我が青春のエストポリス   作:もぴ

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審判の時-Departure-&鳴動-Rumbling-

人と神はいつ分かたれたのか。

かつて人は神の道具として生きていた。

人はそれを幸せに感じていた。

 

戦いを司る神デュアルという女神がいた。

その女神は戦好きで血も涙もない悪神だった。

 

デュアルは人の戦士が好きだ。

弱き戦士が最強に至る様を熱望しており、それを叶える為に常に人の戦士を求めていた。

その身が脆弱な人の身であろうとも如何なる困難をも退ける気高き心の強さを持つ戦士を。

 

デュアルは目当ての戦士を見つけるとその戦士に3つの試練を与えた。

初めは肉体の試練を、次は精神の試練、最後には死の試練を与えその戦士の散り逝く様を見てみたいと願っていた。

 

だがこの3つの試練を乗り越えた戦士は未だに存在しない。

神の下で道具として生きる戦士たちにはあまりにも過酷過ぎたのだ。

 

デュアルの求めによってこれまで多くの戦が起こり、多くの命が失われた。

それに苦言を呈する神がいたがデュアルはその神の首を鋭い剣の様な手刀で刎ね飛ばした。

 

戦を司る神の力は神々の神ですら容易には制御出来ない危険なモノだった。

 

 

 

これは、そんな女神に見初められてしまった不幸で、幸福な愛に生きた男の物語である。

 

 

 

男の名はアレス、殺戮を司る女神エリーヌに仕える戦士だった。

エリーヌとデュアルは犬猿の仲で不要な戦を起こすデュアルをエリーヌは嫌悪していた、デュアルはそんなエリーヌを綺麗事ばかりいう嫌な奴、殺してやりたいと思っているがエリーヌは唯一神を蘇らせる力を持つ神である為にそれも出来ない。

 

エリーヌもデュアル同様、悪神として人や神に畏れられる存在ではあるが己の存在理由と道理を弁えた女神だった。

 

不毛な争いを嫌い、それに巻き込まれ命を落とす者たちに涙を流す事が出来る慈愛を兼ね備えた優しき女神だった。

 

アレスはそんな女神を傍でずっと見ていた。

母に甘える子の様に、姉を慕う弟の様に、妹を思う兄の様に、娘を心配する父の様に、共に暮らす家族の様に…。

 

やがてその思いは一人の男の感情へと変化する。

そう、アレスはエリーヌを仕える神としてではなく一人の女性として愛してしまっていた…。

 

しかし人と神の愛など存在してはいけないものだった。

主は戦士の愛を拒み、神々の楽園から地の底へと追放した。

 

それも全てはアレスの命を守る為だった。

本来神は人に対して一片の情も持ち合わせてはいない。

アレスを思うエリーヌが特別だったのだ。

 

愛などという分不相応な汚らわしい感情を持った道具など消してしまえと多くの神が叫ぶ中、もしや殺戮を司る神も道具に対して情を抱いていたのではと下卑た笑みを浮かべる神がいた、エリーヌはそんな神々の思惑など関係無いかのように冷酷にもアレスを最も過酷な地の底へと追放した。

 

『やはり殺戮を司る神が人に対して情を持つわけがなかったのだ』

『いっそここで痛みなく消してやればいいモノを、殺戮の神は慈悲の心を持たないのか』

『なんと哀れな人の子よ、可哀そうに可哀そうに』

『やはり殺戮、こわやこわや』

 

楽しそうに追放されたアレスを憐れむ振りをする神々など見向きもせず。

殺戮を司る女神は神々の神殿を後にした。

 

 

 

 

 

地の底で、起き上がる小さな影があった。

それは地の底へと追放されたアレスだった。

 

「エリーヌ様…」

 

アレスは分かっていた。

エリーヌによって自分の命は救われたのだと。

だが叫ばずにはいられなかった。

どんな命であろうと、命は等しく尊いものだとアレスはエリーヌに教えられた。

ならば人と神もまた同じ命であると。

 

エリーヌと共に生きた中で芽生えたこの思いは否定されてはならないモノだと、二人の思いを否定する神々に向けて叫ばずにはいられなかった

 

「神々よ!神と人の間にどれだけの隔たりがあるというのですか!?私とエリーヌ様が共に生きたこの20年は神と人ではなく!アレスとエリーヌという命と命の共鳴があった!その時の私の思いが!彼女の思いこそが!神と人とが同じ命である事の証明となるのではありませんか!?そしてその証明となった私たちの思いが!それ以外の邪な思いに否定されていいはずがない!!そうでしょう!?エリーヌ様!!」

 

アレスの慟哭は地の底から神々の楽園まで届くほどであったが、エリーヌの思いは返ってこなかった。

 

道具であるアレスの戯言を嘲笑する神々の笑い声が楽園に響き渡る。

 

『……』

 

殺戮を司る女神はいつもと同じ無表情だった。

だが…その瞳より零れ落ちるものがあった…。

そう、エリーヌもまた神としてではなく、一人の女としてアレスを愛していたのだ。

 

『美しい。あぁ、今はまだ未熟であるが我好みの強き精神波だ』

 

だがアレスの慟哭に感情を揺さぶられたのはエリーヌだけではなかった。

すぐ傍に現れた神の姿にアレスは驚愕する。

 

「貴方は…戦いを司る女神デュアル様!?」

 

悪神と名高き戦女神の姿にアレスは警戒したが。

地の底へと追放されたアレスをこの戦女神は憐れんでいた。

 

『あぁ…可哀想に…愛する主神に見捨てられてしまったか。こちらへおいで、我が愛でてやろう』

 

まさに慈愛の女神の如き姿だった。

誰もが今の戦女神を見ればふらふらとその胸の中へと飛び込んでしまうだろうが。

アレスはこの女神の抱擁を拒んだ。

 

「エリーヌ様は貴方とは違う!己の楽しみだけで命を奪う貴方とは!」

 

明確な拒絶である、そして神に対する不敬である。

だがデュアルはその拒絶と不敬にすら優しく微笑み。

ついには笑い声をあげた。

 

『良いぞ人の子よ、それでこそだ。それでこそ育て甲斐があるというものだ』

「育てる、とは」

『人の子よ、この地の底で力を付けよ。至弱から至強へと至り見事エリーヌを手に入れてみせよ。我はお前の味方だ、その証としてお前に神をも屠れる力を与えてやろう』

 

デュアルが腕を上げると一振りの剣が空中に現れた。

 

『その剣は今は無力なただの剣である。しかし命を斬れば斬るだけ力が増していく魔性の剣だ、その剣を持って命を斬り続けよ。そして神と人の隔たりをも斬り裂き、エリーヌを手に入れるのだ。だが…今のお前ではエリーヌに会う事はおろか、此処から生き延びる事すら出来ん、故にこの地にある命を斬るのだ』

 

神々の楽園は此処から遥か彼方である。

そしてこの地の底には命を食らう魔獣が数多く生息している。

そんな世界で丸腰のアレスが生きる事は厳しい。

エリーヌの元へ帰るなど夢のまた夢、不可能だ。

 

しかし、この剣があればそれは可能になる、容易い事だ。

魔獣を斬り、命を奪い力を身に付けて邪魔な神々を斬ればエリーヌを手に入れる事が出来るのだ。

 

「私は、奪えません」

 

だが、アレスはそれを拒んだ。

命の尊さをエリーヌから学んだアレスはどんな命でも等しく同じであると知っているのだ。

 

『斬らねば此処で死ぬだけだぞ。ほれ、お前に奪うつもりはなくとも此処の住人は違うようだ』

 

地の底は弱肉強食が掟の過酷な世界なのだ。

弱い命が強い命の餌となる、そして今、此処で最も弱き命はアレスだった。

 

「くっ、やめろ!やめるんだ!」

 

ジェリー状の魔獣がアレス目掛けて飛び掛かって来た。

アレスは必至で声をかけるも魔獣にアレスの声は届かなかった。

傷つき倒れながらも、アレスは魔獣に攻撃する事はなかった。

 

『おい、何を遊んでいる。死ぬぞ』

「私は、死なない…私は…奪わない!!」

『フン。ここで死なれてはつまらんからな、フッ』

 

一瞬にして消し飛ぶ魔獣。

デュアルは埃を飛ばすように吐息一つで命を消し去ってしまった。

 

「なんて事を…」

 

魔獣亡き後に膝をつくアレス、その目からは熱い涙が溢れていた。

 

『傷が痛むのか?どれ、私が治してやろう』

 

デュアルが息を吹きかけるとアレスの傷口が塞がっていく。

だが自分の傷が塞がっていく事など構わずアレスはデュアルに問うた。

 

「貴方は、命を何だと思っているのですか」

 

戦いを司る女神であるデュアルだが。

他から伝わる話では多くの人を扇動し戦いを生み出しては多くの命を奪う悪神だと聞く。

そのデュアルの本性を見極めんとアレスは問うたが。

 

『決まっていよう、命とは美しいモノだ』

 

悪神とは思えぬ意外な言葉が返って来た。

そうだ、命は等しく尊く、美しい。

それが分かっているのならばなぜこの戦女神は命を軽んずるのか。

 

「ならば何故、貴方はこのような真似が出来るのですか」

『命とは戦いの中でこそ光り輝くモノだ、命がぶつかり合い火花を散らして散り逝く様は美しいだろう?我はアレがたまらなく好きなんだ』

 

恍惚とした表情を浮かべる戦女神にアレスは愕然とした。

人と神の間にある隔たりとは、こういうものなのかとアレスが理解し始めた瞬間だった。

 

『それに命など、放っておけば勝手に増えていくモノだろう。まとめて飛び散る火花も我は好きだな』

「あぁ…あぁ!!やはり貴方は…悪神だ…!!」

『フフ、そう嘆くな。次はお前がやるのだ、この剣で』

「やらぬ!私は…俺は!俺のやり方でエリーヌの元へ帰る!」

 

腹立たしい。

一瞬でもこの悪神がエリーヌと同じ優しさを持つ神であるかもしれないと思ってしまった己が腹立たしい。

 

その怒る姿を見て笑みを深める悪神だった。

 

『おーい。この剣持って行かんのかー、死ぬぞー』

「貴様の施しはこれ以上受けん!去れ悪神!!」

 

ついには罵声を飛ばすアレス。

ここでデュアルに殺されても仕方がない行為だが、デュアルは面白そうに笑っている。

 

『人の子よ。無事楽園へ戻れたとしても神々はお前の存在を許すまい、お前を処分しようとするだろう。その時、神々は間違いなく殺戮を司る女神エリーヌを動かすぞ。お前を守りたいと願うエリーヌの思いを無駄にするな。さぁ剣を取れ、エリーヌを手に入れる為に命を斬るのだ』

「これ以上俺を惑わすな!!貴様が去らんというなら俺が去る!!」

 

アレスはデュアルと剣を置いて神々の楽園目指して走り去ってしまった。

 

『………』

 

その場に残された戦女神はプルプルと震えていた。

戦を司る神である自分の思いを蔑ろにする道具に対する怒りか。

それとも。

 

『何処まで…』

 

拳をギリギリと握りしめる。

溢れだす戦女神の精神波が地の底を激震させる。

 

『何処まで…何処まで我を期待させるつもりなのだ!あの人の子は!』

 

剣をアレスが受け取った瞬間、デュアルは興味を失っていただろう。

 

これまで選んだ戦士たちは皆、剣を手に取っていた。

中にはデュアルに恭しく媚び諂い剣を手に入れようとする戦士たちもいたがその戦士たちの最期が美しい事はなかった。

 

剣の力に魅了され、剣に使われる様では戦士とは言えない。

デュアルが見たいのは剣の力ではなく人の力である、光り輝く美しい火花である。

剣の力に執着せず、最後の最期まで神に頼らず、戦いの中己の力で生き足掻くモノこそがデュアルの望む理想の戦士だと、最近になって気づいたのだった。

 

『今回ばかりは貴様に感謝するぞ殺戮を司る女神よ。お前のお陰で我の願いは叶うやもしれん…ア、レ、ス…アレスか…覚えておくぞ、今はまだ脆弱なる戦士の名を』

 

剣を回収し、姿を消すデュアル。

そして神々の楽園に戻ってからは地の底でパチパチと光る小さな火花を見て笑みを湛えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

辛い、苦しい、もう駄目だ。

幾度その足を止めようと思ったか分からぬ。

幾度このまま倒れてしまおうと思ったか分からぬ。

逃げるのを止めて魔獣に食われてしまえば楽になれるかもしれぬ。

全てを投げ出して横になればどれだけ心地良いものか。

あぁ、あの時、悪神の剣を手に取っていれば…。

 

もう、疲れた。

魔獣に襲われ逃げ続け、道なき道を走り続け、この身はとうに精魂尽き果てた。

 

だが男の身体の奥底にある魂が。

楽園で殺戮を司る女神と共に育んだ思いが。

声なき声が叫び続けているのだ。

諦めるなと、立ち上がれと、生きろと。

 

 

そうだ。

 

 

まだやれる。

 

まだ終われない。

 

行くのだ、愛する人の元へ。

 

悪神の誘惑を跳ね除け。

 

咎人は楽園へ向けて歩き出す。

 

 

 

 

 

 

愛に生きた男の物語はまだ始まったばかりである。

 

 

 

 

 

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