たちが今日この日まで何をして生きて来れたのかッ!」

 

「おいおい、そんなに怒らなくたっていいだろう?ガキの時分にゃ、盗んだ金で食わせてやっただろうに」

 

ケニーの言葉に嘘はなかった。その身にアッカーマンの姓を背負った所為で、生れ落ちてこの方、壁内にもそして地下街でさえ居場所が無かった。

 

社会的にも経済的にも苦境に置かれて、ケニーは盗みと殺しで食い繋ぎ、妹のクシェルはオランピアと名乗り娼婦として身を売ることを選んだ。それぞれの道が分かたれて何年と経って、誇れるような仕事が出来て妹に会いに行けば頬を打たれて、土産…金…まで持参したというのに散々な歓迎ぶりだったことに納得がいかず、ケニーは理解に苦しんだ。

 

妹からの軽蔑の視線と、叩かれた頬の痛みにも、ケニーが腹を立てることは無かったが、一向に納得がいかない様子の兄に、クシェルの方が先に痺れを切らした。

 

クシェルはまだ名も教えていない子供を胸に抱き上げると、子供の前であるというのに、がなり立てた。

 

「あのヒトに謝ってきて!それから盗んだものを全て返してきて!そのお金を私は受け取れないし、受け取る気もないわ!全てが済んで、あのヒトに許してもらってきて…全てはそれからよ。でないと、この子の名前すら兄さんに教えられないわ。そんなこと、恥ずかしくてできないわ!」

 

「お、おい!何も名前くらい教えてくれたって好いだろう?」

 

「ダメよ、逃げないで…今ここで逃げたら、もう兄さんとも呼ばないわ!金輪際、敷居は跨がせませんからね?」

 

「おい!クシェル!どういうことなんだ!おい!」

 

「さぁ、早くあのヒトに謝ってきて!私が兄さんを拳で殴る前に!」

 

バタムッ!と建付けの悪い扉が乱暴に閉じられた。

 

余りの剣幕に後退るうちに、家から閉め出されたケニーは、確かにクシェルの兄貴だった。妹には弱い。

 

ただ、同時に屈折した自尊心を、ウーリとの出会いと彼への仕官を通じて胸に抱いてしまったケニーに、名前も知らない男…おまけに妹を買っていた客…にタダで頭を下げてやるというのは、中々に…それこそ敷居の高い行為だった。

 

新しい世界が見えた!と、アッカーマン家迫害の真実を知った時の様に、ウーリ・レイスという貴種から認められたことで愕然として、夜から目覚めた思いだったケニーは、妹の懇願を素直に受け入れられず、かと言って拒めずに、暫く家の前で立ち尽くしてしまった。

 

ぼんやりと景色が弛緩して来る頃、ようやく我を取り戻したケニーは、もう一度妹の家のドアを叩いた。

 

少々乱暴な、ドンドンという音が響き、更に少し時間が経ってから、ガチャリとドアが小さく開いた。

 

「なぁ、クシェル…えぇっと、悪かった…それで…あぁ、あの男についてなんだが…」

 

名前も知らないが、その隠せない美貌と、やけに痩せていて、だのに重たい財布を引っ提げて、おまけに地下街で生きるには隙が多すぎる…個性のある男だった。沈殿しようもない要素ばかりで、地下街で育ったケニーならば、探せば直ぐに見つかるだろう…そんな輩だった。

 

だが、ケニーはどうしても、きっかけが欲しかったみたいだ。男を探すだけの、理由が欲しかったようだ。

 

そのことに、妹であるクシェルは気付かないハズもなく。

 

少したっぷりとした頬の…太っちょな、地下街で育ったにしては肥え過ぎている子供をドア越しにちらつかせた。

 

「この子の名前が知りたい?」

 

「あぁ、そりゃぁ勿論!妹のガキだ!他所のガキより万倍もな!」

 

「なら、娼館長に会ってきて…そこに行くことね」

 

「なんだよ、あの爺まだ生きてたのか?」

 

「えぇ、今も元気よ。私も、他の仲間も、皆、誰かさんのお陰でね」

 

「…なぁ、名前だけ教えてくれないか?」

 

「ダメ!早く行ってきて!この子も怒ってるわよ?」

 

「……わかった…」

 

ケニーは手に入れたきっかけを放り捨てたかったが、妹の強情さに加えて、妹を娼婦として引き取った人間がまだ存命であることに驚きを感じて、結局、件の娼館長に会いに行くことを決めた。

 

 

 

 

 

 

 

果たして、娼館長は矍鑠としていて、見事なまでに健康そうだった。

 

「おい!爺!話がある!」

 

「ケニーか…何年ぶりだろうなぁ…その調子じゃあ、また厄介ごとか?」

 

「男を探してる!痩せぎすの男だ!黒髪で、眼は緑と橙が混ざったような…」

 

「ケニー!お前、まさかコーバから盗ったんじゃないだろうな!?」

 

『コーバ』

 

男の名前が分かったぞと、強気になったケニーだったが、文字通り先の曲がらぬ杖で打たれかけて、勇み足でその場から避けた。

 

「おい爺!いきなり何しやがる!」

 

「そりゃコッチの台詞だ!!ケニー!この手癖の悪い奴め!」

 

「おいおい、クシェルと言い、アンタと言い…そのコーバって奴ぁ、一体てめえらの何だってんだ!?」

 

ケニーはいよいよ苛ついて、懐から抜いたナイフを弄びながら、娼館長に脅しをかけた。

 

「はん!ケニー坊や、てめぇらの何なんだとは結構なことだ!儂はいつ死んでも可笑しくなかったが、今日までこうして生きてこられたのも、お前の妹が元気にしてるのも、全部全部コーバのお陰だ!殺したければ殺せばいいだろう?だがその時は、お前は二度と地下街に帰れなくなる時だと思え!」

 

脅しかけた、が娼館長は全く怯まなかった。

 

怯えを見せない娼館長の…まるで地上で暮らす立派な人間のするような毅然とした態度に、ケニーの方が怯んだ。

 

「なぁ、おい、一体そいつは何者なんだ?コーバってのが、奴の名前なら、一体全体なんなんだ?ゴロツキの頭領か?」

 

「違うが、合ってる」

 

「じゃあなんだ、何かの元締めか?」

 

「それも違うが…合ってる」

 

「どういうことだッ!?てめぇ…俺を馬鹿にしてるのかッ!?」

 

「違うが、合ってる…」

 

「…何だってんだ、奴は、コーバってのは何者なんだ」

 

「…地下街の太陽さ、地下街の希望だ」

 

「いきなりなんだよ、詩人にでもなったってのか?」

 

「…納得が行かないなら、ウチの連中にも、他所の…そこらをほっつき歩いてる破落戸にでも聞いてみたらどうだ?」

 

「なんて聞けば好い?」

 

「やったことを正直に言えばいいだろう?私はコーバから物を盗みました、とな」

 

厄介ごとが避けられなさそうな言葉に、ケニーは一転して、コーバと言う男への興味をそそられた。この段になって初めて、ケニーは一人の人間として、何者かとしてコーバの存在を認めた。

 

「…一つ教えてくれ、本当の本当に、奴は何者なんだ」

 

ケニーは真剣な表情を浮かべて、娼館長に問うた。

 

娼館長は椅子に腰かけると、ケニーの瞳を真っ直ぐに見つめながら答えた。

 

「コーバはうちの女誑し(Pimp)さ。」

 

女誑し(Pimp)って…客引きのことだろう?ふざけてるのか?」

 

「だってその通りなんだ!好いから出て行け!厄が感染る!しっしっ!」

 

それっきり、ケニーは追い出されてしまった。

 

ケニーに理解できたことは多くなかったが、老い先短い老人に『切り裂きケニー』と呼ばれた自身への恐怖を忘れさせるほどの何かが、コーバという人間には宿されていることだけは理解できた。

 

理解できたケニーは、今度こそ真面目に、コーバという男を探し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

コーバは、案の定、直ぐに見つかった。

 

娼館長に追い払われてから、一時間と経っていなかった。

 

だが、まだこの段階になっても頭を下げる納得も、勇気も湧いてこなかったケニーは、コーバの後を追い、彼の私生活を覗き見ることにした。

 

コーバを最初に見かけた場所は、クシェルの住む家からそう遠くない、別の娼館だった。

 

「野郎…本当に客引き(Pimp)をやってやがる…」

 

ケニーの言葉通り、コーバと言う男は客引きをやっていた。

 

「おいおい、どういうこったぁ…これは?」

 

ケニーが理解しかねている間にも、コーバは客引きとして働いていた。

 

するとどうだろう?ケニーの眼にも、少しずつコーバの異常性が浮き彫りになって来たのである。

 

まず初めに見えてきたのは、コーバが声を掛けると、その『客』は必ず娼館へ足を運ぶということだった。

 

「おいおい、いよいよ怪しくなってきたぞ」

 

そして、次に分かったことは、『客』は『地上』で暮らすような、金を持つ者ばかりだということだ。

 

「『金』を持ってる客だけを、娼館に呼び込んでるってことかぁ?だが、それだけじゃあ何も客引き以上の何かじゃァ納得できねぇ…」

 

ケニーの疑問が膨らんでくる頃、コーバという男は新しい表情をケニーに見せた。

 

「なんだ、今度は自分の客をとってやがる…男娼も兼ねてるってことかぁ?」

 

ケニーの言葉通り、コーバは男娼としても働いていた。

 

一日中、ケニーはコーバの暮らしを見守っていた。

 

そうして、ようやくわかったことがある。

 

コーバと言う男は娼館を支えるような、太い金蔓を次々に呼び込むような客引きだが、同時に、身形の好い連中…憲兵や貴族…でさえも、地上からわざわざ足を運んでくる程の人気ぶりの男娼としても働いている、ということだった。

 

夜、視ているこっちがクタクタになるほど働いたコーバは、そこから更に新しい表情をケニーに見せた。

 

「なんだってんだ!娼館の次は破落戸の頭領で、その次は密造酒の醸造所の元締めで、その次はまた男娼か!貴族に憲兵に商人に医者に軍人に…ホモ野郎から貴族の令嬢まで…おいおいおい、冗談だろう!?」

 

朝日が地上で昇る頃になっても、コーバと言う男は休まなかった。眠らなかった。食事さえ摂っていなかった。

 

「何時になったら奴は寝るんだ?何時になったら奴は飯を食うんだ?何時になったら奴は家に帰るんだ?本当に地下街の住人なのか?地上に持ち家があって出稼ぎに来ているのか?」

 

ケニーの方が音を上げてしまいそうだった。

 

だが、そこは意地で、ケニーも踏みとどまった。

 

建物の影、カフェやバーのテラス、裏路地…ありとあらゆるところからコーバを観察し尽くしたケニーを、最後に待っていたのは…

 

「おい、どうして奴は財布を持ってコッチに向かって来るんだぁ?」

 

「待たせたな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

一日中、眠りもせず、食いもせず、休みもせず…コーバは働きっぱなしだった。そして、受け取るものも受け取らず、自分の稼ぎは自分で自分の身を売り稼いだ分だけ。

 

客は他の娼婦に譲り、若い破落戸を束ねて飯を食わせ、醸造所の利益は全て部下と地下街の物乞いに配り、病気の娼婦に薬を買って渡し、物乞いを見つけては笑いかけて食い物を手渡した。

 

ケニー・アッカーマンは、娼婦たち、破落戸たち、密造酒の作り手たち、物乞いたち…彼ら全員が明るい笑顔を漏らしていたことに、気づかざるを得なかった。

 

「地下街の太陽」

 

「地下街の希望」

 

そう言った言葉が、確かに嘘ではないことを、ケニーは理解せずにはいられなかった。

 

そして、男が一日中働いて、それこそ莫大な額を稼いで…その殆どを他人に譲り渡した後で…最後に手元に残った金を携えて向かった先へと…もう、隠れることも忘れて、コーバの後を追い向かった。

 

果たして、辿り着いた先は、ケニーが地下街で唯一心を寄せる場所だった。

 

「クシェル…」

 

早朝。妹のクシェルの家に、辿り着いた男は、その重たい…全体から見れば雀の涙ほどもない…財布を、その妹にポンと手渡していた。

 

少しも惜しむ様子はなく、地下街で暮らすには十分過ぎる額だった。丁度、子供を一人、満足に養えるくらいだった。

 

そして、クシェルの子供を…ケニーが名前を知りたかったその子供を抱き上げて、心底幸せそうに頬を摺り寄せていた。

 

名も知らぬ子をあやしてから、一向に受け取ろうとしないクシェルに財布を押し付けて、男は家を後にした。

 

そして、ケニーがコーバを最初に見た娼館へと向かう途中で、ポケットの隠しから取り出した金で僅かな食糧を買い、口に運んでいた。

 

「…隠しの金は、自分の飯を買う分か…」

 

僅かに仮眠をとってから、コーバの一日がまた始まった。最初に娼館の客引き、次に破落戸の頭領、次に密造酒の醸造所の元締め、次にまた娼館で客引き、次は男娼をして…最後に、また妹の家に辿り着いた。

 

僅かな食糧を買って口に運び、道を歩いていれば、誰が言うでもなくパン屋からパンを、八百屋から野菜を、肉屋からは干し肉を…それぞれ押し付けられては渋々受け取り、全てを物乞いや病気で働けない地下街の…ケニーでさえ顧みてこなかった連中に譲り渡していた。

 

ケニーは三日目、食べるものも食べず、寝るものも寝ず、休むものも休まず…コーバの後を追い、彼の暮らしを見つめ続けた。

 

どうしても、納得したくなかった。

 

「王に救えない者を、どうしてお前は救えるんだ?癒せるんだ?笑顔にできるんだ?」

 

「俺と、俺とお前で、一体何が違うんだ?」

 

ケニーはどうしても認めたくない一心で、やつれるまで、コーバの生活を追い続けた。

 

そして三日目を明けて、四日目の早朝での出来事だった。朦朧とする意識の中、ずっと見つめ続けた男の姿が、どんどんと大きくなっていくではないか。

 

視界の隅から中央へと、自分のことを真っ直ぐに見据えて、コーバはケニーの元まで歩いて来た。

 

そして、「またせたな!」と言うと、地面に袋に詰めた余分に買ったパンと、それから膨らんだ財布を置いて、自分はさっさと歩いて行ってしまった。

 

「おい…待てよ、財布を落としてるぜ、パンだって…お前が食えよ!なんで!おい、おい!」

 

そして、ケニーは漸く…この時初めて、彼の名を呼んだ。

 

「コーバ!待ってくれ、俺が、俺が悪かった…もう許してくれ!耐えられない…もうッ!」

 

「有難う!もう十分に分かった!理解したよ!ありがとう!妹とそのガキを、養ってくれたんだよな!なぁ、そうなんだろう?」

 

「なぁ、頼むよ…もう、休め、パンもアンタが食ってくれ!頼むよ、もう…もう、俺には耐えられねぇ…」

 

低く這う靄の中で、街路の真ん中でケニーがコーバに縋りついた。縋って、頼み込んだ。

 

「アンタ、知ってたんだろう?なんでとか、どうやってとか…もうそんなことはどうでもいい!」

 

「俺をアンタの好きにしてくれ!もう、どうすれば償えるのか、俺には分からねぇ!俺は知らねぇんだよぉ!」

 

「一思いに殴ってくれ!蹴ってくれ!ナイフならここにある、さぁ、いっそ殺してくれ!俺は、アンタになら殺されてもいい!」

 

「なぁ、何で…何で何もしねぇんだよッ!」

 

「ナイフで刺してくれ!斬ってくれよぉ!」

 

ケニーは号哭していた。地下街の住民の眼が自然と自分を貫いていた。誰も、自分を小ばかにする様な瞳じゃなかったのが、そのことだけが不思議で、どうしようもなく現実だった。

 

「俺はぁ、人殺しなんだよ…アンタに、アンタにどうやったら許してもらえるってんだ…こんなに、汚れちまってるッてのに!!」

 

痩せ細ったコーバは、しかし、確かにケニーの目の前に立っていて、ケニーの瞳を真っ直ぐに見つめていた。

 

コーバはゆっくりと、口を開いた。

 

「リヴァイって言うんだ」

 

「……へ…へ?」

 

「リヴァイ、それがあの子の名前だ」

 

「あの、子…って、クシェルの?」

 

「あぁ、そうだ」

 

「アンタの、子か?」

 

「違うな…俺は君の妹に、あの子に手を出していないからね」

 

「へへッ…悪い冗談だッ!」

 

「……」

 

「本当、なんだな…アッハッハッハッ!!も、もう理解したぜ!アンタぁ、アンタ、相当バカだろう!」

 

「そう、思うか?」

 

「あぁ、思う…でも、死ぬほどカッコいいバカだよッ…ッふ…ふぅぅ…」

 

「俺はヨシフ・ヴェトーって言うんだ」

 

「コーバってのは、愛称だったのか?」

 

「あぁ、皆そう呼んでくれるが…俺が自分で名付けたのはコッチだ」

 

「へへ、コーバに、ヨシフね……」

 

「ケニー」

 

「なんだよ」

 

「クシェルの元に帰れ」

 

「…いきなり何言ってやがる?」

 

「俺は『解放』されたがりで、尚且つしたがりなんだ」

 

「どういうことだ?」

 

「俺には、お前がどうしようもなく『解放』されたくて仕方ない、そういう風に見えるんだよ」

 

「……」

 

「殺しも、盗みも、辞めちまえ…俺が金を払ってやる。それで、お前が自由になれるなら『解放』されるなら」

 

「……」

 

「クシェルの育児を手伝ってやれよ」

 

「……ッ…」

 

「家に帰れよ、お前ひとりの居場所くらいなら、俺が作ってやれるからさ」

 

「なぁ…」

 

「…ん?どうした?」

 

「俺は、アンタに仕えたい」

 

「……それで『解放』されるのか?自由になれるのか?」

 

「俺は、『解放』される…ここでアンタに頭を下げなきゃ、じゃなきゃ、自由にはなれねぇッ!」

 

ケニーは改めて、コーバに深く頭を下げた。コーバは、そんなケニーを温かい目で見つめ、それから言った。

 

「ケニー、君の好きにするといい。俺も好きにする。俺は革命家だからな。寒くても暑くても、誰よりも先に、前に進むだけだ」

 

「かくめいか…革命…ふふッ…物騒だなぁ…だが、気に入ったぜ」

 

「そうか、なら結構…どうする?今日も財布持ってくか?」

 

「いいや、遠慮しとくよ…それと、困ったことがあったら何でも言ってくれ。俺はアンタに尽くすと決めた」

 

ケニーは大通りで、堂々と跪くと、帽子を脱ぎ胸に…それから、ゆっくりと時間を懸けて、コーバへ向けて深く深く首を垂れた。

 

私は誓う( Ich schwöre)…」

 

地下街の、創られた静謐の中で、ケニーはコーバへと、自由と『解放』へと、そして癒しと救いとに忠誠を誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この日からケニーの運命は、未来は大きく変わった。

 

ケニーは誰よりも早く、コーバに忠誠宣誓を果たし、文字通り人生を賭けて、自分自身を、コーバを、人類を『解放』するために戦うと、この日、彼の神に懸けて、そしてクシェルとリヴァイに懸けて誓った。

 

ケニーの誓いは凡そ二十年後、革命による政権奪取と言う形で結実する。

 

二十年間、ケニーは王政を欺き、その眼を晦まし、コーバのシンパを育てた。密かに壁内の未来を担い得る者たちを…中央第一憲兵の暗殺対象を…コーバの命に従い生かし、守り、その生存と研究とを隠し通した。

 

コーバへの忠誠を誓ってから二十年が経つ頃…リヴァイ、あの日見た頬っぺたのプクプクとした太っちょの子供は大人になり、精悍な顔つきに鋭い目つきをして、ケニーの隣に立っていた。

 

ケニー同様にコーバへと忠誠を宣誓し、壁内で右に出る者のいない強者として、影に日向にコーバを守り続けていた。

 

そしてケニーがもう「自分も年だな」などと零す頃には、もう壁内には誰一人としてアッカーマンの名を貶すものなどいなくなっていた。

 

寧ろ、誰よりも尊ばれる聖名として、アッカーマン一族の名前は教科書にすら、人類の英雄として、救世主の名として記された。

 

これから生まれる子供たちには、誰にも、想像がつかないだろう。

 

アッカーマンの名が一昔前まで、侮蔑と迫害の対象だったことなど想像もつかないことだろう、とケニーは思った。

 

そう思って、ようやく少し、昔の自分を許してやれる気がした。今の自分を好きでいられる気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

850年。親衛隊本部同様に、主に孤児や捨て子が中心として構成される人民保安部…『コーバと国家の子供たちの家』もまた、今年の卒業生たちを見送り、すっかり空っぽになっていた。彼らの場合は郊外にある官舎や、今や一等地となり、工業化と大都市化が進む地下街の…彼らの故郷へと凱旋している頃だろう。

 

人民保安部総監として、防諜を担いつつ、最早後進を育てる役を担う年になったケニーの顔には、深い皴が、その顔に刻まれた険を解す様に積み重なっていた。

 

後ろ手に手を組んで、ぶらぶらと、人のいない人民保安部の本部の中を歩いていると、カツカツという音が背後から近づいて来た。

 

つい昔の癖で、懐のナイフへと手を…錆びつかない研鑽の日々の中で磨かれた俊敏さで…遣ると、窘めるように、安心させるように声がかかった。

 

「ケニー、今年も終わった…お袋が心配してる、もう今日は帰ろう」

 

「リヴァイか…脅かすなよ、俺は臆病なんだ」

 

「臆病、か…アンタから一番遠い言葉だな」

 

「本当にそう思うか?」

 

「あぁ、そして…今の俺に最も近い言葉だ」

 

「失うことを恐れているんだろう?」

 

「よくご存じで…いや、前言撤回だ、俺もアンタと同じだな」

 

「…あぁ、人間、そういうもんだ…有難いことに、まだ、何も失ってないぜ?」

 

「あぁ、そうだな…今晩は、お袋がコーバとミカサを呼んでるから夕飯時が早い。さぁ、帰ろう」

 

「勿論さ、そうだな、パンでも買って帰ろう。旨いパンを焼くところを知ってるんだ」

 

「どこにあるんだ?そりゃあ」

 

「地下街さ、道すがらな?」

 

「お袋にアンタからも言ってやってくれよ」

 

「へへッ…今や一等地なんだぜ?我が家はよぉ」

 

「俺が地上に家を建てて遣るってのに、一向に聞く耳を持たねぇ」

 

「そりゃあ、コーバの所為だ」

 

「知ってる。俺が生まれる前からそうだ」

 

「ハハハ!!その通りだぜ!なんたって俺も知らなかったんだからな!」

 

「ふんッ!お袋にはそろそろ子離れ、して欲しいもんだ」

 

「そりゃあ無理なお願いだな」

 

「アンタでも、か?」

 

「俺だから、さ!アイツぁ、怒ると俺のことをぶん殴れるタマだぜ?」

 

「…冗談は止せ、昔話だ」

 

「…あぁ、そうさ、昔話が出来るくらいに、俺もお前も、生きて成りましたってこった」

 

「…話は終わりだ。パンを買うなら急げ。あんまり遅いとお袋がうるさい」

 

ケニーとリヴァイは、ここまでの道のりをゆっくりと語りながら帰った。

 

クシェルは夕飯を温め直しながら「リヴァイ!遅かったじゃない」と声を掛けた。

 

リヴァイはと言うと、ケニーと声を合わせて「悪い、パンを買いに行ってた」と素直に頭を下げた。

 

一足先に食卓に着いていたコーバ…ヨシフ…とミカサに、焼き立てのパンを押し付けてから、リヴァイとケニーは揃って手を洗いに洗面所に向かった。

 

狭い家の中の、隅にある洗面所で、ケニーはまだまだリヴァイよりも背が高いことに密かに笑みを零した。

 

「手洗いは基本のき、だ。次に足も洗うぞ」

 

「足は飯を食ってからにしろよ!」

 

「ダメだ!俺のリズムが崩れる…」

 

潔癖症のリヴァイが盥にお湯を張り、裾をまくり石鹸を用意していた。

 

「潔癖症め!」

 

「汚いのは、アンタも嫌いだろ?」

 

「ハハハ!それは否定できねぇな!」

 

ケニーとリヴァイは、それからガッツリ手足を綺麗にしてから食卓に着いた。

 

母のクシェルは「遅い!」と一言。

 

リヴァイとケニーはまたしても「悪い」と一言。

 

「さぁ、お夕飯を頂きましょう」というクシェルの音頭で、アッカーマン家の夕飯が幕を上げた。

 

今日のメニューはリヴァイとケニーが買ってきたパンと、それから鶏肉のステーキをメインに、豆とキャベツを煮込んだスープだった。スープには溶いた卵が入っていて、胃にも口にも優しい味付けだった。

 

味覚も敏感なリヴァイは「丁度いい」と言い、ケニーは「もっと濃くて好い」と言った。

 

クシェルはそんな二人を微笑まし気に眺めては、ミカサに「お代わり、もっとあるからね」と声を掛けていた。

 

食べ盛り故に、遠慮がちに二杯目をお代わりするミカサの頭を、安心させるようにコーバが徐に撫でた。

 

ミカサの口元には隠せない笑みが浮かんでいて、クシェルはそんなミカサのことを「可愛い、小さいころのリヴァイみたい」と零した。

 

リヴァイはというと、そんな母の言葉に眉を…何時もそうするように…顰めて見せた。

 

地下街の小さな一軒家に明かりが灯っていた。昔の地下街の面影が日に日に薄れていく中で、リヴァイの生家だけが変わらぬ明かりを周囲に振り蒔き続けていた。

 

コーバと、リヴァイと、ミカサと、クシェルと、ケニーは同じ卓を囲んで夕飯をとってから、それぞれの帰路に就いた。

 

コーバとミカサを見送ってから、リヴァイは食後の紅茶を飲みつつ、母に夕飯が「美味しかった」と、小さい声で零していた。

 

何時ものことだった。そんな、何時も変わらぬ、その小さい声を聴いてから、ケニーは一足先にベッドに入った。

 

今日の夢見も、期待できそうだと、心の中で小さく呟いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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