進撃の赤い巨人   作:ヤン・デ・レェ

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momotaro様 誤字報告ありがとうございます。


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悶々 ピーク

 

 

 

 

 

浜辺でぼんやりと日が沈むのを見送って、それからまたコーバと語り明かした。一晩中、私はコーバと対話を重ねた。特別なことを話すことも無くて、いつの間にか好きな物、嫌いな物の話になってた。私はコーバと言う人間をより深く知りたいと思うようになっていた。敵であれ、何者であれ、私はコーバに興味があったのだ。彼の生きざまにも。革命家だという、彼の壁内での立ち位置に関しても。

 

不思議なもので、あっという間に夜が明けた。そうして、今更ながらに気付いたことがあった。お腹減ったな、と。

 

「そういえば、飲み食いしてないや…ねぇ、コーバ。なんか持ってないの?」

 

私が聞くと、コーバはにやりと笑った。

 

「言うと思ったよ。ほら、こんなんで好いなら。やる」

 

「何さ、これ。食べ物?石鹸みたいだけど…」

 

「四角い硬焼きのパンを油紙で包んである…味はまぁ、携帯食料だからな…期待はするな」

 

「食べられればなんでもいいよ」

 

私はコーバから差し出された、視た感じ新品の石鹸のような携帯食料に齧りついた。

 

「うげ!硬い!なにこれ!」

 

「だから言っただろ?硬焼きだって」

 

「にしたって硬いね…なんか飲み物とかって…」

 

私がコーバに物欲しそうな眼を向けると、コーバは懐をがさごそ。

 

「…平たい携帯食器があった…ウチの兵卒用だ。使い心地は悪くないが…肝心の水がないな」

 

「海ならあるけど…海水が飲めればいいのにね」

 

「そうだなぁ…まぁ、あと一日の辛抱だ。耐えてくれ」

 

コーバはそう言うが、人間三日も水を飲まないと死ぬかも分からない。オマケに食料は水分皆無の硬いパンだけときた。

 

流石に無理だろう。

 

「えぇ~…死んじゃうよぉ」

 

私が駄々をこねると、コーバは困った顔をしたが、何か思いついたのか、立ち上がって尻についた砂を払った。

 

「うーむ…なら、ちょっと待ってろ火でも焚く」

 

「焚いてどうすんのさ…」

 

「蒸発させた水分を集めて飲む」

 

「めんどくさそう…」

 

「俺もめんどくさいの嫌いだ…」

 

そう言いつつ、テキパキと流木を集めて、携帯ナイフと火打石で焚火をおこしたコーバの手際は、素人のそれではなかった。

 

「久しぶりにやったが、案外うまく行くもんだな」

 

「へぇー…ねぇ、古代人のコーバさんは、どうしてわざわざこっちまで来たんだい?」

 

昨日の会話が思い浮かんで、彼に尋ねた。彼の設定に順じて、聞いてみた。

 

すると、彼は何が面白いのか、海水を金属の食器で掬ってくると、少し乱暴に焚火の上に乗っけて、私の隣に腰かけた。

 

「おぉ、いいことを聞いてくれた…そうだなぁ、まぁ、ちょっとした出来心からだなぁ」

 

「出来心?」

 

「うん…将来デカくなる奴。そういうのを俺は見抜いて、まだそいつが出世する前から味方になったりして、旨い汁を啜ってたんだな」

 

「世渡り上手だったんだね」

 

私の言葉に、コーバは苦い顔をした。

 

「そうとも言う。そんで、ある時エルディア帝国の重鎮になる様な捕虜の男を見つけたんだ」

 

「へぇ…それで?」

 

「勿論味方した。もうその時には貴族に気に入られて自由市民だったし。そいつらに取り入って、釈放してもらった」

 

「…凄いね、影響力が」

 

「凄くないよ。運がよかった。どれもこれも。それから、案の定ソイツはグングン出世して、エルディア人を強い部族にしたわけだ。王は大喜び。俺も大いに好い思いをした。だがある時から、エルディア人は別の少数部族を滅ぼして、女子供を奴隷にするようになった。今考えれば、それは部族や民族が繫栄する上で自然の成り行きだったのかもしれない…」

 

「…それで、貴方はどうしたの?」

 

コーバは実際に見て来たかのような語り口で、思わず私も本当のことなんだろうかと信じそうになる。

 

前のめりになる気持ちをぐっとこらえて、彼の話に耳を傾けた。

 

「…ある日、幼い女の子が奴隷として連れてこられた。名前は、舌を抜かれていたせいで俺もしばらく知らなかった。彼女に会った時、なんていうか…こう、胸がぎゅっと苦しくなったんだ…初めはなんでか分かんなかったんだけど…段々、段々彼女のことを目で追うようになって…」

 

「一目惚れってやつだね」

 

私はつい笑みを零した。コーバの頬が、新鮮な桜色に染まったからだ。今思い出しても、さぞかし鮮明なのだろう。

 

はにかむコーバの顔に、なぜだか私は胸を締め付けられた。辛い様な、心地好い様な…そんな感覚。

 

「そうそう…正にそれだ。一目惚れってやつで、でも、よく考えなくても、彼女の村が焼かれたのは間接的にではあるが俺の所為なんだよな。彼女の平和な生活と、家族を奪ってしまった…そのことに気付いてからは、彼女を目に入れるのも辛くて、申し訳なくて。でも、そんな時、何時もみたいに、今度は彼女の未来が視えた…」

 

「…どんな未来だったの?」

 

本当に彼に未来が視えていたとして、じゃぁ私の未来は?と聞く度胸はない。ただ、彼の話に出て来る女の子に、不思議と同情とも共感ともいえる思いを抱いていた。

 

視えた未来が幸せなものではないことくらい、彼の悲痛な表情を見ればわかった。目じりには涙が浮かんでいる。涙の膜を隔てて、コーバの優し気な笑みが浮かんだ。

 

「俺の嫌いなフリッツの親爺に手籠めにされる未来だった…それで、なんていうか、カッチーンと頭にきた。こうなったら、罪滅ぼしもそうだが、それ以上に一人の男として彼女をあの色ボケ爺から救わなければッ!って…青いよな…あの時の俺。まぁ、それで…彼女の手を取って、逃げだした。丁度よくって言ったらアレだけど、彼女が家畜の豚を逃がした所為で追われる時とも重なったから、いよいよ俺には迷いなんて無くなった」

 

「…逃げ切れたの?」

 

「うん。追手は全部やっつけて…ただ、将来彼女の助けになる様な、義理堅くてかつ巨人の力に心酔して、エルディアに戻ったユミルを支えてくれる人材だけは生きて返した。俺が居なくなった後で、彼女か、彼女の子供たちが悪いことにならないようにと思って。自慢じゃないが、俺が逃がした奴らは殆ど貴族になったぞ。最後は殺し合って没落しちゃったけどな」

 

「へ、へぇ~…エルディア帝国の貴族ってこと?」

 

エルディアの貴族の話なんて、マーレの中でも知っているのはそう多くないだろう。壁の中ならもってのほかだ。やっぱり、彼の記憶の信憑性には疑い辛い所が散見される。

 

だが…もしも彼の言葉を信じてしまえば、それこそ世界がひっくり返ってしまいそうで。私には怖くて、そんなことできなかった。

 

「そうだ。それで…今もこうして俺が生きてる理由なんだが…」

 

「うん…」

 

「最初から、ユミルなんて居なかったってことにするためだ」

 

「!?と、突然だね…飛躍しすぎじゃない?」

 

「飛躍してるのは確かだが…結論を急げば、そう言うことになる。彼女のことを、皆に忘れてもらうために。静かに眠れるようにするために、あとついでに俺があの子の元に、『道』に戻る為に。巨人なんて居なかった。だから始祖も居なかったってことにしたいんだな。そのためにも、壁内の皆には幸せになって貰わなくちゃならない。平和なままね」

 

「無茶苦茶言うね、君…そんなこと、出来るわけがない」

 

ホントに無茶を言う。好きな女の子の為に、っていう所にはキュンとしなくもないけれど…それだって、限度ってもんがある。

 

『道』が何なのか…私には分からないし。死後の世界だって信じてない。でも、彼にとってはそこがゴールなのだろうか?

 

今、生きているこの時間は、彼にとってどんな意味を持つのだろうか?

 

私が疑問を顕わにすると、コーバはまた…あの悪戯っぽい表情を浮かべて、私にぐっと顔を近づけた。顔が近い!近いって!

 

「どうだろうな…人間の世代交代が30年だとして、五世代経ればもう大昔のことになってる。君たちの代で、巨人が完全に世界から消えて無くなれば…さぁ、どうなる?御伽噺くらいにはなってるんじゃないか?」

 

「無理だよ…マーレが巨人の力を手放すはずがない…」

 

「さぁ、どうだろうな…。現に、君たちの殆どは俺たちの島にいる。俺たちはマーレを知る手立てがあるが、向こうには知る手立ても、正確な島の情報もない。時代遅れの未開拓地帯だと思って、大軍で攻めてきたとして…こっちには三重の壁と、自給できる資源、向こう以上に発達した技術力がある。それに…俺の目的はマーレとの全面戦争に勝つことではない」

 

「…な、なんなのさ?だったら、なんだっていうの?」

 

「エルディア人巨人学説の否定だ。そのためにも、俺たちにはマーレなどと言う時代遅れ国家と戦火を交えて国力を削いでいる暇などない」

 

「途方もない、話だね…ていうか、それをマーレ側の私に普通話すかな?」

 

「君になら好いと思った…それに、理解はできるだろう?エルディア人が自由になる為に、最も現実的な手段を模索しているのがどこの誰なのか…」

 

「…言えてる」

 

私の中に、コーバの言葉を肯定したい自分がいる。そのことにはとっくに気が付いている。けれど、ここで彼を肯定してしまえば…なんというか、彼が私に求めてくれた何かに背く気がした。

 

流されたくないっていうか、このまま、気軽に話して欲しいっていうか…よくわからないや。でも、とにかくそういう感情が邪魔をする。

 

口説く様に甘い声で囁いたかと思えば、引き締まった表情で理知的に話をする。それもこれも一人の女の子の為とか…なんか、あれだ、これはズルだ。

 

私が悶々としていると、コーバは真剣な表情で私に向き合った。

 

「…ピーク」

 

「なぁに?」

 

「ジーク達を返してやる。その代わり、俺たちを外交使節団としてマーレに手引きしろ」

 

「……え?」

 

え???

 

「俺たちの目的は、国際政治に独立国家ソヴィエト=ミットラント人民共和国として参画することだ」

 

「え…?え、え?ちょ、待ってよ!」

 

いきなりどうしたのさ!?っていうか、マーレに来んの!?正気かい!?

 

「どうした?」

 

「ほ、本気でマーレに乗り込むつもり!?」

 

「乗り込む?…ははは、違うな。歓迎されるから行ってやるだけだよ」

 

清々しく笑うコーバは、きっとマーレが世界中から蛇蝎の如く嫌われていることに気付いてない。いや、気づいていて敢えてそういうことをしようとしてるのかな??え、でも何のために?

 

「歓迎って…ウチの評判とか、戦争での戦い方とか、そういうの知らないのかい?」

 

「知ってる。知ってるよ。でも、だから行くんだ。この目で実際に見ないことには、ね?」

 

「…ね、ねぇ、コーバ」

 

やっぱりやめとかない?このまま、私は別に捕虜でもいいかなって思ってたんだけど…。

 

「?…どうした?」

 

きょとんとした顔しちゃってさ…私が裏切るとか、そういうこと頭にないんだね。

 

「…なんでもない。やっぱり、なんでも」

 

あぁ~…もーう、仕方ないなぁ…でも、どうしよ。ジーク戦士長が来てから、話しとか進めるのかなぁ…。

 

「…また、言いたくなった時に聴くよ。…よし、そろそろ水も集められそうだな…ちょっと待っててくれ。上手い具合に空いてる方の食器に水をためて見せるからさ」

 

「…うん…待ってるよ」

 

考え直してくれないかな?…無さそうだなぁ。あーあ…どうなっちゃうんだろう。

 

 

 

 

 




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