日常の中の非日常が好きな、少年少女のお話。

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血と臓物とキミと私。

 今日も今日とて、部室には血飛沫が飛び散った。

 

『ギャアアアアアア!!』

 

「あっはっは!! 見てみて新羅(しんら)くん、臓物飛んだー!!」

「テンション高すぎです乙葉(おとは)先輩。こんなの、ただのCGじゃないですか」

 

 放課後の教室、灯りを消してカーテンを閉め切った、薄暗い部屋の中。

 机の上に置いた大型タブレットだけが、唯一の光源。

 そのタブレットの画面には、私がサブスクでチョイスした映画が映し出されていた。

 

 内容は、B級もいいとこなゾンビ映画。

 脈絡もなく現れたゾンビに街の人々が襲われてパニックになる、ストーリーもへったくれもないような内容のものだ。

 

「それに、CGだからといってゾンビを前面に出し過ぎじゃないですか今のシーン。せっかく初めて人が死ぬシーンなんだから、もうちょっと被害者の表情を映した方が迫力あるんじゃないですかね。とりあえず血を飛び散らせとけばいいみたいなのは、安易な……」

「あっはっは、今日も新羅くんは話ながーい」

 

 だからこんな風に文句を言われてしまうのも、仕方ないのかもしれない。

 隣の席に座る後輩の町澤(まちざわ) 新羅(しんら)くんは、前髪が軽くかかった分厚いメガネの奥で鋭い瞳をして画面を眺めていた。

 まぁ、こうやって見てくれるだけでも私からすればありがたいんだけどね。

 

 華の高校生女子である私の友達は、たいがい見るのすら嫌がるのがほとんどなのだ。

 血を見るどころかその前段階の日常描写の時点で目をつぶって、血飛沫が舞い散る頃にはキャーって叫びながら耳を塞ぐ。最後にはもうやだーって泣きながら、脱兎の如く逃げる。

 そんな光景を何度か見てしまった経験があるものだから、隣にいてくれるということがどれだけありがたいことかは分かっているつもりだ。

 

 ……私からすれば、こんなに心躍るものはないんだけどねぇ。

 

「それより、見てよ新羅くん!! 腕やら足やらバラバラのぐちゃぐちゃだよ、原型を留めない凄惨な遺体だよ!! あ、ゾンビが群がってきた、また血が飛び散るー!!」

「……いつ見ても、乙葉先輩の映画を見る時の着眼点は独特ですね」

 

 製作陣からしたら観客が怯えるものとして用意したであろうその残酷なシーンを、私は目を輝かせて食い入るように見つめた。

 

 不謹慎と好奇心を集めて固められた、フィクションの死。

 CGやらメイク技術の向上によって年々リアリティが上がっていくその残酷さに、私はたまらなく惹かれている。

 

 自分が奇特な人間なのは、割と自覚している。

 同じ趣味の人間は、友達どころか我が校の映画研究会なる同好会においても、結局ひとりも見つからなかったのだから。せっかく同好の士が一人ぐらいはいるかなーって期待して入ったのに……まぁ、趣味は合わなくても先輩方は優しくしてくれたから、その恩に報いる意味で今でも映画研究会で活動は続けてるんだけど。

 

 こうやって集まった部員で映画を観るのは、我らが映像研究会の立派な活動内容なのだ。

 優しかった先輩方は卒業してしまったので、今所属しているのは二年の私こと梅宮(うめみや) 乙葉(おとは)と後輩の新羅くんの二人だけ。

 

 新年度になって私一人だけの同好会になった時はけっこう焦ったもんだから、新羅くんが入ってくれた時はめちゃくちゃ嬉しかったっけ……

 

『こうして、彼らは絶望の世界へと足を踏み出した……しかし、彼らが歩みを止めない限り、この世界から希望は消えないだろう!! 彼らの勇気が世界を救うと信じて……!!』

 

 おっとっと、ちょっと昔を懐かしんでる間に映画が終わっちゃった。

 しかし途中からの路線変更がすごい映画だったなぁ、中盤に主人公が覚醒してからは彼がゾンビをなぎ倒す無双っぷりを眺める映画になっちゃってたよ……

 

「んー、終わりかー……新羅くーん、今日のやつはどうだったー?」

 

 私は伸びをしながら、隣の席に座っている新羅くんに、ちょっとした興味本位で聞いてみる。

 

「途中の恋愛要素が完全に邪魔だったと思いますね。主人公がパワーアップする理由付けにしたい意図は理解できるのですが、ゾンビ映画っていう趣旨からは外れている気がしました。ラーメンを期待してラーメン屋に行ったら、ピザを出された感覚と言いますか」

「わー、おデブになっちゃいそうな例えだー……」

 

 とはいえ、言いたいことは分からんでもない。

 私も中盤の路線変更が一番引っかかっていたから、同じところを新羅くんが指摘してくれたことになんだか口元が緩んじゃいそう。

 

 新羅くん、映画に文句を言うことはしょっちゅうなんだけど、必ず最後まで見てくれるんだよねぇ。

 それに、自分の考えをしっかり持ってるみたいで、どこが良くてどこが悪かった、みたいなのも毎回丁寧に言葉にしてくれるし。

 映画研究会の現部長としてはゆるーくやってるだけのつもりだったけど、真剣になってくれるってのは部長冥利に尽きるというかなんというか。

 

「今回の映画は40点、多めに見積もっても50点というところでしょうか。撮影技術に関しては評価できるところがないでもないですが、ストーリーの部分でそれを活かしきれてない印象があります。やりたいことを全部詰め込んだ末の事故という印象がどうしても……

 

 ……むぐっ」

「はーい、クールダウンしてー。先に、お菓子食べようよー」

 

 とはいえ、一度喋り出すと暴走機関車みたいに中々止まらないのが新羅くんでもある。

 なので機関車を強引にストップさせるべく、私は秘密兵器のポッキーを彼のよく回る口めがけて差し込んだ。

 狙いは成功。最初こそビックリしていた新羅くんは、大人しくポッキーをポリポリと口の中へと吸い込んでいって、最後にゴクリと飲み込んだ。

 

「……甘味のあとは、塩味が欲しくなりますね。今日はポッキー以外なんかあります?」

「そう言うと思ってプリッツ買ってきたよー、サラダ味。今、出すねー」

 

 図々しいことを言い出す彼だったが、部員として馴染んできたみたいな感じが私としては微笑ましかった。

 私は立ち上がって教室の灯りをパチリとつけると、自分のカバンの元へ向かう。中に入っている何品かのお菓子をゴソゴソと取り出して、大型タブレットの手前側に置いてあげた。

 

 映画研究会では、映画を観終わった後に感想を言い合う時間を設けている。

 その時間を少しでも楽しくするために、私はお菓子を持ち寄るようにしているのだ。

 まぁ、私は大した感想が言える訳でもないから、お菓子の方がメインになってしまっているのは否定できないけど……

 

 ちなみに、映画中にお菓子を食べるのもありじゃないかという意見は、去年の内に却下されている。何故って……映画の暗がりだとお菓子をどれぐらい食べたか曖昧になって、ついつい食べ過ぎちゃったのが何度かあってね……

 

「それで……僕としては、映画は40点ってところでしたけれど。先輩としては、どうでした?」

 

 新羅くんはプリッツの袋を開きながら、さっき私が投げかけた質問をオウム返しに投げ返してきた。

 そう言えば、まだ言ってなかったっけ。大したことは言えないけどここは一つ、私の意見も言わせてもらいましょうかね。

 

「んー、私も微妙だったなー……だって主人公が強くなっちゃったせいで、途中から人が死ななくなっちゃったんだもん!! 私はもっと登場人物が臓物をぶち撒けるて凄惨な死を迎えるところが観たかったのにさー!!」

「……聞かなくても分かることだったかもしれませんね、乙葉先輩ですし」

 

 むぅ、なんだよそっちから聞いてきておいて溜め息なんてー。ぶーぶー。

 口が悪いぞー。先輩に対して遠慮なく喋れてるってことだし、止める気はないけどさー。

 

「……こう言っちゃなんですけど先輩、友達とかちゃんといるんですか? 誰に対してもそういう姿勢だと、大体の女子はドン引きだと思いますよ?」

「失敬な!! 本当に口が悪いね新羅くんは!!」

 

 新羅くんは、心の底から心配しているような表情で私のことを見つめている。

 そりゃ誰とも趣味は合わないけど、クラスに友達がいない訳じゃ全然ないし!! 趣味は合わないけど!!

 

「私だって分別ぐらいあるよ!! ほら、思い出してよ新羅くん、初めて君が来た時に鑑賞したのはグロ映画なんかじゃなくて、ちゃんと超人気作だったでしょ!? 私だって相手ぐらい選ぶよ!!」

「あぁ、そういえば『タイ◯ニック』でしたね初めて観た映画……でも先輩、その映画観てる途中で寝てませんでしたっけ?」

「うぐっ……」

 

 痛いところをつかれて、私は二の句が告げなくなる。

 

 だって、しょうがないじゃん……

 お父さんから『乙葉でも気にいると思う』ってオススメされたから楽しみにしてたのに、恋愛の話ばっかするんだもんあの映画……

 

「ほ、ほら、あの映画、本題が最後の方に集中してたじゃない!! だ、だから、長い話だったから、後半に楽しみのエネルギーをとっておきたくて……あの、海上に凍死体がいっぱい浮かんでるとこ……」

「あの映画を観て楽しみをあそこだと思うの、世界でも乙葉先輩だけだと思いますよ……なんで最初にアレ選んだのか、やっとわかりました……」

 

 頑張って言い訳しようとしたけど、ダメでした。

 はぁ……っておっきな溜め息をつかれて、すっかり呆れられてしまったようだ。

 うぅ、世界に一人ぐらいはいるかもしれないじゃんか、あのシーンで興奮してる人。

 

「……少なくとも僕にはもう、そんな見栄張らなくていいですからね。そんな好きでもない映画を見てる先輩より、その……今みたいに大好きな映画の話してる時の乙葉先輩の方が、嫌いじゃないですよ」

「ホント!? 私も新羅くんは大好きだよー!! 両思いだね私達!!」

「近い近い距離が近い!! 好きとまでは言ってないでしょうが鬱陶しい!!」

 

 なんだか急に嬉しい言葉をかけてきたので、感極まった私は思わず親愛の気持ちを込めたハグをしようとしたのだが。

 私の勢いよりも遥かに強い腕の力で押し返されて、結局ハグは未遂で終わる。

 

 ……あれー? この年頃の男子なんて、女子が近づけば勝手にドキドキするもんだと思ったんだけどなー?

 

「……その疑問符いっぱいの表情で、何言いたいのか何となく察しますけど。乙葉先輩は女子ではありますが、それ以上に中身が鮮血と臓物まみれで出来ているのはもうわかっているので」

「それ人間みんなそうじゃん!! 理不尽だー!!」

 

 じゃれ合いのようなものだとは分かるけれど、とても淡々とした余裕のある返し方をする新羅くんは見ていてなんだかムカーっとしてくる。

 

 ……このまま言われっぱなしはなんかシャクだし、ちょっとからかってやろ。

 

「ねぇ、新羅くん……それじゃあ、私がホントに鮮血と臓物まみれでぶしゃーってしたら、どうする?」

「はぁ? 何ですか突然、ぶしゃーって……」

「えっとね、だから……例えば、ゾンビだったりチェーンソー持った殺人鬼だったりとかがさ、この部室に侵入してきてさ。女の私はなす術なくて、一瞬でバラバラ殺人されちゃうの。血と臓器をぶしゃーって撒き散らして……そうなったら、どうする?」

「なんですかそのシチュ、映画の見過ぎ……って、ここに所属してりゃそりゃそうか……」

 

 突飛すぎてちょっと呆れ顔になってしまったけれど、それでも新羅くんは口元に手を当てて考え込み始めた。

 

 押し黙った新羅くんをじーっと見つめながら、私は内心でほくそ笑む……かかった。

 何やかんやで新羅くんは真面目だから、多少突飛だろうと付き合ってくれるだろうと思ったのだ。

 それで答えに詰まった新羅くんに、私はこう言い放つのだ……「なーんちゃって、先輩は死なないよー!! 観たい映画がまだまだあるからね!!」

 

 その程度に茶化して、終わるつもりだったんだけど。

 

「────そうなったら、俺がソイツをぶち殺しますよ」

「…………へ?」

 

 私がからかうよりも、新羅くんが返事をする方が早かった。

 

「ゾンビでも、殺人鬼でも、なんでも。先輩に手を出したこと、後悔させてやります」

「ちょ、ちょっと……新羅くん?」

 

 な、何だろう……あんまりにも想定外の台詞だから、私ビックリしてる。

 新羅くん、私じゃなくてどっか別の方見てる……殺人鬼だのゾンビだのが、本当にそっちにいるみたいに。

 膝の上で拳をギュッと握ってるし、目は心なしか鋭くどこかを睨んでる。

 

 わ、私がホントに殺されたことを想像して、そんな顔してるの……?

 

 何だろう。新羅くんが、私のためにそんな顔してくれてるって思うと……

 頬が、熱くなってきちゃう……

 

「え、えっと……じ、冗談だよ、新羅くん!! ほら、私生きてる、生きてますよー!! やだなー、可愛い先輩はこんなところで死なないよー!!」

 

 何故だかこのままのテンションを続けたらいけない気がして、私は予定通りの言葉を吐いてごまかす。

 ……予定通りに喋れている気、全然しないけど。

 

「え、あ、あぁ……そ、そうです、よね。そ、それぐらい、分かってるに決まってるじゃ、ないですか……やだなー乙葉先輩、ハハハ……」

「だ、だよねー……うん……」

 

 でも、新羅くんにはこれで良かったみたい。さっきまでの鋭い目つきが落ち着いた。

 代わりになんか、辿々しくなった気がするのは、なんでなのか良く分かんないけど……そんな笑顔浮かべるキャラだったっけ、キミ?

 

「あー……えっと、その……あー!! 窓の外、もう真っ暗!! 今日はもう部活終わりだー!!」

「あ、ホントっすね!! いやーハッハッハ、終わりが名残惜しいなー!!」

 

 何を言えばいいのか分からない謎の空気を打破したくて辺りを見ていると、窓の外の景色に気がついた。

 嘘は言ってない。時計を見れば本当に、部活はもう終わらせなきゃいけない時間が迫っていた。

 

 だから、新羅くんが話に乗っかってくるのは不自然じゃない……けどキミ、名残惜しいとか情緒深いこと言うタイプじゃなくない?

 でも、それを突っ込むと余計に変な空気になりそうで、私は黙って部室の片付けを開始した。

 新羅くんも片付けには付き合ってくれたので、程なくして作業は完了する。

 

「じゃ、じゃあ……また次の活動日に、ね……」

 

 それしか言うことがなくなってしまったので、社交辞令としての挨拶を口にする。

 そんな、私としては別に、困り果てた末の一言に過ぎなかったのだけれど。

 

「はい……乙葉先輩。次もまた、よろしくお願いしますね」

 

 ……次も、また。

 

 去り際にかけられたそんな言葉が、なんだか胸にジーンと染みた。

 

「そうだね……次も、また」

 

 もう新羅くんは先に行っちゃったから、独り言としてつぶやく。

 

 次。次、かぁ。いい言葉だなぁ。

 まだ、続くんだ。穏やかでゆったりとした、映画で繋がる彼との関係は。

 なんだか今日は、変な感じに終わっちゃったけど……次はまた、気安く話せるように戻れるよね。それとも、今日を機に、何か変わっちゃったりするのかも。

 どっちでも、きっと……楽しくなるよね、これからも。

 

「……次回もお楽しみに。って、これは映画じゃないなぁ」

 

 私は自分の発言に苦笑いしながら、帰る前にサブスクのメニューを開いた。

 

 次は、何を観ようかな。

 


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