話の通じる狂人ことジョシュア・グラハムさんがエリちゃんを助けるようです。

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正しき心は少女を救う――本当に?

「自分が何者かになる・なれると本気で思っ――」

 

男、死穢八斎會の治崎廻が手袋へと手を掛けた瞬間。闇よりも暗いところからその男は現れた。

 

「失礼」

 

現れたのは、ブリムの異様に広いサトゥルノを目深にかぶった神父だった。

ぞあっとした恐怖が、出久とミリオの背中を駆け巡る。なぜ神父がこんな路地裏に、という単純な疑問よりも先に、二人の背中を舐めていった感覚が告げる。

この男はヤバイ、下手したら目の前で背中を向けている治崎廻よりも危険だ。ではどこが危険かと言われれば、二人には上手く言い表すことはできない。ただ、あまりにも場違いすぎる。

 

「その娘はこれから私の教会に住むことになっている子だ。迷子(まよいご)を人攫いとは感心しないな、ジャパニーズ・マフィア」

 

堂々と、死穢八斎會の治崎廻に向かって、そんなことをのたまう。おそらく外国人であろうが、しかし、無知から発せられた言葉とは到底思えない。明らかに、この神父然とした男は知っている。治崎廻を、死穢八斎會を。知ったうえで、歯牙にもかけていないのだ。

そんなことがありうるか、ありうるのだ、この謎の男には。

ミリオは治崎廻にも注意を払いつつ、この乱入してきた男に質問をする。

 

「……申し訳ありませんが、顔を見せてもらってもいいですか?」

「なるほど、二人はヒーローか」

「いえいえ、学生ですよ! そんな所属だなんて――」

 

先にも言ったようなことを繰り返そうとして、ミリオは絶句した。男はただ、サトゥルノに手をかけてゆっくりと脱いだだけである。これだけで、出久も、ミリオも二の句を告げないでいた。

 

「これで構わないか?」

 

闇の底から浮かび上がってきたのは白い包帯。哲学者の様に思慮深い瞳は、焼けた皮膚の底で爛々と光っている。今更、手に巻かれた包帯に気付き、真っ黒に爛れた指が飛び出ているのに気づく。

出久とミリオは思わず息を呑んだ。一体何をどうすればこんな姿になり、生き残れるのか。二人の困惑を感じ取ったのか、サトゥルノを被りなおした男はゆっくりと口を開いた。

 

「昔――そう、随分と昔にヴィランに全身を焼かれたことがある。これはその傷痕だ。こんな格好をしているからこそ、帽子を深くかぶっていた。この方がいたずらに人を恐れさせなくてすむ」

「いや、その、すみません。そういう事情とは知らず……」

「気にするな。私が神に代わって仕事をまっとうするように、君たちは君たちの仕事をまっとうしただけだ」

 

男はミリオに優しく答えると、今度は幼い少女――エリの目線に合わせるため体をかがめる。

 

「やぁ、こんな姿で怖がらせてしまってすまない。お化けと勘違いして君が逃げてしまうのは当然だ。けれども、安心してほしい。私は神の代理人。君が望む限り、私は君の助けとなれる」

 

その言い分にどこか、違和感があったかと問われれば出久もミリオもイエスと答える。

底知れない“何か”がこの男にはあった。その“何か”とは、少なくとも善ではある。だが、完全に善と言い切るにはどうしても不安が残る。

自身を神の代理人といってはばからない、その信仰の強さのせいゆえか。しかし、ここでいう信仰の強さとは、狂信と言い換えることができるだろう。さもなければ、死穢八斎會の治崎廻を前にして、こうも平然としていられるものなのか。

未だに、治崎廻は言葉を発さない。まるで銃を突きつけられているかのように、不動のままだ。

 

「さぁ、おいで」

 

男と目が合った。

 

――少女は、焼けた肌の合間から覗く瞳を見た。

 

いつかどこかで見たかもしれない美しい空の蒼の奥にある、この世のありとあらゆる黒を煮詰めた窯の底。その更なる深奥に、地獄の業火でさえ消すことのできない炎が燃えているのを少女は見た。人は錯覚だろうとも、見間違えだろうともいうだろう。

だが、それがどうした。

光の届かぬ裏路地で、エリは確かに“(ひかり)”を見たのだ。

 

「私の名前はジョシュア、ジョシュア・グラハム。君の名前は? もう一度、君の口から聞かせてほしい」

「……エリ」

「さぁ家に帰ろう、エリ。手を拭いて、足を拭おう。そして神に祈りを捧げよう」

 

エリはそっと近寄り、ジョシュアは壊れ物を扱うようにエリを抱きかかえる。これがジョシュアではなく聖母マリアであったならば、きっとその光景は神の子を慈しむ宗教画のように見えたろう。

だが、ここ居るのはジョシュア・グラハムその人だ。

 

「私に不審があるのならば調べてもらって構わない。教会の住所は――」

 

エリを抱いて、ゆっくりと路地裏へと消えていくジョシュアの後ろ姿に、声を掛けるものは誰もいなかった。

 

◆◆◆◆◆

 

迷路のような路地裏を右へ左へと歩く。いつしか闇を抜け明るい通りに出た時に、エリの口から疑問がもれた。

 

「どうして……?」

 

何故、という当然の疑問にジョシュアは平然と答えた。

 

「私は毎日を善く生きる、心ある人すべての平穏を祈っている。たとえそれが、異教の神を信じるものや、もはや神を信じることができなくなっているものであったとしてもだ」

 

エリは心を見透かされているような気がしてドキリとした。ジョシュアが気にせずに続ける。

 

「だが、神が何でもやってくれると思うのは間違いだ。

 しかし、君はより善く生きようと願い動いた。その行いを見捨てることは、私と“運び屋”にはできなかった」

 

運び屋とは誰だろう?と首を傾げたが、まだ幼い彼女には治崎廻がなぜ足を止め口も出せずにいたのかということを忘れていた。もし、エリがもう少し学んでいたのであれば、ジョシュアのいう“運び屋”が治崎廻への抑止力であったことに気付けただろう。

 

「君の勇気が、私“たち”を動かしたのだ」

 

包帯の下で、ジョシュアが微笑みを浮かべたのをエリは見た。

その笑顔は、エリには眩く、美しく、そして自らを焼き尽くす炎のように見えた。

 

◆◆◆◆◆

 

一言でいえばボロボロだった。

とても運営がなされているとは思えない廃教会。そこでエリはジョシュアによって手を拭かれ足を拭われた。そして真新しい靴下と靴を履かされる。「お祈りは?」と問うと「好きなように祈ればいい」と返された。だからエリは少しだけ、神様に手を合わせてみた。

 

◆◆◆◆◆

 

あれからどれくらい経っただろう。陽は既に沈み、キャラバン弁当を二人で食べた後、ジョシュアはどこからかライトスタンドと机を引っ張ってきて作業をしていた。

キリストが磔にされた十字架の下で、小さなテーブルの上に積み上げられている黒い物体。それが拳銃であることは、エリにも容易に察しがついた。いや、今までの環境ならむしろ知ってて当然のものでもある。

彼、ジョシュア・グラハムは本当に神父なのだろうか、と今更な疑問がエリを襲う。

慣れた手つきでスライドを引き、マガジンを抜いてチャンバーを覗き込む。拳銃が踊るように回転し、マズルを確認した後は再び掌の中で躍らせる。そうしてマガジンを再装填して次へ。一連の淀みのない動作は、ジョシュアが銃器の扱いに手慣れていることを如実に表していた。

突如、ピロン、と電子音が鳴ってエリはビックリした。どうやら発信源はジョシュアの胸ポケットからのようである。

 

「合図だ」

 

何の、とエリが問おうとした瞬間、キィーという荒いブレーキの音が何度も聞こえてきた。続いて、力任せにドアを閉める音が複数回も聞こえる。

さぁと顔を青ざめさせるエリを抱き寄せ、ジョシュアは頭を撫でてやる。それだけで、エリの心は救われた。この人なら大丈夫という自信が、内から沸き起こってくるようだった。

 

「どうやらおでましのようだ」

 

ジョシュアがテーブルの上を手早く片付けた。積まれていた拳銃は、くたびれたナップサックに詰め込まれていく。

 

「決して私から離れるな」

 

自分の背中にエリを隠すように立つジョシュア。同時、バンとドアが乱暴に開かれて何人もの武装したおそらくヤクザが突っ込んでくる。中には戦闘向きの個性持ちか無手の者もいたが――どうでもいいのだろう。敵は皆等しく敵でしかない。ジョシュアは、一切の動揺を見せなかった。

 

「ここは廃れたとはいえ善き人々が祈る為の場所だ。どうか帰ってもらえないか?」

「それならその娘を渡してもらおうか」

「断る」

「聞こえなかったか? その娘を俺達に渡せ」

「いやだね」

 

話は平行線。最早、事ここに至っては解決手段は一つしかない。

即ち、暴力。その最終手段まで、あと少し。

 

「これで最後だぞ、その娘を渡せ!」

「お断りだ」

 

ジョシュアは三度目の拒絶の言葉を言い終わると同時に銃を抜いた。

その光景を、エリは生涯忘れることはない。それは、エリがずっと求めていた

闇に輝く光(A Light Shining in Darkness)”だったのだから。

 

「喰らえ」

 

銃声を六発、瞬く間に響かせると、ジョシュアはすぐさまエリを抱きかかえ走り出す。撃ち殺したどうかなどを悠長に確認している時間はない。今のはあくまで牽制である。もっとも、それが牽制であるなどとジョシュア以外は知りようがない。

なぜなら敵たちはどこからか飛来するアンチマテリアルライフルの猛攻撃に晒されているのだから。

 

◆◆◆◆◆

 

 

裏側から回っていたのか、敵が二人やってくる。即座に、ジョシュアは何か布のようなものを投げつけた。

 

「うわっ!?」

「なんだっ!?」

 

困惑する敵とは違い、ジョシュアは無言のまま拳銃を手の中でぐるりと回した。

水っぽい何かが割れるような音が、二回続く。発生源は銃身を握りしめたジョシュアが、布のようなものをかぶせられた二人を銃把で殴りつけたことによるものだ。

糸が切れたように倒れ伏していく二人の姿を、エリは最後まで見ることはなかった。ジョシュアがしっかりと頭を抱くようにして見せないようにしたからである。

先程ジョシュアが投げつけた布らしきもの、それは神父服だ。今のジョシュアは防弾ジャケットにジーンズという、見る人が見れば警察の特殊部隊と同じだと気付く格好である。

そのまま走り続けて廃教会から一区画は離れたところで、ジョシュアの胸ポケットがまたピロンと鳴った。

 

「個性というのは便利なものだ。しかし――」

 

懐から無造作に取り出されたものは、セーフティーの為にカバーを付けられたC4の起爆スイッチだった。

 

「――狩りとはそれだけで決まるものではない」

 

ジョシュアはなんの躊躇いもなく、セーフティーカバーを外しスイッチを押した。

瞬間、闇夜が一瞬にして昼間のように明るくなる。廃教会内に設置された無数のC4とダイナマイトが同時に起動したのだ。光からすればどうしようもなく遅くから続いてきた爆音にエリは思わず耳をふさぐ。

そんなエリに対して「規模こそ小さいがな」と呟くジョシュア。これで規模が小さいとは、いったいどういう感性なんだろうとエリはジョシュアを見て目を白黒させる。

 

「かつて私がボルダーシティでやられた手だ。こんなにも上手くいくとは、チーフ・ハンロンの戦術眼を褒めるべきか、当時の私の迂闊さを笑うべきか」

 

ジョシュアは自分で神の代理人と名乗った。その張本人が教会を吹き飛ばすとはどういう心境なのだろう。エリは少し困惑して腕の中からジョシュアを見上げた。

 

「教会が神の存在を決めるのではない。人が祈り信じる心にこそ、神はいるのだ」

 

そう言うとジョシュアはゆっくりとエリに視線を合わせた。

 

「さぁ、エリ。君はどうしたい?」

 

◆◆◆◆◆

 

「ねぇねぇ、みんなは“妖怪包帯男”って知ってる?」

「んだそりゃ? ハロウィンにはまだはえぇぞ?」

「聞いたことあるかも。確か(ヴィラン)なのに(ヴィラン)を倒してるんだっけ?」

「む、僕が知ってるのとは少し違うな。幼い女の子を連れた、弱者を助けるヒーローだと聞いたが」

「どうしたんだよ、轟?」

「いや、そいつは一度親父から聞いたことがある」

「えっ、エンデヴァーから!?」

「ああ。まぁ親父はそいつのことを包帯男じゃなくて“焼かれた男(バーンドマン)”と言っていたな」

「お、おい出久? どうした急に?」

「ねぇ轟くん。もしかして、その“焼かれた男”っていうのは全身に火傷を負っていたから?」

「その通りだ。全身に重度の火傷を……待て、まさか知っているのか?」

「うん。僕はその、“焼かれた男”に会ったことがある」

 

◆◆◆◆◆

 

「聞いたか? キャリア・シックスが日本に来ているらしい」

「まさか、あの“運び屋”が?」

「そうだ。金さえ払えば小銭一枚から相手の頭に弾丸まで届ける、あの“運び屋”だ」

「それはまた、どうして?」

「理由? それはわからないが多分、ヤツの興味を惹いたバカがいるんだろう」

「興味ってなんだよ? ホワイトハウスに乗り込んで大統領とセルフィーした以上のもんがあるのか?」

「さぁな? ただ、どうやら俺たちはおしまいらしい」

 

「お前たちが最近街を騒がせている(ヴィラン)だな。『神に会ってこい』」




昔頭の片隅にあったものをなんとか形にだけして初投稿です。

なんだか子連れ狼みたいですね!(イエスマン並感)

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