進撃の赤い巨人   作:ヤン・デ・レェ

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親子 ジーク

 

 

 

 

 

「今に自分から話すようになる」

 

目つきの悪い三白眼の男からそう言われたジークは、これから自身の身に降るであろう苦難の数々を想像して、覚悟を決めた。

 

ありとあらゆる拷問が待っているに違いない。そう思って、ジークは自分に「俺は戦士長だ。俺は戦士長だ」と何度も言い聞かせ、奮い立たせた。

 

だが、覚悟を決めてからというもの既に十日近くが経っていたが、一向に拷問らしい拷問が始まらない。

 

「どうしたことだ、これは…」と、ジークは首を傾げたが、内心では酷く安堵していた。

 

目隠しをされ、猿轡を嚙まされて護送されること数日。到着した場所で目隠しを外されて、気が付けば地下牢で三食昼寝付きの好待遇を受けていた。

 

毎日のように、眼鏡を掛けた鼻息の荒いハンジと名乗った研究者からの尋問を受けることを除けば、看守による私的な体罰はおろか、飢えることも凍えることもなかった。

 

逆に不気味になるほどに、平穏な日々を一週間ほど送り、ようやく事態は動き始めた。

 

朝から騒がしいと思っていたら、完全武装の看守たちに羽交い絞めにされて目隠しを締められ猿轡を噛まされた。従容としつつ、看守の案内に従って連行されること暫し、ジークの目の前には見たこともない美しい男が立っていた。

 

「改めて名前を問おう。君は、ジーク・イェーガー。マーレのエルディア人戦士隊の戦士長で間違いないね?」

 

明朗な声で投げかけられて、ジークはつい「うん」と頷いてしまった。

 

ジークの反応に、男は一言「よろしい」。

 

男の背後に黒髪の女が立っていることに遅れて気が付いたジークの目線が、ミカサに向くのと時を同じくして、男…コーバ…は振り返ると、ミカサに目配せをした。

 

コーバからの合図に応えて、ミカサがコーバの真後ろにある扉に手を遣った。

 

扉が開かれると、看守たちが何やら椅子と机を持って入室してきた。発光石の明かりが頭上に灯り、四面を窓のない強固な壁で囲った尋問室に、簡易の四人用の卓が用意された。

 

「ジーク・イェーガー…君に会わせたい人がいる」

 

コーバはそう言って、ミカサを伴うと部屋を後にした。

 

椅子に座すよう指示されて、言われるがままに座ったジークは沈黙の中で正面の扉を睨んだ。

 

「俺に会わせたい人?誰だろうか?ピークも捕まったのか?ライナーとかが生きてたのか?」なんて、そんな疑問が浮かんでは消えた。

 

特に不安もなく、ただただぼんやりと時間を消費して待っていると、徐に扉が開いた。

 

重い鉄の扉の向こうから現れたのは、中年を迎えた男が一人、青年が一人、女性が一人。の三人だった。

 

「誰だ?」というのが第一印象だった。両者にとっての。

 

だが、言葉を互いに発さないまま、椅子に腰かけてその時を待っていると、ジークと、ジークの真向かいに座った中年の男が気付くのは同時だった。

 

「え?ウソぉ…ま、まさか、親父かよぉ…えぇ…」

 

「まさか、ジークか…?ジークなのか…?」

 

部屋の隅に兵士がいるから手こそ出なかったが、ジークは驚愕と同時に色々な感情が噴き出て、なぜかどうしようもなく疲れた気がした。

 

対して、中年の男…グリシャ…にとって、二度と会うことはないと考えていた息子が、成長して目の前にいることに驚愕と歓喜、そして恐怖を抱いていた。

 

だが、本当に驚いたのは今回の遠征に参加し、獣の巨人の中身が目の前の男だと知っているエレンだった。

 

「な!?父さん!どういうことだよ!どうして父さんがこの男を知ってるんだよ!?」

 

『父さん』と言う言葉から、ジークはようやく目の前の三人の関係性を察した。

 

「へ、へへ…なんだよ、アンタ…こっちでも子供こさえてたのかよ…」

 

責めればいいのか、だが仲が悪そうには見えないから余計なお世話になるかもしれないが…兎に角、ジークの心に父親の不義を糾弾する火が灯った瞬間だった。

 

「おい!どういうわけか…俺とお前は異母兄弟ってことになるらしいぞ?なぁ、名前なんて言うんだ?俺はジーク!ジーク・イェーガーだ!」

 

「や、待て、そのことについてはしっかり時機を見て話すつもりでッ…」

 

「ちょっとアナタ…どういうことかしら?私、なにも聞いていなかったのだけれど…」

 

「カルラ?少し待ってくれ、まずは私の話を…」

 

「お、俺の名前は、エレン・イェーガー…異母兄弟って、どういうことだよ…なぁ、父さん!俺たちに隠し事があるのかよッ!父さんでも、ジークでもいい…俺は本当のことを知りたい!」

 

「…私も、エレンに同意するわ…さぁ、グリシャ?正直に話してちょうだい…」

 

「さぁ!話してやれよ!グリシャ!お前の本当の姿をよ!お前のこれまでの醜い生き様をよッ!!」

 

妻と息子、そしてもう一人の息子に包囲されて、グリシャは四面楚歌だった。

 

ここに、イェーガー家の家族会議が今開幕した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ま、まずは、何処から話したらいいものか…」

 

カルラ、エレン、ジークに囲まれたグリシャは、最早隠し切れないことを理解して、少しずつ自身の半生について語りだした。

 

これまでずっと、家族に秘密にしてきた生まれてからカルラと結婚するまでの人生を、グリシャはどこまで正直に話せばいいのやら、皆目見当もつかなかった。

 

エレンとカルラの厳しい視線を横目に、ジークは内心でほくそ笑んでいた。

 

情けない父親の姿。もう二度と会わないと思っていた実の父親だ。自分を厳しく育て、両親の政治信条の為の道具の様に育てられた幼き日々の記憶が蘇った。家族愛を知らずに育ったジークが手に入れられなかった全てを、今や父親ばかりが手に入れていた。新しい妻を娶り、自分以外の子供を作り、のうのうと穏やかな生活を営んでいたのだ。

 

ジークの心の中に芽生え、彼をずっと蝕んできた両親を売ったことに対する罪悪感と、そのことを肯定しようとする感情が複雑に入り混じり、今のジークに壮絶な笑みを浮かべさせた。

 

三対の視線にさらされながら、グリシャは恐る恐る…だが、覚悟を決めた面持ちで三人に向き合った。

 

「ま、まずは、謝らせてくれ…これまで、父さんが嘘をついてきたことに…」

 

グリシャがそう言って、素直に頭を下げたことに、ジークは得も言われぬ不快感と、不明瞭な安堵を覚えた。

 

自覚できない何かに、ジークは身もだえしそうなほどの不快感を覚えた。だが、それを言葉にするには、余りにも父親への執着と言うものが強かった。

 

今やジークの恩師であり、彼が父と慕ったトム・クサヴァーはいない。目の前に、実の父親がいるのだ。父親らしい顔をして。

 

愛憎の二面性に悶えながら、ジークは父親が父親足らんとする姿を目に焼き付けた。

 

グリシャは手始めに、自分の故郷がマーレという外国であり、そこで被差別人種として育ったことを語った。

 

「私は世界の広さと言うものに憧れていた…自治区を囲う壁を憎み、自分の生まれを嘆き、同時にこの生まれこそ何か意味をもつのだと思い込むようになっていった…」

 

「ある日私は妹のフェイを連れて壁の外へと出向き、そこで見た空飛ぶ飛行船を目に焼き付けた…だが、結局のところ無謀な試みには代償が伴った。大きすぎる代償が…私は妹のフェイを、保安当局の手により失った」

 

「残酷な仕打ちに耐えかねた結果、私は表向きは模範的なエルディア人として振舞った。だが、日に日に自分の民族の歴史への懐疑を強めていき、マーレにとっての危険思想に身を寄せるようになっていった」

 

「ある時、私はエルディアの復権派という組織に属する機会に恵まれた…今思えば、私は向こう見ずであり、妹を失った両親の悲痛な思いにも鈍感で、おまけに自分の行いを正しいと信じて止まない…目の見えない理想家のようなものだった」

 

「組織に入り、同じような考えの仲間たちと現体制への不満を燻ぶらせる日々の中で…私はダイナと言う女性と出会った。彼女と私はほどなく結婚し、ここに居るジークが生まれた…」

 

「当時…いや、戦士長と呼ばれているからには今も存続しているんだろうね…マーレには戦士隊と言う制度があって、政府に認められて戦士になれば、名誉マーレ人として認められるというものがあった。私とダイナは…息子のジークをエルディア人復権の為の道具として、この戦士隊に入るように強いて…強いたんだ」

 

「厳しく育てたと言えば行儀が好いが、実際は洗脳だった…私自身が若いころに憎んだ歴史の押し付け、そのものの教育をジークに施し、努力を押し付けた。ジークの意志は関係なかったんだ」

 

「…それからほどなくして、ジークの密告で祖父母の安全と引き換えに、私たちは一斉検挙された。尋問され、拷問を受け、最後には楽園送り…極刑に処された」

 

「巨人として、ここパラディ島で永遠に彷徨い続けるというのが楽園送りの内容だった。そうだ、本来、私は…今頃は駆逐されるべき無数の巨人の一体になるはずだった」

 

「だが、現実は違った。どういう因果か、私は同じエルディア人であり、復権派に情報を流し続けていたフクロウという男と出会った。彼の名前はクルーガーと言い、私の前の進撃の巨人の継承者だった…」

 

「私は彼に選ばれて、私自身も選んで今ここに居る。進撃の巨人の力を継承し、生き延びて壁外から壁内へと入り込んだ…そこでカルラと出会い、エレンが生まれた…」

 

「エレン、お前が生まれてくれたお陰で、私は理想とも距離を置き、家族の為だけに生きることを選んだんだ。もう二度と、戦わなくても好いのだと。真実は全てしまっておこうと…そう思ったんだ。巨人化能力者は、本来十三年しか生きられない。だから、エレンの成長を見届ければもう私の物語はお終いなんだと…そう思っていた」

 

「だが、何の導きか、私は今もこうしてカルラとエレンと共に、壁内で生き延びている。成長した息子の姿を見届けて、忙しいながらも充実した日々を過ごしている。忘れていたエルディア人の復権の為の物語の、その一助となる栄誉に浴しながら…と、ここまでにしておこう。もう、十分すぎるほどに語ったからね」

 

「ジーク…今となっては遅すぎると理解している。許してくれだなんて、口が裂けても言えない…だけれど、本当に、申し訳なかった。すまなかった。君には、本当にすまないことをした。エレンを育てていても、君のことがずっと頭の中にあった。どうして自分がもう一度子供を育てることが出来るんだろうかと、何度も悩んだんだ…けれど、悔いはない。私にとってエレンは誇りだ。カルラと出会えたことも、私は彼女のお陰で、この世界に生まれてきて好かったんだと思えたんだ…」

 

「私の隠し事は、これで全てだ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グリシャの話を聞いていて、ジークは複雑な思いだった。

 

グリシャは確かに、ジークの想像以上に真実を、隅から隅まで余すところなく語った。自らの恥部を隠さなかった。自らの誤りを認めて、そしてジークに対して心からの謝罪さえした。

 

深々と、三人に頭を下げたグリシャ。父親の旋毛を見ながら、ジークは思わずにはいられなかった。

 

「どうして、どうして俺の時に、俺の為に、父親として、こんな父親として振舞ってはくれなかったんだろうか…」と。

 

「どうして、俺ばかりがこんな苦しい思いをしなければならなかったんだろうか…」と。

 

ジークは口惜しかった。同時に、酷く心が揺さぶられ、苦しく、悲しくかった。

 

息苦しさに悶え、俯かずにはいられなかった。

 

「あーあ、で、どうすんだよ…家族は解消か?」

 

もうすっかり打ちのめされて、満足して好いはずなのに不満足が溜まっていた。そして、そんな言葉がポロリと零れた。

 

エレンとカルラの返答を、ジークとグリシャは待った。二人とも、瞼を閉じて、眠っているかのように静かだった。

 

果たして返答は?

 

「…なぁんだ、それくらいならこのままでいいわよ?ただ…」

 

カルラは『是』。

 

「父さんが最低だったってことは…理解した。でも、俺の知ってる父さんが全てじゃないってのは…考えてみれば自然なことだし。俺は、許せるよ。でも…」

 

エレンも『是』。

 

「「ただし…」」

 

二人は声をそろえて言った。

 

「「ジーク(さん)に許してもらって!!!」」

 

「……えぇ…?お、オレ…ぇ???」

 

突然水を向けられたジークは目を丸くした。グリシャはというと、安堵を隠せない様子だ。

 

しかし、安堵のため息を吐くグリシャを安堵させない一言がカルラから飛び出した。

 

「なーに安心してるのこのヒトは!あ・の・ね!グリシャ、いいかしら?アナタがジークさんに許してもらえるまで、お家には入れませんからね?」

 

「え!?カルラ?いきなりどうしたんだ?」

 

突然のことに眼鏡がずり落ちるグリシャ。呆気にとられるジークとグリシャに対して、エレンとカルラは平然とした様子だ。

 

「なーにいってるのかしら?いきなりどうしたはこっちの台詞よ!考えてもみなさい!エレンは私の息子です。そしてアナタの息子です。じゃぁ、ジークはどうなるのかしら?今でも変わらずアナタの息子でしょう?ならジークは私の息子でもあるじゃない!エレンのお兄ちゃんに当たるわね。さて、ここで問題よ。賢いグリシャ先生なら分かるはずです…仲直りするまでは…?」

 

「家には帰れない…と?」

 

「正解!じゃぁ、私とエレンは帰るから。ジークさんとじっっっくりお話してちょうだい」

 

「…ジーク、兄さん。アンタがマーレの人間だって俺は知ってるけど…父さんの息子同士だから、なんだろう、その…家に来たら歓迎します…母さんも喜ぶから…じゃぁ…」

 

そう言って、カルラとエレンは本当に帰ってしまった。

 

残されたのはジークとグリシャだけ。兵士も指示があったのか部屋を退出してしまった。

 

本当に、二人だけになった。

 

「………」

 

「………」

 

沈み込む、沈黙に。

 

どちらから、何を話せばいいのだとか…二人とも分からなかった。

 

ただ…なんというか、ジークは、パラディ島に来てから初めて気分が好かった。

 

戦場の高揚でも、軍人としての栄誉に浴した時でもない。ただただ、なんていうか、さりげない喜びだった。

 

「は、はは、アッハッハッハッ!!もう、なんか、どうでもよくなっちまったなぁ…!あーあぁ~…」

 

「…」

 

ジークは腹の底から笑った。涙も浮かんだくらい。もう、それはもう笑った。どうしようもなく、おかしいではないか。侵略しに来たと思ったら、あっけなく捕まって、暴力も振るわれずにぼうっとしてたら死んだと思った父親と会って、あんなに恐ろしかった父親は年を取っていて、一丁前に嫁の尻に敷かれていて…「アッハッハッハッ!!!こりゃぁ傑作だぁ!!」

 

ジークは最高におかしかった。腹を抱えて笑って、それから、不思議なものを見るような顔でこちらを見守るグリシャに、実の父親に向き直った。

 

「なぁ、親父…アンタ、どうやって生き延びたんだ?こっちには、寿命を延ばす方法でもあんのかよ?」

 

「ある…ただ、その為には同志書記長閣下に認められるしかない」

 

「同志書記長閣下…?誰だ、それ」

 

「壁内人類の頂点さ。さっき、君も会ったはずだが」

 

「…あの、黒髪の女を侍らせてる男かい?」

 

「あぁ、それで合ってるよ…それで、その…」

 

グリシャがもじもじと、バツの悪そうな顔をした。

 

「ははーん…アンタ、俺に許されてぇのか…」

 

「ま、まぁ、そうだ…でないと、家に帰れないからね」

 

「ふっふっふっ…さぁて、どうしてくれようかねぇ…」

 

ジークは今の自分は今までで一番面白いことを思いついたと断言できた。

 

ジークは言った。

 

「じゃあ、アンタの家に招待してくれよ。家族として。そしたら、考えなくもないぜ?」

 

「…それで、いいのかい?」

 

「…あぁ。それがいい」

 

「なら、約束しよう…寿命の件も覚えておくよ」

 

「……あっそう…」

 

それからは再び沈黙が場を支配した。何も語ることがない。これ以上は、今は語るべきことは何もない。そう言うことだった。

 

グリシャは、椅子から立ち上がるとジークの方に手を伸ばした。

 

「なんだよその手は…」

 

「これは、約束の握手だよ」

 

「なんの約束だよ」

 

「家に招待する。それから、寿命も伸ばしてもらえるように掛け合うよ」

 

ジークは外方を向いた。向いたまま、壁を見ながらグリシャに問うた。

 

「…そりゃ、どういう意味だよ」

 

グリシャは手を差し出したまま、こちらを見つめないジークの瞳を見つめたまま言った。

 

「君の父親として、という意味だよ。息子の為になんでもしよう。私に、罪滅ぼしをさせてくれ。君に家族として認めてもらう為に。君を家族として迎え入れる為に」

 

「……」

 

ジークは暫く何も言わず。何もしなかった。だが、グリシャの手は差し出されたまま、動かなかった。

 

そうして、最後はジークが根負けしてグリシャの手を握った。

 

「ありがとう。ジーク」

 

グリシャは、ジークの手を固く握ると部屋を後にした。去り際にグリシャは、ジークに感謝の言葉を残して行った。

 

「なんだよ、今更さ…」

 

扉を見つめながら、ジークはぼそりと言い捨てた。鼻声で、耳まで赤かった。

 

誰もいないのを見回してから、ジークはちょっと泣いた。

 

 

 

 

 




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