進撃の赤い巨人   作:ヤン・デ・レェ

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ヴィリー・タイバーの憂鬱

 

 

 

 

 

パラディ島からの招かれざる客人たちをもてなすべく、ヴィリーは彼らを自身の所有する豪邸に招待した。

 

表向きは晩餐会への参加と銘打ってあるが、実際はパラディ島に存在するソヴィエト政府を公式には認めないという姿勢を明らかにするものだった。

 

この背景を理解したパラディ島からの非難を内心では期待していたヴィリーだが、交渉はうやむやになることなく、彼らは不気味な静かさでヴィリーからの招待を快諾した。

 

実質的にピークとジークを人質に取られている現状で、マーレに残された手段は被害覚悟でパラディ島勢力を暗殺することか、彼らの言う交渉の席に着くことかのどちらかであった。

 

緊急で開かれた首脳会議の場では、特に軍上層部の過激派が使節団の暗殺を強硬に主張した。

 

一方で、官僚や政治家、有力者の多くが望んだのは対話であった。この背景には、対外戦争に次ぐ戦争により疲弊した国土を鑑みれば、この際未知数のパラディ島への侵略を経ずして有力な資源供給地を獲得できる機会だと捉えていたためだ。とはいえ、彼らの言う対話とは、いささか一方的なものであり、パラディ島には利が少ない内容であることはいうまでもなかったが。

 

文官と武官の対立は今に始まった話ではなかった。議論は平行線を辿り、最終的な決定権はヴィリー・タイバーに委ねられた。

 

ヴィリーの出した結論は、パラディ島との対話だった。

 

口さがない者たちの中には、パラディ島の悪魔に情が湧いた、などと言う者もあったが、ヴィリーの真意は同情ではなかった。

 

無論、マーレを軍国主義の道に導き、剰え既定の路線を変えずにパラディ島への巨人の放逐とエルディア人の弾圧を繰り返してきたことに対する、良心の呵責は存在する。

 

だが、それ以上に、ヴィリーにはタイバー家を守り、またマーレを守る義務があると考えて来たのだ。

 

ヴィリーにとって、マーレは時代遅れの覇権国家だ。そう遠くない未来、巨人の力だけでは秩序を保てなくなるだろう。

 

他を圧倒する力を追い求めた結果、ヴィリーは最新の科学技術に眼をつけた。そのために必要な資源に関しても。

 

ジークとピークを圧倒し、拘束していることから分析しても、二人がマーレを裏切っていない限り、相当の戦力が無ければ二人の無力化は不可能だったはずだ。

 

つまり、パラディ島にはまだ見ぬ技術が独自に発展を遂げているか、あるいはそれに類する強大な軍事力を有していると見ていい。

 

そして、既に沿岸部を調査しただけでも莫大な資源地帯がパラディ島には広がっていることが判明している。

 

技術力は未知数だが、資源に関してはマーレの救世主だと言っても好い。

 

ヴィリーはそう考えた。そして、巨人を無力化できる強敵に対して割ける戦力など、今のマーレには存在しないのだ。

 

陸軍兵力がどれだけあろうと、動かすだけで干上がりかねなかった。

 

ましてや肥大化した国土に管理の手が行き届いておらず、植民地ではマーレの苛烈な搾取に対しての反乱の兆しも現実的な規模で報告されていた。

 

遠からず崩壊しかねないのだ、マーレと言う国家が。分裂し、混沌の渦に巻き込まれ、そして殺戮の嵐が吹き荒れる。

 

これでは巨人大戦の二の舞ではないか!

 

ヴィリーは、かくしてパラディ島勢力を利用して、マーレと言う国家の再建を目論んだのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようこそお出で下さいました!パラディ島の同胞よ!」

 

両手を目一杯広げて、あらん限りの笑顔と愛想を振りまいて、ヴィリーは自ら豪邸の正門前まで出て行って、コーバ一行を迎え入れた。

 

使節団のメンバーは、コーバを使節団長として、エルヴィン・スミス、ハンジ・ゾエが代表を務め、随伴員としてリヴァイ・アッカーマン、ミカサ・アッカーマン、ヒストリア・レイスが付き従った。

 

彼らの他にも、第四期生を中心とした武官が同乗してきたのだが、彼らは今日一日でこなさなければならない別のお仕事がある。…表向き上、休暇扱いだが。

 

「ご丁寧にありがとう。ヴィリー・タイバー殿…さて、早速だが交渉のテーブルにつくとしようか」

 

手厚い歓迎に対して、コーバも誰もが見とれる美しい笑みを浮かべたが、口から飛び出たのは晩餐会をすっ飛ばしての本題だった。

 

「まぁまぁ、コーバ殿、そのように急がれずとも交渉は逃げませんよ。まずは是非とも我が家自慢の料理の数々を、じっくりと味わっていってください」

 

ヴィリーが冷や汗を一粒かいた。敵意とは別の、得体の知れない何かをコーバから感じたのだ。

 

妖しい微笑で顔を固めて、鉄のように動かないコーバを見て、明らかに動揺が隠せないヴィリーと、そんなヴィリーを見るのが初めてだと驚く使用人たち。

 

彼らをちらりと観察してから、見越していたように後ろに控えていたハンジがコーバの肩を叩いた。

 

「コーバ君!料理だってさ料理!こっちの食べ物って、まだパンとかお菓子とかしか食べてないし、晩餐会が先でも好いんじゃない?」

 

「そうか…ハンジがそういうなら…」

 

「おぉ!是非、そうして頂きたい!さ、こちらへ…食卓へご案内します」

 

ハンジの鶴の一声で、コーバが動き出した。ヴィリーは緊張を張り直し、コーバ一行を先導した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タイバー家の豪邸は、恐らくマーレ国内でも最も気品豊かなものだった。一定間隔で置かれた調度品の数々には、秘められた歴史と計り知れない価値があると見る者に教えているようである。シャンデリアは貴石から削り出したように、まるで光にゆがみがない。カーペットは毛足が長く、豪勢にも柄まで織り込まれている。窓から見える庭園には噴水が水を吹き上げ、見事な彫像が列をなしていた。

 

壁にも汚れ一つ見えず、この大国マーレの威信をかけた建築物であるようだ。

 

これが、社会階層の最底辺に置かれてきたエルディア人と同族だとは…とてもじゃないが、思えない。

 

歩きながら、ヴィリーは絶え間なく喋っていた。緊張をほぐし、とにかくパラディ島の情報を少しでも手に入れたいがためであった。

 

頻りに知識を披露しては、「コーバ殿は如何ですか?」だの「コーバ殿のお家はどのような?」などと聞いてくる。

 

コーバはその度に、「我が国にこんな家に住んでいる人民はおりません。家は国が支給します。改築は自由ですが」だとか「私の家は地下の個室です」などと答えた。

 

コーバの返しは一つ一つがヴィリーの目論見を砕き、或いは期待外れの物のようで、ヴィリーは終始苦笑いを隠せなかった。

 

いい加減に、ヴィリーの話しかけに煩わしさを感じたコーバが言った。

 

「マーレに暮らすエルディア人は幸せですな。こんな素敵な豪邸を貰えるのだから。おまけに使用人まで何十人といる…我が家に使用人はいただろうか?」

 

コーバの言葉にヴィリーは苦虫を嚙みつぶしたような表情になったが、その表情は正面を見て歩き続けていたお陰で誰にも見えなかった。

 

コーバの言葉を受けて、答えたのはエルヴィンだった。

 

「いいえ、一人もおりません。同志書記長閣下」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食卓は巨大な大理石で出来ていた。長テーブルに椅子が十脚以上配されていた。確かにこれなら全員座れるだろう。

 

ヴィリーとコーバが座ったのを見てから、全員が着席すると、次から次に豪華な料理が運ばれてきた。絵にかいたような豪勢な食事だ。

 

洗練された料理を味わうことは、使節団の誰にとっても新鮮な喜びだった。

 

満足げな様子のパラディ島の面々をチラチラと盗み見つつ、ヴィリーは初めて内心勝鬨を上げた。

 

食事が終わればデザートが饗され、それが終われば紅茶と茶菓子が出された。

 

毒も疑わずに食べる様子に、ヴィリーはまた一つ安堵のため息を漏らした。無論、毒など入れていない。

 

さて、食事も済めば、今度こそ交渉だ。

 

ヴィリーは徐に立ち上がると、コーバ達を応接室に案内した。

 

応接室には、既にマーレ軍の高官と政府の官僚が席について待っていた。

 

「さぁ、お掛けになってください。お待たせして申し訳ない…早速ですが、今回の交渉について」

 

ヴィリーの音頭でパラディ島からの使節団とマーレの代表団は向かい合った。

 

互いに互いの姿をしかと目に焼き付けるように。軍部の代表は敵意を隠そうともしないが、官僚にしても冷淡な視線を向けて来る。

 

だが、それはコーバやハンジ、エルヴィンとて同じだった。

 

口火を切ったのは軍部の人間だった。

 

「まず前提として、パラディ島からのお客人の皆様には、是非とも了解して頂きたいことがありましてな。貴方のおっしゃられた国名を、公に認めることは、この場で決めてしまうことは出来ないのです。わが国は代表者が慎重な協議の上で、国の行く末を決定する仕組みを導入しておりますので…おわかりいただけますかな?」

 

これに対して、ヴィリーは何故開始早々挑発するのだ、と叱りつけたかったが、肝心のコーバの反応は淡々としたものだった。

 

「はぁ、そうでしたか、まぁ、仕方ありません。そちらのペースで決めていただいて結構です」

 

「ご理解いただき、感謝します」

 

ヴィリーは笑みを浮かべて、コーバの気が変わらぬうちにと礼を言った。

 

しかし、ヴィリーの思考とは裏腹に、何を考えているのか、軍の代表は更に踏み込んでくる。

 

「お噂通り寛容でなによりです…ところで、巨人は全て駆逐してしまわれたのですか?」

 

どの口が言うのか!

 

ヴィリーは我がことながら、そう思わずにはいられなかった。

 

道理をわきまえないと考えられれば、交渉がご破算になってしまうのに。

 

「な…いきなり何を言い出すかと思えば…申し訳ありませんコーバ代表、軍の者が失礼を…」

 

ヴィリーの笑みはぎこちなくなった。

 

対して、コーバは涼しい顔だ。エルヴィンも、ハンジも。ハンジに至っては食後で眠たいのを主張するように欠伸をかく始末だ。

 

「はっはっは…マーレ冗句でしょう?いやぁ、手厳しい…あと、巨人を駆逐したのか、でしたか?そのことなら、まぁ、ぼちぼちと言ったところですよ」

 

「おぉ!それは結構!交渉相手がパラディ島からいなくなっては、困りものですからな!」

 

コーバの答えに、軍の代表はご機嫌と言った様子。何を悦んでいるのか…ヴィリーは頭が痛かった。

 

このままでは終始相手に不信を抱かせたままに終わる。これでは交渉どころではない。

 

ヴィリーは仕切りなおすべく、ドア近くの兵士に目配せすると、わざと周囲に聞こえるようにぼやいた。

 

「…将軍は体調がよろしくない様子だ…少し席を外されては?」

 

待ってましたと、屈強な兵士が進み出て、軍の代表を両脇から挟んで連れ出した。

 

「な、何を!?放せ!おい!上官の命令が聴けんのか!!」

 

ドアが乱暴に閉じられた音が響いた。応接室の雰囲気は最悪である。

 

まるで故人の死を悼む場のような静けさの中で、ヴィリーは改めてコーバ達に向き直った。

 

「では、改めて…まずは非礼をお詫びします。わが国の者が申し訳なかった…」

 

「謝罪は結構ですよ。それよりも…前置きは抜きにして、こちら側の条件と、そちら側の条件を突き合わせましょう」

 

「コーバ代表に全面的に同意します…では、先ずはそちらから…」

 

ヴィリーに譲られる形で、条件の提示が行われることになった。

 

コーバは隣に座るエルヴィンに視線を送り、エルヴィンは持っていた鞄から書類を取り出すと、自身の部を手元に残して、残りを卓を囲む全員に配った。

 

「我が方の提示する条件は、まず第一に貴国マーレ政府が我が方をパラディ島に存在する唯一の主権国家であると認めること。第二に、今後マーレは我がソヴィエト=ミットラント人民共和国に対して内政に不干渉を貫くことを約定すること。第三に、正常な貿易活動を、両国の間で開始すること。以上の三点です」

 

ヴィリーの顔から表情が抜け落ちた。

 

「え?…そ、それだけですか?」

 

「えぇ、それだけです」

 

「……そ、そうでしたか…」

 

ヴィリーの脳内の有様を言語化すれば、それは棚ぼたへの歓喜と、困惑であった。

 

ヴィリーは自分がエルディア人に対して決して望ましくない所業の数々を成し遂げてきてしまった自覚がある。パラディ島への追放行為しかり、マーレはこれまでに相当の賠償が必要な規模の内政干渉行為、そして侵略行為を繰り返してきたのだ。

 

国際社会の舞台は初めてだったと仮定しても、パラディ島からの提案はマーレにとってリスクが無さ過ぎた。恐ろしいほどに、白紙の状態から関係を始めようとしている。

 

それは、ある意味でエルディア人迫害の歴史への背信行為だと言える。

 

だが、向こうには悲壮な様子もなく、かと言って乗り気であるようにも見えない。

 

何か、何か裏があるのだろうか?

 

彼ら以外にも来訪者たちはいるが、彼らには監視を付けている。下手な動きは出来ないはずだ…。

 

ヴィリーの思考は加速する。もしや本当に平和的かつ友好的な関係を築くために、彼らはこの場にやって来たのではないか?と。

 

だが、ただで鵜呑みに出来るほど、ヴィリーは青くない。

 

何か、約定に成り得る譲歩が欲しかった。

 

「そちらの条件は理解しました。では、次に私たち、マーレ政府からの条件を提示したいと思います。まず我々は、パラディ島政府との国交を結ぶことを望んでおります。次に、資源を中心とした貿易を開始したいと考えております。そして次に、我が国の国民を是非とも返還して頂きたいのです」

 

「返還と言いますと?」

 

「ピーク・フィンガー、ジーク・イェーガーの他に、壁内にて遭難し、貴国により保護された四名のマーレ市民権を有する者がいるはずです。名前は、マルセル・ガリアード、ライナー・ブラウン、ベルトルト・フーバー、アニ・レオンハートです。お心当たりがありませんか?」

 

ヴィリーは、敢えて始祖と進撃を要求しなかった。今、マーレに必要なのは資源であり、その資源を爆発力として新技術が開発されるまでの繋ぎとしての巨人を欲していた。

 

マーレの崩壊を食い止める上で、未知数の始祖と進撃は、大きな戦力になる事間違いなしだが、一方で不安要素にも成り得る。ましてや壁内の平和を始祖で守ってきたパラディ島が、始祖を手放すことは考えられなかった。

 

ヴィリーは行く行くは、パラディ島を属国化させたいと考えていた。だが、それは今ではない。

 

今は先ず、敵を知る時なのだ。少しでも詳細な敵…パラディ島の壁内国家…の情報を収集し、調略を仕掛けるために下地を構築する必要があった。

 

ヴィリーの思惑を、知る由もないパラディ島勢は、恐らく巨人の返還を渋るだろう。

 

本当の交渉はそこからだと、ヴィリーは考えた。

 

「なるほど、そちらのお考えも承知しました。さて、四人の国民の話ですが…残念ながら、既にその四名は地上に存在しておりません。ですから、返還のしようがありませんな…」

 

嘘だ。ヴィリーは思った。

 

だが、口に出すことはしない。

 

巨人は能力者が死ねば、継承の儀式を経なければ無作為にエルディア人の子供に引き継がれる手はずだったはずだ。既に故人であったならば、どうしてレべリオ自治区からの報告が上がってこないのか…。

 

ヴィリーは嘘だと断定した。

 

「はぁ、しかしそうなると困りました。我が方としましては、どうにかして巨人の力を返していただきたく…」

 

「では、巨人化薬などどうでしょう?壁内の王家が秘匿していたもので、私共には用意があります」

 

「ふむ…巨人化薬ですか…」

 

壁内王家が隠し持っていた脊髄液。なんとも魅力的な響きである。しかし、それだけでは意味がない。継承するためには、能力者が必要なのだ。

 

「ご不満のご様子…では、ピーク・フィンガーとジーク・イェーガーの身柄はそちらにお引渡しします」

 

「おぉ、有難い…誠実な対応に感謝します」

 

「ただし、我々が無事に帰路に就き、パラディ島に到着してからになるでしょう」

 

「当然です。しかし、そうなると…やはり巨人の力は、そちらに残ることになります…なんとか、返還していただけないでしょうか?」

 

「そのように申されましても、我が方も三名の討伐の為に大変な苦労を経験しておりまして…賠償を求めるつもりはありませんのでご安心を」

 

「ははは…そうでしたか」

 

賠償を求めないんだから、黙って捕虜二人の返還で納得しろ…ということである。

 

確かに、既に不平等条約であるにもかかわらず、これ以上の利潤の追求は、マーレにとっても悪手かもしれない。

 

ヴィリーは巨人の力が本当に失われたのか、或いは遺伝の最中なのか…疑念を抱きつつも、パラディ島所蔵の王家の巨人化薬に加えて、捕虜二名の解放で納得することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最大の懸案を片付けたことで、次に貿易の内容を詰めることになり、ヴィリーに変わって政府の代表者がこれに対応した。パラディ島からはエルヴィンが担当を務めた。

 

慎重な協議の結果、パラディ島はマーレの言い値で資源を輸出し、マーレの言い値で食料品や日用品を輸入することとなった。明らかに足元を見られていることは承知のはずであり、マーレの官僚などはもっと、もっとと吹っ掛けて来る始末だった。だが、エルヴィンは唯々諾々とこれに従うという…なんとも居心地の悪い、不気味な交渉だった。

 

反対意見をほとんど出さずに、エルヴィンはマーレ政府にばかり利益の出る貿易協定を結んだ。

 

「最初の貿易港の用意があるので、貿易開始は恐らく早くとも一年後になるでしょう」

 

「そうですか…なるべく早期に貿易を始めたいものですな…」

 

マーレ政府の代表がホクホク顔でそう言うと、珍しくエルヴィンも微笑を浮かべた。

 

これでほとんど交渉は終わったようなものだったが、最後に、コーバが爆弾を放り込んだ。

 

「我が国の人口は十割がエルディア人で構成されてるのですが…マーレにもエルディア人が沢山住んでいるとか…是非一度、そちらに行ってみたいのですが…たしか、レべリオ自治区と言ったかな?」

 

ヴィリーは、遅いくらいだと感じていた。早々に切り出しても可笑しくなかったというのに、全てが終わってからコーバはレべリオ訪問を切り出した。

 

「残念ですが、レべリオ自治区へ行くことはお勧めできません…どうしてもと言う場合は、軍の護衛を付ける必要があります」

 

「それほど危険な場所なのですか?」

 

「えぇ、エルディア復権派というテロリスト共が活動しているのです」

 

「おぉ、それは恐ろしいことです…恐怖と暴力では、誰のことも幸せにできませんからね」

 

「…おっしゃる通りです」

 

「しかしそうなると…尚の事、エルディア人の移民を受け入れる準備が整っていることを強調する必要がありますな」

 

「移民受け入れの準備…ですか?」

 

「えぇ…お聞きしましたよ、エルディア人の管理に手を焼いているとか…彼らにも生活基盤がありますから、一度に全員なんてことは難しいでしょう…しかし、エルディア復権派などという物騒な人々をそのままに放っておくわけにはいきません。今、丁度人手が必要なのです。エルディア人移民なら大歓迎ですよ。勿論強制するつもりはありませんが…マーレにとっても、厄介者が居なくなった方が好いのでは?」

 

「は、ははは…なるほど、そういう考えもあるのですね。私どもとしては、我が国はエルディア人を保護しているのであって、彼らには不自由のない生活を提供しているつもりです…」

 

「それはエルディア人が決めることでしょう…まぁ、実際に見に行くことが出来ないのは残念ですが…我が国はいつでも門戸を開放してお待ちしておりますと、そのように是非ともお伝えくださいね」

 

「は、はぁ…わかりました」

 

ヴィリーは不平等条約を締結した後とは思えない、爽やかな笑みを浮かべて去っていくコーバの背中を見送った。

 

まるで勝った気がしない。複雑な心境だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰国の途に就いたパラディ島一行。帰りも行きと同じ調査船に乗り込んだ彼らは、遠のいていくマーレの地を複雑な面持ちで見つめていた。

 

船べりの手すりに掴まって立つコーバの隣に、ジークとピークの監視役を担っていたサシャがいた。ミカサもいつも通り、コーバの三歩後ろにいる。

 

厳しい眼差しで地平線に沈みゆくマーレの大地を見つめるコーバ。

 

サシャは恐る恐る、彼に言った。

 

「本当に、解放してよかったんでしょうか?ピークさんもジークさんも、あんまり帰りたくはなさそうでしたよ?」

 

「サシャは優しいな」

 

「そんなこと、ないです…ただ、何となく思っただけです」

 

「それでも、だよ…俺は、優しくないからね」

 

「ピークさん、コーバに会えなかったことを残念がってました」

 

「うん…そうだったら嬉しいなって思ってた」

 

「酷いですね…でも、また会いに行くんですよね?」

 

「あぁ、そりゃぁ、もうね。迎えに行くさ」

 

暫く、二人は並んでじっと海を見つめていた。

 

海を渡り、寝起きを繰り返し、パラディ島唯一の港が見えてきた。

 

故郷だ。故郷に帰ってきたのだ。

 

船が接岸し、全員が降りた後で、巨人化薬の受け渡しが行われた。

 

無事に全員が帰ってこれたからだ。

 

巨人化薬を手に入れたマーレの役人と兵士たちは、一刻も早く離れたいとばかりに船を岸から離した。

 

もう完全に船の姿が見えなくなってから、エルヴィンがコーバに話しかけた。

 

「どうだろう?これは、成功かな?」

 

コーバが答えた。

 

「成功だ。大成功になるかは、これから次第だが…」

 

今度はハンジが言った。

 

「報告が上がってきたよ…監視の目が離れた隙に、無事に駐在の外交官との面会は果たせたみたいだ」

 

「答えは何と?」

 

「次会うまでに母国から色よい返事を引き出す…だってさ」

 

「何か国に売り込んできた?」

 

「ヒィズル国、中東連合数か国…あとはよく分からないや」

 

「十分だ」

 

ハンジの手には、『売り込んで』きた兵器の要項をまとめた紙束が握られていた。

 

「にしても驚いたよ!あんなに吹っ掛けて来るなんて!」

 

「今更だが…本当によかったのか?」

 

ハンジとエルヴィンが尋ねると、コーバは口元に小さく笑みを浮かべた。

 

「好い。精々、太らせてやれ。俺たちの目的はマーレまで合法的に荷物を運べる船と伝手を手に入れることだ。パラディ島とマーレ大陸を往復する船を手に入れられれば、あとは密航し放題だ。人民保安部の要員を送り込むぞ。ウチの外交拠点も立てたいところだが…まずは時間を懸けて、一年間でマーレに外交拠点を持つ国を片っ端から当たるぞ。同時並行でレべリオ自治区への潜入を行う。エルディア復権派との接触も近いだろう」

 

コーバの戦略は、マーレとの国交樹立、貿易の開始による物資と人員の密輸密航により、マーレに浸透を開始することだった。

 

マーレに資源を売りつけるのは、資源がたまたま豊富にあったからである。資源を詰め込んだ箱などに、兵器を分解した部品や、人員を詰め込み、マーレ国内に運ばせる。そして、国内の協力者を使って物資をマーレ内部に運搬させるのだ。エルディア人であることをバレてはいけない。そのために、今日まで人民保安部の要員には徹底した潜入工作の為の教育を施してきた。

 

ケニー仕込みの戦闘技術もさることながら、潜入と破壊工作に関しては突出した練度を誇る。彼らの約半数は警察として機能してきたが、残りの半数は国外での工作を担うべく存在を秘匿してきた。

 

ようやく、彼らの出番がやってきたのだ。

 

コーバにとって、マーレとの交渉は茶番に過ぎなかった。

 

本当にしたかったことは、対マーレへと姿勢を固めつつある中東連合を始めとした世界各国に向けて、壁内産の武器兵器を輸出する足掛かりを築くことだった。

 

そのためにも、先ずはマーレの港を合法的に使えるようにしなくてはならなかった。そして、港を媒介することでマーレの外部にパラディ島産の対巨人兵器と対人火器を大量に輸出するのである。

 

マーレとの全面戦争など、コーバの頭の中にはない。

 

彼の戦略は、マーレの分解である。来るべき中東連合国との戦争により疲弊するマーレが、重税と徴兵を繰り返せば繰り返すほどに、パラディ島の武器が売れ、マーレの植民地で革命の機運が高まる。

 

コーバは数年後を目指していた。全ては崩壊の足音が迫るまで、マーレに気付かせないことが肝要だ。

 

そして、既にマーレ内部にはパラディ島の協力者が放たれた。

 

エルディア人の自由と壁内の幸福の為に、そして遥かな未来で新しい秩序を築く為に、コーバは世界そのものを火薬庫に変えようとしていた。

 

 

 

 

 




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