『____どんどろの召喚を禁ずる縛りを破り、あまつさえ、その力を薨星宮で解放するとはな、夏油傑…… いや、そもそも縛りは機能していなかったか』
『薨星宮は天元様を残してほとんど、忌庫に納められていた数多の呪具に呪術高専の三分の一が文字通り消滅した。創立史上最悪の被害だよ、これは』
『死者行方不明者は8名、重軽傷者12名。……何か、言いたいことはあるかね』
星漿体天内理子、彼女が天元と
暗闇の中を照らす一筋の光。その中心に立ち、虚空に目をやる、少しぱさついた髪をお団子状にまとめ、左側に一房前髪を垂らす男――夏油傑を囲む障子。その奥の老人達から放たれる厳かな言葉に晒される彼は、真一文字に閉じられていた口を静かに開いた。
『何も、ありません』
彼は然るべき罰を求めていた。
しかし、夏油の心とは裏腹に、彼に与えられた罰、それは一ヶ月間の寮内謹慎という、あまりにも釣り合いが取れていないと思わざるを得ない罰であった。
護衛任務をどんな形であれ
無論、万が一どんどろが暴走を開始した際の
____俯き、逆光で顔を隠す夏油は、去り際、一番気掛かりであった事柄について触れた。
『……星漿体の付き人が、薨星宮参道の目前までついてきていたんです。彼女の所在は____』
『現在調査中だが、残穢が酷くなかなか進んでいない。それに…… とにかく、
だろうな、と、思わず頭の中でつぶやいた。
◇◇◇
天内理子の護衛3日目、午後16時52分。
『攻撃を受けた脳も、多臓器不全も、何もかも完璧に治した。息もあるし脈もある。なのにこれじゃ、もう私には手の打ちようがない。……身体をおいて、魂だけどっかにすっ飛んでったみたいだよ』
五条に運ばれ、生き残った高専内の医療施設に担ぎ込まれた夏油と天内。二人の治療を担当した彼女――家入硝子は、背筋が震えるつんとした香りが漂う白い部屋、その中の白いベッドに横たわる少女について、タバコの煙混じりにそう評した。
天内のそばで立ち尽くす夏油を置いて、硝子はさっさといなくなってしまった。決して同情ではなく、元々が怪我人の手当ての休憩がてらに寄っただけだったのである。
『……』
土埃と血で汚れた制服ではなく、青みがかった患者衣に身を包んだ少女――天内理子。まるで、肩を揺すれば今にも起き上がって、昨日一昨日のようにうるさく喚き散らしそうなのに、彼女が目を開けることはもう無いという。
あと少しすれば、彼女は一級術師数名で組まれた特殊護衛部隊の手により、天元の元へ送り届けられる。
肉人形と化していても、
五条、夏油両名は、これ以上の関わりを禁じられている。
『……』
心電図が奏でるゆったりとしたリズムが耳障りで仕方がなかった。親指で額を掻き、病室の壁に背をつけた夏油は、それでも、出会った時と寸分違わない姿で、冷たい気配を纏う少女を見つめていた。
(結局、期待させるだけ期待させて……)
その時、病室の扉が勢いよく引かれる。ゆっくりと振り向いた夏油は、入口の前に立つ存在に釘付けとなった。
袈裟に裂かれた制服と、赤黒く固まった斑模様で彩られたワイシャツ、その奥から覗ける
一瞬別人かと見まごう風貌に、夏油は緩んだ口を固く閉ざした。
『……天内は、俺が下に連れてく。そういうことにした』
無遠慮に入り込み、それでなお醒めない眠りに囚われた天内を見下ろした五条は、据わった瞳を親友へ向けた。
『なぁ、傑。
『……』
まるで感情の乗っていない声色に、夏油の表情が変わる。
『天内、絶対に同化拒否っただろ』
『……』
『今のお前と俺に勝てる奴なんてほぼ居ねえだろ。……だから、天内の願いを叶えてやることなんて容易い』
____どうする?
屈託のない瞳に心の奥底まで見透かされているようで、夏油は自分が上手く表情を繕えているか不安になった。
『……理子ちゃんは、もっとみんなと一緒に居たいと言っていたよ』
『……』
『悟ならわかるだろ。今そこにあるのは
するすると口から放たれる自分の言葉に、夏油は耳が腐り落ちていくような気分を覚えた。
『もし、同化が失敗した天元様が人類の敵となってしまえば、もしかしたら理子ちゃんが一緒に居たかった人達に危害が及ぶかもしれない。それこそ、彼女が一番望まないことなんじゃないのか、と、私は思う』
『……』
静かに耳を傾けている親友に、俯いて目線を逸らす夏油は、絞り出すようにその言葉を紡いだ。
『……だから、同化、させるべきだ。……そうでなければ、こうなってしまったことが全て
喋りながら、夏油は半ば、自分が何を言っているのかわからないような、泣きたいような怒りたいような、一周回って虚無の表情を浮かべていた。
ある意味で、五条が浮かべているような顔をしていた。
『……無駄、ね。何でもかんでも意味を…… それ、本当に必要か?』
『……必要さ、大事なことだ。特に術師にはな』
自分に言い聞かせるように、夏油はそう言った。
そして、同日18時丁度。天内理子を抱き抱えた五条は、瓦屋根が禿げ、一部建造物は倒壊と散々たる様相の呪術高専の真ん中に穿たれた、直径1キロ以上に渡る大穴を降下していった。
『天元様にあったよ』
『……そうか』
ここに、五条、夏油に課せられた任務、星漿体護衛・抹消任務は、
____外面は雅かつ豪壮な門を超え、一歩足を踏み入れた途端、目の前に広がるのは、漆喰の壁にヒビが入り、砕けた瓦屋根が散乱し、国が指定した大工が駆け回っている様相。
総監部での始末を終え、帰路についた夏油の疲れた目に叩き込まれた現実、どんどろの術式がもたらした災禍である。
「よっ」
門の前で立ち尽くしていた夏油の耳に、気軽で親しみのある声がかけられる。その方向に目を向けると、そこにいたのは、制服ではなくラフなTシャツ一枚の、新調したサングラスをかけた白髪の青年。
「……それは」
夏油は、彼――五条が片手にぶら下げる何かに気づいた。
ぽいと放り投げられ、夏油の前にザリザリと転がっていたそれは、まさしく____
『……ま、……まぁ……、……』
「あいつの死体は見つからなかった」
「そうか。……どうやって見つけたんだ、コイツ」
「刀盗られてな、その刀は俺の魂と深く結びついてる。だから位置がわかるんだよ。刀は取り返したからソイツはやるよ」
「……わかった。貰っておくよ」
しゅるしゅるとねじ巻き、夏油の掌の中で黒い球とかしていく呪霊に虚な視線を落とした夏油は、乾いた感謝を呟いた。
◇◇◇
それから一年が経過し、夏油はその殆どを高専内で過ごした。今まで以上に回される任務は激減し、常に夏休みの終盤のような焦燥感を感じながら、夏油は怠惰に過ごしていた。
反転術式を習得し、術式対象の自動選択、無下限術式の半永続的な発動、それに伴う脳への負荷は、自己補完の範疇で反転術式を回すことで無視する…… と、殆ど欠点という欠点を克服してしまった五条に比べ、伏黒甚爾との戦闘で殆どの呪霊を喪失し、低級の呪霊数十匹しかストックがなく、強いていうならば武器庫呪霊の中にしまわれていた呪具を扱えるようになっただけの夏油では、もはや
たった一体、どんどろを自身の戦力に数えれば簡単に五条に並ぶことができるだろうに、夏油はそれを嫌った。
しかし、そうではないと否定しても、どうしても湧き上がる、罪悪感とは違う感情。
ようやく復興した呪術高専、その中心に穿たれた大穴――今となっては移動用の桟橋が幾重にもかけられ、縦穴の構造を上手く活かした造りに変えられているが、最下層にはいまだにどんどろの残穢が残る――を見下ろしていると、どうしても、彼の心に揺らぎが生まれる。
『____お前のお気に入りが殺されたんだぞ、どんどろ!!!』
自分の考えなしでどんどろを引き摺り出し、その結果、味方に犠牲者を産んでしまったという過去を象徴する大穴。
黒井美里を消し飛ばしてしまったという、深い罪悪感を象徴する大穴。
天内理子に同化を押し付けてしまったという、一生涯消えない後悔を象徴する大穴。
これを実行したほどの実力を持つ呪霊が、自分の指示をある程度は聞いてくれるという、心の奥底に芽生えた歪な自信。
懐玉・玉折編が終わったあとの話 ※得票数が多い順に全部書きます
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ぐ〜るぐる
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がっしゃぁーん!!
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イカがなものかと!!