加茂家相伝『六凶顕術』   作:ゾエア

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九話

 

 

「俺の術式は相手と自分の位置を入れ替える──『不義遊戯(ブギウギ)』!!理解しているな。俺とオマエの相性は──」

 

 

(術式の開示。効果対象は術師だけか……?式神も含むとなれば尚更攻撃が当てにくい。僕の術式にとって──)

 

 

『──最高(最悪)だ』

 

 

 古めかしい建物が並んだ通りの一角。対峙した互いの思考はとある一点で共通していた。『不義遊戯』という新たな手札の存在。術式を開示するという行動それだけで、遠距離攻撃の選択肢を迷わせる。一点を穿つ攻撃も、位置を替える術式の前では意味をなさない。

 

 『穿銕』による集中砲火をとりやめた辻倫の次手はシンプルな行動であった。初撃を防ぎきった東堂に対して、辻倫が再び近寄り仕掛けるのは──超接近戦!!

 

 

「そう来るよな!!」

 

 

 先んじて胴体へ放たれた辻倫の右拳。続いて東堂から向けられた反撃の右縦拳を瞬時に捌き、辻倫は右手甲を東堂の頬へと打ち付けた。重い打撃音が連続する。

 

 

(──重い!!基礎体術に裏打ちされた確かな威力!!呪力操作も神懸りなレベルか!!)

 

 

 拳撃が辻倫の右頬を掠る。避けたそばから辻倫は左拳を東堂の額目掛けて打ち付けた。さらに相手の死角へと身を動かし、背中合わせのまま右肘で延髄を狙って──

 

 

 ──拍手の音。互いの位置が入れ替わったことで、東堂は辻倫の正面に相対していた。肘打ちは空を切り、東堂の右蹴りが辻倫の左脇腹を捉えた。

 

 

「発動条件は拍手。使い勝手が良さそうだ」

 

 

「なんという手応え!!まともに入った気がしないな!!」

 

 

 東堂は確かに脇腹へと蹴撃を打ち込んでいた。しかし打ち付けた脚の感触は水塊を思わせるほどの分厚さ。固い石壁などより遥かに厄介な手応えに、東堂は思わず毒を吐いた。

 

 

 その攻勢も長くは続かない。続く東堂の打撃を両腕で受けつつ、辻倫は瞬時に切り返した。右腕を捌きながら、膝蹴りを東堂の頬へと打ち込む。

 

 

「外見に似合わず理知的で──潔い」

 

 

 格闘戦では分が悪いと判断して、東堂は瞬時に後退を選んだ。距離を取ったうえで入れ替え後の渾身の一撃を与えるつもりである。一方、辻倫は術式を行使する。より機敏な動きで攻めるため──

 

 

朱鷟(すざく)』『七翅(しちよく)

 

 

 腕と足、胴の各部に生じた『朱鷟』の翼は小型ながらも、呪力噴出の制御に特化したそれは、高い機動力を術師へ与える。

 

 

「凌いでみせろ」

 

 

「上等ォ!!」

 

 

 呪力噴出による加速には、助走距離があればあるほど効果的である。開いていた距離は『朱鷟』の加速によって瞬く間に詰められた。

 

 

 接触の瞬間──大きな音が敷地内に響いた。打撃の応酬をしたかと思えば、すぐに巨体が吹き飛んでいく。開いた距離をさらに詰める辻倫の姿。重力を無視した空中機動は文字通りの縦横無尽であった。

 

 

 拳による打撃。手刀。蹴撃。肘打ち。全方位から矢継ぎ早に繰り出される攻撃に東堂は笑顔を絶やさず耐え忍んでいる。地に着いた足から衝撃が伝わり、石畳には大きなヒビが生じていた。

 

 

 そこで鳴り響く拍手の音。さらに連続する乾いた音は『不義遊戯』発動の証左であった。お互いの位置を入れ替え、東堂は辻倫の背後へと回り込みながら空中機動に対抗する。

 

 

「器用なことだ。連続発動も難なくこなすと」

 

 

「拍手とは心の所作……すなわち──魂の喝采!!」

 

 

 死角から放たれる攻撃や、術式を発動しないブラフにも辻倫は対応しなければならなかった。そのうえで、東堂はこの膠着が長く続かないことも理解していた。

 

 

 東堂が待ち望んでいるのはタイミング。あえて膠着を長引かせるワケは、ひとえに全呪力出力をのせた一撃を炸裂させるためであった。

 

 

(キメるしかない!!最大出力の()()を!!)

 

 

 一方で、辻倫が『応陣』による肉体保持を行わずに動く理由は()()のためである。術式使用のリソースを他の式神へ割り振り、その残りを『朱鷟』の翼の制御に割いていた。肉体の負荷を無視した超制動ならば、『不義遊戯』への対応もより楽になるハズではあったのだが。

 

 

 膠着は突然崩れる。それは東堂の防御に限界が存在するために必然ではあった。

 

 辻倫は防御を構える東堂の左腕ごと頬を捉えてそのまま殴り抜いた。石畳に勢いよく叩きつけられる東堂の巨体。その手中には──衝撃によって叩き割られた()()()()()があった。東堂は辻倫の隣へ石片を投げ放つ。

 

 

「!!」

 

 

不義遊戯(ブギウギ)』!!

 

 

 東堂の術式開示は全ての情報を明らかにしてはいない。本来の術式対象は"一定以上の呪力を持ったモノ"である。『不義遊戯』は呪力を込めた物体があれば、即席の空間転移を可能とした。

 

 

 拍手の音が響く。入れ替わったのは呪力が込められた石片と東堂の位置。地面に叩きつけられたハズの東堂は辻倫のすぐ隣へと移動していた。拳の一点に呪力を集中させて放つ一撃。土壇場でキメる──ただそれだけの意志が黒い火花を引き寄せた。

 

 

 

 

黒 閃

 

 

 

 

「──良い。まともに当たれば効いていただろう……!!」

 

 

 "黒閃"。それは呪力を込めた打撃が標的へ当たった際、呪力が黒く光る現象である。呪力と拳──その二つが標的へ衝突する誤差を100万分の1秒以内にすることで生じる空間の歪み。威力は通常のおよそ2.5乗であり、言うなれば呪力攻撃による致命的な一撃(クリティカルヒット)であった。

 

 

 打撃の衝突の瞬間、呪力と拳のミートは完璧だった。東堂はあえて互いの入れ替えだけを行うことで、術式対象を人物に限ると印象づけていた。そして土壇場で初めて見せた無機物との入れ替えには、辻倫も対応出来ないと考えていた。しかし現実には辻倫の両腕が防御を構えることに成功している。

 

 

「入れ替えに対応したのか……!!あの一瞬で!!」

 

 

 黒閃をキメることまでは読めずとも、辻倫はとある筋書きを予想していた。互いの位置を入れ替える術式の披露。その一連の流れが冗長になれば、違う手札をここぞという時に切ってくるハズだと。入れ替え後の位置や方向の変化か、あるいは術式対象の変更、細分化。予想されるそれら全てに対抗するため──

 

 

「位置情報の変化を感知して術師へと伝える──いわばレーダーのようなものだ。戦闘中に薄く放出していた『到它』の呪力は位置変化を捉えて僕へと通達した。呪力ならば神経伝達よりも速いからな」

 

 

 式神操作のリソースを割いて『到它』の呪力を薄く放っておく。反射した呪力の揺らぎを計測して位置関係や空間把握も可能とする──ソナー探知のような呪力特性に変化させていた。さらに解析を経たことで、術式行使の際に生じる呪力の"揺らぎ"を『到它』は瞬時に察知し、術師へ合図を送ることを可能とした。端的にいえば、"空間転移系の術式察知に長けた状態"を辻倫は構えていた。

 

 

 黒閃をキメたことによって、東堂は一種のゾーンのような状態になっている。術式対象は辻倫にバレてしまったものの、引き出された自らのポテンシャルを存分に披露出来ると言外に示していた。

 

 

「俺の真骨頂!!ついて来れるか!!」

 

 

「面白い。もっと魅せてくれ」

 

 

 刀印を構える辻倫の傍らに顕現し始めた高熱の蒼炎。さらに解析を続け、『到它』による術式の完全中和を行うつもりであった。

 

 

 両者のボルテージは最高潮へ。激突によって大きな被害が予想されるところであったが──

 

 

「──辻倫さん。お話があります……よろしいですね?」

 

 

 静かに佇む1人の女性。疑問形のように上がった言葉尻とにこやかな表情は穏やかそうではあったが、如何せん声色と雰囲気は噴火を待つ火山の如しである。

 

 

 宮子の声に気づいた辻倫はその雰囲気にも臆することなく、嬉々とした態度で話しかけた。

 

 先刻まで対峙していた東堂は──毒気を抜かれたような、或いは血の気が引いたような顔で上着を探し始める。心做しかその巨体が小さくまとまっていた。

 

 

「友達が出来たようなんだ。早速の一人目が──」

 

 

「──黙りなさい。私が話します。貴方の発言は許可しません」

 

 

 長い付き合いながら、久しぶりに言葉を遮られた事実。虚をつかれたような辻倫は辺りの惨状を見渡すことで、宮子の態度の原因にようやく思い至った。既に何もかも手遅れであるのだが。

 

 

 律儀に黙ったままの辻倫が東堂を追いかける。そのまま連絡先を交換しようとしたところで、宮子は遂に拳を振りかぶった。

 

 

 


 

 

 

「──そうそう。札幌で予定してる。あそこならうってつけだろう?」

 

 

 携帯端末に向けて話しかける妙齢の女性。通話相手には疎ましく思われていたが、彼女は気にせず会話を続けていく。会話の主題はイベントを企画するようにも聞こえるのだが、彼女は牧歌的な平和を望んでいる訳ではなかった。

 

 

「謂わば前期放流(プレリリース)ってとこかな。全土でやる前に試しておきたいし、嗅ぎ回られるくらいなら堂々と開いてみようと思ってね。面白そうじゃない?」

 

 

 通話相手から興味なさげな返答が聞こえてくるものの、彼女はにこやかに説明していた。話したがりか、おしゃべりか、何れにしても彼女はその態度を崩さずにいるようである。そのイベントの仕込みを通話相手へ任せるにも関わらず、玩具を楽しみに待つ子供のような高揚感を隠していない。

 

 

「先んじて調整を済ませた受肉体──ベータ版泳者(プレイヤー)達の殺し合い。非術師からもある程度の呪力が賄えるだろうね。どんなものが生まれるのかな。私は呪霊が生まれると読んでるけど」

 

 

 彼女の厳選した呪物の中から、より好戦的で血の気の多い者達を選抜したベータ泳者(プレイヤー)。本番の活性化にも役立つとは思われていたが、彼女の胸中にそこまで残る程でもなかった。殺し合いを利用して得たい呪力は他にも用立てがあるために。

 

 計画に必要なピースは完全に揃ってはいない。しかしながら着々とひとつずつ集めていることは確かであった。呪物、術式、シチュエーション。それらが現在企画しているイベントとどう関係するかというと──

 

 

「回りくどくてもいいじゃないか。この時期を逃したくない。長くやってると準備さえも楽しめるんだよ。君も下拵えとかやるでしょ?美味しい食事が本当に美味しいかなんて、食べてみないと分からない。結局のところはそこまでに積み上げた帰結だから──」

 

 

 のらりくらりと、屁理屈をこねくり回して述べている女性は黒い髪をショートボブに揃えた髪型であった。その額には横一線に()()()が走っている。雑談がさらに長引く予感から、通話相手は即座に通話を切ってしまった。

 

 

「──あらら。せっかちだねぇ。もうちょっと話してもよかったのに……だけどまぁ、上手くいくに越したことはないか。期待してるよ──現代の六凶」

 

 

 その女性はくつくつと笑いながら端末を懐へとしまった。彼女の思い描く理想は現代社会にとって不利益なものであり、先程企画していたものもまた、相応の被害を齎す災いである。事実を明確に理解していながら、愉快そうに暗躍する──諸悪の根源そのものの姿であった。

 

 

 

 

 

 






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