冒涜戦線 ~冒涜されし神々と人類の最終聖戦~   作:オジロワシ

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第参話 基地と呼ぶにはおこがましい

 流れ流されて軍用トラックに揺られること小一時間。ルカは配属先の本拠基地だと言う洋館の前に居た。

 

 辺りを見渡せばどこまでも続く針葉樹林と、地面を埋め尽くす細長い落ち葉が目に入る。正面にはどこぞの大貴族が建てたであろう巨大な洋館が佇んでいる。

 

 しかしながら、その洋館の状態は中々に酷いものであった。敷地を囲む鉄柵は錆付き、洋館は所々ひび割れて蔦が這っている。率直に言えば廃墟、軍事基地としての厳格さや迫力などは微塵も感じられない。

 

 ホラー作品の舞台としては中々に上出来だろう。

 

「本拠基地......基地??」

「その気持ちは分からんでもないな」

 

 本来基地に存在するべき訓練場や宿舎、物資を搬入する駐車場や格納庫すら無さそうに思える。基地というよりかは戦場の中継地点。洋館を一時的に基地として運用しているといった具合。

 

 だからこそ、本拠という表現に違和感しかない。

 

「まぁ、そんな大層な設備が必要な大部隊ってわけでもないんだ。こんなものだろう」

「そういうものなんですね......」

 

 ルカは何とも言えない扱いに困惑しつつも、フェンスゲートを抜けて敷地内へと踏み入る。館までは枯れ果てた庭園が広がっていて、人の気配どころか生き物がいるようにも感じられない。朽ちかけの館と敷地全体に漂う静けさが相まって、本当にここが本拠基地なのか更に疑い深くなってしまう。

 

「あの、ほんとにここで合ってるんですか?」

「ああ。ここで合ってる......はずだ」

「はずって......」

 

 大理石で飾られた玄関に近付くと、不意に足音が聞こえてくる。人影も無いのに足音だけが聞こえることに違和感を感じ、意識を耳に集中させて音を探る。

 

 どうやら、足音の主は館の中に居るらしい。

 

 絨毯を踏みしめる軽い足音は二階から館の端へと移動し、木の軋む音へと変わり一階へと下っていくことが見て取るように分かる。

 

「どうかしたか?」

「いえ、なんか足音が聞こえて」

 

 イヴァンナは立ち止まり耳を澄ませる。しかしイヴァンナの耳に木々のざわめき以外の音が入ることは無く、怪訝に首を傾げる。

 

「聞こえないが......」

 

 そこまで言うと一瞬ハッとした表情を浮かべて苦笑する。

 

「そうか、そういえばそうだったな」

「え? 何がですか?」

「いや、なんでもない......ことはないか。後で話そう」

 

 言い終えると同時に玄関扉が重厚な開閉音を響かせてゆっくりと開かれていく。

 

「そうだ言い忘れてたが、今から会うのはうちの部隊長だ。君なら大丈夫だろうが失礼の無いようにな」

「勿論です!!」

 

 人一人がなんとかくぐれそうな程に開いたところで部隊長が姿を現す。

 

 そして、その容貌にルカは敬礼も忘れて立ち尽くしてしまう。

 

「お帰り、眷属」

 

 声の主は部隊長と呼ぶにはあまりにも幼げな少女だった。

 

 一四〇センチ程度の背丈で、顔は張り付けたような無表情。ルカに向けられる瞳は光が見えぬほどに黒く、腰ほどまである黒髪と相まって人ならざる雰囲気を醸し出している。

 

「本日付けで配属になるイヴァンナ・スヴェンソン中尉、軍医です。それと......」

 

 イヴァンナに肘で突かれたルカは慌てて背筋を伸ばし敬礼。緊張しつつも声を張る。

 

「同じく本日付けで配属になるパヴロフ・ルカ二等兵です!」

「......よろしくと言うべきかな」

 

 そう言うと部隊長は重そうなドアを開け放つ。

 

「案内する。ついてきて」

 

 有無を言わさず館内へと進んでいく部隊長を見てイヴァンナは小さくため息をつく。

 

「失礼ですが、私はまだ隊長殿と当部隊について説明を受けておりません。できれば教えていただけないでしょうか?」

「あぁ、忘れてた」

 

 部隊長は歩みを止めることなく続ける。立ち止まりはしないんだなとルカは思うも、それは重要ではない。そうしてイヴァンナと共に小さい背中を追う。

 

「私はサーリヤ・アルバトフ。階級は大尉。モスクワ軍管区司令部(M.O.B.H.Q)直属第一遊撃隊[グレイプニール]部隊長」

「司令部直属、その割に本拠基地はボロいお屋敷一つか......」

「一人の為に人員を割くことは出来ないと言われた。人は居ないけど、月一でたくさん物資貰えるから安心してほしい」

 

 ところで、とサーリヤは振り返ってルカに視線を向ける。

 

「その首枷は誰に付けられたの?」

 

 そう告げるサーリヤの声はどこか脅し付けるような雰囲気を放っていた。

 

 首枷についてルカは一瞬なんのことかと首元を触ると、金属特有の冷たく滑らかな触感が指先に伝う。そして、あの真っ白な部屋で目覚めた時に感じた違和感を思い出す。

 

「これは、その......自分でもよく分からなくて......」

「そう......そっちは?」

「いや、私も詳しくは知りませんね。趣味か何かかと思ってましたが、今の反応を見る限りそうでもなさそうですし」

 

 そんな風に思われていたのかとルカはガッカリする。言及されなかったのはそのせいもあるのだろうか。

 

「......まぁ、いいや。害も無さそうだし」

 

 一瞬間を置いてサーリヤは正面に向き直り呟く。

 

「あと、敬語いらない」

 

 それを聞いたからか、イヴァンナの纏う雰囲気が幾らか緩んだ気がした。イヴァンナは内圧を下げるように息を吐く。

 

「さいですか」

 

 そんな会話をしつつ館を見て回っていると、大まかに作りが分かってきた。

 

 まずは最も大きく、司令部として機能する本館。本館は中心の中庭を囲むような形で、通信設備やブリーフィングルームなどが配置されている。

 

 中庭は枯れ果てた庭園の中央に小洒落たガゼボが鎮座していて、意外と簡素だ。

 

 正面玄関と真反対に位置する裏口は温室を通じて別館へと繋がっていて、宿舎として使われているようで。食堂や医療設備なども別館に配置されているとのことだ。

 

「これで全部。部屋は用意してあるから、休んでいいよ」

「あの、一つよろしいでしょうか?」

「なに?」

 

 案内も終わり、一段落ついたところでルカは疑問を口にする。

 

「最初、玄関で僕の方を見て眷属って言ってたじゃないですか。あれってどういう意味なのかと思いまして......」

「眷属は眷属だよ」

「そういう意味ではなくて......」

 

 口ごもるルカを見てサーリヤは首を傾げる。

 

「じゃあ、スレイブ? それともσκλάβος?」

「あっ、いや──」

「名称の問題じゃないと思うぞ。それにどっちも意味奴隷じゃないか」

 

 全く知らない言葉に困惑しているルカを見かねてイヴァンナが口を開く。

 

「たぶん聞きたいのは大尉殿とどういう関係なんだってことだと思うぞ」

「あぁ......」

 

 サーリヤはルカを見上げて告げる。

 

「少年は私と眷属契約をしてる。この契約は少年に私と同じ力を与えるもの」

「同じ力っていうのは......」

「破壊の顕現、不死、身体と五感の強化」

 

 不死という単語にルカは息を呑む。人類が今まで渇望していた究極の能力が、知らず知らずのうちに自分に備わっていたのだ。しかし、それとは別に気になるものもある。

 

「あの、破壊の顕現というのは?」

「破壊は概念、それを形にし武器と成す。こんな風に」

 

 突然、肉を食い破る不愉快な音と共にサーリヤの背から真っ黒な鎖が姿を現す。その鎖は一つ一つが六角形の形をした独特なもので、不気味に陽の光を反射している。

 

 一呼吸置いて鎖は急激に加速。窓ガラスを突き破り、鉄柵を抜けて一本の木に直撃する。鎖が貫いた木は落雷のような轟音と共に粉砕され、鎖が戻ってくる頃には木屑の山と化していた。

 

「こ、これが僕にも......」

「そう、できるようになる」

 

 唖然とした表情で固まっていると、イヴァンナが肩を叩いてくる。

 

「まぁ、力だけあっても意味が無い。重要なのは敵を知ることだ。そうだろ? 大尉殿」

 

 サーリヤは無言のまま頷く。

 

「そういうわけで早速お勉強だな。大尉殿、眷属暫く借りるぞ。いいよな?」

「今日はもうすぐ夜になる。構わない」

「よし、行くぞ」

 

 流れるままにルカはイヴァンナに腕を引かれる。

 

「あっちょ、自分で歩きますから!!」

 

 そうしてイヴァンナに連行されていく眷属を見送り、サーリヤは自室へと向かう。自室とは言うものの、内装は埃を被り蜘蛛の巣が張った書棚と、執務デスクセットに固定電話だけで酷く殺風景だ。

 

「......またダメにしちゃった」

 

 着ていた軍服を机に放ってサーリヤは呟く。軍服は背中の腰辺りが見事に破けていて、赤く滲んでいた。

 

 眷属に見せる為に出した鎖は皮膚を突き破って生えてくる。ゆえに使えば使うほど服がボロボロになり、激しい戦闘の後では全裸なんてこともザラだ。加えて鎖を生やす際に出来た傷口は即座に再生してしまう。延々と肉を削られる痛みで、身体の動きも鈍くなる。

 

 だが、それはサーリヤだからこそその程度で済んでいる話である。普通の人間であれば、痛みで気絶してもなんら不思議ではない。サーリヤからしてみれば痛みなど単なるデバフに過ぎず、精神に直接影響を及ぼすほどの力は無いのだ。純粋な人間たるルカが耐えられるかどうかなどは分からないし、気にも留めない。

 

「まぁ、いっか」

 

 そう言うとサーリヤは放り投げた軍服を着直して椅子に座り込む。そのまま天井を仰いでジッと時が過ぎるのを待つ。まるで電池の切れた機械人形のように瞳を閉じて、眠るわけでもなく呼吸をするだけ。

 

 食事の時間となれば流石に目を覚ます。しかし、それまではこうして置き物と化しているのがサーリヤの日常だ。戦闘、食事、睡眠。それら以外に動くことは一切無く、それ以外もサーリヤは必要としない。

 

 そしてそのことを異常とも思わない。

 

 だって、人間ではないのだから。

 

 

 

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 ドニエプル川を西に越えた先。

 

 ヴィーンヌィツャで眠りについていた仔山羊(こやぎ)達が目を覚ます。辺りは陽も落ちて薄暗く、夜は更に深みを増しつつある。夜襲を仕掛けるには良い頃合いだ。

 

 続々と、もはや何も残らぬ荒野を、異形なる神々の軍勢が進んでいく。

 

 大地を埋めて煌めき照らすオーロラ色の奔流が。

 

 六の肢をうねらせ、黒き獣が大地を削る。

 

 五〇メートルを越ゆる黒鉄の巨躯が音も無く、漫然と歩を進める。

 

 異形の鳥は月光を漏らさず遮り、暗黒の帳を下ろす。

 

 これからは戦いの在り様が変わる。人類にもはや安息の時などない。

 

 否、与えるものか。

 

 それこそ、我らが主が命にして──。

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