冒涜戦線 ~冒涜されし神々と人類の最終聖戦~   作:オジロワシ

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第弐拾陸話 全縦深同時打撃

「眷属、よくやった」

「ちょっ、頭撫でないで!! まだ痛いんですから!!」

「ごめん」

「それに良くもやってないですよ......結局またうまくやれなかったですし............」

 

 臨時のテントの下でパイプ椅子に座ったまま、ルカはどっと肩を下ろしてため息を吐く。サーリヤは相も変わらない表情でルカを見据え、ただジッと立っている。

 

 正直、何がしたいのか分からない。

 

「眷属。眷属はよく出来てる。私が保証する」

 

 珍しく、サーリヤがルカと目線を合わせて話しかけてくる。

 

「出来てるん......ですかね。僕なんて隙だらけですし、今日も戦闘途中で離脱しちゃって......」

「四体倒した」

「でも、最終的に数えたら五〇以上は居たんですよね? だったらそんなの端数じゃないですか......」

「そんなことはない」

 

 サーリヤはまた頭を撫でようとして、手を引っ込める。

 

 無表情でも、何か言いたげというか、何を言うべきか迷っているかなんて。そんなことが不思議と直感的に分かってしまう。ルカは少し悩んで、ノルトフォークの言っていたことを思い出した。

 

 初めての眷属なのだから、応えてやれ、と。正直、何にどう応えればいいのかなんて分からない。サーリヤは見てくれは人だが、中身は何を考えているかなど、直感を信じたとしてもてんで分かったものではない。

 

 だから誰からも疎まれ、信用されず、嫌われているのだろうか。そう思うと、ルカはサーリヤのことがなんだか不憫に思えて仕方が無かった。

 

 有り体に言えば、サーリヤは孤独な存在ということになるのだろうか。

 

「──いいですよ、撫でても」

「眷属?」

「ほら、撫でたいんでしょ? 流石に分かります」

 

 サーリヤは僅かに目を見開いて、少しだけ慎重な手付きでルカの頭を撫でた。まだじんわりと頭が痛むものの、サーリヤの小さな手と低い体温も相まってそこまで悪いモノでもない。

 

 小動物のように扱われているのはやや(しゃく)ではあるのだが。

 

 されるがままになっていると、伝令兵達が慌ただしく動き始める。あちらこちらへと走り、大声で進軍の再開を伝えている。

 

「仲良ししてるところ申し訳ないのですけれど、そろそろ進軍開始ですわ」

「なかよ......分かりました」

「了解」

 

 別に仲良くしていないなんて冷徹なことを言おうとして、ルカは口を塞ぐ。ノルトフォークが茶化してくるたびに、その反対のことを言って否定したくなる。

 

 だが、ここで言ってしまえばサーリヤを傷付けかねない。サーリヤに傷付く為の心があるのか、というのは分からないが。

 

 手早く折り畳まれていく簡易テント群を傍目に、ルカ達は別個の装甲車にそれぞれ載せられ進軍が再開された。

 

 最初の砲撃から小一時間。ミハイロフカまで三〇キロの地点で味方砲陣地の構築が開始された。自走砲に野砲が辺りを行き交い、機甲部隊は臨戦態勢で騒然としている。

 

「迅速かつ丁寧に!! 対砲兵レーダーは常に稼働させておけ!!」

 

 時刻は一一時を回り、ミハイロフカでの決戦に備え早めの昼食が配られた。ルカ達は地べたに腰を据え、食べ飽きた戦闘糧食を口の中へと運んでいた。

 

「炊事車は展開しないんですね」

「まぁ仕方ありませんわ。いつ敵に砲撃されるか分からないんですもの」

「でも、なんというか......流石にまたこれを食べなきゃいけないと思うと......」

 

 ルカは温め中の戦闘糧食の袋を見つめて溜息を付く。作戦開始より少し前まではサーリヤとノルトフォークが色々と作ってくれていたおかげで、久々に食事を楽しめた。

 

 だが、そのような暇を置いても一ヵ月近く続いた三食戦闘糧食の日々は半ばトラウマだ。戦闘糧食の袋を見ただけで不味くも美味しくも無い味が口の中に広がり、食欲が失せる。

 

 もはや食事は作業だ。楽しみも何もあったものではない。

 

「そんなにそれが嫌なら、わたくしのと交換しませんこと?」

「交換?」

「えぇ。わたくしのは米軍お手製のMRE。所詮は戦闘糧食ですけれど、少しは気分も変わると思いますわ」

 

 それなら、とロシア軍の冬季用戦闘糧食と、ノルトフォークのMREを交換する。もう既に仕上がっているようで、煮込んだトマトソース特有の甘酸っぱい匂いが香ってくる。

 

 よだれがドバっと出るのを感じて、封を開ける。中身はかなりのサイズのミートボールパスタに、チーズが香るポテトグラタン。他にはジュースにパン。アップルシナモンという、良く分からない味のエネルギーバー。

 

 ロシア軍の戦闘糧食とはかなり異なる内容に、ルカは目を輝かせる。とはいえ、戦闘糧食というのは屈強な成人男性が欲するカロリーを満たすための、長期保存可能な携行食品。

 

 脂っこさは依然として口腔を支配するが、それでも一風変わった味付けだからか食べる手は止まらない。ルカがたった一六歳の子供であることを考慮に入れていない暴力的な量だったが、戦闘での疲弊が尾を引き、新鮮な味付けを楽しめたルカにとっては少ないと言っても程であった。

 

「ありがとうございました!!」

「くるしゅうないですわ!!」

 

 深々と頭を下げるルカに、ノルトフォークは胸を張って高らかに言った。

 

「......行くよ、眷属」

「え? わっ、く、苦しっ?!」

 

 サーリヤはルカの軍服の襟を掴み、ズルズルと引きずっていく。いつも以上に冷え切った顔を見ると、なんだか恐ろしいモノを感じて背筋がゾクッとする。

 

「あら? 妬てますのッ──?!」

 

 ニンマリとした笑顔でからかってくるノルトフォークに、サーリヤはノールックで腹に肘打ちを喰らわせる。

 

「は、腹はダメですわ............」

 

 腹と口を抑えてうずくまるノルトフォークに、サーリヤは殺意の籠った眼差しを向ける。

 

「眷属、餌付けされてはダメ」

「え、餌付けって......」

 

 首の締まりがいくらかマシになり、言葉を出す余裕が出てくる。

 

「別のが欲しいなら、私が取ってくる」

「なんでそんなに......」

 

 ルカはついため息が出る。サーリヤとノルトフォークは仲が悪そうだが、ことルカとノルトフォークが関わるとより一層激しさを増している気がする。

 

 ノルトフォークの言う通り、妬いているのだろうか。今の表情筋の死んだ顔からはまったく感情が読み取れないゆえに、杞憂かもしれないが。妬いてくれているのなら、なんだか少しだけ、嬉しい気持ちだ。

 

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 砲兵陣地の構築が整い、ミハイロフカに対する攻撃が始まった頃。遥か後方のヴォルゴグラード作戦司令室に、不気味な警報音が鳴り響いた。

 

「弾道ミサイル警報!! 偵察衛星及びレーダーサイトがICBMと思しき飛翔体を観測!! ロシア領内に向けて飛翔中!!」

 

 ICBMと聞いて、司令部を凍てついた空気が包む。

 

「空襲警報を出せ!! 自国民を最優先、その後避難民の退避を確認次第、我々もここを放棄する!!」

 

 セルゲイが咄嗟に指示を出す。

 

「げ、迎撃はッ──!!」

「貴様は士官学校で何を学んできた?! 敵の砲撃は火山弾と酷似した岩石状焼夷弾だ!! 迎撃してもクラスター弾になるだけだぞ!!」

「し、しかし!!」

「いいから避難を急がせろ!! 死にたいのか?! それとも死なせたいのか!!」

 

 セルゲイの気迫に気押され、オペレーターが押し黙る。

 

「作戦行動中の全部隊にも連絡を取れ!!」

「そ、それが......敵の強力な電磁妨害により、先ほどから無線通信が使用不能で......」

「............有線もか?」

「はい。現状どことも連絡が取れない状況です......」

 

 セルゲイは顔を伏す。目を瞑り、どうすべきかと頭を捻る。

 

 正直、ここまで徹底的な縦深攻撃を敵がしてくるとは思わなかった。だからこそ対策も疎かで、こうして指揮系統が麻痺している。

 

 今の頼みの綱は現地指揮官のみ。現地将兵達の活躍を願うことしかできない。

 

「よし、今はともかく退避だ。敵の岩石状焼夷弾が、どこまで被害を及ぼすか分からない。可能な限り離れるぞ」

「了解しました」

「ところで、ICBMの発射地点は分かるか?」

「偵察衛星がICBM発射によるものと思われる黒煙を捉えていました。予測発射地点はヴォルゴグラードより一五〇〇キロ地点、カルパティア山脈と思われます」

 

 反撃は不可能、と見ていいだろう。しかし、まさか異生物群(グレート・ワン)ICBMモドキを使い始めるとは思いもしなかった。

 

 焼夷砲兵種(グラヴィス)の出現も、ユーラシア大攻勢も、このICBMも。全てルノレクスの出現とほぼ同時期。ルノレクスが何か糸を引いている可能性が高い。

 

 それだけに、現地の将兵達に対して、ルノレクス討滅を希求してしまう。

 

 それが、どれだけ難しいことかも理解しているというのに。

 

「セルゲイ閣下。避難民達を共に退避させたところで、その後どうするのかね? 彼らは今やお荷物でしかないが?」

「ノーランド司令。空軍を指揮している貴方なら分かるはずだ。彼らにはまだ人的資源としての価値がある」

「なるほどな。君がちゃんと狂っていることが確認出来て嬉しいよ」

「......そうですか」

 

 司令官というのは狂っているのが世の常である。人の価値を値踏み、一つ一つの命の為にどれだけのコストを掛けられるかを冷徹に、冷静に、合理的に判断するのが司令官の役目。

 

 マトモであり、狂人であり、天才であるのだ。

 

 そして、このセルゲイという男にとって最も重い命とは、ルカ達だ。ルカ達の為ならば、最前線で戦う将兵六〇万の命でさえ奪う覚悟であった。

 

 

 

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 後方との通信が途絶したことなど露知らず。生命の気配すら感じぬミハイロフカの廃墟を、鋼の群れは進み征く。

 

 地を喰む無限軌道の音だけが虚しく響く、漆黒の草木に呑まれた廃墟を。

 

「こちらウルフ01。ウルフ隊各員、敵は見えるか?」

『こちらウルフ04、敵影見えず』

『ウルフ03も同じく』

 

 ありったけの砲撃を叩き込み、今か今かと猛り狂って巣から這い出てくる異生物群(グレート・ワン)を叩こうと迎撃態勢を敷いていた。だが、待てど暮らせど敵は来ず。

 

 最終的に斥候を送り込み、敵が居ないことが判明。それならばと機甲部隊を前面に押し出しての無血入場。

 

 ここまで来るともはや気味が悪い。

 

「どうなってやがる......ミハイロフカは敵だらけだと聞いていたのに、もぬけの殻じゃねぇか」

 

 落胆と、緊張からの解放感で油断が部隊全体に蔓延し始める。

 

 だから、誰も気付かなかった。

 

 漆黒の植物が絡みついた瓦礫の隙間より、八八ミリの砲口が機甲部隊の横っ腹に向けられているのを──。

 

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 生命の息吹亡きミハイロフカを進軍する機甲部隊の遥か後方。補給線を守る要たる守備隊の空の上で、ジェリコのラッパが鳴り響いていた。

 

「なんでこんなところにスツーカが居るんだよ?!」

「知るかよ!! んなことより早くスティンガーを引っ張り出せ!!」

 

 補給の第一陣のトラック群と、それを護衛する部隊に三七ミリ対戦車砲を吊り下げたスツーカが襲い掛かっていた。そして、更に二機が攻撃に加わる。

 

「くっそ、また来やがった!!」

La-5(ラヴォーチキン)にメッサー?! なんで揃いも揃って第二次大戦の骨董品が攻撃してきてんだよ?! ブリーフィングにはこんな情報無かったぞ?!」

「口じゃなく手を動かせ!! 俺達の役目は護衛だぞ!! 死んでも守れ!!」

 

 兵士達は降り注ぐ爆弾と、機関銃弾の嵐に見舞われ逃げ惑っていた。

 

 対空車両が火を吹こうとも、敵機は巧みに弾幕を避けて狙い撃つ。

 

 また一両、また一両。敵機に狙いを定めた対空車両はその(ことごと)くがスツーカに撃破されていった。

 

「レーダーにボギー出現!! 総数八〇〇!!」

 

 対空車両のレーダーが新たな敵機を捉えた。

 

 北より数多押し寄せる鉄の鳥達の正体は、黒染めのIL-2。航空猟兵種(ヴンダーヴァッフェ)の圧倒的なまでの制空権支配下がゆえに、戦闘機の護衛を伴わぬ純然たる攻撃機編隊であった。

 

 それを捕捉した対空車両もまた、ボギーの存在を知らせるまでも無く破壊され。護衛隊はIL-2攻撃隊の総攻撃開始まで、その存在に気付くことは叶わなかった。

 

 そして、敵の攻撃はこれだけでは終わらない。

 

 別の守備隊には焼夷砲兵種(グラヴィス)が更なる攻撃を開始。火山弾の雨を降らし、戦車を持たぬ後方陣地を蹂躙し尽くし。

 

 ミハイロフカを砲撃した砲兵陣地には、航空猟兵種(ヴンダーヴァッフェ)が雨の如く降下。プラズマの火球を腹に抱き、灼熱の熱球が大地諸共焼き払っていった。

 

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 モスクワ上空で待機するルノレクスの下に、一通の交信が入る。

 

"カルパティアよりルノレクス。所定の砲撃スケジュールを完了した。指示を請う"

"ルノレクスよりカルパティア。バルカン山脈へと転進し、イスタンブール要塞及びスエズ線を破壊せよ"

"カルパティア了解"

 

 渦を巻く黒き嵐の頭上より、ルノレクスは地面に向けて降下。エカテリーナを背中に乗せて、再び空へと上がる。

 

 そして、ルノレクスは一路ミハイロフカへと進撃を開始した。

 

"人の子よ、もうすぐで夢が果たせるぞ"

「......楽しみね」

"嬉しくないのか?"

「いえ、とっても楽しみ。だって、ずっと待ちわびたんだもの」

 

 エカテリーナは不気味に微笑んだ。如何なる空虚も、感じた虚しさも。憎悪の火を消す消火剤とはなりえなかった。

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