進撃の赤い巨人   作:ヤン・デ・レェ

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楓流様 誤字報告ありがとうございました。

面白かったら『ypaaaaaaaaaaaa!!!!!』又は『Sieg Heil!!!』を( `・∀・´)ノヨロシクお願いします。


秘密 アニ・レオンハート

 

 

 

 

 

850年。春の目覚めと共に、とある秘密作戦が実行に移された。

 

『夜と霧』と名付けられた秘密作戦の計画時、地下壕に当事者として居合わせたアニ・レオンハートは、作戦の立案者であり、執行責任者に選ばれたエルヴィン・スミスから以下のことを問われた。

 

「巨人化能力者を無力化する上で重要なことは何かな?レオンハート訓練生」

 

地下壕にはエルヴィンとアニの他にも、秘密作戦班に選ばれた人間が集まっていた。

 

「巨人化能力者?そんなの本当にいるのかよ…」とはオルオ・ボザド。

 

「オルオ…黙って、アニが答えるわ」…これはペトラ・ラル。

 

「ははっ…仲が好いな、お前たちは」と言ったのはエルド・ジン。

 

「全員黙れ。リヴァイ隊長が到着されたぞ」とはグンタ・シュルツだ。

 

「全員集まっているようだな…あらかじめ言っておく、この作戦への参加は志願制だ。作戦期間中は他言を禁ずる。漏らせば敵だとみなす。好いな?」

 

遅れてやってきたリヴァイが入室早々念を押した。

 

「「「「はい!リヴァイ隊長ッ!」」」」

 

四人の声がハモって地下室に木霊した。

 

「いいだろう…だから選んだ。邪魔したな…エルヴィン、話しを続けてくれ」

 

「ありがとう、リヴァイ…それで、改めて聞くが…巨人化能力者を無力化する上で重要なことは何かな?」

 

旧調査兵団で実戦経験に富み、尚且つ実力的に申し分のないこの四人に加えて、現場の指揮官としてリヴァイ・アッカーマンがコーバにより直々に任命された。

 

アニは訓練生としてでも、戦士としてでもなく、コーバの要請により壁内人類を守るための兵士としてこの場に呼ばれていることを、開口一番のエルヴィンの言葉で理解した。

 

既に、コーバによりその身に背負っていた呪いを解かれたアニに、最早迷いはなかった…だが、流石に同じ戦士を『殺す』ことに対しては、わずかな迷いを隠せなかった。

 

「ベルトルトとライナーを…殺すんですか?」

 

アニが咄嗟に言った。言った相手は、エルヴィンでも、リヴァイに対してでも無かった。

 

「同志コーバ…お願いします、教えてください」

 

木の執務机から事の成り行きを見守っていた、同志コーバに向かってアニは問うた。

 

背後にミカサが侍り、ハンジから手渡される資料に目を通していたコーバは、アニからの問い掛けにゆっくりと返答した。

 

「『殺す』か『殺さないか』は問題ではない。『無力化』するんだ。永遠に、な」

 

「『無力化』ですか?」

 

「そうだ。手段は問わない。こちら側に…壁内人類に忠誠を尽くすと誓ってくれるなら…まぁ、悪くない。だが、それも心からのものでなければ意味がない」

 

「そうなれば…『殺す』んですね?…あの、私は彼らを…」

 

「…」

 

迷いが見えるアニに対して、コーバは怒鳴らず、不快とも振舞わず…音もなく立ち上がり、彼女の肩を抱いた。

 

「同志コーバ…私は貴方に…」

 

アニは恩人に対して煮え切れない自分にも、相手にも申し訳ない気持ちだった。だが、これまでの戦士として生きてきた時間が彼女の判断を鈍らせていた。

 

過ごしてきた時間をなかったことには出来ない。震える体を隠すように、アニは右手を左手で抱く様に…そして目を伏せた。

 

「アニ…君は裏切り者には成りたくない…そうだろう?」

 

コーバはアニの肩を抱くと、他の者たちを部屋に残したまま、廊下に出て一対一になり、言葉をかけ始めた。

 

「コーバ…私は、これまで戦士として生きてきました、そして今…兵士として生きなければ…貴方から貰った二度目の命を…人生に顔向けできない…そのことは分かっているんです…でも…」

 

「いいんだ。いいんだよ、アニ…君の言葉も、想いも…偽物なんて何一つないんだ。そんなことを思うことは、俺が許さない。だから、安心して好い…さぁ、吐き出して。言いたいことは言って好いんだ。君には自分の言葉で語る自由がある。権利がある。そのために…その自由の為に、俺はこの国を造ったんだから」

 

「同志コーバ…一度でも、思うんです。一度でも、一度でも裏切ってしまったら…その瞬間から、もう後戻りはできないんじゃないかって…ふふ、下らない…あぁ、でも」

 

アニは胸に手を遣ると、コーバの瞳を控えめに見上げた。瞳は潤み、涙の膜が張っていた。

 

「もう、もうとっくの昔に一度、裏切ってしまったのに…裏切って、人殺しに手を貸しているのに…なのに、今の自分が綺麗なままで、生まれ変わっているように…時々、思うんです…昔の、戦士だった自分はあの日、貴方に命を救われて、新しい命を吹き込まれた日に死んだんだって。あれは夢か幻で、もう遠いことなんじゃないかって…」

 

「…いい、吐き出せ…そのまま、続けていいんだ。自分を解放しろ…いいんだ、アニ。俺は聴く。どんな君でも、どんな言葉でも、どんな想いでも好いんだ…俺は、受け入れるよ」

 

「コーバ…信じてください。私は…私は貴方に嘘を言いたくないんです。でも、昔の自分が邪魔をして…言葉を、吐き出させてくれないんですッ…あぁ、嫌だ、なんで、今更になって…情なんか…」

 

「アニ、アニ…無理に言わなくていい。無理に言わなくていいんだ。悪かった…無理をさせたね…さぁ、おいで…大丈夫だよ。大丈夫…君を疑ってなんかいない。疑ってなんかいないよ…」

 

コーバはアニを抱き寄せると、自身の胸に招き入れた。誰もいない深夜の薄暗い地下壕の廊下で、二人きりだった。

 

コーバに正面から抱きしめられて、両手が背中に回されたアニは、ゆっくりとだが手を伸ばしてコーバを抱き返した。

 

抱き返すうちに、アニは理解したことがある。それは…コーバがその身に文字通りの寸鉄を帯びていないということだった。胸元にも、背中にも、腰にも…硬い異物感も感触もなかった。文字通り丸腰のまま、元マーレの戦士であり今も同じかも分からない自分と二人きりで抱き合っている。

 

…それが現実のことだと、アニが理解するのには僅かな時間を要した。

 

だが、それもおかしなことではなかった…壁外の大国マーレで生まれ育った彼女にとって、否…マーレにとって今の状況は異常の一言に尽き、また決して望ましくない事態だと言えた。壁内が一致団結し、潜在的に発展してきた高度な技術力と豊富な地下資源に支えられて、今の国際社会に一国家として名乗りを上げることを…断じてマーレ政府は望まないだろう。

 

強力な指導者の元に結束した単一民族国家の出現は…遠くない未来にマーレの脅威となることが予想された。

 

もしもマーレの軍上層部が今のパラディ島の情勢を見た時、マーレの戦士たちへの命令は即座に書き換えられるはずだ。

 

『始祖と進撃。二つの巨人の奪還』から、『壁内人類の首魁ヨシフ・ヴェトーの抹殺』へと書き換えられるはずだ。

 

そのことを理解しているアニにとって、完全な無防備を晒して自分を正面から柔らかく抱きしめる男が、その暗殺対象たり得る男と同一人物だと理解するまでには…当然、然るべき時間的余裕が必要だったのだ。

 

「アニ…君は裏切り者ではない。君は裏切り者なんかじゃ無いんだよ」

 

「ど、同志コーバ…あの、力が…」

 

コーバは優しく包む様にアニを抱き締めたが、少しずつ、少しずつ…その力を強くしていった。体が強く密着していく感覚には、抗いがたい誘惑と温もりが付きまとった。

 

正面からぶつけられる温度と熱に、アニは戸惑いを隠せなかった。だが、その声には隠せない甘さが付きまといそれは、コーバの声が耳元で優しく穏やかに紡がれれば紡がれるほど、その色を強めて行った。

 

コーバの『声』と『言葉』は、余りにも優しかった。温度と湿度を少しずつ少しずつ上げられていくように、コーバの声にはしっとりとした粘度があった。まるで、遠くに居る者まで近くに招き寄せてしまうような。まるで、心まで彼の心に結び付けられてしまうような。そんな魅力が、彼の声にはあった。

 

彼の声と言葉は柔らかく。心の底から彼が、コーバがアニのことを疑っていないことが感じられた。実際、彼は抱擁という行動を通じてアニに彼の言葉が真実であることを、疑いなく証明していた。

 

「コーバ、私は…私はどうすれば…貴方に報いることができますか?…貴方に…私は……」

 

アニはコーバの胸から彼の肩へ、そして首元に顔を沈めていた。ゆっくりと自分の心が、彼女の顔の位置と同じように手繰り寄せられていることなど、彼女自身にもその自覚はなかった。

 

耳元で囁き合うようになるまで、そう時間は掛からなかった。アニの手はいつの間にかコーバの背中に回され、固く彼を抱き締めて離さないようになっていた。アニの首元にはコーバの吐息が、コーバの首元にはアニの吐息が届いていた。

 

春の肌寒さとは裏腹にアニは寒さなど感じていなかった。アニはコーバの体温を共有しているうちに、自然と汗を滲ませていた。

 

耳と首筋にこそばゆい吐息が沁み込んでいた。重ね塗りされていくような執拗さで、コーバはアニを大切に大切に抱きしめて離さなかった。アニのどこかに、彼女にすらわからない何処かに残る理性もまた、彼女に「それ以上はダメだ」と、アニにコーバを引き離すように命じていた。だが、無駄だった。

 

コーバは言った。

 

「アニ。君は悪くない。君は何一つ悪くない。ライナーも、ベルトルトも悪くない…俺は別に彼らを罰するつもりなんて、これっぽちも無いんだ。ただ…彼らにも君と同じように、心から自由の為に戦う…その約束が欲しいだけなんだ…」

 

「コーバ…でも、私も、アイツらも…戦士としての義務や命令に従って…したがって人を…」

 

「アニ…君と彼らを一緒にしないで貰おう…」

 

「でも、私は運が好かっただけで…私も必要とあらば人を…人を…」

 

「運が好かったとしても、だよ?…最後の一線を越えていない。越えずに済んだんだ…それに、俺は感謝してるんだ」

 

「感謝…ですか?」

 

コーバは一度、力を緩めてアニと目と目を合わせて見つめ合った。眩しいものを見るように細められた、コーバの優し気な目元が、アニには眩しく見えた。

 

コーバはしり込みしたように、後退りそうになったアニを、彼女の背中に回した手腕で支えると、一歩踏み出した。

 

ぎゅっと壁に押しやられたような感覚と共に、アニにはコーバの心が彼女の心に迫ったような気がした。

 

「あぁ…だって、壁が破られていなければ…君には会えなかったかもしれない。いつかは壁の外に出て、何時かは君に出会えていたかもしれない…でも、早くて幸せだったと思うよ…少し勝手な個人的な思いだけれど…」

 

コーバの瞳はブレずにアニを貫いていた。甘い言葉とは真逆の真っ直ぐな瞳だった。『魔眼』に、アニは吸い寄せられた。

 

目が逸らせない。目を逸らしたくなかった。目を、逸らせなかった。

 

「そんな、勝手なのは…」

 

アニの頬が体の火照りとは別に、赤く染まっていく。羞恥と期待とが合わさって、ようやく彼女は視線を斜め下に切ることが出来た。

 

だが、何も終わっていない。寧ろ、始まりはここからだった。

 

「勝手なのは?…なら、こうしよう。君も、俺も一緒だ。アニも俺も、一緒ってことにしよう」

 

「…一緒……」

 

コーバは更に一歩進んだ。アニが後ろに倒れるほど近く、深く寄り添っていく。

 

アニには自分が果たして立っているのか、それともベッドの上で押し倒されているのか…判断が付かなかった。だが、それでも不快でも不安でもないことが、彼女の不安定な心を次第に補強し、宥めすかし、そして自己の深い部分で新しい優先順位に従い再構築することを支えていた。

 

コーバは手をアニの背中に這わせた。背筋を伝い、うなじを伝い…そして辿り着いた頭を撫でながら、ゆっくりと言の葉を流し込んでいく。

 

「あぁ…一緒…君に罪があると言うなら…ロッド・レイスやダリス・ザックレーやナイル・ドークを、旧体制の人間を粛清した私にも罪がある」

 

「…でも、貴方は壁内の為を思って…私たちの為を思って…」

 

「未来の為かい?…正義、だな。それは…でも、俺は正義の為には戦っていない…何の為に?さぁ…女の子の為かな?」

 

くしゃりとコーバは笑ったが、その笑みには冗句を言う者のような華やかな笑みではなかった。清貧な微笑みが、アニの心を深く抉り、締め付けた。

 

切ない微笑みだった。そして、アニにとっては悪魔の囁きのように、甘く残酷な笑みだった。

 

「ふふ…そう、なんですか?」

 

「はは…やっと笑顔になったね…ねぇ、アニ…君は、何のために?何の為になら戦えるんだい?何の為になら、心臓を捧げられるのかな?」

 

アニは零れる笑みを隠せなかった。翻弄される自分を、何処か他人事のように見つめてきたこれまでとは違う。自分の意志で道を選ぶ時が訪れたのだと、コーバはそう彼女に言っているようだった。

 

自分を女の子としてどこまでも誰よりも甘やかしたかと思えば、今度は温かくも厳格に独り立ちさせるように問いかけるコーバは…彼女の知る父親像とは全く異なっていたが…それは不快な差異でも乖離でもなく、寧ろ…理想的な男性像そのものだった。自分を尊重しつつも伴に歩んでくれるような、そんな覚悟を持つ男の姿だった。

 

アニは、コーバからの問いに直ぐには答えられなかった。

 

「…貴方は、貴方は酷い人だ…」

 

代わりに、そんな言葉が出た。嘆きのような、ぼやきのような。そんな言葉がアニの口から零れた。

 

「好く知っているね…これでも、女の子には優しいつもりなんだけど」

 

今度こそ、ユーモアたっぷりの声で自嘲するような笑い声がコーバの口からも漏れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

廊下から室内に戻ってから、アニはエルヴィンに向かって言った。

 

「巨人化能力者を無力化する上で重要なことは二つ。血を流させないこと。そして、強い意志を挫くことです」

 

「…ご協力に感謝する…だが、その情報を我々に話してくれたということは、君は完全にこちら側に来たということだね?」

 

エルヴィンが確認を取るように尋ねると、アニは隠れも誤魔化しもせずに、彼女に続いて部屋に入ってきたコーバの方を向き直り、彼に向かって『心臓を捧げ』た。

 

アニは言った。

 

「私は、コーバ…貴方個人に忠誠を尽くすことを誓います…貴方に、貴方になら…私は喜んでこの心臓を捧げます」

 

アニの言葉には、言外に『壁内人類』でも『国家』にでもなく、『ヨシフ・ヴェトー個人』に忠誠を誓ったのであって、要するに「彼が言えば壁内にも牙を剥く」という意味が多分に含まれていた。

 

そのことを理解できない者はこの場に呼ばれていなかったが…それでも、そのことを態度に表し、行動を通じて示すことには大きな覚悟と意味が伴っていた。

 

「…なるほど、それが君の答えなんだな?」

 

「これが、私の…アニ・レオンハートの答えです」

 

アニはエルヴィンの問いに、真っ直ぐ答えた。迷いはいつの間にか、遠く彼方に消え去り、もうアニにはヨシフ・ヴェトーの姿しか眼中にはなかった。

 

「信じるものが定まった、覚悟あるものを私は歓迎しよう…さあ、作戦会議だ。君もそこに座り給え」

 

エルヴィンは自身の胸に手を置いて、少し苦笑を口元に浮かべると、改めてアニを秘密作戦の会議の場に招き入れた。

 

全員が席に着き、壁内の将来を左右する作戦会議が、ようやく幕を上げたのだった。

 

 

 

 

 

 




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