恋するホーネット
・私は提督に恋をした。
きっかけはなんてことのない普通の出来事、でも私にとっては特別な出来事。
そう、あれはちょうど一年前くらい前の冬の時期だった。
まだここに来たばかりの頃の体の芯まで冷え込んでしまいそうな日に出撃していた私は、再三みんなに注意されていたにも関わらず潜水艦の魚雷で大破してしまった。
日本の地でアメリカ艦の私はいいように見られないだろうから、いいところを見せようと張り切って警戒を怠ったのが原因。
その夜、防寒具もまともにつけずに防波堤で1人暗い海を眺めていた。
正直、頭を冷やしたかったし1人になりたい気分でもあった。
「私ってバカね、あんな変な事しなくてもここのみんなは十分温かかったというのに。」
1人の思い上がりで艦隊を危険にさらした挙句に作戦も失敗に終わらせた。
「本当にどうしようもないわ...。」
その頬には悔しさなのか情けなさなのか、自分でもどっちわからない涙が流れている。
そんな私の心情を天気が写したかの様に白い雪が降り始める。
空を見上げて、その雪を掴む。
手を広げると雪の結晶は私の体温で溶けてなくなっていった。
「私のこの気持ちもこんな風に溶けて消えてしまえばいいのに...。」
ポツリと呟く。
冬の冷たく強い風がその綺麗なブロンドの髪をなびかせる。
「ホーネット探したよ。」
私は声のする方向に顔を向けた。
そこには提督の姿があった、少し息が切れている。
本当に私のことを探してくれていたのだろう。
「そんな恰好でこんなところにいたら風邪をひくよ。」
提督はそう言って、自分がまいていたマフラーを私の首にまいてくれた。
さっきまで提督がまいていたからか、その温もりが残っていて温かかった。
「あの、ごめんなさい迷惑かけたかしら。」
小さな消え入りそうな声で私は言った。
すると提督は大事なものでも見るかのような目を向けてきた。
「いいんだよ。さ、中に入って温かい飲み物でも飲もう。」
その言葉に誘導されるかのように、提督の後を追って鎮守府の中へと戻った。
提督は執務室へ私を招いてくれた。
「そこのソファーに座っててね、かけてあるブランケットも使っていいよ。」
言われるがまま、ブランケットを羽織って私はソファーに小さく座った。
「私、お仕事の邪魔じゃあ...。」
さらにお荷物にはなりたくないという気持ちからでた言葉だった。
「もう終わってるから大丈夫、それに君たちのフォローも僕の仕事だよ。」
そう言いながらマグカップを用意して、飲み物を淹れている。
少し待つと、提督は私にマグカップを手渡して目の前のソファーに腰をかけた。
「これは?」
「ココアだよ、きっと落ち着くと思う。」
甘くていい香りがする。
私はそれを一口飲んだ。
「おいしい...。」
甘くてなんだか安心する味がして、全身の力がフッと抜けていくような気がした。
「それはよかった。」
感想を聞いた提督は優しい笑みをこぼす。
「ホーネット、昼間のことなら大丈夫だ誰も気にしていない。それに誰にでもそういうことはあるさ。」
私の心情を察したかのように先に会話をスタートさせた。
ギュッとマグカップをもつ両手に力が入る。
「そんな優しくされても、私は...なにも返せないわ。」
「返せなくてもいい、君にできることでいいんだ。だからそんな顔しないで、僕はいつもの自信たっぷりな君のほうが好きだよ。」
提督は平気な顔をしてそんなことを言う。
ずるい。
何も言わずとも私の欲しい言葉をくれる。
「明日にはきっと元に戻るから...今夜だけは...もう少しこのままでいさせて。」
私はブランケットを深くかぶってすすり泣いた。
提督はそれを見て何も言わずに、私の横に座り背中を暫くの間撫でてくれた。
こんなのずるい。
外に見える景色は一面の銀世界のはずなのに、私が映す提督がいる景色は色鮮やかなものに見える。
これが...人を好きになるってことなのね。
私は途中から泣いている顔を隠すのではなく、自身の赤らんだ顔を隠すためにブランケットを使っていた。
戦場で泥沼の戦いで見てきたものは灰色だったのに、この日から私がみる情景の彩度は明るいものへと変わっていった。
そう、提督に恋をして。
・いつもの朝
私の朝は早い。
さっと着替えを済まし、まだ誰もいない執務室へ向かう。
カーテンを開けると今日もまぶしい日差しが入ってくる。
秘書官として提督が仕事をすぐに始められるように今日の書類を軽く整理する。
「ふぅ、こんなところかしらね。」
時計を見ると、〇七〇〇を少し過ぎたところでもう少ししたら提督がやってくる時刻だ。
私は少し手持ち無沙汰になり、何をしようか思案する。
ふと、提督がいつも朝にはコーヒーを飲んでいることを思い出した。
「私が用意したら喜んでくれるかしら。」
提督の喜ぶ顔を想像しながら早速コーヒーを淹れてみる。
茶器を用意して実際に淹れてみようとすると、豆の分量が分からないことに気が付いた。
「これくらい...?」
大体の目分量で作りだす。
そしてやや待つと、香ばしい香りが執務室に漂い始めた。
これは手ごたえがあるかもしれない。
そんなことを思っていると執務室のドアが開いた。
「おはようホーネット、今日も早いね。」
眠そうな顔をした提督が口に手を当てながら入ってきた。
いつもはキリッとした表情も好きだが、朝のまだスイッチの入りきらないふにゃっとした表情もかわいいと思えてしまう。
これを見ることができるのも秘書官の特権だ。
「おはよう提督。コーヒーを淹れてみたの、飲むでしょう?」
私は笑顔で提督を迎えつつ尋ねた。
「ホーネットが用意してくれたのか、ありがたく頂くよ。」
「ええ、座って待っていて。」
完成したコーヒーをティーカップに二人分注いで、トレーに乗せて運ぶ。
「はい、どうぞ。」
「ああ、ありがとう。」
提督にコーヒーを差し出した後、私も秘書官の机に座って自分が淹れたコーヒーに口を付ける。
手ごたえはあったのに、その味はあまりにも濃く思わず舌を出してしまった。
こんなものを提督に出してしまった焦りで、つい様子を伺ってしまう。
提督は何食わぬ顔でその濃いコーヒーを飲みながら、今日の予定表を確認している。
「提督...その、あまりおいしくないでしょう?無理して飲まなくていいのよ...。」
私はばつが悪い顔をして俯きながら、横目で提督の反応を待った。
「うん?せっかくホーネットが淹れてくれたんだから全部頂くよ。朝はこれくらいがちょうどいいかもしれないしね。」
何の含みもない表情で提督は私にそう言った。
「ならいいのだけれど。」
慣れないことをするもんじゃないと思いながらも、提督の優しさに安堵した私がいた。
しかも、ちゃんと嫌な顔せず飲んでくれている。
その事実が私にとっては嬉しい。
「そろそろ朝食をもらってくるわ、何がいいかしら?」
「そうだなあ、今日はお米の気分かな。」
私はわかったわと言い、食堂へ朝食を取りに行く。
食堂の大鯨に提督の朝食を伝えると、大鯨はご飯をよそいながら聞いてきた。
「ホーネットさんはどうしますか?」
「私も同じのをお願いするわ。」
箸を使う文化がアメリカにはなかったから、私はお米はあまり食べなかった。
でも、好きな人と同じ場所で同じものを食べたいという思いから最近はお米をよく食べるようになった。
これも淡い乙女心なのだ。
「おまたせ、提督。」
「おかえりホーネット、いつも悪いね。」
提督は外の景色でも見ていたのか、窓の前から振り返って返事をした。
私はトレーを提督の机と秘書官の机にそれぞれ運んで朝食を二人で取り始めた。
「大鯨達が作ってくれるごはんはいつもおいしいな。」
満足そうな顔でご飯を頬張っている。
「ええ、おいしいわね。」
私もそう返事した。
確かにご飯もおいしいけれど、私にとっては大好きなあなたと食べるこのご飯がおいしいの。
知っている提督?
秘書官の仕事は大変だけれど、毎朝こうやって顔を合わせてご飯を一緒にたべるこの何気ない日々が私にとってはかけがえのない宝物なのよ。
私はつい笑みをこぼしながらその時間を噛みしめていた。
・休日
毎日働いているように見える秘書官にも休みはある。
確かにゆっくりはできるけど、あなたと過ごすあの時間が恋しく感じてしまう。
今日はたまにはとアイオワと一緒に外出許可をもらって、なかなか行くことのない商店街やショッピングモールで一日を過ごした。
でも、おいしいスイーツを食べても綺麗な夕日を見ても、思い浮かぶのはあなたにも分けてあげたかったという気持ちだった。
「私ってちょっと重いのかしら...。」
部屋の中がシーンと静まり返っている中、自室のベッドで横になりながら目を閉じる。
耳を閉じてもあの日の言葉が蘇ってくる。
「僕はいつもの自信たっぷりな君のほうが好きだよ。」
思い出して顔が熱くなる。
あんな告白みたいな言葉、忘れることなんてできない。
こうして一人の時はまるで私専用のオルゴールの様にそれが頭の中で反芻する。
この甘く切ない気分は私の胸をポカポカさせてくれる。
あなたのことを思うだけで顔が緩んでしまうのだ。
ベッドの上で体勢を変えると、窓から執務室の明かりがついているのが見えた。
時刻を二三〇〇、普段ならもう明かりは消えている時間だ。
「まだ、仕事をしているのかしら。」
そう呟きながら、私は甘いものでも差し入れしようかなと考えていた。
幸いにも今日のお出かけでお土産にとマドレーヌを購入していた。
思い立ったが吉日と日本の言い回しを得意げに頭の中で活用して、紙袋を手に持って執務室へと歩き出した。
「提督、失礼するわよ?」
ノックをしても反応がないので、そのままドアを開けて中に入ってみる。
すると提督は机に突っ伏しながら居眠りをしていた。
今日は私がいない分、勝手が違って忙しかったのかもしれない。
私はいけないと思いつつもその寝顔を眺め始めた。
「寝ている顔もかわいいわね。」
フフッとつい笑ってしまう。
こんな油断した姿を見せてくれるなんて私にはとても役得だ。
私はその頬をツンとつついてみた。
「んん...。」
感触がこそばゆいのか、提督は少し首を動かした。
反応がおもしろいからこのまま続けていたいが、ここで寝ていては風邪を引いてしまう。
いたずらもそこそこに起こしてあげることにした。
「提督、提督。風邪を引くわよ?」
肩を優しくゆすりながら提督を起こす。
何回か呼びながらゆするとうっすら目を開け始めた。
「ホーネット...?ああ、居眠りしてしまったのか。恥ずかしいところを見せてしまったね。」
目をこすりながら提督が少し笑った。
「艦隊のために多忙な日々を送っているんだもの、恥ずかしいことなんてないわよ。」
両手を後ろに回しながらそう言った。
「ところでどうしたんだい、今日は休みのはずだろう?」
固まった身体をほぐすように伸びをしている。
私は目尻を下げながら、体の後ろに隠した紙袋を提督の前に差し出す。
「疲れていると思って甘いものを差し入れに来たの、今準備するわね。」
「それは助かるよ。」
棚から小皿と茶器を取り出し、インスタントの紅茶も合わせてあった方がいいだろうと思案する。
きっとストレートティーのほうが口の中の甘さを緩和してくれていいだろうと、普段はあまり飲まないそれのティーバッグをカップに入れる。
茶葉がある程度染みだしたのを確認してカップから取り出して、マドレーヌと共に提督のところへ運んだ。
「お休みをいただいたからアイオワと買ってきたの、お口に合うといいのだけれど。」
提督の好みじゃなかったらどうしようかと内心不安な気持ちになる。
「君のその気持ちが嬉しいから、味なんてそこまで気にしないよ。」
どうしていつも私の心を見透かしたような返事をくれるのか。
店売りのモノだからまずいということは無いのに、変な心配をしていた私がバカみたい。
提督はマドレーヌを口に運び味わったあと、私の入れた紅茶を口にした。
「ありがとうホーネット、すごくおいしいよ。」
お店の焼き菓子とインスタントの飲み物二つでなんて顔するのよ。
そんなにおいしそうな顔しちゃって。
私はその顔が見られただけで既に満足だった。
提督を労いに来たのに、私の方が労われている気分。
よくお茶をしている金剛姉妹に、焼き菓子でも教えてもらおうかしら。
その時も提督は今みたいな顔をしてくれるかしら。
してくれると...いいな。
・聖夜
「今日もようやく全ての仕事が片付いたなあ。」
長時間の執務で肩が凝ったのか首を回している。
「駆逐の子達にプレゼントを用意するなんて提督もマメね。」
今日はクリスマス、さっきまで駆逐寮に皆で手分けしてクリスマスプレゼントを置いて回っていた。
ケーキ一つであんなにはしゃいでいたのに、朝起きたら枕元にプレゼントがあった時にはどんな反応をするのかしらね。
きっと朝の駆逐艦寮は大盛り上がりでしょう。
そんなことを考えながら一人でクスリとしていると、提督が私の前に長方形のラッピングされた箱をそっと置いた。
「ホーネットにも用意してあるんだよ。」
私にも?
てっきり駆逐の子たちにしか用意していないとばかり思っていたから驚いた。
「開けてもいいかしら?」
提督は頷きながらもちろんと言いながらコーヒーを口にした。
ゆっくりそのリボンをほどいて開けると、万年筆が入っていた。
横には私の名前が入っていて、特注品なのが伺えた。
「こんな高級そうなもの、使うのがもったいなくなるわ。」
私は目を細めながら万年筆に掘ってある自分の名前の箇所を指でゆっくりと撫でた。
「僕としては使ってくれると嬉しいんだけどね。」
笑いながら提督はそう言った。
このモノ自体も嬉しいが、暗にこれからも秘書官として私を置いてくれることを意味していることがそれ以上に嬉しかった。
「ありがたく使わせてもらうわね。」
たぶんこの時の私は普段みんなには見せないような顔で微笑んでいたと思う。
私はそれを秘書官の机の引き出しに大事にしまった、明日からこれを使うために。
「まさか私もプレゼントをもらえるとは思っていなかったから、お返しを用意していないわ...。」
それを聞いた提督は両手にあるモノをもってソファーへ移動した。
「なら今夜は少し付き合ってくれないかな?」
私もそれを見ていつもは自室に帰っている時刻だが、これがお返しということで対面のソファーへと腰を下ろした。
「あまり飲まないのだけど、たまにはいいかもしれないわね。」
提督はそうかと言いながら、二つのグラスをテーブルに置いて順番にお酒を注いだ。
それを一つ手に取ると二人でクリスマスの夜に乾杯した。
他の誰でもない私だけがこの時間をあなたと共有できていることが嬉しくあった。
何気ない話をして、あなたの事を知れて私の事も知ってもらえる。
まるで、私の心のアルバムが更新されていくような。
満ち足りた気分だった。
そんな時間が楽しくて少しハメを外して飲みすぎてしまったのかもしれない。
「ホーネット...ホーネット...。」
遠くで提督が私の名前を呼んでいる感覚がした。
もっと私の名前を呼んでほしい。
「すまない、少し我慢してくれ。」
何かを言っている、でも良く分からない。
「よっと...。」
あなたに包まれているような気がする。
温かくて安心する。
ずっとこんな風に...。
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「あら、起きたかしら?」
ここは...?
あれ、私たしか...。
急にボンっと頭から蒸気が出るかのように熱を帯びる。
「ふふ、あらあら。」
サラトガが口に手を当ててクスクス笑っている。
「私、もしかして昨日...しかもこの上着...。」
両手を頬に添えて昨夜の事を思い出す。
「提督がホーネットをお姫様抱っこでここに来たときは驚いたわ。しかも提督の上着から手を離さないんですもの。」
そんななんて恥ずかしいことを...。
提督にどんな顔して会いに行けばいいの。
「ホーネットもあんなかわいらしいことをするのね。」
うっすら記憶があって覚えているのがまたよろしくない。
提督の大きな手がこの右肩に回っていた...。
私はその提督が触れていたところに反対の手で触れる。
そこはまだあなたの温もりが残っているように熱かった。
私はその熱が冷めるまで執務室に顔を出すことができなかった。
・あなたに触れたい
私は提督の事が好きだ、だからこそあなたに触れてみたい。
好きな人の事を思えばきっと誰だってこう思うはずだ。
その温もりを感じたい、と。
でも秘書官としてあなたの隣にいるのに、その口実がない。
秘書官の机で書類をファイリングしながら、悟られない様に提督の方を見る。
真剣な眼差しで出撃の編成でも考えているのだろう。
私達のためにこんな目をしてくれていることに慈しみすら覚える。
提督に恋をしてからの私はどんどん欲張りになった気がする。
だって、その目すら私一人に向けてほしいと思ってしまうなんて。
そんなことダメだって分かっているのに...。
私はつい提督の肩にそっと手を伸ばす。
その時、執務室のドアをノックする音がした。
我に返った私はその伸ばした手を引っ込める。
あなたとの距離はこんなにも近いのに、実際はそれ以上に感じる。
一歩踏み出したい、そう思うのは変かしら。
あなたが報告を終えた艦娘に振ったその手、それに触れることができたらどんなに幸せでしょう。
「ずっとその書類を見つめて何か困ったことでもあったかい?」
私の様子が気になったのか提督が声をかけてきた。
「いいえ、なんでもないの。」
フッと笑いながらそう答えた。
あなたのことを考えているだけで一日が溶けていく。
いつも心配して気をかけてくれるあなたが好き。
だってその時は私だけを見てくれているから。
今はどうしたらいいのか分からないけれど、いつかその全ても愛せるようになるかしら。
その時、あなたはどんな反応をしてどんな表情を私に向けてくれるの?
私を受け入れてくれる?それとも拒絶?
こんなこと考えてもしょうがないのは分かっている。
でもきっとあなたのことだから、目を丸くして驚いて見せるんでしょうね。
だって、いつも肝心なとこだけは鈍いんだもの。
「そろそろ一息つきましょう、コーヒーでいいかしら?」
そう言い、私は席を立つ。
「うん、お願いできるかな。」
提督はお砂糖二つだったけど、最近は一つ。
これを知っているのはたぶんこの鎮守府で私だけ。
そう、私だけの秘密。
まだあまり上手くコーヒーを淹れることはできないけれど、きっとあなたが美味しいと思えるものをいつか淹れてみせるわね。
美味しいという言葉が聞ければきっとそれが私にとって一番の労いになる。
提督?
私が一番困っていることはね。
あなたへの恋煩いなのよ。
提督に背を向けてコーヒーを淹れながら、私は頬を染めて困ったような顔で笑った。
・私の好きな季節
私は珍しく鎮守府の外にいた。
今日は提督の会議で、秘書官としてそれに同行していたのだ。
「思ったより早く終わったね、時間もまだあるしどこか寄っていくかい?」
「そうねえ...。」
そのまま鎮守府へ戻ると思っていたから、その提案に私はしばらく考える。
「なら...あなたとデートがしたいわ。」
私にしては思い切った事を言ったと思う。
自分で言っておいて少し照れてしまう。
「たまには二人で遊びに行くのもいいかもしれないね。」
ああ、きっとあなたは私が言った意味通りには捉えてないのね。
でも今日は許してあげるわ。
一日あなたを独り占めできて私は上機嫌だもの。
それから私達はそこから近いところの繁華街に行って、初めて映画を見たりゲームセンターでプリクラというものを撮ったりした。
あなたが結構涙もろい事を知ったし、あなたのプリクラの写真は全部ピースした姿しかなくて可笑しかったわ。
私は撮った写真を常に持ち歩いている手帳の裏表紙に貼った。
この手帳はいつか使い終わるかもしれないけど、それでもよかった。
使い終わったらまた一緒に撮りに来て、それを新しい手帳に同じように貼ればいいんだから。
だからこれでいいの。
だって、また次回があるって素敵な事でしょう?
その手帳をバッグに大切にしまい、外に出ると白い雪が降り始めていた。
「綺麗ね。」
空を見上げて素直な感想を口にする。
ここに来たばかりの頃もこんなような事があったけど、その時と今ではその雪が全く違って見えた。
雪のせいか、遠くに回らない観覧車が見える。
それはゆっくり降る雪とあいまって、時が止まってしまったかの様だった。
「雪も降って寒くなってきたし、タクシーで帰ろうか?」
提督が空を見る私に話しかける。
「いいえ、このまま歩いて帰りましょう?」
私はゆっくりと首を横に振る。
「私、この季節は嫌いじゃないの。」
あなたが私に恋を教えてくれたこの季節は、私の思い出の一ページ目だから。
私は左手の手袋を脱いでバッグにしまった。
そして横にいる提督の右手を手に取る。
「それにほら、こうすれば温かいでしょ?」
寒さなのか恥ずかしさなのかわからない理由で私の頬は染まっていた。
提督は最初こそ驚いていたものの、すぐに握り返してくれた。
「君がそれでいいならいいだけどね。」
しょうがないなといった表情を提督はして、私のわがままに付き合ってくれている。
「ええ、これでいいの。」
私は提督の顔を覗き込むようにして満面の笑みを見せた。
白い雪が降り積もるこの道をあなたと一緒に歩きたいの。
その大きな手と手を繋いで。
今はまだ言えないけれど、いつか必ず私のこの思いも伝えてみせるわ。
だからどうかその時まで待っていてくれる?
この心が切なく踊るような日々に踏ん切りがつくその時を。
雪が降り銀世界となった景色は、一年前と同じ鮮やかな色彩のまま。
白い景色のはずなのに鮮やかだなんておかしいと思うでしょ?
きっと恋してみれば分かるわ。
だってこれは恋の色なんだから。
「ねえ、提督。やっぱり少し寒いわね。」
私は困ったような笑みを浮かべてそう言った。
「ほら、言わんこっちゃない。」
提督も同じような表情をして笑っている。
でもこれでよかったと思ってる。
特別なことなんていらない。
こういう平凡な時間をあなたと一緒に過ごしていきたいの。
こんな事があったねと笑いあえる時間が楽しみだから。
「提督、お願いがあるのだけど。」
「それは何かな?」
普段、私からお願いをすることなんてないから物珍しそうにこちらを見ている。
「私、あなたが淹れた甘いココアが飲みたいわ。」
「そんなものでいいの?」
もっと凄いことをお願いされると思っていたのか拍子抜けな表情をしている。
私はそれを見てクスッと笑い、繋いでいる手を少し強く握った。
「それがいいのよ。」
だって、それは私の一番好きな飲み物なんだもの。
恋するホーネット ~fin~