『夜と霧』作戦
立案・指揮 エルヴィン・スミス
現場指揮 リヴァイ・アッカーマン
襲撃班 エルド・ジン ペトラ・ラル オルオ・ボザド グンタ・シュルツ
囮班 ヒストリア・レイス アニ・レオンハート ヨシフ・ヴェトー
作戦成功条件 『イワオ』及び『ノッポ』の無力化
作戦失敗条件 『イワオ』及び『ノッポ』の片方又は両方の無力化失敗
作戦実行時期 850年 春 第四期生卒業後 里帰り期間中
◇
850年。春のある晩。夜更けに湧き出した霧に紛れて四人の人影が、ミットラスの街角を飛翔していた。
「親衛隊本部官舎が見えてきた…そろそろ気を引き締めておけよ?最後のおさらいでもするか…ペトラ、頼んだ」
「この日の為に、居残り組は三人だけ。アニにライナーにベルトルト…それから急な来訪者が二人、ヒストリアと我らが同志コーバ。私たちは招かれざる客人ってところね…」
「へッ!プンプン臭いやがる…本当に上手く行くんだろうなぁ?出来すぎてちゃいねぇか?」
「安心しろ。俺たちはライナーを、ベルトルトはリヴァイ隊長に任せておけば心配ない。全て事前の約束通りに済ませて、隊長と合流すれば、後は無力化された二人を運んで帰るだけの簡単なお仕事だ」
それぞれエルド・ジン、ペトラ・ラル、オルオ・ボザド、グンタ・シュルツの四人である。立体機動装置を駆りつつの会話だったが、なんとも呑気なものだった。実戦経験豊富な彼らにとって、この任務もまたこれまで同様の任務として認識されているということなのか…彼らに過度の緊張感は無かった。無論、そんなものは不要である。
程よいリラックス状態で夜風を切りながら進む四人から少し距離を置いて、一人の小柄な人影が四人以上の高速で駆けていた。
「おい、お前ら…おしゃべりはここまでにしておけ。直に正門だ…門の鍵は逃亡回避の為に…巨人に対して意味なんてありゃしないが、開いていない。お前たちは東棟の食堂へ。俺は西棟の官舎に向かう…次に会う時、お前らは全員そろってライナーを連れて来る。いいな?」
「はい!リヴァイ隊長!」
襲撃班の隊長を務めるリヴァイだった。襲撃とは名ばかりで、実際は回収班に近いのだが…とにかく、彼らはこれからそれぞれの目的地へと分かれて向かう。エルヴィンによる差配に基づき、超大型巨人を宿しているベルトルトにはリヴァイが、鎧の巨人を宿しているライナーの元には残りの四人全員が向かうことになっていた。
ガスの放出とアンカーの射出音以外は聞こえない、見事な立体機動で、勢いを殺すことなく五人は官舎に突入した。
◇
襲撃班が町を飛翔する約三時間ほど前のことである。
官舎のとある一室では、二人の男が熱い抱擁を交わしていた。
「ライナー!ついにやったんだね!」
「ベルトルト!お前こそ…やっと報われたんだな!」
「聞いた時は驚いたよ!しかも夜に、だなんて…」
「俺も一緒さ!…天使からの御誘いだなんてッ!!」
ベルトルト・フーバーは長年の想い人であるアニ・レオンハートから。ライナー・ブラウンはヒストリア・レイスからの深夜の御誘いが届いていた。
ベルトルトは今朝突然アニから直接口頭で伝えられ、ライナーは数日前にお見舞いの手紙として届けられていた。
「それで?誘い文句は何だったんだ?えぇ?」
「そ、それは…」
「照れずに教えろよ!なぁ!」
「へ、へへへ…「大事な話がある」だってさ」
「おおぉ~…実はさ俺も、天使直々に「大事なお話があります」って!!」
「ライナー!君の場合は手紙じゃないか!」
「声が聞こえたんだよ!ヒストリアの文字は読んだことあるからな!間違いねぇ…アレは自筆だった…忙しい中、間を縫って俺の為に手紙を認める姿を想像しただけで俺は…」
「ふ、ふふふ…君も、アニも変わったよね」
「な、なんだよ、今更そんなことかよ…」
「…ライナー、僕アニの話を聞いたら迷いが無くなると思うんだ…彼女に、僕もこの想いを伝えられたら…壁の中の悪魔どもを、今度こそ迷いなく根絶やしに出来ると思うんだ…」
「おい!…どこで誰が聞いててもおかしくない…この話は止そう」
「…ライナー。君も、アニも…壁の中に入ってから変わったよ、良くも悪くもね。だから…僕は今日、アニの真意を測るよ…その、僕の想いも伝えた上でね?」
「お前…ベルトルト、お前は男だな…立派な男だ…そして戦士だ」
「…君のお陰さ…それで…ヒストリアのこと、どうするんだい?」
「俺は彼女を守りたい…この中から解放してやりたい…だから、その為に彼女の想いを知った上で、俺は真実を打ち明けるつもりだ…説得、してみるよ」
「ふふ、君は本当に揺らがないね」
「ベルトルト、お前こそ…」
二人は熱い視線を交わし合い、男の友情を確認し合った。
照れたベルトルトが視線を先に切ったことで、緊張と興奮は一時、緩慢な雰囲気に落ち着いた。
「…夜まで時間もあることだし…どうする?」
「折角だ。この際、これまでどんな想いを抱えて来たのか言い合おうぜ!」
「え、なにさ、それ!君が語りたいだけじゃないか!」
「はははッ!まあそうだが…聞けって、俺は最初ヒストリアを見た時な?天使だと思ったんだ…正しく漆黒の天使の名に恥じぬ美しさで……」
「また始まったよ…」
それからライナーとベルトルトは互いの想い人への、積年の想いを語り合った。秘密の共有は仲良しになる秘訣である。彼らはマーレの戦士として、また壁を守る兵士として…改めて互いへの信頼を強めた。
◇
ウォールマリア内地からの難民という肩書で、壁が破られた当時の混乱に乗じて偽の戸籍と人生を手に入れたアニ、ライナー、ベルトルトの三人には、里帰りの時期になっても帰るべき故郷が無かった。そういう者は彼らだけではなかったが…この日、深夜まで官舎に帰らない理由を『偶然』にも与えられた者たちが、予定通りに官舎を空けたおかげで、今、この官舎には最低限の維持管理要員を除けばライナーとベルトルト…そして彼らに用の有る訪問者たちしかいなかった。
陽が落ちて夜になり、眠たい…最も意識が緩慢な時間がやってきた。
ライナーは時間通り…ではなく、喜び勇んで二時間近く早い時間に食堂へと向かい、そのまま夕食を終えて深夜になるまでじっくりと、その時を待った。
そして、その時は訪れた。
「同志ライナー・ブラウン…お久しぶりですね。総長の交代式で顔を見た以来になるんでしょうか…逞しい戦士の顔つきになりましたね。嬉しいですよ」
「ヒストリア閣下ッ!!(俺の天使ッ!!)」
突然かけられた玲瓏な声に驚き、ガタリと音を立てて跳びあがったライナーは、直立不動で彼女を迎えた。
ヒストリアの格好を見て、ライナーは言葉を失った。
「この格好ですか?似合う、かな?母が買ってくれたものを着てみたのですが…」
何時もの軍服ではなく、ブラウスにスカート、そして丈の短い革のブーツ姿…なんとも牧歌的な格好だった。
「美しい…(大変お似合いです!!)」
「ありがとう…それで、今日は突然の呼び出しに応えてくれてありがとう…実は折り入って話したいことがあって…」
「美しい…(滅相もない!上官の命令は絶対です!兵士として当然の務めです!どうぞ俺になんなりと!)」
「ありがとう?あの、座って話しませんか?…実は食べるものも持ってきたんです!夜食に、どう、ですか?」
ヒストリアは如何にも手作り感満載のサンドイッチを入れたバスケットを掲げてみせた。
ほんのりと頬を染めて、上目遣いに訊ねて来るヒストリアの姿にライナーは絶句した。
「美しい…(あの、ええっと、そうだね…あの、はい!喜んで!!)」
今にも泣きだしても可笑しくなかったが、涙だけはぐっとこらえていた。
そんな半泣きのライナーの目の前に、眩しくも白いパンに挟まれたサンドイッチが差し出された。
「皿ごと持ってきたので、このままどうぞ」
「(サンドイッチが)美しい……」
「え、えっと…ありがとう?」
「美しい…(美しい…)」
「…さ、食べて?お口に合うといいなぁ…」
「うつッ…美しい…(食べなくても分かる…絶対美味しい…)」
「うつ?鬱なの?」
「美しい…(心配させてしまった!ここは美味しそうに食べなくては…いただきまーす!)」
ライナーは差し出されたサンドイッチにガブリと食いついた。
「うッ……!?」
「大丈夫!?」
「う、う…」
「う…?」
「美しい…(美味い。絶対的に美味い。もうなんか全部美味しい)」
「な、なぁんだぁ~…よかったぁ~…ふふふ、お代わりも作ってきたから。全部食べてね?」
「美しい…(はい!頂きます!)」
ライナーは美味しいサンドイッチを両手に持つと、大興奮で次々に口に運んで行った。
「美しい…(美味いッ!)」
「それはよかった…」
ライナーは幸せだった。どうして呼ばれたとか、なんかもうどうでもよくなってきていた。
「美しい…(天使の手垢が付いたサンドイッチだぞ!?国宝にしよう!どうにかして永久に保存できないだろうか…)」
サンドイッチは美味しかった。深夜テンションでサンドイッチに齧り付きながら、ライナーは自分の食べる様子を天使スマイルで見守るヒストリアを、チラチラと見返してはむっつり根性で鼻の下を伸ばしていた。
言いたくはないが、ライナーの顔はいやらしかった。そこには彼の性的なコンプレックスが無意識にではあるが表出してきており、事実、ムッツリスケベに加えて、一種のマゾヒズム的欲望が見え隠れしていた。
戦士としての自分と、兵士としての自分…そのどちらでもない自分が、ヒストリアの前では無防備にも曝け出されようとしていた。それは社会的な野外露出行為に等しく、ライナーに謎の高揚感を与えていた。
そしてライナーがサンドイッチを全て食べ終わる頃…ようやく、効果が出始めた。
◇
即効性こそないものの、その薬は強力で、微量でもよく効いた。
コーバがグリシャに最初に注文を付けた研究は『麻酔』に関して。麻酔に関連して、経口可能な筋弛緩薬や睡眠薬、鎮静剤…そういった代物の開発を要求していた。
849年末。グリシャは鎮静剤と麻酔を、そのメカニズムの解明はともかくとして…薬効として発明した。壁内と壁外の既存の医学を土台において、憲兵から隠し続けてきた技術も応用した結果だった。
この功績により、彼は中央大学病院の医長兼院長に就任した。
さて、話を戻そう。ライナー・ブラウンは一つで済むものを、それはもう大量に摂取していた。味を乱さないようにと気を付けつつ、グリシャの手で用意されたサンドイッチを、ライナーは全て食べ切ってしまった。
短期間に過剰に摂取した結果、薬効は思いのほか急激に表れた。
体から力が抜け、自然と意識が遠くなっていった。意識が暗転するまで時間は掛からなかった。
「美しい…」
意識を失う間際。こちらを温かい微笑みで見守るヒストリアを見て、ライナーは心の底からそう思った。
面白かったら『ypaaaaaaaaaaaa!!!!!』又は『Sieg Heil!!!』を( `・∀・´)ノヨロシクお願いします。