冒涜戦線 ~冒涜されし神々と人類の最終聖戦~   作:オジロワシ

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第参拾参話 我らの灯台

 ルノレクスを討滅し、放心状態で置き物と化していたエカテリーナも回収。作戦目標をほぼ完遂したルカ達は早々に撤退の準備を始めていた。

 

 ミハイロフカのありとあらゆる戦闘正面から攻勢を仕掛けていた重戦車隊も、ルノレクス討滅と共に消滅したらしい。

 

「急げ!! こんな地獄に一秒でも長く居たくないならな!!」

 

 ある程度の装備は爆破処理用に搔き集め、少しだけ掘り下げた穴の中に爆薬諸共ぶち込んでいる。

 

 戦車も残弾はほぼゼロ。ほとんどの機甲戦力は戦闘に耐えられる状態では無く、燃料の少ない車両はこれまた爆破処理。抜いた燃料は、一番状態の良い戦車や装甲車に優先的に回している。

 

「おい!! そこのお三方!!」

 

 撤退の支度を手伝っていると、補給班らしき米兵に話しかけられた。

 

「どうかしましたの?」

 

 唯一英語を話せるノルトフォークが対応する。

 

「いやなに、竜殺し様にちょっとしたお礼をと思ってな......」

「お礼?」

 

 そう言うと、米兵はフルーツバーを三つ取り出して見せる。

 

「こんなもんしかないが......まぁ腹の足しにはなるだろ」

「よくフルーツバーなんて持っていましたわね。それにこれは......市販品でして?」

「あぁ。ロシアに来る前に買っといたんだ。ロシアじゃ何でもかんでも高いからな」

 

 フルーツバーをよく見てみると、見慣れない文字だ。キリル文字でも、ローマ字でもない。カクカクとした、一語一語が複雑な形状をした文字......。

 

 アジア系の国の商品だろうか。

 

「見慣れない字ですけれど......どこの商品ですの?」

「聞いて驚くなよ、メイド・イン・ジャパン。日本製だ」

「日本製? 日本製だと何かいいんでありますの?」

 

 米兵はやれやれとため息をつき、フルーツバーを掲げて日本製の魅力を語り始めた。

 

「いいか? 日本は食い物に関しちゃ世界一だ。今じゃ中々落ちぶれてるが、それでも食に対する拘りまでは捨ててない。こんなご時世でも、日本製は安定して旨いのさ」

「なるほどね......それなら、ありがたく貰っておきますわ」

 

 一度周りに目を配ってフルーツバーを三つとも受け取り、ルカ達の下へと戻る。

 

「フルーツバー。米兵からの個人的なお礼......とのことですわ」

「え? あっ、ありがとうございます」

「どうも」

「一応周りの目を気にしながら食べるように」

 

 とだけ忠告し、ノルトフォークは瓦礫の裏側に身を隠す。

 

「......フルーツバー......ですか」

「フルーツ嫌い??」

「いえ、別に嫌いではないんですが......」

 

 ルカはフルーツバーを暫し見つめて、ポケットに仕舞い込む。

 

「今は少し、食べる気にはなれないですかね......」

 

 ──フロロヴォ近郊、砲及び予備部隊陣地──

 

 ミハイロフカより離脱して小一時間。通信の途切れていた味方予備陣地付近で一度隊列が止まる。なぜ通信が途切れていたのか。それを調べる為だ。

 

 加えてミハイロフカに突入してからかれこれ数時間は戦闘状態が続き、現在時刻は一一時。これ以上の行動は厳しいだろう。

 

「調査結果を報告します......」

 

 軽く夜食を取る指揮官の下に一人の兵士が駆け寄ってくる。面持ちはやけに暗く、ここで何が起きたのかの調査、捜索の結果が芳しくなかったことが伺える。

 

「生存者は確認できませんでした......死体こそ確認できませんが、装甲車や各火砲が融解していることから焼夷砲兵種(グラヴィス)の砲撃に晒されたものと......」

「......了解した」

「捜索は......」

「中断だ。地面からまだ熱気が漂ってきている。これで生きているなら、それは人間ではない」

「............分かりました」

 

 暗い顔のまま俯き、兵士はその場を離れていく。

 

「全滅、か......」

 

 冬も近いロシアだというのに、この場では汗をかかずにはいられない。寒冷地用の厚着が裏目に出てしまったが、こんな事態予測出来るものでもないだろう。

 

「この調子だと補給線も怪しいか......しかしこれ以上は無理もできない......」

 

 辺りをぐるりと見渡せば、誰もが鉄帽を深く被り込んで車両に背を預けている。僅かながら配られた夜食を食べる余力も無いようだ。

 

 一つため息をつき、適当な伝令兵に声を掛ける。

 

「仕方ない......おい!! もう数十分休んだら出発する。各部隊に伝えておいてくれ」

「了解しました」

 

 このまま何事も無くヴォルゴグラードまで戻れればいいのだが。

 

 ── 一〇月二日。二時四〇分、ヴォルゴグラード──

 

 ヴォルゴグラードの惨状を眺め、ノルトフォークがボソッと呟く。

 

「vanitas vanitatum et omnia vanitas......」

「え?」

「気にしないでくださいまし。古い古い言葉ですわ」

 

 驚きも見せないサーリヤ、ノルトフォークらを他所に兵士達の顔は絶望の色に染まっている。

 

 無理も無いだろう。疲労困憊の心身で、徹夜気味の長距離強行軍。それもフロロヴォからヴォルゴグラードまで約一五〇キロ以上をノンストップで。

 

 そんな苦労に苦労を重ねた果てに兵士達を出迎えたのは焼け果て、跡形も無い街の残骸。ミハイロフカで見た景色と遜色のない、それどころかミハイロフカよりも酷い廃墟の群れ。

 

「何も残ってない」

「えぇ、綺麗さっぱり灰燼ですわね」

「......冷静、ですね」

「よくあることだから」

 

 よくあることとは言うが、この灰燼はよくもあることではない。街が異生物群(グレートワン)に蹂躙されるのは良くあることではあったのだろうが、これだけの規模の破壊は見たことが無い。

 

 知らないだけであったのかもしれないが、それはそうとしてだ。ヴォルゴグラードが破壊されているということは、敵の突破を許した。或いは焼夷砲兵種(グラヴィス)のような何かが近くに居るということになる。

 

「この状況、進むしかないだろうが......」

 

 目の下に(くま)を携えた指揮官が様子見に寄ってくる。指揮官がダメでは兵士もダメになってしまう。とはいえ、この指揮官もよく平静を装えているものだ。

 

「このまま進めば、先に進んでいるであろう大群とかち合うでしょうね。それもヴォルゴグラードの守備隊と、米空軍のCASを跳ね除けただけの」

「............強行突破も不可。かといってここに留まるわけにもいかないか......厳しいな」

 

 幸い、空に航空猟兵種(ヴンダーヴァッフェ)は一匹も居ない。深夜ながらに天気は快晴。ジャミングの影響も、異生物群(グレートワン)の支配域近くではあるだろうが少ないだろう。

 

「よし、ひとまずオープン回線で通信を──」

「ん? どうしましたの?」

 

 ノルトフォークの通信機がノイズを上げる。ノルトフォークに直接ということは、当部隊内からの、何かしらの緊急通信。

 

 指揮官は不快に目を眇める。

 

「............了解しましたわ。直ちに」

「何があった?」

「支配域から敵部隊が来たようですわね。それも大型一〇以上。主力部隊先鋒ですわ」

「クソ......間が悪すぎるっ!!」

 

 指揮官は拳を握りしめ、差し出された通信機を手に取る。

 

「一応、オープン回線ですわ」

「全部隊、戦闘用意。敵支配域からの主力部隊を迎撃する。ここで味方部隊の救援を待つ。厳しいだろうが、持ち堪えてくれ」

 

 通信機をノルトフォークに返し、あとはオープン回線で救援要請を垂れ流すのみ。そんなところで、どこからかゴロゴロと雷鳴のような音が聞こえてくる。

 

「なんだ? 例の台風か?」

「それにしては音が途切れませんし、空も雲一つ無いですわ」

「ッチ、だとしたらなんだ、また敵の増援か??」

 

 雷鳴は更に音を増し、徐々に距離を詰めてくる。音源はそれなりの高速のようだ。

 

「............いえ、どうやら敵ではないようですわよ」

 

 通信機片手にノルトフォークが呟き、強気に笑みを浮かべる。

 

 出力を最大にし、雷鳴を轟かす"騎兵隊"からの無線を指揮官にも聞かせてやる。

 

『こちら日本国航空自衛隊、第一義勇航空団。遅ればせながら、救援に来た』

『こちら合衆国空軍、第五一戦闘航空団。化け物共に死のプレゼントを!!』

『こちら第一混成戦闘爆撃航空団。ド派手な花火を見せてやる』

 

 頼もしい声と共に、頭上を雷鳴が駆け抜ける。数十秒かした後には、遥か遠くから爆音が連続して大地を揺らす。

 

「それともう一つ。スナメンスクの臨時司令部からも通信が届いていますわ」

『──聞こえるか? こちらスナメンスク臨時司令部、セルゲイ・クズネツォフだ。今までジャミング影響下で通信できず、申し訳ない。現在、ヴォルゴグラードに向けて救援部隊が向かっている。到着想定は現時刻より二〇分後。航空支援は継続する。それまでどうにか持ってくれ』

 

 航空支援。航空猟兵種(ヴンダーヴァッフェ)の迎撃が不安だが──。

 

「あれは......白リン弾か??」

 

 遠くの夜空に白い天幕が垂れる。遥か空から、恐らくは航空機のミサイルか爆弾に白リンでも仕込んだのだろう。

 

異生物群(グレートワン)の解析、研究成果。その一つだ。奴らには白リンが有効だ。致命傷にはならないが、奴らは白リンを嫌がる傾向にある。進路妨害に誘導、航空猟兵種(ヴンダーヴァッフェ)の目も眩ませられる』

「情報に感謝する」

『英雄達の帰還を待つ。以上だ』

 

 航空支援を受けつつ、僅かに残っていた発煙弾発射機の白リンを目一杯に炊きつつヴォルゴグラードより離脱を開始。

 

 どうやら白リンの効果は相当絶大なようで。ほとんどの敵は白リンの前で立ち往生し、迂回しようとすれば航空機に消し飛ばされ。正面から突っ切った個体は表皮がドロドロに溶けて自慢の俊敏さを活かせず、呆気なく狩り取られていった。

 

 ──同日、四時二〇分。スナメンスク臨時司令部──

 

「まずは最初に。よく戻ってきてくれた」

 

 微笑みを(たた)え、セルゲイが出迎える。隣のイヴァンナは相変わらず冷たい顔をしているが、瞳にいつもの鋭さはない。

 

「ヴォルゴグラードは君達が見てきたように残念な結果となってしまったが......幸い死傷者も皆無。国家、軍全体として大きな痛手ではない」

 

 続けて何かを言おうとするも、疲弊しきった様子のルカ達を見てセルゲイは口ごもる。

 

「ふむ......そうだな、まずは休養を取るべきだな。安心しろ。丸々三日分取ってある。今は思う存分休んでくれ」

 

 続けてイヴァンナに目線を向け、ルカ達に聞こえる程度に呟く。

 

「表彰などしなくとも、餌に飢えた報道陣が宣伝してくれるだろうしな」

 

 ルカ達に向き直り、敬礼を送る。

 

「我らが灯台、と」

 

 

 

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 ──アラビア海、深度四六〇〇メートル──

 

 どこまでも暗く、深く、光の届かない常闇の世界たる深海。その海底で、巨大な黒鉄の塊が何かに引きずられていた。

 

 その鉄塊は海藻に覆われ、塗装は剥げ落ち金属は錆びきり。今や有象無象の魚たちの寝床と化していたはずであった。

 

 今日までは。

 

「はぁ~......こんなものかなぁ?」

 

 暗闇に溶け込んだ鎖を肩から下ろし、ため息を付きながら地面に座り込む人影が一つ。

 

「やっぱり力弱いなぁ~、私は。このくらい、片手で担いで......」

 

 光を反射することのない黒い目で、その少女は引きずってきた鉄塊を眺める。目線の先に鎮座しているのは、それはそれは巨大な黒鉄の城。その残骸。

 

 朽ちて朽ちて、朽ち果てて。役目を終え、誰からも忘れ去られた過去の災禍の遺物。

 

「君達も悔しいでしょ~? ずっと一緒に戦ってきた人に捨てられて。命を懸けて守った民には忘れ去られてぇ」

 

 物言わぬ鉄塊に、なお少女は語り掛ける。

 

「来るともしれない終わりを待ちわびて。永劫に近い時をこの暗くて、寂しくてぇ、冷た~い深海でただ一人」

 

 そう語る少女も、また同じ。

 

「分かるよぉ~その気持ち私にも。私のお姉さまはぁ~、私のことも忘れてニンゲンにぞっこん」

 

 一枚の写真を取り出し、暫し眺めて抱きしめる。黒い長髪と、どこか見知れぬ国の軍服に身を纏った少女の写真を。

 

「返して......返してほしいなぁ~......返して、返してかえしてかえしてかえしてカエシテカエシテ............私の、私だけのお姉さまをぉ~......」

 

 少女は顔を埋め涙を流した。暗い深海に溶け込むことのない赤い血の涙を。

 

 ごぽごぽと泡を立て、何事もなかったかのように立ち上がる。

 

「じゃあ、いこうか。みんな、もう一度朝日を拝めるよ~。そして、君達のことをすっかり忘れちゃったひどいひど~いお母さん達にも」

 

 ゴォン、と無数の残骸が呻き声を上げる。かつて五つの大洋を統べた黒鉄の城。その鉄の心臓が、再び鼓動を鳴らす。

 

 数多のスクリューが砂を巻き上げ、煙を吐いて水底より浮上を始める。

 

「あぁ、お姉さま......待っていてくださいねぇ............今すぐ会いに向かいますから......」

 

 少女は一際巨大な船の船首へと飛び乗り、にたりと笑みを浮かべる。

 

「それでぇ、それからそれから......邪魔で矮小な俗物共を、このわたくしめがお掃除してさしあげますからぁ」

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