冒涜戦線 ~冒涜されし神々と人類の最終聖戦~   作:オジロワシ

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第拾弐話 狂気の報復者

 (くだん)の薬学研究所に潜入し、エカテリーナを尾行。地下施設に通じるエレベーターを見つけるまでは順調だった。だが、いざ地下施設に潜入しようとした所で捕まってしまった。今現在、イヴァンナは地下施設の一室に拘束されていた。両手は背中で縛られ、身動きが取れない。裸電球が淡く照らす灰色の部屋は、拷問部屋に近しい雰囲気を醸し出している。

 

「全くどこから嗅ぎつけたのやら。まぁ、大方察しは付くけどね」

 

 エカテリーナはイヴァンナの身包みを剥がし、病院でよく見るキャスター付きのテーブルに並べていく。軍服に、潜入の際羽織っていた白衣。ベレッタM9とその他諸々の小物等々。ほとんど引っぺがされた果てに、今のイヴァンナは支給品のタンクトップとズボンだけという有り様だ。

 

「あらあらまぁまぁ。あられもない姿になっちゃってー」

 

 イヴァンナは誰のせいだ、なんて思いつつエカテリーナを睨む。

 

「そんな怖い顔しても状況は変わらないよ。計画に狂いは無いし」

「計画?」

「あっ、やっと喋ってくれた」

 

 エカテリーナはニマニマと笑顔を浮かべる。どこか嬉しそうな表情からは、子供が満点のテストを見せる時の高揚に近しいモノを感じる。

 

「計画について知りたい?」

「......お喋りなんだな」

「別にいいじゃん。どうせ後で始末するんだし」

 

 全くもって軽率な輩だなとイヴァンナは思う。始末するならさっさと始末してしまえばいいものを、こうして生かしているのは何とも不可解だ。お前程度いつでも始末出来るぞという意思表示なのか。あるいは単なる慢心か。どちらにせよ、イヴァンナにとって今の状況は好都合だ。聞き出せることは聞き出してしまおう。

 

「計画について知りたいと言ったら喋ってくれるのか?」

「まぁね。交換条件ありきだけど」

 

 やはりというか流石にと言うべきか。タダで情報をくれるほど馬鹿ではないらしい。

 

「何が望みだ」

「ルカ君とサーリヤちゃんについてちょこっと、ね。でもー、貴女は話してくれないでしょ? 口堅そうだし」

 

 イヴァンナの任務はルカの監視及び護衛だ。ルカに危険が及ぶような真似はできない。無言で肯定を示す。

 

「まっ、取り敢えずこれを見て見なよ」

 

 そう言ってエカテリーナは何やらリモコンで操作を始める。天井からプロジェクターと、イヴァンナの正面に投影用のスクリーンが降りてくる。廃工場のような内装の割にはやけに近代的な設備が整っている。

 

「映るかなー」

 

 ポチポチとボタンを操作してプロジェクターが起動。

 

「お、キタキタ」

 

 プロジェクターはクリミア大橋を映し出す。どこから撮影しているのかは分からないが、上空から見下ろしたクリミア大橋は端から端まで徹底的に破壊されていた。ケルチ海峡は、今やクリミア大橋の残骸により物理的に封鎖されている。これでは部隊の通過も、艦船の通過もできないだろう。マリウポリに撤退していた黒海艦隊はアゾフ海に閉じ込められ、クリミア半島に展開していた部隊はへルソン州方面からの補給が届けば御の字だろうか。

 

「どう? 完璧な攻撃じゃない?」

「............」

 

 無言を貫くイヴァンナを見て、エカテリーナは唇を尖らせる。

 

「何も反応が無いんじゃつまんないじゃない」

 

 エカテリーナはため息を吐きつつも、プロジェクターを操作する。映し出されたのバクー油田だが、様子がおかしい。

 

「いやー、盛大に燃えてるねー。いやはや痛快痛快」

 

 無数に連なる石油採掘用の採掘リグから炎が噴き出している。地獄の釜の蓋が開いたかの如く、火柱が猛り狂っている。燃える石油が地下より溢れ出し、文字通りの火の海だ。

 

 これが、エカテリーナの見たかった景色なのだろうか。

 

「え? どうしたの?」

 

 突然、エカテリーナが天井を仰いで独り言を言い始めた。

 

「イスタンブール攻勢が防がれた? うーん、まぁいいんじゃない? あっちはオマケだし」

 

 その後もブツブツと、誰かと会話しているかのようにエカテリーナは口を動かし続ける。イヴァンナはその隙に頭を軽く振り、髪の中に仕込んでいた剃刀(かみそり)を手の平に落とす。(やいば)の向きを手先で確認。しっかりと持ち直し縄を切り付けていく。

 

「それじゃ、あとはよろしくね」

 

 エカテリーナが部屋から出ていくと同時に縄を切り終える。そして、エカテリーナと入れ替わるように、二メートル程度の巨大な蟷螂(カマキリ)に似た生命体が姿を現した。

 

「......異生物群(グレート・ワン)か」

 

 公式には記述されていない地下施設。そこにはエカテリーナ以外に誰も居ない。加えてエカテリーナには一切の反応を示さない異生物群(グレート・ワン)の小型種。ルーノ製薬がこのことを知っているかどうかは定かではないが、エカテリーナは真っ黒だ。

 

 思考を巡らせ、情報を頭の中で嚙み砕いている間にも巨大な蟷螂(カマキリ)はのそのそと近付いてい来る。左右に上半身を振りつつ、足取りも覚束(おぼつか)ない様相だ。前も見えていないのか、イヴァンナの持ち物が並べられたテーブルにぶつかり動きを止める。蟷螂(カマキリ)はよろめき、頭を傾けながら鎌を振り下ろす。鎌は一瞬にして振り下ろされ、テーブルは真っ二つに。風の(やいば)がイヴァンナの頬を掠める。

 

 蟷螂(カマキリ)はイヴァンナの正面に立ち、数秒。頭を左右に傾け、複眼を何度か向けて大きく鎌を振り上げる。

 

「動きが遅いのが救いだな」

 

 そんなことを呟き、イヴァンナは座っていた椅子を蟷螂(カマキリ)に叩き付ける。椅子を手放し、後ろへと倒れ込む勢いそのままにバク転。蟷螂(カマキリ)の頭を蹴り上げる。ベキッといい音を鳴らし三角形の頭部が背中に折れ曲がる。

 

 念には念をと、イヴァンナは即座に横に転がり込む。いつの間にか振り下ろされていた鎌は椅子を不自然なほど綺麗に両断。衝撃波がイヴァンナが居た真後ろの壁を抉る。

 

「やはり虫か。生命力だけは高い。だが──」

 

 どうしてか弾倉が入ったままのベレッタM9を構え、取れかけの頭に一発。胴体に二発。腹と胴体の付け根に一発叩き込む。計四発撃ち、ようやっと沈黙。そのまま前に倒れ込む。未だピクピクと脚部が痙攣しているが、仕留めたと言っていいだろう。

 

「──所詮は虫といったところか」

 

 報告するなら仮でも名前があった方がいいだろう。一瞬考えて、咄嗟に浮かんだ名前を口にする。

 

鋼蟲種(マンティス)......安直過ぎるが、分かりやすい方がいいか」

 

 マンティス。意味は、カマキリ。

 

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 ──西暦二〇〇二年九月三日、キエフ要塞野戦指揮所(CP)──

 

「撤退、ですか?」

 

 ルカは無線越しのセルゲイから告げられた作戦に少々困惑してしまった。

 

『そうだ。機甲部隊、砲兵隊、歩兵の順番で撤退。ジャガーノートとボールド・イーグルはそのしんがりだ』

「反撃しないんですか?」

『どうやって反撃するんだ。敵はドニエプル川全域に展開中。これだけの数となると、いくら棒立ちの的とはいえ砲弾が足りない。それに三日間進攻が止まるという情報も信憑性が薄い。逃げられるときに逃げるべきだ』

 

 おぼろげな記憶だが、何かを対価としてエリシャスに侵攻を止めてもらったのは覚えている。それも三日間。だが、たった三日では撤退するにも、対策を練るにしても時間の猶予はあまりないようだ。

 

『現在は戦術核の使用を前提として撤退計画を進めている』

「核兵器?!」

『そうだ。こんな戦況だ、国際社会もそうやすやすと非難の声なぞ上げられんだろう。次は自分が使う番かもしれないからな......まぁ、どこぞの島国は何かしら言ってきそうだが』

 

 核兵器を使った撤退計画など訳が分からない。適当に撃ち込んだとしても、航空猟兵種(ヴンダーヴァッフェ)の撒き散らす鱗粉が放射性降下物(フォールアウト)を中和してくれるだろう。しかも、核兵器と言えば弾道ミサイル。航空猟兵種(ヴンダーヴァッフェ)からしてみれば格好の的だ。

 

『安心しろ。今回使うのは航空猟兵種(ヴンダーヴァッフェ)にも、他のどの異生物群(グレート・ワン)にも邪魔されない()()な代物だ』

 

 特別な代物とは言うが、ロクな代物では無さそうだ。

 

「......分かりました。じゃあ、それまで僕らは待機ですか?」

『そうなるな。だがまぁ、ドニエプル線に即応できる場所ならどこで待機していても構わん。今のうちに休んでおけ』

「了解しました」

 

 休んでおけとは言うが、最前線はどこも撤退準備中でめちゃくちゃだ。歩哨と車両とがあっちへこっちへと行き交い、怒号がそこかしこから響いてくる。耳障りなうえ、自分一人だけ呑気にしているのもなんだか気が引ける。

 

 だからといってそこらの大人たちに何か手伝えることは無いかと聞けば、鋭くどこの所属だと問うてくる。そして、だいたいは答える前に、ルカの腕に描かれた首を吊った(カラス)というなんとも悪趣味なパーソナルマークを見て言うのだ。ここは大丈夫だ、他を当たれと。

 

「はぁ......アルバトフ大尉。これじゃないとダメなんですか? パーソナルマーク」

 

 (やぐら)の屋上へと飛び上がり、硬い屋根の上で横になっているサーリヤに声を掛ける。

 

「セルゲイがそれじゃなきゃダメって言ってた」

「まぁ、そうですけど......」

 

 ついついため息を付きながら次の言葉を考えていると、オーロラ色の煌めきが視界の端に映る。振り向けば、三キロ先に異生物群(グレート・ワン)の途方もない群れが見える。並べられた戦車壕の目の前で、大きく口を広げたまま静止している浸透襲撃種(ガルマディア)。地平線には所々巨大な間隙を開けて横一列に並ぶ重装甲殻種(ファントム)の隊列。

 

 確かに、反攻作戦は無謀と呼べそうだ。だからといって撤退してどうするのだろうか。逃げた先でまたこれだけの数の軍勢が攻めてきては元も子もない。今ここで殲滅か、少しでも数を減らさなければジリ貧であることはルカでも分かる。

 

 戦術核の使用を前提とした撤退計画。戦術核とは言うが、どう使うのだろうか。弾道ミサイルなどは起爆地点へと到達するまでに航空猟兵種(ヴンダーヴァッフェ)に迎撃されてしまう。地面に埋めて遠隔で起爆でもするというのだろうか。

 

 冷たい風を浴びながらそんなことを考える。その場に座り込み、こうやって何も考えずに異生物群(グレート・ワン)の群体を眺めてみると案外美しいと思えてしまう。大地を埋め尽くす地上のオーロラは、北極圏ですら見ることの出来ない珍妙な景色だ。先行掃討種(クリューエル)の酸性液が水晶越しに乱反射して煌めき、光全体が揺らいでいるようにも見える。

 

「綺麗でしょ?」

 

 横になったまま、サーリヤが話しかけてくる。

 

 ルカは傍目で小さく走り回る兵士達を見て、口を(つぐ)む。

 

「正直に言っていい。ここには誰も居ないから」

「............まぁ、確かに......綺麗ではありますけど」

 

 綺麗といえば綺麗な景色だ。だが、その光景を生み出しているのは敵の群れ。美しくも恐ろしい終末の軍勢だ。

 

「私はあの景色が好きだった。子供の頃から、年に一度だけ。君達の言葉で言うお父さんに見せてもらっていたから」

「アルバトフ大尉が子供の頃?」

 

 見てくれは一六程とはいえ、戦争が始まったのはおおよそ二年と半年前。子供の頃からというのがなんだか引っ掛かる。加えて、サーリヤの語り口調や言葉運びからは人類が抱くような恐怖、憎悪、敵意を感じない。どちらかというと、懐かしむような。それとも憐れんでいるのか。サーリヤの無表情からは読み取れないが、少なくとも負の感情を抱いているわけでは無さそうだ。

 

「そう。子供の頃から。数え切れないほど大昔から」

 

 人間味の無いこの少女が、やけに人間臭いことをしているのはなんだか違和感がある。いつもの無表情も、僅かながらに悲しそうに見えるのは気のせいなのだろうか。

 

「......いつからこんなことになっちゃったんだろう」

 

 そう呟くサーリヤの声は、どこか悲しげだった。

 

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 どれだけ歩いたか。幸いにも灰色の通路にこれまで敵影は無く、イヴァンナは細く吐息を漏らす。左右に分岐している通路を勘頼りに右に曲がり、角から顔を出して索敵しつつ来た道を戻る。

 

 地下施設全体は複雑な迷路のようになっているのか、曲がり角や分岐。行き止まりがそこかしこにあって紛らわしい。真っ直ぐ伸びる通路もあれば、右に左にと曲がりくねった通路もある。

 

 面倒だが、この資料だけは持って帰らなければいけない。出口へと向かう途中、扉が開いたままの部屋で見つけた資料だ。罠かもしれないが、罠にしてはかなり巧妙に練られた計画表だった。

 

 目的のエレベーターまで到達し、今度は簡易的なガスマスクを着けて上階へと上がる。恐らくは即効性の催眠ガスか何かだろう。知らず知らずのうちにエレベーター内で噴射され、侵入者を無力化する。中々凝った仕掛けだ。採取してCIAに提出したいところだが、どういう物質なのか分からない以上迂闊に手は出さない方が良い。

 

「にしても、こんな大それた計画を何年も前から練っていたとはな」

 

 カメラで撮っておいた計画表。その最初のページの日付は一九九七年。戦争が始まるより前だ。戦争が始まろうが無かろうが、この計画は実行されていただろう。

 

 汚い字で殴り書きされた[報復計画表]。そこには、モスクワの市民一千万。加えて、モスクワ近郊で国連の匿う避難民約一千万。足して二千万人を殺し、人類を、地球そのものを()()順序が事細かに記されていた。

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