冒涜戦線 ~冒涜されし神々と人類の最終聖戦~   作:オジロワシ

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第捌拾壱話 眠れる龍王

 ──西暦二〇〇二年一二月二二日 シベリア鉄道要衝オムスク駅近傍──

 

 アメリカからの軍需品や民需品を満載した列車が駅に着く前、未だ辺りに人工物も少ない鉄道上で停止する。

 

 白い雪景色のど真ん中。列車を護衛する兵士は積み荷の民需品を幾らか抜き取り、列車の前方で待機するボロボロの民間人へと手渡す。

 

「ほら、今日の分だ」

「......これだけか?」

「はぁ、これだけってな......こっそり受け取ってる立場で贅沢を言うなよ。撃ち殺されないだけありがたいと思ってくれ」

「だ、だけどよ!! これじゃ足りねぇんだ!! 子供も居るし、もう何人も病気で寝込んで......働き手だって......」

 

 汚れた手で兵士のベルトに掴み掛る。

 

「おい!! 勝手に触んなよ、あぶねーだろ!!」

「でも!!」

「でももこうも無い!! いいからそれ持って、さっさと帰れ!! これ以上は俺らも誤魔化せないんだよ!!」

 

 嫌に細い手首を強く握り、力任せに引き剥がし、突き飛ばす。

 

 少しやり過ぎたか、ボロけた格好の避難民(トラッシュ)はうずくまったまま動かない。

 

「......おい、だいじょ──」

 

 ヒュンッと兵士の真横で何かが空を切った。数舜後に遠くから乾いた破裂音が鳴り響き、咄嗟に地面へと倒れ込む。

 

 続けて二、三と風切り音とボスッ、ボスッと分厚い地面に刺さる鈍い着弾音。

 

「銃撃......どこからだ......」

 

 伏せつつAKを構え、セーフティーを外す。冷たく吹き付ける風と木々のざわめきの中から、銃声を炙り出さんと耳を澄ませる。

 

 銃声が止み、ザクザクと雪を踏み抜く足音が迫ってくる。

 

 いくら冬季迷彩で雪景色に紛れようとも、至近距離で見られてはバレないわけがない。このまま伏せていては、やられるだけだ。

 

 AKを握りしめ、起き上がりざまに足音の方へと銃口を向けた。

 

 だが、一瞬遅かった。

 

 防弾アーマーを貫き、九ミリ弾の弾頭が背中を抉る。

 

「な......後ろ......??」

 

 足音がしたのは正面からだった。けれど、実際に銃撃を浴びたのは背中から。痛みを堪えつつ振り返ってみれば、先程突き飛ばした避難民(トラッシュ)が拳銃を構えていた。

 

「く──」

 

 驚きも束の間、今度は正面から無数の銃撃を受ける。防弾アーマーは粉砕され、最後に頭部へと一発。無気力に雪の中へと崩れ落ち、白銀の地面を赤い染みが穢していく。

 

「......これでいいんだろ?」

「あぁ、よくやった。後はこちらで対処しよう」

 

 止まった電車の周りには、既に兵士の死体が転がっている。辺りには防弾チョッキも付けていない、小銃を構えただけの民兵がわらわらと群がってきている。

 

「アメリカは内戦状態へと陥った。これは疑いようの無い事実......そうなれば、真っ先に切り捨てられるのは......」

 

 この電車に満載された貨物は、数パーセントとて避難民(トラッシュ)の下へと届くことはない。アメリカからの援助が切れてしまえば、真っ先に切り捨てられるのは避難民(トラッシュ)であることなど想像に難くない。

 

「......でも、こんなことしたら憲兵に......」

 

 拳銃を握る避難民(トラッシュ)の手は震え、顔は苦悶で歪んでいる。それも当然と言えば当然。国軍の兵士を殺したのだ。

 

 恐らく憲兵どころの騒ぎじゃなく、悪ければロシアもアメリカのように。

 

「もうお零れを貰うだけじゃ生きていけない......俺達はもう、真っ当になんて生きていけないんだ」

 

 もはや信用だの助け合いだの綺麗なことを言ってはいられない。もう国家など、信用に値しないのである。

 

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 ──同月二六日──

 

 アメリカからのレンドリースが停止し、シベリア鉄道を通る物資を満載した貨物列車も襲撃され、前線への補給だけでなく駐屯地への補給さえも滞り始めていた。

 

 武装した避難民(トラッシュ)との争いは徐々に規模を増し、今や内戦勃発寸前の緊張状態だ。

 

 セルゲイは手渡された文書を眺めつつ、副官にも目を向ける。

 

「シベリア鉄道の護衛に陸軍を回すよう、日本に要請した件について。あちらの反応はどうだ?」

「それが......アメリカでの内戦の影響で日米安保が破綻したため、自衛隊は出せないと。レンドリースであればと打診してみましたが、予備役の召集でレンドリースする余裕などないと断られ......」

「概ね予想通りか......しかし、北海道北部の正式な返還を要求しないのを見るに、アメリカの崩壊は日本も想定外だったと見るべきか......」

「日本の反米感情は中々のものですが、日米安保に甘えてきた側面もありますからね。ったく、アメリカの傘の下に居ながらよくも武装中立などと腑抜けた──」

「その辺にしておけ。今、憤ったところで日本は動かないし動けない」

 

 計画停電でほの暗い執務室。裸電球の熱を帯びた非常電源の明かりのみが頼りで、書類を見る目もつい鋭くなってしまう。

 

 もう冬入りだというのに暖房は付けられず、ふと視線を逸らした先。窓の外。

 

 屈強な兵士達が身を丸めて、焚き火の周りで団子になっている。

 

「......して、中国は? 少なくとも目の前で、唐突に肉壁が死なれてはあちらとしても不都合なはずだが」

「シベリア鉄道沿線であれば兵を出すのもやぶさかではないと。しかし......」

「はぁ、なるほど。大方シベリア鉄道の利権か何かでも要求されたか」

「......シベリア鉄道沿線に兵を出す代わりに、今後九九年租借すると」

「そうきたか......」

 

 またこれだ。ロシアを守ってやるからロシアの全てを寄越せ、と。

 

 もう慣れたには慣れた。だが不愉快だ。

 

「まぁ......今回は火急だ。多少はあいつらの掌の上に乗ってやるか」

「なっ、要求を呑むのですかっ?!」

 

 国際外交に疎い若手の副官は、大いに不満げな声を上げる。机をバンと両手で叩き、身を乗り出して精一杯口を開こうとする。

 

 若いな。少し、羨ましい。

 

「まぁ待て。そういうテクニックだ。いくら中国が狡猾で、ロシアがボロボロと言えど、そんな要求軽々しく通るもんではない」

 

 世界の警察たるアメリカが崩壊し、国際秩序は滅茶苦茶だ。だが、まだ日本やインド、カナダや亡命していた欧州諸国は未だに強い影響力を残している。

 

 常任理事国が中国とロシアであることには代わりないが、ロシアは実質的な発言権を喪失し、中国も一人で勝手にやろうものなら締め上げられるのは確定事項だ。

 

 特に武装中立を貫き通し、戦力と経済的余力を蓄え続けた日本はアメリカの脱落により、繰り上がり式に世界一位の経済大国と化している。

 

 有り余る人的資源で、世界各国の武器弾薬を生産し続けている中国も急成長を遂げ、今や日中合わせて世界経済の柱の一つ。

 

 中国が強く出れば、日本が押さえ付けてくれるだろう。

 

「こういうのは交渉術の一つだ。ドアインザフェイス。最初に到底呑めない要求を突き付け、後から本命の呑めそうな要求を突き付けて呑ませる。だからまだまだ粘るぞ。交渉はここからだ」

「なるほどっ!! 了解しました!!」

 

 とはいえ、現状ではシベリア鉄道の警備も心許ない兵力。あまり時間はない。

 

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 ──同月二八日 日本、首相官邸──

 

「ロシアからの要請に関しては、まだ支援は出来ないと突っ張ねましたが......ここからどう致しますか? 首相」

 

 目の前に居るのは、複雑な極東情勢の最中で日本の武装中立を守り抜いてきた希代の天才。

 

 戦後約六○年。アメリカに原爆を落とされたあの日から、日本の誰もが決意していた。

 

 いつか必ず、再び祖国を護らんがため、血を流す日が来ると。

 

 そして、パクス・アメリカーナが終わりを迎えた今。遂にその時が来たと誰もが知っている。

 

「予備役の召集はどの程度進んでいる?」

「予定の八○パーセント、約六○万人。部隊編成にはもう暫く掛かりますが、概ね順調です」

「......まさか、我が日本が、再び徴兵をするはめになるとはな......これでは、彼らに怒られてしまうだろうか」

「まさか。我々日本国民は、あの日の屈辱を忘れてはいません。日本が再び滅ぶくらいならば、今度こそ、最後の一人まで。広島、長崎、京都に原爆を落とされ、北海道北部も......今や我々の領土ですが、未だに正式な返還には至っていません」

 

 先日のロシアからの支援要請は、日本にとって非常に有利な交渉が出来たはずだ。

 

 それこそ、実効支配中の北海道北部の正式な返還も、今のロシアであれば呑んだであろう。

 

「まだそう急ぐ時ではないよ。それに、我々は日米安保に甘えてきた側面もある」

 

 中国も今や、日本を追い抜かんとする勢いで経済と軍事力を伸ばしている。

 

 まさか、この人類存亡の危機の最中で日中衝突などというバカな真似はしないだろうが、台湾との軋轢や尖閣諸島問題など。問題は山積みだ。

 

 そして、それらの問題を後回しにするためにも、日本は話の通じない化け物相手に武装中立を建前として後方支援に徹してきたわけだ。

 

 戦力を温存し、まだまだ後方支援国面している中国が付け上がらぬよう、日本は五○万の常備兵を維持し、誇示してきたのだ。

 

「日本も中国も、もはや最前線か......」

 

 首相は何とも思ってなさそうな声で呟いた。

 

「中国との──いえ、アジア全域に渡る共同防衛構想について。まだ公には出来ませんが、裏で話は進んでいます」

 

 参加予定国のみが印字されたA4用紙一枚。

 

 日本、韓国、オーストラリア、フィリピン、台湾、ベトナム、インド、インドネシアなど。また、その他東南アジア諸国。

 

「まだ名前すら決まっていない、実質的な軍事同盟......もはやとやかく言っている暇は無いか」

「えぇ。お互い問題は多いですが、こんな時までいがみ合うのは愚の骨頂です」

 

 欧州は連帯の不足と冷戦終結に伴う平和の配当──もとい平和ボケによって崩壊した。

 

 同じ轍は、もう踏むまい。

 

 日本も、中国も、その他のアジア地域の諸国家も。今は主義主張を脇に置き、同じ方向を向こうとしている。

 

「全く、あの時からこのようになれたら苦労はしないのだがな」

 

 ともあれ、空に三つと輝いていた太陽は固く手を繋ぎ、東アジアを共に照らし導こうとしている。

 

 眠れる龍王は、今まさに目覚めんとしているのである。

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