進撃の赤い巨人   作:ヤン・デ・レェ

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漫談

 

 

 

 

目立って不審な動きをする男を一人、口の中に詰め込んでピークは走った。男を口に中に入れてから数時間。ぶっ通しで走り続けていると、次第に息切れでもしたのか、気づかない内に走る速度が遅くなっていた。

 

違和感に気付いて、それでも止まることなく進んでいると、今度は視界を覆うように、体のあちこちから蒸気が吹き上がった。どんどん、蒸気の量は増していき、いよいよ前が見えなくなるほどになった。

 

それと同時に、手足の間隔が寸断されたように、ぱったりと地を駆ける感覚が萎びていった。

 

恐怖と不安に駆られて、更に前へと進もうとしたが、遂に手足が動かなくなっていることに気付いた。手足は何処に?

 

巨人体はいつの間にか、胴体を残して蒸発しており、顔も体も完全に蒸発するまでは時間の問題だった。

 

顎の感覚もなくなり、自然と下顎が落ちて、口が開いた。

 

俯せに潰れた巨人の口から、急ぐでも焦るでもなく、のっそりと男が出てきた。手には回転式の拳銃が握られていた。

 

うなじから逃げる間もなく、男はピークを蒸発する肉塊を掻き分けて引きずり出すと、後頭部にそっと銃口を添えた。

 

何も持っていないピークに手立てはなかった。だが、男は一向に銃を撃つ気配がない。

 

恐る恐る手を上げると、男は短く「少し話をしよう」と言って、ピークに立ち上がることを促した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

背後から男に銃を突き付けられたまま、私は歩き続けていた。

 

「少し話をしよう」と男は言ったが、どこで話をするつもりなのだろう。

 

男は沈黙していた。何も語らず、だから私は男の名前すら知らない。男も、恐らくは私の名前すら知らないだろう。

 

ただ一つ確かなのは、男は私を何時でも撃ち殺すことが出来るということだけだ。

 

巨人の口に自分から進み出て食われたかと思えば、今はこうして落ち着き払って私に銃口を突き付けている。

 

この男は余程の変わり者か、何か意図するところがあるのだろう。

 

私達はひたすら歩き続けた。歩き続けて、そして、ある時から地面の質が変わったことに気付いた。砂浜だった。

 

「君の目的地だったのかな?偶然だな、俺もここを目指してた」

 

唐突に、男は口を開いた。男の口ぶりには、開口一番から違和感が伴った。懐かし気な声音が、私を揺さぶった。

 

「まぁ、そうだな、少し話をしよう。そこに腰かけてくれ。私もそろそろ足が疲れた」

 

促されるまま、砂浜に転がってある流木に腰かけると、男が銃を腰のホルスターに仕舞い、私の隣に座った。

 

足を少し開き、両手を組んで、前かがみになった男は、ぼんやりと朝日が昇る海を見つめていた。

 

「手も降ろしていい。別に降ろしたからって撃ちゃしないよ」

 

私はゆっくりと、上げっぱなしだった両手を下ろした。じんわりと指先まで熱のこもった血の巡る感覚がくすぐったかった。

 

「アレ、驚いただろ?」

 

男が突然口を開いた。私の方を見て、悪戯っぽく笑っていた。

 

「あれ?」

 

「突然、体が崩れて」

 

「……」

 

「アレ、俺の仕業。君は何も悪くないよ…」

 

男はまた正面を見た。遠くを見つめるような眼だ。

 

私は現実を直視できる自信がなかった。そんな、そんな魔法の様な力があってたまるか!と、そう思うことで精いっぱいだった。

 

「始祖の巨人を?」

 

どうにかこうにか、こねくり回して引き出した声だった。思いついたものがそれしかなくて。でも、なんとなく違うだろうなと思った。

 

「宿してない。残念だったな」

 

「……」

 

やっぱり。でも、今度こそ、これで男が何者であるのか分からなくなってしまった。

 

マーレから迎えの船が来るまでまだまだ時間がかかる。次の調査船が来るまでだって同じだ。

 

急いでもしょうがないから。一周まわって私は、隣の男に興味が湧いて来た。

 

「名前はなんていうの?」

 

「人に名前を聞く時は、まず自分から」

 

確かにその通りだ。

 

「…そう、だね。私はピーク・フィンガー…貴方は?」

 

「ヨシフ・ヴェトー…人はみんな俺をコーバと呼ぶ」

 

「どうして?」

 

「彼女に名乗った時、名前がコーバだったから」

 

彼女?名乗った時?

 

愛称のきっかけにしては、不思議な語りだった。

 

「???ど、どういうこと?」

 

「ふふ、悪い。でもその内、君も分かるようになるさ。コーバのほうがしっくりくるってな」

 

「ふぅーん…それで?その彼女っていうのは誰のことなの?」

 

奥さんかな?恋人かな?

 

「あぁ、君たちが始祖ユミルって言ってる女の子いるだろ?」

 

「う、うん…」

 

「あの子だよ」

 

「え、えぇっと…それで?」

 

「それでって?」

 

「その子と彼女さんにどんな関係が…?」

 

まさか、始祖の関係者なのだろうか?

 

「いや、だから、始祖が彼女なんだって」

 

「いやいやいや!それはおかしい!」

 

おかしい!おかしい!どうしてそうなる!?

 

千年以上前の人間に名乗った名前が、どうして今の愛称になるんだよ!

 

私は困惑していた。どうみたって男には不思議な力が備わっているようには見えない。剣呑さもなければ、危機感もない。見たことも無いほどの美しい顔をしていることは認めるが…それだけで、千年以上昔の人間が自分の恋人だと言い張れるわけもない。なんだろう?何かの暗号なのだろうか?

 

私の困惑を他所に、男は少しずつ自分のことを話し始めた。

 

「おかしいおかしいと君は言うが…まぁ、そうだな実に可笑しい話だ。そもそも、俺は君たちの言うエルディア人ではないからな。…あれ?むしろ俺こそが元祖エルディア人ということにもなるのか???まぁいいや。それよりもだな…俺の生まれはもっと東の方でだな、昔っから勘が鋭かったから、そのお陰で紆余曲折在りながらも、時に奴隷として、時に自由市民として過酷な古代を生き抜いていたって訳よ」

 

「古代人って、そういう設定なの?」

 

「まぁ、今はそれでいい。君に話そうと思ったのも、突然の思いつきだし。そっち側にも一人ぐらい俺のことを知ってるやつが居てもいいかなって思って」

 

「へぇー…それで、古代人のコーバはどうしてエルディア人じゃないけどエルディア人になったのさ?」

 

「面白い質問だ。それは、そうだな…王様の女を寝取ったからだ!」

 

「…それで?」

 

「それで…娘が生まれることになってた。あの子はその通りに生んだみたいで…でも、俺は俺の娘たちを見ることは叶わなかったよ」

 

「…他人事みたい」

 

「実際、俺はそうなるってことを知ってただけだしなぁ…」

 

「未来でも、視て来たみたいな話し方だね」

 

「正しく、そんなもんだ…お陰で苦労してる。考えても見ろ。二千年分の記憶があるんだぜ?二千年前から、自分の運命が決まっていたとしたら…どうだ?うんざりしないか?」

 

「まぁ、するかも…でも、途方もなさすぎない?ウソにしたってもう少しマシな嘘吐けばいいのに…」

 

「嘘だと思うか?」

 

「嘘じゃないの?」

 

「嘘じゃない」

 

「う、嘘だぁ~…」

 

コーバは嘘吐きみたいだ。それも大がつく。でも、不思議と彼の言葉には悪意がない。嫌味も言わず、反応の薄い私に淡々と自身の半生を語って聞かせてくれた。

 

途中まで、それこそ大嘘の作り話として耳を傾けていたけれど、次第に流れが変わってきた。それこそ、百年ちょっと前の時代の話になる頃には、私たちだって知らないマーレとエルディアの話についても平然と話したからだ。

 

「へーロスなんて奴、俺は知らない。会ったこともない。そもそも、あんなのは全部作り話だろうに…それに、あのタイバー家の奴らも、今となっちゃあ既得権益で肥え太った古いだけの家だ。よくもまぁ、ユミルの顔に唾を吐き続けられるもんだよ」

 

「あのぅ…」

 

「ここに来たのも、久しぶりだな…ざっと百年は来てないな。あぁ、そうだった段々と思い出してきたぞ…そうだ、あそこから上陸したんだった…でも、そのあとの記憶があやふやだな…まぁ、それも仕方ないか?次に目が覚めたのは地下街でだもんな…」

 

「あのーー…」

 

「俺、実はこれから二百年後に死ぬんだよね。罪人として、首吊られるんだ…正直、なんていうか、嫌だな…痛いのは嫌だし。悪口とか言われんのも正直キツい。でもなぁ、そうしないと次に進めんのだものなぁ…難儀なことだよなぁ…。逆に考えれば、あと二百年も働かないといけないのかもしれん。それはそれで辛いな。また見送る側になってしまう…あぁ、でもユミルには逢いたいし…難儀だな、全く」

 

「あのッ!!ちょっといいですか?」

 

「…いいけど」

 

コーバが何者なのか、私には分からない。いや、私以外も分からないはずだ。こんな話が現実にあってたまるか!

 

でも、もしも本当だったとして…この話を、どうして敵国の私に話すんだろうか?

 

「どうして、私に話すんですか?そういうことって、もっと大事なことなんじゃないかなって…」

 

コーバは私の方を見て、にやりと笑った。

 

「誰かに、愚痴聞いて欲しくてさ。でも、壁内だとみんな畏まっちゃって、こんなこと話せる人いないんだよ。だから、考え方を入れ替えようと思って。そしたら、そうだ!敵国の人間になら気兼ねなく話せるじゃん!って思ったんだ」

 

「…誰でもよかったんですか?」

 

はて、私はどうしてこんなことを聞くんだろうか?

 

私にもわからない。でも誰でも好いという回答を自分が求めていないことだけは、確かだった。

 

コーバは相好を崩して、幼い子供を見守る様な、柔らかい視線を私に注いだ。私はこそばゆい感覚だ。

 

「誰でも好かったわけじゃない。なんてったって君のことも視えたからね」

 

「その嘘、まだ続けるの?」

 

「あははは!壁内じゃぁ誰も疑ってくれないから、新鮮で好いね!」

 

「…あの、凄く今更なんですけど…貴方、コーバは何者なの?」

 

私の問いに、コーバはにんまりと笑って答えた。

 

「俺は革命家さ。そういう君は何者なんだ?戦士?エルディア人?それとも、他の何者か?」

 

「私は…私は何者なんだろう…わかんないや」

 

 

 

 

 

 




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