進撃の赤い巨人   作:ヤン・デ・レェ

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交渉に向けて

 

 

 

 

 

思えばジークにとって拘束されるのは初めての経験だった。エルディア人でかつ巨人化能力者である以上、敵国に囚われれば情報を吐き出した後に殺されるのがオチだから、という背景もあっただろう。

 

薄暗い地下牢での暮らしは、案外悪くないものだった。静かで、特別に何かを強いられることもなく、三食昼寝付きだ。退屈すぎるのが玉に瑕ではあったが、逆を言えばそれくらいしかなかった。

 

脱走などと考える間もなく、ジークの元に二度目の面会の日がやってきた。今度は誰だろう?

 

そう思い、手枷足枷をされた状態で面会室に向かうと、そこには以前会った美しい男と、黒髪の女がいた。

 

机を挟んで座るように促されて、言われるがままにジークが座ると、男…コーバ…は単刀直入に言った。

 

「こっちが拘束してる巨人化能力者をマーレに一部返すことも吝かではない。ただし、マーレは我々を外交使節として迎え入れ、交渉の席に着くこと」

 

「…正気かよ?早々できるもんじゃねぇなぁ…」

 

「いいや、マーレはやるしかないんだ。パラディ島の地下資源が欲しいんだろう?それに、今回で分かったはずだ。先進的な軍事技術を導入しなければ、マーレは覇権を保てないってことも」

 

「…それでも、だよ。マーレはマーレで、国民の声を聴く国なんでね。今のマーレがパラディ島を独立国家だと認めれば、これまでのマーレのメンツに泥を塗ることになる。これまでのパラディ島戦略は失敗でしたってな?」

 

「知ったことか…いや、敢えて丁寧な言葉を使おう。我々はマーレの杜撰な戦略を、親切にも修整して差し上げようと言うのだよ」

 

「修整だとぉ?」

 

「あぁ、そうだ。このままマーレが覇権主義を進めば、そう遠くない内に世界が敵になる。今のマーレの戦術も戦略も、根幹には巨人の力があってこそだ。だが、今のマーレにはその戦略を実現し得る巨人がどれだけいるのかな?」

 

「…」

 

「こちらには、鎧、超大型、女型、進撃、顎、始祖の巨人に加えて、捕虜にしてある獣と車力もいる。今のマーレの持ち駒は戦槌だけだろう?戦槌は確かに強力だが、君が味わったような高性能兵器を前にしてどこまで戦えるのかな?」

 

「…わかった、わかったよ…そうかい、そうだな、まぁもう形振り構ってられない訳だな、マーレは」

 

「まぁ、そう言うことだ。さて、そこで君にも提案なんだが…」

 

「なんだよ…」

 

「スパイになって欲しい。二重スパイになって欲しいんだ。ウチとマーレのね」

 

「…どんなメリットが?」

 

「エルディア人の国を造り、この世界にエルディア人の居場所を作る。歴史を捏造してでもね」

 

「アンタの話はよくわかったよ…だけど、お断りだ。エルディア人が自由になる日なんざ…来るもんか」

 

「そうか…残念だ。だが、気が変わったら教えてくれ。亡命はいつでも歓迎しよう。…この国を出る前に、グリシャの家に寄りなさい」

 

「…それだけか?」

 

「それだけだよ」

 

コーバとミカサはジークを部屋に残して退出した。

 

一人部屋に残されたジークは、自分の選択は間違っていなかったと、心の中で何度も自分に言い聞かせた。

 

このまま、もしもコーバの言うとおりのスパイになったとして、エルディア人の自分にマーレを変えることなどできないという強い劣等感があったからだ。年を重ねるたびに、マーレ本国でのエルディア人の在り方について苦悩する機会が増えたジークにとって、エルディア人の希望に成り得るコーバの言葉には説得力と、それ以上の魅力を感じた。

 

心の底から尊敬するし、自分もそっち側に行きたいという思いが生まれたのは確かだった。

 

だが、それでも自分はマーレに忠誠を誓い、戦争で世界の汚点を担ったという事実は変わらない。どれだけ塗りつぶそうとしても、戦争に心無き兵器として破壊と殺戮を繰り返した自分が許されるはずはないのだと、ジークは殊勝にも思わずにはいられなかった。

 

眩しいコーバの在り方に、ジークは劣等感を感じたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジークが苦悩を募らせていたのに対して、ピークはもう少し気楽に独房生活を満喫していた。

 

巨人化能力者ではあるが、一方でコーバに気に入られているということもあってか、ピークには散歩をする自由さえ与えられていた。

 

青い空を見上げながら、施設の中庭で寝そべっている時間が増えた。時たま彼女の様子を見に通りかかるコーバとの会話も、日課の一つになっていた。

 

ジークと話した帰り道、コーバはピークとも話をした。

 

寝そべる彼女の隣に腰かけると、何の気なしにコーバから話し出した。何時もの風景だった。

 

「なぁ、ピーク」

 

「なんだい、コーバ?」

 

「君はどうするつもりだ?考えてくれたかな、この前の話」

 

「あぁ、外交のことね…んぅっと、まぁ、いいよ。別に」

 

「そっか…それで、帰るのか?マーレに」

 

「私がマーレに帰るのか、決めるのは君じゃない?」

 

「…それもそうか。なら、そうだな…ジークだけ帰すか」

 

「あはは、何それ、意地悪だね」

 

「そうかな?良心的だと思うけどな」

 

コーバがぼんやりと空を見上げている隣で、ピークは徐に体を起こした。彼女の顔はコーバの横顔に向けられていた。

 

ピークは少し硬い声で言った。

 

「……ねぇ、コーバ」

 

「なんだね、ピーク」

 

「本当に、マーレに行くの?」

 

「…」

 

「このまま、壁内でのんびりしてたらいいじゃん…あぁ、でもそれだとマーレが来ちゃうか…でも、その時はまた何とかなるって…巨人の力だって殆ど君のものなんだからさ?ね?」

 

ピークの言いたいことも、コーバには何となくだが伝わった。

 

確かに、普通に考えれば巨人の力を殆ど手に入れた壁内に対して、マーレが採れる手段は限定される。あと数十年は、もしかしたら平和なまま暮らせるかもしれない。

 

けれど、ピークの敢えての楽観的展望は、コーバにとっては到底選択できないことだった。

 

「ピーク。俺は、今の世代が生きているうちに、世界を造り変えておきたいんだ。マーレの覇権が終われば、直に新しい支配者が表れるだろう。その時に、新しい秩序の中で俺たちが生き残るには、新しい秩序に参加するのでは遅いんだ。俺たちが、新しい秩序を構築しなければならない。そのためにも、今ここでマーレとの橋渡しが必要なんだ。これから、もっと先のことを考えてもね」

 

「そっか…」

 

理解していたが、改めてこうも言われれば、ピークは己の無力さが口惜しかった。

 

「ピーク。次会う時、その時は君もこっちに移住すればいい。自由なエルディア人として」

 

「これは次会う時までの餞別だ」

 

コーバはそう言って、ピークの手を優しく握った。途端に、体中の血と言う血が沸騰したように熱くなったかと思えば、一瞬で重たい体が軽くなったような感覚をピークは味わった。

 

「え?なに、今の?なに、これ…」

 

コーバが手を離すと、すぐに何でもなかったように戻ったが、あれは確かに夢ではなかった。じっと両手を見つめてみるが、特別に色が変わっているとか、そういう不思議は起こらなかった。ただ、自分の体の中に溜まっていた重たいタールのような何かが、全て綺麗さっぱり洗い流されてしまったようだ。

 

「コーバ、今のなに?私に何したのさ?」

 

少し珍しい、強く詰め寄る様なピークの態度に、コーバは相好を崩した。

 

「大丈夫、何も変なコトじゃない。もう何年か過ぎればわかるよ」

 

「…そんなに、私に時間が残ってたらね…」

 

「…大丈夫、残ってる。そうなるよ、きっと」

 

コーバがまた空を見上げた。ピークはそんな、空を仰ぐコーバの横顔を眩しそうに見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

850年。マーレから来る今年最後の調査船が、ジーク・イェーガーとピーク・フィンガー、そしてパラディ島からの外交使節を乗せてマーレに帰還した。

 

マーレ政府並びにタイバー家はこの驚天動地の事態に対応するべく、軍首脳陣と政府要人を集めて会議を開いた。

 

マーレ政府はタイバー家当主ヴィリーの提案により、外交交渉ではなくヴィリーを通じて個人的な交渉を行うことをパラディ島からの使節団に通達した。

 

使節団はこの対応に不気味な従順さで応じ、交渉のテーブルについた。

 

 

 

 

 




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