大したクオリティでは無いですし、あらすじも無いですが、よろしくお願いします。
氷を入れたコップに冷蔵庫から出したばかりのピッチャーで麦茶を注ぐと、氷が割れる音が心地よく響く。
それを持って縁側に腰を下ろし、なんとなく空を仰いでみる。他にすることがなかった。
眩しいくらいの快晴だ。たった一つの雲も見当たらない。
広く、どこまでも続くような青を眺めて呆けていると肩を叩かれた。
振り向くと頬に指が刺さる。その様を聞き慣れた声が笑う。
「…いらっしゃい」
「よっ、久しぶり」
彼女は肩を叩いた方とは反対に顔を覗かせた。
視線を彼女に移すと、去年とは見違えるほど可愛らしくて目を見張る。
短パンとTシャツから白のワンピースに服装を変えるだけでもこうも変わるものか。
それを隠すために、持っていた麦茶を彼女の首元に当てて目を閉じる。
彼女は驚いて声を出す。あまりにも素っ頓狂な声を上げるから思わず笑ってしまった。
見るからに不機嫌になる彼女を横目に一呼吸置き、着物の裾からスマホを取り出す。
スクリーンは12時丁度を表示する。
「ここまで来て疲れただろ。腹は減ってるか?」と、麦茶を目の前に差し出して問う。
彼女はそれを受け取るとコクリと頷いた。
「ちと待ってろ。お袋から届いたそうめんが余ってんだ」
俺は彼女の頭を撫で、腰を上げる。
台所に立ち、白樺の木箱からそうめんを2束取り出す。
いいとこのそうめんらしいから気に入ってくれると嬉しいが。
鍋にお湯を沸かし、それを1分間茹でる。
茹で上がるとざるに移し、流水で洗い水気を取るとガラスの皿に移す。
「陽菜、できたぞ」
「はーい」
俺は冷蔵庫からめんつゆを取り出し、つゆ入れに注ぐ。
箸とガラスの皿とそれを「お待ちどおさん」と言って、先に椅子に腰を下ろしていた彼女の前に音を立てずに置く。
「これ、高いのでしょ」
「余ってたんだよ。お袋が友達の分もって言って聞かなかった」
俺は溜息を漏らしながら、彼女の正面に座る。
「友達って…」
彼女は気まずそうに言葉を詰まらせる。
俺は俯いた先にある漆黒を見つめて、乱れそうになる呼吸を無理矢理抑える。
「…ボケてるんだ。もう年だしな」
作り笑いを浮かべて顔を上げる。
彼女に心配させてはいけない。アイツに怒られる。
「んなことはどうだっていい。さ、早く食べろ」
「…うん。いただきます」
彼女は遠慮がちにそうめんを少量取り、めんつゆにつけると音を立てて啜る。
良い食べっぷりだ。これは作った甲斐があったというものだ。
飲み込むと目を見張り、「これ、とても美味しい!」と目を輝かせる彼女に安心して思わず口元が緩む。
慌てて視線を逸らし、口元を隠す。
「そりゃよかった」
「士郎は食べないの?」
「ああ。…食欲がないんだ」
俺は何もないところを見つめて呆ける。
こうしていると、2年前の夏の事が思い出される。
忘れてはいけないが、思い出したくも無い記憶。
その日は何の変哲も無い1日だった。
学校に行って、授業を受けて、部活も終えて。
そう、ありふれた高校生の日常だったのだ。
学校帰りに俺とアイツでコンビニに入るまでは、そうだった。
アイツは何の予兆もなく駐車場で倒れた。
それだけだったらまだ助けられたのかもしれない。
追い打ちをかける様に自動車が俺諸共アイツをひいたのだ。
その後の事はよく覚えていない。
アイツの死因も、あの車の運転手がどうなったのかも、何も分からない。
ただ、それらは病院のベッドで目が覚めた後に警察から全部伝えられていたのだと思う。
でも何も覚えちゃいない。覚えたくなかった。その事実を認識したくなかった。
それを受け止めるには若すぎたんだ、今も昔も。
「…士郎?」
陽菜が俺の目の前で手を大きく振る。
「食べ終わったのか?」
俺は何でもない様に慌てて作り笑いを浮かべる。
心配させてはいけない。
腰を上げ、食器を足早にシンクに運ぶ。
とにかく今の綻びを隠さなければ。
「ねえ」
声をかけられる。
どんな顔をしているのだろう。
食器を洗いながらそんな事を考えてみる。
考えるだけ無駄だ。
「こっち向いて」
「…後でな」
「今」
俺は視線だけ送ると、「これでいいか」と言って手元に視線を移す。
今俺がどんな顔をしているのか分からない。
だから作り笑いを浮かべるにもどうすればいいのか分からない。
笑顔さえ見せていれば心配されることも無い。
アイツの分まで心配させないように努めてきたのに、今更それをやめるには遅すぎる。
「ちゃんとこっち向いてよ!」
彼女の怒号が響く。俺は思わず手を止めて彼女に顔を向ける。
彼女は目に涙を浮かべながら鋭い眼光を送る。
何か間違えてしまっただろうか。笑顔は絶やしていなかったはずだ。
作り笑いだって鏡の前で何度も練習した。何も間違えていないはずだ。
だったらなぜ、彼女はそんなにも怒っている?
「…無理、してるでしょ」
「してない」
「嘘」
俺は溜息を吐き、タオルで手を拭いて彼女に向き直る。
「無理してたら言うに決まってるだろ」
明るい声を作る。演じなければ。
心配させてはいけない。
ただでさえ、親友が死んで辛い筈なのに、俺の事も心配させてはいけない。
…アイツの分まで俺がしっかりしないと。
「…そういうの、言わないでしょ」
「…」
視線を逸らす。
彼女は他人の事を良く見ている。
きっと、去年から嘘に気づいていた。
彼女はそれが自分の為だと気づいていた。俺が無理をしてやっているのも。
優しいから、黙って受け止めていてくれていた。
俺もそれに気づいて、その上で嘘を積み重ね続けた。
その優しさに甘えていた。この事実に気づきたくなかった。
だから、分かっていたうえで目を逸らし続けた。
「ねぇ、もうそういうのやめようよ」
いつのまにか、彼女は目の前に立っていた。
視線を彼女に移せなかった。図星だったし、何より申し訳なかった。
「こっち見て」
彼女は俺の顔を手で挟むと、自分の方に向ける。
俺をしっかりと見据える視線から俺は目が離せなかった。
「確かに、私の事を気遣ってくれるのは嬉しかった。でもそれよりも前に士郎が無理してちゃ、意味がないじゃん…」
彼女の声が震える。目から涙が溢れる。
そのまま「もう楽になっても、いいんだよ」と続ける。
その言葉を聞いた瞬間、呼吸が苦しくなった。視界がぼやける。
訳が分からない。胸が痛い筈なのに、重荷が降りたみたいで。
勢いよく彼女に抱き寄せられる。
「今まで、頑張ったね」
頭を撫でられる。少し恥ずかしかったが、それよりも安心感が勝った。
声を押し殺す。涙が止めどなく溢れる。
脳裏に過るアイツの最期の言葉。
『陽菜を支えてやってくれ』
それと被さるように彼女は口を開く。
「私はもう大丈夫だから…」
「そうか。…そうか」
俺は彼女を強く抱きしめる。
彼女はもうあの事件から先に進んでいた。
だが、俺はアイツの言葉に縛られ、あの時から全く進んじゃいなかった。
彼女を支えていたつもりだった。でも実のところ、彼女に支えられていたんだ。
彼女に気を遣わせた上に、親友の最期の願いすら叶えてやれなくて…。
「俺が、バカみたいじゃないか…!」
「…うん、士郎は馬鹿だよ。ほんとに」
彼女はより一層力を込める。訳も無く涙がさらに溢れだす。
それにつれて押し殺していた声が溢れだす。情けないな。
…でも、この瞬間だけは、少しだけ甘えてもいいだろ。
彼女は何も言わず、ただ抱きしめ続けてくれた。
それから10分ぐらい泣き続けると不思議な事に体が軽く、爽やかな気持ちになっていた。
「…大丈夫?」
俺が無きやんだのを見計らって彼女は口を開く。
「恥ずかしい所を見せちゃったな」
彼女の肩を掴んで離し、照れ隠しに笑うと彼女は目を見開く。
「そんなことない」
彼女は満面の笑みを浮かべ、「私は嬉しかったよ」と言ってリビングに戻る。
俺はまだ洗い終えていない食器を再び洗い始める。
これが終わったら彼女から当時の俺じゃ受け止められなかった事実を教えてもらおう。
…今なら、受け止めることも夢ではないかもしれない。
最後の食器を乾燥機の中に入れ、残りの作業はそれに任せる。
タオルで手を拭き、リビングに入ると陽菜は椅子に座りながらスマホをつっついていた。
俺はその向かいに座り、「あのさ」と声をかける。
彼女はスマホの画面を伏せて目を合わせる。
「どうしたの?」
「…その、アイツが死んだ時の話なんだけどさ」
「うん」
「…あの時の俺はその時の事をなるべく覚えない選択をしたんだ。現に、アイツの死因も、あの自動車の運転手がどうなったのかも分からないんだ。
だから教えてほしい。俺に欠けてるものを全部」
彼女は一呼吸置いてスマホを手にする。
素早い手つきでそれを操作すると私にとある事件の記事を見せた。
「…これが、あの時の」
俺はスマホを受け取り、一文一文をしっかり目に焼き付けながら読み進める。
一言一句違わず、正確に。そして、残り3行に差し掛かるところに、彼の死因が述べられてあった。
「熱中症…か」
駐車場で突然倒れたのも、その所為だと考えれば納得いく。
…なら、もしそうなら。
「俺が、アイツの事をしっかり見ていたら…!」
後悔しても、もう遅いのは分かっている。
でも、そうせざるを得ない。彼女のスマホを机に置き、俯いて拳を強く握る。
爪が皮膚を破り、血が流れる。怒りと悔しさの所為か、痛みは感じなかった。
「士郎の所為じゃない。…でも、誰の所為でもないんだよ」
陽菜は俺の手を両手で包み、「悔しいよ、私も。自分を何度も責めたよ」と震える声で言う。
「でも、私達は生きているから、前に進まないといけない。だから、自分を責めてるだけじゃダメなんだよ。…確かに、今は知らされたばかりで、こんなこといきなり言われても簡単には受け入れられないのかもしれない。だったらさ、一緒に生きて行こう?」
俺はゆっくり顔を上げる。
彼女は赤くなった目で未だに俺を見据えている。
「一歩ずつでいいよ。ゆっくりでもいいから、生きよう」
「…暫く、足を引っ張るかもしれない」
「大丈夫だよ」
「…迷う事もあるかもしれない」
「私が引っ張ってあげる」
「…勝手に歩くのを止めるかもしれない」
「士郎はそんなことしないでしょ?」
彼女はそう言って微笑む。それを見ると俺はつくづく彼女に勝てないのだと実感する。
彼女は強い。俺よりももっと。だから、もう陽菜は大丈夫だ。
その実感を得ると同時に、重荷が降りた気がして思わず笑みがこぼれてしまった。
「…士郎?」
「何でもない」
「…変なの」
ふと視線を外に飛ばすと、空は橙色に染まりきっていた。
「もうこんな時間か。…そろそろ帰るか?」
「うん。…明日から、学校だからね」
彼女は目を伏せる。俺をここに置いて行くのが心配なんだろう。
安心させようとその頭に手を置くと、驚いてこちらを見る。
「俺の事は心配するな。…何となく、今なら前に進める気がするんだ」
彼女の頭を撫でる。未だ彼女は呆気に取られている。
「それも陽菜のおかげだ」
「…そっか」
彼女は再び俯いて笑みを浮かべるやいなや、顔を上げてこちらを見据える。
「…焦らないでね」
「分かってる。…陽菜が隣に居てくれれば、焦る気も起きない」
「良かった」
彼女はそう言うと腰を上げ、玄関に一直線に向かう。
そして、戸に手をかけると振り返って「じゃあね」と言ってこの家を後にした。
俺は自室に行き、受話器で家に電話をかけると3コール以内に誰かが出た。
「…もしもし?」
俺は震える声で呼びかける。
「ああ、士郎か。お前からかけてくるなんて珍しいな。…どうした?」
電話に出たのは父さんだった。
いつも通りの落ち着いた声だ。
俺は息をのみ、拳を握る。
将来の夢も、行きたい大学とかも、何も分からない。
でも、ただ唯一分かるのは、目の前で親友が死んだ時の無力さをそして未熟さを今でも恨んでいるという事だ。
だから
「…俺さ、高校に行くよ。もう一度。まだ、やりたい事とかもわかんないけどさ」
一歩ずつ進んでいこう。
俺は俺を一生許さない。だけど、それでも生きて行こう。