冒涜戦線 ~冒涜されし神々と人類の最終聖戦~   作:オジロワシ

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第参拾弐話 竜殺し

 小さく丘を作る、瓦礫の山。その隙間より、空を切り裂いてAPFSDSの散弾がルノレクスを穿つ。

 

 鋭い衝撃にルノレクスは怯み、遅れて衝撃波が身体を拘束する。

 

"狙撃......いや、陽動か!!"

 

 くぐもった視界の隅に動く人影を見つけ、ルノレクスは人影の居た場所に稲妻を走らせる。

 

 赤い稲妻が拡散し、着弾。さながらクラスター弾の如く、小さい爆発を起こし、昇華したコンクリートの塵が舞う。

 

 その隙を突いて、コイルガンの第二射が襲い掛かる。APFSDSの散弾に、顔を横殴りに穿たれ。脳が破裂したかのような轟音と衝撃波にまたもや怯んでしまう。

 

 悲鳴のような残響を残す、コイルガンの一射。ルカはそれに紛れるようにして、塵の中から躍り出る。

 

 コイルガンは三発しか撃てない。もう狙撃による支援は期待できないが、隙を作れれば十分だ。

 

"しゃらくさい!!"

 

 ルノレクスは白い尾を引くルカをギロリと睨み、空から稲妻を落とす。

 

 ルカは臆することなく突き進み、頭の上に熱を感じて地を蹴り出す。鎖の爆発による急減速急加速で落雷を避け、ジワジワと距離を詰めていく。

 

"何をする気だ? その不慣れな力で、貴様に何が出来る!!"

 

 咆哮を上げながら語り掛け、ルノレクスは右腕を大きく横に構える。爪の無い指先が赤く染まり、白熱し、空を歪めるほどの熱を放つ。

 

"翼を潰した程度で図に乗ったか? だが、甘いな"

 

 顔を伏せたまま一直線に突っ込むルカに、横薙ぎに腕を振るう。掠った瓦礫がジュッと弾けて煙と消える。

 

 その巨躯に似合わず、素早く迫る腕に怯まず。ルカは歯を食いしばって、鎖の爆圧を踏みつけてルノレクスの懐へと迫る。

 

「大丈夫、行ける!!」

 

 持ち上げた頭の真下、死角に潜り込まれ。ルノレクスは胸の紅玉から稲妻を放とうとする。

 

"潜り込んだ程度で──"

 

 だが、一歩遅く。白妙(しろたえ)の鎖に包まれた拳が、ルノレクスの上顎を内側から砕く。二又に裂けた下顎をすり抜け、繰り出されたアッパーカット。

 

 その威力は尋常ではなく、逃げ場を失った衝撃波が頭蓋を伝い、耳から抜けようと鼓膜を破る。ルノレクスの頭の左右から、どす黒く朱い液体が吹き出る。

 

 液体は白い煙を出しながら地面にへばりつき、酷い悪臭を放つ。それはもう腐った魚の肉団子を、ゲロと一緒に炒めたような。

 

 本能的な拒絶反応を誘う臭いだ。

 

「ぅっ......ごえ゛ェ゛......」

 

 息が詰まるほどの臭いに、一瞬呼吸の仕方を忘れ思考が止まってしまう。

 

"やはり、詰めが......甘いな......"

 

 ルノレクスも大いに怯んだ様子で、頭をふらふらと左右に揺らしながら立ち上がる。這いつくばっているだけでも、小さい丘のようであった巨躯だ。立ち上がれば、もはや見上げても頭は見えない。

 

「うぐっ、クソッ!! 逃げるな!!」

 

 ルノレクスは巨躯を屈め、身体の半分はありそうな獣脚で大地を蹴り飛ばす。恐ろしくのっそりした予備動作とは裏腹に、ものの一秒足らずで大きく距離を離されてしまう。

 

 五〇メートルもあろうかという巨躯を、一足に浮かし飛ばすだけの脚力だ。無論、足元近くに居たルカには砕かれた瓦礫が雪崩を打って襲い掛かる。

 

 鎖を構えてどうにか防いだものの、目を離した一瞬の隙にかなり距離を取られてしまった。

 

 盛大に土煙を上げて、大地に張り付くルノレクス。見た所、あの一跳びで五〇〇メートル以上は距離が離されてしまった。

 

「デカいだけじゃなくてそこそこ動ける......厄介」

「アルバトフ大尉......」

 

 瓦礫の陰で待機していたサーリヤが瓦礫を掻き分けて這い出てくる。一応、抜け出すのを手伝ってやる。

 

「どうしますか? コイルガンはあと一発だけ......あの距離じゃコアも狙えないですよ?」

「............こっちまで引きずり出すしかないけど」

「流石に、警戒してますよね......」

 

 ルノレクスは更に後ろへと跳び、もはや戦車でもなければ攻撃すら届かない距離にまで離されてしまった。

 

 ふと、ノルトフォークと無線を繋げる。

 

「あれをコイルガンで狙撃、なんてのは無理ですよね?」

『無理ですわ。いえ、可能と言えば可能ですけれど、有効打には成りえませんわね』

「ですよね......」

 

 コイルガン。レールガンでは準備が出来ないからと妥協してだったが、威力と初速は大きく劣る。そして、それを補うためのAPFSDSを詰め込んだショットシェル。

 

 あの強固な外殻を打ち破る為には、面で装甲を破壊するしかない。

 

『......そうですわね......臨界ギリギリでジェネレーターを稼働させますわ。これである程度、有効射程を伸ばせますわ』

「臨界?」

『爆発する直前の状態で発電するって意味でしてよ』

「え?! いやでもそれって──」

『爆発程度で死ぬ無様は晒しませんわ。安心なさい』

 

 ルカは少し悩み、提案を渋々承諾した。正直、賭けだ。不確実で、いつ破綻するともしれない危険性を孕んでいる。

 

 だが、それ以上に悩んでいる時間が無いのも事実。こうしている間にも、ルカ達の後背には鉄の濁流が迫っている。

 

 かつての英雄を模った、冒涜者の群れが。

 

『一応、そちらでもある程度引き付けてくださいまし。確実を期すために、ね』

 

 さて、仕切り直しだ。当初の予定とは違って、面倒なことにはなってしまったが。まだ作戦自体が破綻したわけではない。

 

「それで、どう引き付けるの?」

「それは......うーん......」

 

 ルノレクスは距離を離したまま動こうとしない。ただただ睨み合い、時間だけが過ぎていく。

 

 ルノレクスの視点からしてみれば、時間さえ稼げば重戦車隊がルカ達の背後を突いてゲームセットに追い込める。逆にルカ達には時間が無く、攻撃する他に道は無い。

 

 ルノレクスには選択する余地があり、ルカ達にはその余地が無い。

 

「あ、いっそのこと先に重戦車の方を叩くっていうのはどうですか?」

「眷属か、私一人でアレを抑えられるならアリ......」

 

 それは──。

 

『厳しいですわね』

 

 ジェネレーターの騒音を背景に、ノルトフォークが無線で語り掛けてくる。

 

『重戦車隊はまだ底が知れませんの。未だに攻勢を続けて、味方の機甲部隊も削ってはいますわ。ただ、数が減っているようには見えない。そう報告を受けておりますの』

「一体どこからそんな戦力を......」

 

 ルカはつい渋い顔をしてしまう。

 

『もし独ソ戦で戦った重戦車の全てをかき集めているのだとしたら......まぁ想像したくはありませえんわね』

「......仕方ない。無理やりにでも引きずり出す。猶予は?」

『確認致しますわ』

 

 数十秒。緊迫した空気のまま時が過ぎる。

 

『持って三時間、とのことですわ』

「分かった」

 

 無線が一方的に切られると同時に、サーリヤはルカを引っ張って走り出す。

 

「うェっ?! ちょ、ちょっと?!」

「急ぐ。時間が無い」

「そ、それは分かります!! でも、作戦とかは......」

「殴る、蹴る、引き回す」

「んな雑なっ?!」

 

 ルカが喚いている間にも、ルノレクスとの距離は縮まっていく。

 

"詰めるか。そうしかあるまいな"

 

 ルノレクスの周囲に緋色の光球が浮かび上がる。

 

"だが、それは悪手だぞ"

「............来る」

「え?」

 

 何故かサーリヤは鎖を爆破し、横に回避するような機動を取る。横回避の機動と同時に、ルカの耳を何かが抉った。

 

 後から空気が気付いたように乱れ、バチバチとプラズマの焼ける音が耳に残る。

 

「は......え?」

「気を付けて。私でもギリギリ見えない」

「え、何が?」

 

 困惑を振り切るかの如く、サーリヤはルカを引き連れたまま急回避、急制動を繰り返し不可視の攻撃を回避していく。

 

"避けるか......なれば力押しだ。叩き堕としてやろう"

 

 とうとう、ルノレクスが前に出た。流石に距離も狭まり、ルカ達の間合いに入っている。機動力はこちらが上。引き撃ちは悪手と判断したか。

 

 ルノレクスは伏せていた身体を起こし、球関節にも似た尾を地面に叩き付ける。

 

 四つの手先が朱く灯り、空を歪める熱気を孕む。

 

「たぶん、尻尾でバランス取ってる。私が陽動するから、尻尾の方お願い」

「......分かりました」

 

 ルカとサーリヤは二手に分かれ、ルカは横から回り込むように。

 

 サーリヤは正面より、黒い鎖をなびかせながらルノレクスに迫る。

 

 この辺りは瓦礫も、草木も少ない。身を隠す場所はほぼ皆無の平野だ。だからこそ動きやすく、それでいて双方の動きが丸見えだ。

 

 下手な小細工は通用しないだろう。

 

"それしかないが、通らんぞ。それは"

 

 ルノレクスは身を屈め、ぐるりと豪快に尻尾を振り回す。

 

「うっ......いや、無理にでも通してやる!!」

 

 後退ろうとする身体を制し、鎖を腹に巻いて全身で尾の打撃を受け止める。

 

"小賢しいぞ!!"

「捕った」

 

 ルノレクスの瞳がルカを睨んだ隙を逃さず、サーリヤは鎖を纏った跳び蹴りを首筋に叩き込む。

 

 流石の威力にルノレクスの外殻も砕け、肉を抉り足の半分までもが首筋に突き刺さる。傷口から白煙と汚臭の漂う血を撒き散らし、吹き出た血はすぐさま凝固し傷口を塞ごうとする。

 

「う゛っ......変にしぶとい......」

 

 猛烈な臭気を放つ血潮に、流石のサーリヤも僅かに顔をしかめる。されど動きは鈍ることなく、即座に足を引き抜きルノレクスの頭上を取る。

 

 力任せに鎖を振り降ろし、爆発するような音と共にルノレクスの頭がガクリと垂れる。

 

"この......程度......で............"

「よし、眷属、投げて」

「投げっ?! え?! 無理、無理ですよこんなの?!」

「やれ、できる」

「ああーもう分かりましたよ!!」

 

 ルカはヤケクソ気味に返事を返し、これまたヤケクソ気味に力を奮い出す。

 

「うるゥアアァァァァ!!」

 

 無理だと思いつつも、全身全霊の最大火力で振るうと、ルノレクスの巨躯が浮かび上がる。地面から完全に離れた瞬間、妙な抵抗は消え去り。急にそれまでの重厚さが消える。

 

「え? あっ、ちょっ?!」

「構えて」

 

 そのまま真後ろに倒れそうになるルカを、サーリヤが支える。ルカの手の上から被せるように手を置き、サーリヤは眷属に命令を送る。

 

「投げ飛ばせ」

 

 その命令が引き金となり、ルカは自身の力量を遥かに越えた力でルノレクスを投げ飛ばすことに成功する。

 

 ルノレクスは大きく弧を描き、瓦礫の丘を越えてコイルガンの眼前へと至る。地面に頭を埋没させ、ボロボロと外殻と土塊を零しながら起き上がる。

 

"人の子......如きに......"

「人の子なんかじゃないわよ」

 

 ルノレクスは揺らめく視界の真ん中に、空を歪め熱気を放つ何かを捉える。

 

「貴方と同じ、神の子でしてよ」

 

 ルノレクスが回避しようとするも間に合わず。必中の間合いより、一切の減衰もせず数十発のAPFSDSが紅い宝玉に撃ち込まれる。

 

 フルパワーによる射撃の反動でジェネレーターは臨界を越え爆発。砲撃の圧倒的な衝撃波に押され、ノルトフォークの真後ろに吹っ飛んでいく。

 

 衝撃を逃がすため、反動を受け止める装置を取り外していて正解だった。もし付けたままであったならば、ノルトフォークの身体は長大な加速器に押し潰されミンチになっていたことだろう。

 

"なぜ......なぜ、私が......このような!!"

「ッ!! 一押し足りなかった!!」

 

 ルノレクスの宝玉は見事に砕け、周辺の体組織にも巨大なヒビが入っている。だが、コイルガンでは威力が足りなかったのか。致命的な損傷まで、あと一歩届いていなかった。

 

「ファァァァ〇ク!! こうなったらわたくしが直接、この手で止めを刺してやりますわ!!」

 

 ノルトフォークはパイルバンカーを構え、ブースターを背負いルノレクスに猪突猛進と迫る。

 

"舐めるなァ!!"

 

 間抜けな動きのノルトフォークは高速で振るわれた尻尾の打撃を避け切れず。真横からモロに喰らってしまう。

 

「ごぁッ?!」

"はッ!! 如何に神擬きと言えど、血を吐いてくれるのだな!!"

 

 血を吐いて吹き飛ばされるノルトフォークを睨み付け、ルノレクスは大地に伏せる。

 

 尻尾を盛大に振るったせいで、バランスを崩したようだ。口からは臭気の酷い血と黒い煙を垂れ流しながら、満身創痍の身体を起こす。

 

"まだ......まだだ。まだ作戦はあ──"

「諦めろ!!」

 

 吹き飛んだ宝玉と胸部体組織。そこに半ば露出した体内組織を狙ったルカの拳が突き刺さる。

 

"我らが主に......気に入られたからと!! 調子に......乗るなァ!!"

 

 ルノレクスは口の中で炎を蓄え、自身の身体諸共ルカを焼き払わんと口を開く。

 

「だから、諦めろよ!!」

 

 ルカがそう叫ぶと共に黒い鎖を突き刺した手から展開。鎖はルノレクスの体組織を内側から切り刻むように伸び、強固な外殻を突き破る。

 

 口に灯った炎の光も消え、全身を穴だらけにされ。流石のルノレクスも完全に沈黙。

 

「眷属、念のため」

「......分かりました」

 

 見守っていたサーリヤに促され、ルカは鎖の持つ手を捻る。

 

 パキンッと金属の割れる音がすると共に、跳躍して距離を取る。数秒して、鎖が炸裂。黒い火焔と煙の中に、ルノレクスの巨躯が包まれていく。

 

「やっ......た?」

 

 煙が晴れる頃。そこに在ったのは焼け焦げて白い煙を放つ肉塊の山であった。

 

「眷属、よくやった」

「わっ、あ、えっと......ありがとうございます......」

 

 頭をポンポンと撫でるサーリヤの行動を素直に受け止めつつ、ルカは肉塊に視線を移す。

 

 自分がやったのだ。あの巨大な竜を。現実感こそ無いが、目の前の肉塊が事実を物語る。

 

「満足?」

「えっと、はい。まぁ」

「そう......仇、討ててよかったね」

 

 視界の端。サーリヤがなんだか少しだけ、笑っている気がした。

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