「なあ、人ってのは、死んだらどうなるんだろうな?」
彼は、そう訊いてきた。
「わかるわけないだろ」
僕は言った。
死後の世界。宗教において必ずと言っていいほど出てくる単語であろう。じゃあそれを実際に見たのか、と言われると、見たことがない人のほうが大多数を占めるだろう。
臨死体験をした方がいると聞いたことがあるが、それでもこの世、現世にいる。
「俺が言いたいのはだな」
完全に、心臓が停止して脳味噌にも酸素が行かなくなって、体が腐り果てるなり火葬されるなりした後の話なんだよ。
彼は、そう言った。
「それなら、魂が実在するのかから論じなければならないだろうね」
「そりゃあそうだ」
「でも、実証する術はない」
魂の重さは、21gと言われている。だが、それが事実かは、未だ実証されていないという。
いや、そもそもだ。
「なんでまた、いきなりこんなことを訊く?」
彼は、こう答えた。
「死ぬのが怖いからさ」
と。
「根源的恐怖。人間が誰しも抱える恐怖といったところか、それが死だ。ま、民族ごとに価値観の違いはあるが、少なくとも俺らはそれを抱えてる」
そうだ。僕だって死ぬのは怖い。僕が若いからそう感じるだけかもしれない。歳をとって死ぬ間際になったら、その恐怖も薄れてくれるだろうか。
「夜が怖いって奴もいる。俺が思うにそれは、死んだ後に通じるからじゃないのか?」
「どういうこと?」
「死んだ後は、少なくとも肉体は、何も見ることも聞くこともできないはずだ。それだけじゃない。考えることも、喋ることだってできやしない。都会の闇ならいざ知らず、田舎の闇なら『何かが来るかもしれない』ってのと一緒に降りかかってくるんじゃねえのか、ってこと」
今一要領をえない。
「つまり?」
「夜は真っ暗で、それが死んだ後に見える景色じゃないのか、ってこと」
なんとなくわかった。
「なんか嫌だな、それ」
「だから不安なんだ。それを解消したいんだよ」
「僕に何ができるっていうんだ」
「知らん。ま、話し相手になるってくらいだろ」
たまには、僕から話題を出すことにする。
「でも、前世来世があるというのはどうだろう」
「あー、つまりあれか? 生と死を行き来する」
「そうそう」
「それって、怖くね? ってか、辛くね?」
「どうして?」
僕には、意味がよくわからない。
「だってよ、何度も何度も何度も、こんな辛い人生を送らなきゃならないってことだろ? どんな家、どんな国、どんな親、それがわからない。で、確実に苦難の道が待ってる。辛いことこの上ないさ」
「それでも、それにこそ意義があるんじゃないのか」
「だが、一回で十分だ」
彼は言い切った。
「ま、天国でぬくぬくってのも、それはそれでなんか嫌だし。俺の理想は、そうだな、幽霊になって現世を彷徨う」
「そりゃまたどうして。成仏させられたらおしまいじゃないか」
思わず、そう言い返した。
「だってよ、自分から干渉することこそできないが、パスポートなしで好きなところに行ける。助平な奴なら、覗きだってするだろうさ。映画も無料で見られるし、地縛霊でもない限りはいいと思わないか?」
「まあ、一理ある」
でも、だ。僕は、・・・? 否定できない。魂があるのかどうかすらわからない。でも、否定できないのだ。
言って仕舞えば、天国地獄、悪魔神様仏様、そう言うのはすべて「悪魔の証明」だ。ないことを証明することはできない。それこそ、某青狸・・・じゃない、青い猫型ロボットの道具を使わない限りは。
ふと、思い返してみる。
死ぬのが怖いのは何故か? 色々理由はあるだろうが、その一つは、未練があるからだろう。やりたいことを何もできないまま死んでいく。そんなのは、僕は嫌だ。
だったら。
「それでも僕は、死後の世界に託すんじゃなくて、今ここで、精一杯生きていきたい」
「そうかい。結局、答えは出ずじまい、と」
死後の世界は、ないと語る人もいる。だけどそれは、救いがないじゃないか、と思う。この世界で苦しい思いをして、生き抜いて、それなのに何もないなんて、残酷すぎる。闇の中、自分が消えてしまうのか、死後の世界に行くのか、はたまた転生するのか。転生するとしたら、自分のままがいい。自分が自分じゃなくなるのは、嫌だ。
「答えは、今は出せないさ。でも、いつか出す。いつになるかはわからないけど」
彼は、何も答えなかった。
いかがでしたか?
私は、死ぬのが怖いです。ここからいなくなりたい、と思うことはあれど、死にたいとは思いません。
死を怖がる理由を自分なりに少し考えてみたのですが、それは「知性を得たから」ではないでしょうか。こうしてさまざまなことを考える。本能だけなら、きっと受け入れられていたかもしれない。でも、そうはいかない。
死後の世界は、今この世界に生きている人には、わからない世界です。天国も地獄も、あくまで想像に過ぎません。
でも、死後何もないと言うのは、とても寂しい。少なくとも、私はそう思います。
願わくば、死後の世界が少しでもいいものでありますように。
まあ、私自身は、死後の世界よりも、幽霊としてこの世界にいたいと言うのが強いですが。
ですが、やっぱりまずは、今を全力で生きていたい。ひとりぼっちで死ぬより、みんなに見守られて、旅立ちたい。
いつかの朝ドラで、生前葬をやってました。
動画サイトでは、棺桶ダンスが流行っているとも聞きます。
死にたくない。これは、変わりません。でも、いつか死ぬ。普遍の真理といえます。
だからこそ、全力で生きていく。
そういえば、「人が真に死ぬのは、忘れられた時」とも聞いたことがあります。
「吾妻原昌孝」と言うのは本名ではないですが、私と言う人間がいたことを忘れないでほしい。誰か一人でも多く知って欲しい。そう言う思いが、こうして創作活動をする動機の一つなのかもしれません。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
今後も、私や私の別名義での作品を、どうぞよろしくお願いします。
・・・あまり、らしくない締め方かもしれませんね。
感想を、お願いします。
2024年3月18日追記
本来活動報告に記載すべきことではありますが、こちらに書かせていただきます。
先日、鳥山明先生が亡くなられました。
この訃報を聞いた時、「嘘だろ!?」と思いました。だってまさか、亡くなるだなんて微塵も思っていませんでしたから。
ふと考えてみると、鳥山先生はドラゴンボールにおいて、あの世というものをよく描いていたような気がします。調べてみると、あの世を舞台にした劇場版もあったそうです。あの世一武闘会が開催されるなど、とても賑やかな場所だそうです。それに、期限付きとはいえ現世に戻ることだってできるといいます。
もし、自分が死んだ時。その時に行く世界がそこだったら──
きっと、死というものと少しは仲良くなれるんじゃないかと思います。
鳥山先生をはじめとした、今までに病に倒れられたり、天寿を全うされたりした方々のご冥福をお祈りしています。