進撃の赤い巨人   作:ヤン・デ・レェ

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接敵

 

 

 

 

 

『ウオォォォォォ!!!!!』

 

という雄叫びと共に、その日は始まった。

 

最前線を張るアッカーマン戦闘団がシガンシナ区に到着した瞬間の出来事だった。

 

「何事だ!」

 

師団長のリヴァイが叫んだ。

 

「今斥候が確認を!」

 

「…連れ戻せ。此処に防衛線を敷く。直ちに後方に伝達」

 

副官のペトラが答えると、リヴァイは逡巡してから命令を撤回。部隊を本隊の位置まで下げることを決断した。

 

「ネス!シス!お前たちはそれぞれライプシュタンダルテ師団と装甲教導師団に連絡を!急げ!」

 

「ハッ!」

 

「はい!」

 

ペトラ達側近に遅れてやってきたディータ・ネスとその副官ルーク・シスに、リヴァイは後方への情報伝達を命じた。

 

応や否や、ネスとシスは身を屈めて馬を駆り、後方に向けて一路走り出した。

 

「ペトラ、エルド、オルオ、グンタ、俺について来い。他は一時待機。指揮はイザベルとファーランに任せる」

 

「おう!任せてよ、兄貴」

 

「気を付けて行けよ、リヴァイ」

 

部隊を預かったイザベルとファーランは、応答後すぐに部隊の元へと馬首を向けた。

 

「俺たちが威力偵察から戻るまでに全員いつでも出れるようにしておけ!それと…念のためカチューシャの隠匿・配備を」

 

リヴァイは馬から腰を浮かせると、遮蔽物の近くに馬を停めて、立体機動装置のアンカーを壁に向けて射出した。

 

バシュッという音と主に、目にも止まらぬ速さでシガンシナ区とウォールマリア内地の境になっている壁を登っていった。隊長に続いて、ペトラら四人も、慣れた様子でリヴァイの後を追った。

 

壁が目隠しになり、何が起こっているのか分からなかったが…壁の頂上に辿り着いたところで、リヴァイたちは事態を把握する。

 

「これは…何事だ?どうして、巨人どもが群れてやがる…」

 

オルオが吐き捨てるのも無理はなかった。壁の上でしゃがみこんで、シガンシナ区の街並みに目を遣れば、そこには無数の巨人たちが屯していた。群れるはずのない巨人が、どうしてこんなにも壁内に溢れているのか…。

 

『ウオォォォォォ!!!!!』

 

そして、リヴァイたちが最も警戒したのは、今再び雄たけびを上げた謎の巨人だった。

 

全身が毛むくじゃらの、かなり大きい部類に入る巨人だ。目には知性が垣間見え、あの雄叫びにも何か意味があるのかもしれない。

 

高い体熱で蒸気を上げる巨人たち。密集する彼らの熱で、陽炎が昇るのが見えた。その内、町の中で火事でも起こるかもしれない。

 

「敵の数は?」

 

「見える範囲だけで、無知性巨人が約四十体。謎の巨人…恐らくはあれが巨人化能力者による知性巨人かと…」

 

リヴァイが尋ねると、エルド・ジンが答えた。

 

「九つの巨人だったか?…ありゃ、なんだ?猿か?」

 

「恐らくは、獣の巨人では?」

 

グンタが推測を伝えると、リヴァイが顔を顰めた。

 

「どっちにしろ、叫んだり、毛むくじゃらだったりと…不気味な奴だ。交戦は控えろと通達を。何をしてくるかわからん。普通の巨人どもが束でかかってきたら犠牲が出かねない…」

 

「市街戦は難しい、でしょうか?」

 

ペトラがリヴァイに訊ねた。リヴァイは片眉だけ上げると、軽く肩をすくめた。

 

「さぁな…どっちにしろ、俺たちはエルヴィンとコーバが立てた戦略に従う。敵の組織的行動が確認された場合は…?」

 

「は、はい!撤退か、本体と合流の後に撃滅…かと」

 

ペトラがリヴァイからの問いに答えると、リヴァイは「ふん」と鼻で笑った。

 

「まぁ、そういうことだ。…俺たちはここに残る。敵の出方を観察する…あの毛玉野郎の動きもな」

 

リヴァイはそう言って、壁上でしゃがみ込んだ。長期戦の構えらしい。

 

隊長に倣い、四人も壁上で身を屈めた。

 

壁上の人影…その豆粒ほどの影を見て、毛むくじゃらの巨人が眼を細めたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝。夜の間は地上に下ろしていた観測気球を再び上昇させ、他の気球との意思疎通が可能であることを発煙で確認してから、ジャンたちライプシュタンダルテ師団も前進を再開した。

 

太陽が真上に来る頃、遠目に早馬が駆けて来るのが見えた。

 

ハーフトラックの、ジャンの隣の席にいたマルコが叫んだ。

 

「ネス大尉だ!なんだろう?急報かな?」

 

「あの顔じゃあ、だろうな」

 

ジャンも見れば、確かにネスだった。表情からは焦りが見て取れた。何か起こったらしい。それも余程の非常事態だ。

 

「緊急だ!指揮官を!指揮官を!」

 

間もなくジャンたちの車列に、愛馬シャレットと共に突っ込んできたネスが叫んだ。

 

「師団長はこちらです!今は大型馬車の中で軍議中です!!」

 

困惑する面々を掻き分けて、ハーフトラックから飛び降りた、顔見知りのマルコが声を張り上げた

 

「ありがとう!マルコ!伝令!伝令だ!道を開けてくれーー!」

 

ネスは短くマルコに礼を言うと、シャレットに再び鞭を入れ、車列後方で虎の子のタンクに周囲を固められた大型馬車まで走っていった。

 

「マルコ、で?なにごとだった?」

 

ハーフトラックに戻ったマルコにジャンが聴くと、マルコも首を傾げた。

 

「さぁ?でも、あんなに急いでるネス大尉は初めて見たよ…よほどのことがあったらしい」

 

マルコの様子、昨日の晩みたコーバの『真打』という言葉…ジャンは何か思うところがあるようで、マルコにそっと耳打ちした。

 

「……な、なぁ、マルコ…俺、昨日の晩さ…」

 

「…どうしたの?ジャン…」

 

「お前に、機密、教えて貰っただろ?前にさ…」

 

「しーー!!静かに!そのことはダメだって!二人そろって叱られちゃうよ!」

 

マルコが話を止めようとするが、ジャンも止まらなかった。マルコの肩を掴んだジャンの気不味そうな顔が印象的だった。

 

「あぁ、だけどよ…俺もお前によ、恩返ししたくってよ…」

 

「…何か、心当たりでもあるのかい?」

 

マルコの興味が誘われた。ジャンは息を軽く吸い込んでから、自分の頭で考えた推測をマルコに打ち明けた。

 

「今、この車列には、ボスが潜んでる…」

 

「ぼぼぼぼぼ、ボスって…同志書記長閣下が、かい!?」

 

「い、いいから聞け、それで、ボスは言ってた。『真打』が出た後からが勝負だって…『真打』ってのは、何だ?俺は、巨人化能力者のことなんじゃねぇかって、そう思った」

 

「…ジャン…これは、僕が話した時以上の機密じゃないか…」

 

マルコが呆れたように言うと、ジャンはへへっと目を細めて笑った。

 

「どっちが何だっていいんだよッ…おい、マルコ、気を付けろよ?ここは壁外だ、多分だが…蛇が出るぞ…」

 

「…う、うん…わかった。ありがとう、ジャン」

 

「……」

 

ゴクリと二人の喉が鳴った。生唾を呑み込んだ音だった。今まで、ここまで順調だった。だが、当然イレギュラーは起こりうるわけで。ジャンとマルコは、その真っただ中にいるのだと、そう確信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジャンとマルコが腹を括っている時、大型馬車に辿り着いたネスの口から、最前線での異常事態が報告された。

 

報告を受けたミカサは速やかに部隊を前進させ、一刻も早く最前線シガンシナ区への到達を急がせた。中央指揮所であるライプシュタンダルテ師団司令部から、装甲教導師団への命令通達を任されたのはマルコだった。

 

「僕はここで一抜けだね」

 

馬にまたがったマルコがジャンに言った。

 

「軽口いってねぇで、気を付けろよ?」

 

「あぁ、勿論さ」

 

早馬を駆って、彼方へと走り去っていくマルコの背中を見守りながら、ジャンもまた、ハーフトラックに揺られながら敵地へと向かった。

 

ジャンとマルコが分かれている最中も、状況は変化し続けていた。ヴィーキング師団の管轄である観測気球から黒…異常事態…の発煙が立て続けに三度も上がったのだ。

 

「何が起こってるの…?」

 

ミカサが口元に手を遣り、考え込んでいると、ライプシュタンダルテ師団付きの観測気球からワイヤーを伝って通話が入った。

 

数百メートルの距離を伝って、受話器の向こうから音が届けられた。

 

「第一師団観測気球を見失いました!墜落か降下かと!敵に対空手段ありと予測!」

 

「…了解。観測気球は前線に着く直前に降下せよ」

 

ハンドメイドの観測気球一台で軍用馬十頭を軽く超える費用が割かれている。むやみやたらと失うわけにはいかなかった。

 

観測気球護衛の為に部隊を割くことが決まり、ライプシュタンダルテ師団は実質的な戦力を二分した。これは恐らく装甲教導師団も同様の状況だろう。

 

二百名ほどに減ったライプシュタンダルテ師団は更に南進。昼前にシガンシナ区へと到着した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅かったな…ミカサ」

 

「リヴァイ師団長…状況を教えてください」

 

「イイだろう…来い。こっちだ」

 

到着したころには、あちらこちらに人間の頭ほどある石礫と、家屋や壁の破片が、吹き飛ばされた人間や馬の肉片と共に散乱していた。

 

「運の悪かった奴は、獣の巨人の投石で吹き飛んだ…見ろ、奴だ」

 

壁上に上がると、件の獣の巨人の姿が好く見えた。巨人の壁は動かないまま。不気味な沈黙を保ったままの状態で市街地の通りに面して一直線の壁を形成していた。

 

「獣の巨人…ですか」

 

「あぁ…中々、知恵のまわる野郎だ。巨人の壁と市街地の建造物を盾に、機動猟兵を寄せ付けない。自分は何時でも逃げられるように門の近くから瓦礫を投げてやりたい放題だ」

 

破られた門の破片や、壁の破片、家屋の破片…瓦礫には困ることが無さそうだった。

 

「観測気球は?」

 

「無事だ。当たる危険は無かったが、念のため降ろした」

 

緊急事態を伝える為でもあったらしい。確かに、その情報はいち早く伝わったが。ミカサは肝が冷えた。

 

「賢明な判断かと…カチューシャは?」

 

「近づけないことには、な。俺とお前の所と、あと装甲教導師団ので三発分だ。一発でも届けば…見た感じヨロイも無ぇ。十分だろうな」

 

やはり問題は巨人の壁らしい。市街地での戦闘の難しさがここにきて表面化した。特に、分散して襲い来る巨人が前提になっている以上、密集して陣形を形成する巨人に対して有効な戦術は開発されていない。

 

こうなれば、火力制圧するほか無いだろう。ミカサは思考を切り替えた。

 

「タンクと火砲部隊を集めます」

 

「そうしてくれ…機動猟兵は壁のすぐ内側に退避させてある。投石も届かないからな…巨人の壁が破られ次第、俺たちが突撃する。毛玉野郎は俺が仕留める」

 

「分かりました…では、また」

 

ミカサは司令部要員のアルミンに、火砲部隊への砲撃命令通達を命じた。

 

「アルミン聞いて、これは重要な任務になるわ。出来るだけ早く伝えてきて。夜になってからでは、あの巨人を見失ってしまう。ここで仕留めなければ…」

 

「了解!すぐ行くよ!」

 

「えぇ、よろしくね…」

 

師団長としての風格漂うミカサにアルミンは恐縮しっぱなしだったが、我を取り戻してすぐさま馬を駆った。

 

ドガガッ!と蹄が石畳を叩く音が響いた。火砲部隊の配置された、ウォールマリア内地の陣地まで僅かな距離だった。

 

「サシャ!サシャはいるかい!」

 

アルミンが叫ぶと、丁度お昼ご飯を食べていたサシャ・ブラウスと彼女の相棒コニー・スプリンガーが現れた。

 

「おうおう、アルミンじゃねーか!どうしたんだ?仕事か?」

 

「もぐもぐもぐもぐ…」

 

蒸かした芋と、携帯食料を両手に持って齧りついているサシャは無言だった。

 

「砲撃要請だよ!目標はシガンシナ区市街地の大通りに面して横一列に隊列を組んでる」

 

「巨人が群れてんのか!?」

 

「もぐもぐもぐもぐ…」

 

「そうみたいだ!これからタンク部隊にも伝えて来るから、よろしくね!」

 

「あ、おい!…いっちまったよ…サシャ、大丈夫か?まだ食ってる途中だってのに。いっそ夜まで待てばいいんじゃねぇか?」

 

「もぐもぐもぐもぐ…ごくん…」

 

やっと食べ終わったらしいサシャは、コニーに顔を近づけて言った。

 

「???な、なんだ?どうしたサシャ?」

 

「コニー!やりますよ!腕の見せ所です!!」

 

「お、おう!」

 

「放物線を描いて、壁を飛び越える弾道を描かなくてはッ…さぁ、早く計算をお願いします!!」

 

「おい!どこ行くんだよ!俺まだ食い終わってないんだけど!」

 

「早く食べちゃってください!同志コーバの為に、いっちょデカいのを撃ち上げちゃいますよぉッ!!」

 

「お、おー!」

 

サシャが意気揚々とする横で、コニーはスープでパンと芋を流し込んだ。

 

砲兵陣地が活気づき始めたのを横目に、ミカサは事態を重く見たのか、唯一司令部陣地付近に停車してあるタンクの後部収納を優しくノックした。

 

コンコンという空洞を叩く音に続いて、顰めるような声で「なんだ?」と返ってきた。

 

「ヨシフ…恐らく『真打』が出ました」

 

「…わかった。ここから出よう。指揮所に案内してくれ」

 

のそのそと、コーバがタンクから這いずり出て来る様子を多くの者が見ていたが、誰にも最早隠し立てする気はミカサにもコーバにもなかった。

 

ズンズンと、顔に機械油の黒い汚れを残したまま、コーバは指揮所へと威風堂々と歩いて向かった。彼の後ろを、三歩後ろにぴったりくっついて歩くミカサの姿からは、彼女自身も気づかないが高揚感が見て取れた。

 

「待たせたな…状況報告を聞こう」

 

「同志コーバ!?なぜここに!!」

 

瓦礫の近く、隠匿された司令部テント内に入るなり、司令部はどよめいた。

 

本来いるはずのない、いてはいけない人間が立っていたからだ。おまけに兵卒の格好で!

 

「説明はあとでしよう。さぁ、今はどういう状況なんだ?巨人は何体だ?」

 

呆気にとられる指揮所内部に、ミカサが現れた。ミカサは説明の代わりに、将校たちをジロりと一瞥。それだけで将校たちは彼女の意図を察した。つまり、「コーバに従え」である。

 

「は、ハッ!現在我が方の前方に巨人の壁が出現。約四十体の巨人がシガンシナ区を横断するように一列に陣形を組んでおります。その更に後方には、仮称獣の巨人が遠隔攻撃手段を持ち、恐らくは巨人たちに指令を与えているものと思われます!」

 

「巨人に動きは?」

 

「ありません!壁を形成する巨人は棒立ちのまま。獣の巨人だけが散発的に投石を行っております!その投石で、遂に我が方にも死者が…」

 

「わかった…」

 

息を吹き返した将校が、シガンシナ区の地図を指しつつ、コーバに説明した。

 

「火砲部隊は配置が完了しました。タンク部隊も同様です!」

 

「何時でも行けるか?」

 

「いけます!」

 

「よし…なら、君たちはこの指揮所に残り、指揮を続けたまえ。私とミカサは動く」

 

「動く、ですか?」

 

「あぁ…発煙弾で敢えて教えてやるのさ。俺の居場所をな」

 

「は?…え?いやいやいや!危険すぎます!」

 

「海岸線はまだまだ先だ。ここまで単独で歩き回る体力がアイツにあるとは思えん。進撃も女型もこっちにある。…だとすれば、車力か?戦槌は違うな。それこそ、タンクでも無ければここまで辿り着けんはずだ。既に向こうの『叫び』は封じてある。奴も困惑してるはずだ」

 

「え?え?」

 

困惑する将校たちを他所に、コーバは続けて言った。

 

「これも作戦の内だ。こっからが勝負だからな。まずはマーレに渡りを付けにゃいかん。そのためにも、一方的に屠るでも、一方的に負けてやるでもなく、交渉の席に着かせる必要がある。向こうにも希望を見せなければ…やらなくて済むなら結構だが。この調子だとやることになりそうだな」

 

「……」

 

「ミカサ、そんなに心配するな。大丈夫だ、ちゃんと視えてる」

 

「でも、心配なものは心配…」

 

「…一緒についてきてくれれば一番好いんだが。それも今回は難しそうだ。尾行するのは危険すぎるしな…」

 

コーバは歩きながら逡巡し、一度足を止めて振り返るとミカサに言った。

 

「三日だけ。三日だけ俺を待っていてくれ」

 

「三日だけ、だからね」

 

「あぁ…三日だけだ」

 

「…わかった。待ち合わせは?どこでするの?」

 

「折角だから海にしよう。早馬でなら今夜から夜通し走れば着くだろう。こっちの馬は足が速い。それに…この先に、もう巨人は早々いないだろうから…」

 

「…気を付けてね?」

 

「あぁ…よし、発煙弾を上げるぞ。これで…気づいてくれればいいんだが。どこで見てるんだ?…見てるんだろ?俺たちを…」

 

バスッ!!

 

発煙弾が上がった。開始の合図は赤。赤い煙が一筋空に向かって奔った。

 

「一雨きそうだな…」

 

重く濁った曇天を見上げて、コーバはミカサにそう零した。

 

 

 

 

 

 




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