進撃の赤い巨人   作:ヤン・デ・レェ

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壁外 ジャン

 

 

 

 

 

850年、秋。第二次壁外遠征が幕を上げた。

 

今回の陣容は前回の三倍近い規模になった。馬約千五百頭、要員一千名規模である。

 

主力を担うのは幼年部第四期生を中核に組織された親衛隊第二師団『ライプシュタンダルテ』の総勢約三百名。兵科は機動猟兵科及び砲兵科となる。火砲三十門、牽引馬車二十両、自動牽引車両五両、自走砲(戦車)五両である。

 

これを補助する形で、親衛隊第一師団『ヴィーキング』、国防軍第二師団通称『装甲教導(デア・パンツァー・レール)』師団の総勢約七百名が参加した。ヴィーキングは全員が機動猟兵で構成され、逆に装甲教導師団には新兵器である装甲ハーフトラックと戦車が、数こそ少ないものの標準配備された。

 

三師団はそれぞれ、広大な領域を網羅・情報伝達する上で発煙弾に加えて、各指揮所の上空に観測気球を上げることで、遠距離望遠を確保した。移動指揮所となる大型馬車に観測気球を固定し、壮大な規模の糸電話での情報伝達を可能にした。観測気球はこのほかにも、砲撃時の観測も行う。

 

更に特筆すべきなのは、ハンジが開発した雷槍をガス式カタパルトで射出する兵器…カチューシャ…が実戦配備されたことだ。巨人研究所から威力のお墨付きを貰ったこの兵器は、大砲を搭載していない無限軌道式自走砲の車体に牽引させて運用されることになった。秘密兵器として、また面制圧用の切り札として、各師団に一台ずつ配備された。命中率はいうまでもなく悪いのだが、ハンジ曰く「火力優位による面制圧戦術の為だから命中率が悪くても好いのさ!一点集中で弾幕を殺到させることができれば成功だよ」とのこと。

 

最新兵器を携えて、部隊は三日掛けてシーナ内地からローゼ内地へと、そしてトロスト区へと向かった。

 

トロスト区を抜けてウォールマリア内地へと出撃、トロスト区の国防軍部隊による露払いの後で、全師団が門を抜けるや即座に長距離索敵陣形へと部隊が再配置された。両翼の最前線を第一師団『ヴィーキング』が固め、左翼を第二師団『ライプシュタンダルテ』が、中央から右翼にかけてを『装甲教導(デア・パンツァー・レール)』師団が固めた。三気球がそれぞれを確認したことを示す青の煙弾を発射したのを確認してから、遠征軍は新兵器の実験場にもなるであろう敵地へと進撃を開始した。

 

遠征の目的はシガンシナ区の封鎖と、巨人の駆逐による奪還である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジャン・キルシュタインは遠征に参加してからと言うもの、毎日母に向けて手紙を書いていた。機密保持の為に手紙を出すことは出来なくても、自分が死んだときに何かが残ればと考えた結果だった。

 

「お袋、俺は今不思議な乗り物に乗ってるよ。馬にも人にも牽かせてない。なのに動いてる。不思議な乗り物だよ」

 

「トロスト区から一路南下して、もう三日だ。まだ誰も死んじゃあいないが、怪我人は何人か出た。初めて出た壁外は…まぁ、あんまり居心地の好い場所じゃなかったよ」

 

「生まれて初めて巨人を見たのは、遠征初日だった。露払いの部隊が巨人を狩っていく様子を、ぼんやり見てた。おっかなびっくり…でも現実味が無くて、正直、ビビってた。不気味な、不気味な笑みを浮かべてこっちに突っ込んでくるんだ。巨体の、素っ裸の奴らは。歯をむき出しにして、俺たちを食おうと襲ってきた。露払いの為に出動してくれた、トロスト区の兵隊たちは慣れた様子で狩っていたが…頭が下がる思いだ。俺に、あんなふうにスマートに奴らを駆逐出来るのか…さぁな。どうだろう…やってみねぇとわからねぇ。出来ればやりたかないが…」

 

「三日間、俺たちは只管南に向かった。真っ直ぐに…色々な景色を見たよ。五年も人が住んでなかった土地だ…それは、酷いもんだった。服を着たまま白骨化した遺体や、無残にも破壊された家、それから荒れ放題の畑。どれもこれも、確かにそこに人が住んでたんだって俺たちに訴えかけてくる光景ばかりだった。なんていうか…空しかった。俺は、そうだな…うん、どうしようもなく空しかった。それから、こうも思った…これが、同じ人間のすることなのかよ…ってさ」

 

「俺たちは、軍隊に入ってから色々なことを教わった。楽しいことばかりじゃなったが、確かに世界が広がる思いだった。…なんか今の、エレンっぽいな。やっぱなし…。でも、まぁ、そういう思いだったんだよ。流石の俺でも、世界は広いんだって思った。でも、同時に、なんで疎まれてるのか…なんで、それだけでこんな目に遭わなくちゃいけなかったのか…俺には理解できなかった。でも、外に出て改めてわからされちまった。奴らは、本当に俺たちを殺す気なんだって。こんな、こんなことを、平然とやってのける奴らが、俺たちと同じ人間なんだって思うと…俺は人間すべてが狂っちまってるんじゃないかって、世界そのものが残酷に出来てるんじゃないかって…そう思っちまった」

 

「俺なんかに何が出来るわけでも無かったが、兵隊になったからには戦うのが仕事だ。それはお袋を守る為だったり、もっと大きな民族とか、国家とかそういうものを守る為でもある。そう、教わった。でもなんか…どうして、マルコがあんなにボスのことを尊敬しているのか、ちょっとわかっちまったんだよな。なんていうかさ、突き詰めて考えると、結局俺の中にも残るものがあって、それは所謂民族意識っていうか、国民意識っていうか…そういう何かだったんだ。エルディア人として、とか…ソヴィエト=ミットラント人民共和国の国民として、とか…そういう何か」

 

「マルコは俺よりもそのことに気付くのが早かったんだろうな。ずっと早かったんだよ。俺はちょっと遅くなっちまって、それで今の俺たちに、壁内人類に必要な何かを理解するまで時間がかかっちまった。今の俺たちに必要なもの…それは、きっと国家とかそういう何かなんだろう。いや、もう国家はあって、それ自体が凄いことなんだよな。いつから…いつから俺らのボスはこのことに気付いていたんだろう…。そう思うと、親父すげぇってなったんだよ。すげぇ人、だよな…本当に、何かさ…。何度か見たことあるけど、俺らと変わらないくらい若く見えるあの人のことに、周りの連中が熱くなる理由も、それでなんとなく理解してからは、むさくるしくは感じなくなってきた。…本当に、大したもんだと思うぜ」

 

「ガラガラって音のするキャタピラが、回転しながら俺たち兵隊を運んでるのは、ちょっとおもしろい光景かもしれない。あれだけ歩かされてたのに、いざ出陣の次の日からはこの乗り物…ハーフトラックっていうらしい…に乗せて貰ってラクチン移動だ。結構揺れるけど、でも不思議な乗り物に乗ってるって興奮とかの方が勝ってるかもな…」

 

「時々、気球から煙が上がって、それを合図にもう一つの不思議な乗り物…タンク…が、動き出す。俺たちの頭が入るようなデカい大砲を載せてるコイツは、地響きが聞こえてきそうな鈍重な音を上げながら、定位置に着くと、車両の両端から地面に固定するための杭を出して、コイツを地面に食い込ませると、油圧で車体を少し浮かすんだ。そして、完璧に固定されると、大砲を煙が上がった方向に向けて、指揮所からの発煙を待ってから伝令が送ってきた座標通りに大砲をぶっ放す。ズドーンっていう腹の底まで響く爆音を響かせて、砂塵を吹き上げて、デカい榴弾を巨人めがけてぶっ放すんだ」

 

「巨人はそれで木っ端微塵か、もしくは足とか手を失って這いつくばっちまう。大抵そうだ。あとは機動猟兵が片づけるって寸法だ。…何も、タンクじゃなくても、ウチにはサシャとコニーっていう火砲マニアがいるからな。あいつらの方が、近距離での砲撃なら命中率は上だろう…今日も、何体か吹き飛ばしたって聞いたしな」

 

「…正直、俺はまだ一体しか巨人を倒してない。それも、火砲で徹底的に弱らせてからだ。うなじが丸見えの奴に、立体機動で斬りかかったんだ。怖かったよ…初めて、あの生臭い血を浴びて…やっぱり、どうかしてるって思った。どいつもこいつも、どうかしてるって。でも、向こうの方が、敵の方がどうかしてるって思った。今もだ。今も、敵の方がよっぽど恐ろしい。人間だった誰かを、こんな化け物に変えちまう、敵の方がよっぽど恐ろしいよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいマルコ、お疲れ…で、どうだった?」

 

夜、野営地で半日振りに会ったマルコは、疲れた顔でジャンの下にやってきた。

 

「やぁ、ジャン…どうって?」

 

「日程だよ…このまま行くのか?シガンシナ区」

 

「うん…ネス大尉はそうだって言ってた」

 

「ネス大尉って、あの馬好きの?」

 

「そうそう、愛馬の名前はシャレットね」

 

「へぇ~…直属の上官なのか?」

 

「アルミンのね。ネス大尉はヴィーキングから出向してきてる人で、先鋒の第一師団と第二線の第二師団との連絡将校だから」

 

「アルミンも、指揮所の手伝いとかしてんのか?」

 

「うん…張り切りようは僕達以上だよ。エレンは?君と持ち場近かったよね?」

 

「アイツもだ。昔の家がシガンシナ区だったからな、二人とも」

 

「そっか…そうだったね」

 

「……」

 

夜は巨人の行動が比較的制限されることが研究で分かっていた。焚火を囲んで、携帯ガスコンロで温めた夕食に手を付ける。芋と豆と肉と…もさもさしてるが味は濃かった。携帯式の鉄鍋で煮込まれた熱々のスープが、各部隊から支給された。最近は寒くなってきたから、こういうものが有難いと、二人は思った。

 

温かい火に照らされながら、淡白な夕飯を詰め込むと、間もなく消灯の時間がやって来た。

 

明日には、シガンシナ区に到着するらしい。既に先鋒隊の一部がシガンシナ区に到達し、彼らはその近辺で一晩を明かすのだとマルコがジャンに語った。

 

野営地は必ず森が選ばれた。理由は兵器隠匿の為、また立体機動による緊急離脱をしやすくするためだ。携帯テントを広げて、雨風を凌ぎつつ、薄いブランケットを敷いて硬い寝床に体を横たえた。

 

既に何度か戦闘を経験しても、巨人と言う脅威の先にある、マーレとの戦争がちらついて、ジャンは中々寝付けなかった。泥だらけのジャックブーツに、背嚢や立体機動装置を身に着けたまま一夜を明かすのだ。眠れなくても仕方がない。三日目にして、ジャンは家に帰りたかった。

 

月が顔を出しては、隠れた。しっとりとした夜は、ジャンの瞬きと共に更けていく。

 

寝落ちできそう…そんな風に思った時だった。

 

「…なんだ?…音がする…」

 

隣のマルコを見ても、すっかり寝付いていて、起こすのは憚られた。身をよじりながら、ジャンは暗闇に慣れた瞳を凝らして、音の正体を探った。

 

「…ミカサ、師団長?…こんな夜に、どうしたんだ?…」

 

ジャンの視線の先には、ミカサが居た。立体機動装置や、雑嚢までジャンとほとんど同じような格好だ。襟の徽章だけがキラリと暗闇の中でも金色に光っていた。

 

月明かりに照らされて、一瞬、鮮明にミカサの姿が見えた。

 

「飯を…運んでるのか?…」

 

視線だけで追うのには限界が来たが、確かにミカサの手にはジャンやマルコ達が口にしたのと同じような、携帯食料とスープを載せた金属のトレイがあった。湯気も上がっていた。ついさっきまで温めていたらしい。

 

「でも、なんだってこんな夜に…」

 

深夜まで会議が続いていたんだろうか?

 

ジャンの疑問は膨らんだ。そして、ミカサへのほんの小さな憧れが彼を動かした。寝床を抜け出して、ミカサの後を追うという…なんともリスキーな行動に出たのだ。

 

「どこまで行くんだ…?」

 

足音を立てないように、木々の影に隠れながらジャンはミカサの後を追った。ミカサの足取りはゆっくりとしていて、急ぐ様子もなかったため、突き放されずに後を追うことが出来た。

 

「…タンク?の後ろの…物置か?ありゃ…」

 

歩くこと数分。野営地から少し離れたところに駐車された、タンクがあった。タンクの後ろ、エンジンの上の辺りには物を収納するスペースがあって、ミカサはそこをコンコンと叩いていた。

 

「誰か、入ってるのか?」

 

ジャンが恐る恐る、その誰かが誰なのか気になって覗いていると…

 

「あ、やべ…師団長と目が合った…」

 

ジャンはわけもわからず死を覚悟した。

 

潔く、出て行くわけにもいかず…木の陰に身を隠すと、タンクの収納箱に隠れていたであろう人から声が掛けられた。

 

「…同志ジャン君だね?…大丈夫、怖がらないで出ておいで…」

 

「ぼ、ボスじゃ、ないっすか…な、なんでアンタがここに…」

 

収納スペースから現れたのは、ジャンたちと同じような兵卒の格好をしたヨシフ・ヴェトーだった。ここに居るはずのない、壁内のトップがジャンの目の前にいた。

 

咄嗟に出た声と言葉が、酷く礼を失するものだったことにジャンが気が付いても、コーバにそれを正す素振りは見えなかった。勿論、ミカサにも。

 

タンクの中から這い出てきたコーバは、ぐぐぐっと気持ちよさそうに伸びをして、それから倒木に腰かけて、ミカサから差し出された食事に手を付けた。

 

「あの、なんで、こんなとこに…」

 

ジャンが好奇心に負けて尋ねると、肉の味が利いた塩辛いスープを啜りながら、コーバが答えた。

 

「無理言ってね、連れてきてもらったんだ」

 

「あ、アンタは、その、ダメ…じゃぁ、ないんすか?」

 

「ダメだな。けど、仕方ない。俺はミカサから離れられんのよ」

 

「いや、でも…」

 

「デモもストもなぁ…関係ないんだな、これが」

 

国のトップが、機械油で頬を黒くしながらタンクの後ろから這い出してきたかと思えば、兵卒と同じ食事を文句ひとつ言わずに平らげる光景は、なんというかジャンにとって衝撃的なものだった。

 

ミカサから濡らしたハンカチで頬を拭われたり、食後の紅茶を差し出されて受け取ったり…一つ一つの自然なやり取りが、余計にジャンを混乱させた。

 

ジャンが混乱しつつも、次第にコーバへの親近感を高めていると、紅茶のカップをミカサに返したコーバがジャンの方を向いた。

 

「同志ジャン」

 

「は、はい!」

 

「このことは秘密で、頼むよ」

 

「ひ、秘密ですか」

 

「そうだ。秘密だ…とはいっても、明日までの秘密なんだがね」

 

「明日まで、ですか…」

 

「あぁ…シガンシナ区を制圧してから、真打が登場したら俺も指揮所に登るから。そうなったら秘密にするのもお終いだ」

 

「は、はぁ…」

 

「まぁまぁ、気を楽に持ちたまえ…。どうだね?紅茶でも飲まないか?」

 

「え、あぁ、えっと」

 

「ミカサが淹れてくれたんだ。さぁ、こっちに座って」

 

「え、あぁ、じゃあ、いただきます…」

 

ジャンは促されるままに座って、夜中、コーバが眠るまでの間、最高指導者と一緒に紅茶をしばいた。

 

コーバは紅茶を二杯ほど飲み終えてから、またタンクの後部収納スペースに体を滑り込ませていた。ミカサが扉を閉めるのを見届けてから、ジャンも自分の寝床へと戻った。

 

予想外の展開に驚きつつ、不思議と高揚感の得られる夜更けを体験したジャンであった。

 

 

 

 

 

 




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