冒涜戦線 ~冒涜されし神々と人類の最終聖戦~ 作:オジロワシ
久々に踏みしめた祖国の土は、船の上と変わらぬ硬さだった。ただ一点、揺れていないという点を除いて。
ここ暫く船の上にばかり居たせいか、足を付けている場所が揺れないというのは逆に違和感を感じてしまう。インド洋からウラジオストクまでの船旅で、身体の感覚が少しばかり変になってしまったのだろうか。
タラップを降りて埠頭を抜けると、一台の軍用トラックが不自然に止まっていた。周囲を複数の装甲車に囲まれた、如何にもな様子の車の群れだ。
何事かと近付いてみると、軍用トラックから懐かしい顔触れが出てきた。
「任務ご苦労だった。ボールドイーグル」
「私からも労いの言葉を送ろう。よく戻って来てくれたな」
セルゲイに、イヴァンナ。そしてサーリヤ。
「お帰り」
「は......っは!! 只今戻りました!!」
なんだか初めてちゃんとした挨拶を貰った気がする。単なる気のせいかもしれないが、今はおかえりのただ一言でも心地よい気分だ。
サーリヤがこれ以上何も言わないと見て、セルゲイが一歩踏み出して喋りはじめる。
「さて、長旅ご苦労。流石に船の上での生活が続いて、多少違和感もあるだろう。だが、残念ながら休暇を与えられるほど我々も余裕があるわけではない......」
「アメリカもロシアも内戦中。インドも中国も東南アジア諸国も件の大災害の影響であまり期待は出来ない」
「っとまぁ、そんな状況だ。我々はユーラシア大陸の崖っぷちに追い込まれたというわけだな」
周りに人は居ないけれどやはり気掛かりだ。
「あの、教えてくれるのはありがたいんですが......これってこんなところで話していいことなんですか?」
ルカの問いに、セルゲイは苦笑して肩を竦めた。
「もはや何を秘匿したところで変わらんってことだ。今のロシアに情報を隠す能力も価値も無ければ、そもそも世界全体で政治ごっこしてる暇もなくなったからな」
「せ、政治ごっこって......」
イヴァンナは海の先を見つめて呟く。
「ま、言い得て妙といったところか。どれだけ戦後世界を考えても、今を生き抜けない国家に戦後は訪れないからな」
「はぁ、我々は最初からそう言い続けていたのだがね......まぁ、ここじゃなんだ。これからのことについては、参謀本部の方で話そう。後部座席の方に乗ってくれ」
「了解です」
装甲車に囲まれて行く道すがら。ウラジオストクの市街の惨状が嫌でも目に入る。
所狭しと敷き詰められたバラック小屋の群れ。バラック小屋にすらありつけず、路上にその身そのままで寝そべる者達。
モスクワで見慣れた光景だった。
「もうどこも似たようなもんだ。普通で、真っ当な暮らしなんて、どれだけ権力と金を持ってても出来る奴は居ない。うちの参謀本部だって、暖房はずっと止まったまま。コーヒー一杯もやっとって感じで......いやはや、寒くて寒くて仕方がない」
トラックの窓から外を眺めていたセルゲイが冗談めかして言う。
「っと、そろそろ参謀本部に到着だな」
「え、もうですか?」
車を出して一〇分と経っていないのに、とルカは疑問の表情を浮かべる。
「見たら分かる」
イヴァンナがため息混じりに呟いて、車列が角を曲がった先。
参謀本部が見えた。
「......臨時......参謀本部??」
庶民的な作りのちょっとした市役所。その正面玄関の真横に立て掛けられた巨大な木看板に、そう書かれていた。
二人の兵士が退屈そうに守衛をしており、何とも心許ない。
バリケードも規制線も無いただの駐車場。炊事や風呂用の軍のテントが所狭しと並び、軍人らをクラクションで退かし停車。
迷惑そうな顔を隠そうともせず、食事のトレイやトランプを抱えて去っていく。
「なんか、ピリついてますね......」
「ま、当然だろう。むしろこんな状況でピリつかない方がおかしいってもんだ」
なんだか降りるのが躊躇われる。そう思うルカを尻目に、サーリヤはいつの間にか下車していた。
「お、ファーストペンギンは決まったようだな。流石にそろそろ降りるか」
列を成し、小銃に囲まれて車を降りる。
まるで仲間を信じていない厳重警備。とはいえ、仕方のないことだ。もはや誰が敵となってもおかしくない。
参謀本部の中は見れば見る程普通の市役所だ。受付に並ぶ長椅子に、小粋に飾られた花瓶、ガラスの仕切り。撤去されないまま残された中で、迷彩服の軍人が書類に齧り付いている。
各部屋のドアノブには看板が吊り下げられ、作戦室や資料室と殴り書きされている。
「ここが今の参謀本部だ。市役所を貰ったはいいものの、書類仕事までそっくりそのまま貰い受けるハメになってしまった」
「奪ったの間違いじゃないのか?」
イヴァンナが茶々を入れる。
「失敬な。必要な手続きは踏んでいるさ」
案内された参謀本部、執務室。とは名ばかりの広いだけの会議室だ。
安っぽい長机にパイプ椅子、黒ずんだホワイトボード。
「早速だがロシアの現状について話そう。概ねの状況については知っているだろうが、具体的にどうか。というのは私から直接言った方が信憑性も高いだろうからな」
セルゲイはホワイトボードに雑多な線を引いていく。デフォルメされつつも、ぱっと見で世界地図と見て取れる。
「簡潔に言おう。現状アメリカ、ロシア共に内戦の渦中にある。アメリカではカナダが逃げ延びてきた米軍と共に武力介入を開始している。これはロシアも似た状況だな。中国はロシアの内乱に乗じてシベリア鉄道沿線を掌握した......が、中央アジアでの蝗害発生を受けて早々に占領を諦め撤退。全く何がしたかったんだか......」
伸び縮みする指揮棒で世界地図をトントンと示しつつ、早口で捲くし立てるセルゲイ。
「ともあれ、一番気になるのは今後の動向だな。まず、前提として我々はロシア全土の回復を諦めない。これは皆、同じ気持ちだろう」
呼び掛けるセルゲイに対し、頷いたのはルカ一人。
サーリヤはいつもと変わらぬ無表情。
イヴァンナはどこ吹く風といった様子で半透明のコーヒーを啜る。
「ま、他の二人は仕方がないか......」
セルゲイは困ったような顔をしたかと思えば、ルカに真っ直ぐ力強い瞳を向ける。
「ボールドイーグル、そしてジャガーノート。二人の活躍に、ロシアという国家、ひいては人類の未来が掛かっている。だが、このまま防衛戦を続けても勝ち目はない......普通の戦争ならな」
マグネットピンがロンドンに置かれる。
続いてどこのかは分からないが、螺旋を描く巨大などす黒い台風の写真。
「これは互いに損耗し合って、互いの息切れを待つような対称的な総力戦ではない。そうだな? ジャガーノート」
サーリヤは少し俯いて、口を開く。
「そう、これは総力戦じゃない......狙うべきは、ただ一点。だけど......話したらもう、次はない」
何に対して、次が無いのか。などという問いは、もはや意味を成さない。
今するべきなのは、今生きている人達の未来を守ることなのだから。
「構わない。話してくれ......この戦争の終わらせ方を」