続いても家から出るまでの経緯です。
「おい真、起きろ……起きろって。起きろっての真ッ!」
「ぐへっ!?」
ぐるぐると体が横に回転する。半目と寝ぼけた意識の中で、全く理解できない状況と回転する視界の片隅入った敷布団を持っているむくれた真希ちゃんとおもしろそうにクスクスと笑う真依ちゃんの姿。転がっていくまま俺は壁にぶつかりようやく意識が目覚めた。
「何すんだ真希ちゃん! うぷっ、チョット吐きそ……」
「さっきから何回も呼んでんのに起きないオメーが悪いんだろ真」
「いや寝かしてよ。まだ眠いし……」
「真くん、今何時だと思う? 朝ご飯の時間なのよ」
「ほんとっ? 真依ちゃんが言うなら起きないとダメかー……まだ眠いけど」
「あっ!? なんで真依は良くて私じゃダメなんだよ! 起こしたの私だろ! 褒めろよ私を!」
「だって真希ちゃん雑。もっと起こし方あるでしょ」
「そうよ真希。だから言ったじゃない私。普通に起こしてあげようって」
「おい、お前だって笑ってたの知ってるからな真依。ほらいくぞ。母さんが朝ごはんの準備してくれてるから」
先ほどまで俺が寝ていた敷布団の端を放った真希ちゃん。口元に手を当てるくったくない笑顔の真依ちゃん。ぐてっと手足を投げ出し壁に背中を預けながらそれを見る俺。こんな細やかな幸せが今生の世で味わえるとは思っていなかった。目覚めは最悪だったが今日はとても良い日だ。
「ほら起きて真くん。朝ごはん一緒に食べよ」
「さっさといくぞ真」
俺の手を取る可愛くて優しい二人の姉に導かれて俺は部屋を出て、暖かい朝日が差し込んでくる縁側を歩く。鼻に届く美味しそうな匂い。その匂いに俺のお腹が鳴る。お腹の音を二人に笑われたがそれさえも今は幸せに感じた。
幸せだ。
「お母さん。真くん起きたよ!」
「だから起こしたの私だっての……」
襖を開ける真依ちゃん。まだ文句を垂れてる真希ちゃん。6畳ほどの部屋に俺たちが入ると和室の中心にちゃぶ台があり食事の用意がすでにされていた。
「真。早く座りなさい。真希も真依もありがとうね呼んできてくれて。それじゃ一緒に食べましょう」
幸せだ。
暖かな朝ご飯。母親の温かな愛情。双子の姉たちの嬉しそうな笑顔。茶碗から上がる白米の湯気。みんなで手を合わせ笑顔でいただきますと言うささやかな光景。
幸せな夢だ。そして俺がいつも見たい光景だった。
「タフやね君。ちいそうてすばしっこくてほんまゴキブリみたいや。やっぱ便利やな反転術式の治療って、なぁ!」
お前なんかに褒められてもちっとも嬉しくねーよドブカス野郎。10歳に満たないガキ相手に殺意も込めて殴ってくるなんて随分訓練熱心だなこの家は。獅子は兎を狩るのになんとやらと言うがお前ほど熱心じゃないと思うぞ?
罵倒の後、それなりに呪力の篭った放たれた拳を右腕を使って捌いて負けじと一歩前へと足を動かす。未熟な子供の体では圧倒的にリーチが足りない。だから前へ。こちらの攻撃を届かせるために。
「ほらほら気張りや。頑張って前でんと俺には当たらんで」
だが相手が1歩後ろに下がるだけで俺にとっての2歩3歩に相当する。それだけ俺には次の行動への遅れが生じて、相手には余裕が生まれてしまう。子供の体躯が恨めしい。一切容赦なく振り下ろされる拳。鋭く下から抉るように放たれる蹴り。全て呪力が込められた殺意の一撃を、俺は呪力を腕に纏わせて捌き時に防御して致命打を受けないように凌いでいく。
「ほんまいくら呪力があっても術式がなけりゃ何の役にも立たへん。精々が肉壁がええ所やろ。俺みたいに強いやつの役になって。なぁ?君のこと言ってんねんで。自覚あるん?」
拳を捌いていた次の瞬間、体が硬直し鳩尾と顔面に衝撃が走る。防御が遅れた。腹の奥からはじける熱と一緒に喉元まで迫り上がったそれを無理矢理飲み込んで体に纏う呪力の量を上げ、同時に頭の中で呪力を練り合わせマイナスをプラスに変えていく。
「ほんまに壁やな。ならもっと強めにいくで」
俺の傷が治ると共に男の姿が掻き消える。木張の床を蹴りつける四方八方から乾いた音。視界に映るドブカスの姿が次第に見えなくなって軌跡となる。もはや姿が見えない。すごいなゴキブリみたいに俊敏だ。
この速さと接触相手への硬直が俺が今、無理矢理訓練させられているドブカスの術式。現当主も同じ術式と耳にした。現当主と同じ術式で直系の血筋、次期当主候補筆頭という恵まれた男。名前なんだっけ?
側頭部に走る衝撃が俺の体を訓練場から開けられた襖から外へ。庭の池へと跳ね飛ばした。
今度は呪力の防御が効いた。吹っ飛ばされたがダメージは無い。呪力しか能がないと、馬鹿にされるがその揶揄されてきた呪力の総量が子供の体を大人の攻撃からも守れる武器となってくれる。池の中で腕を動かし底から水面へと泳いで戻る。
しかし、池から水面へと顔を出した俺が見たのは訓練場からさっさと出ていく背中だ。人のことをさんざん蹴ったり殴ったりしたくせに俺が呪力を大量に纏い始めたら毎度コレだ。接触した相手の停止、目に負えないほどの加速とそれを制御し高速戦闘できる体と頭脳。
それでも奴は俺の防御は絶対に抜けない。それは何度も何度もこうやってサンドバックにされた経験で身をもって知っている。一度死んだっていうのが功を奏したのか、それとも術式である悪魔神バロム様様といったお陰なのか。
池から這い上がりびしょびしょの水を吸った服の生地に嫌気が差してくる。肌に張り付く不快感もそうだが落ちこぼれや腫れ物扱いの俺に配られる服なんて散々使い倒されたお下がりだけ。すそのほつれが目立ってきた。びしょ濡れのお古という現実に更に嫌気が差す。
この家は、糞だ。
砂利の上を水浸しのまま歩いていく。今日はもう何かをする予定は無いはずだ。今は無性に真希ちゃんや真依ちゃん似合いたい気分だ。あの男に会って殴られると特に術式を順転で使いたい衝動に駆られる。だからあの男が俺は嫌いだし会いたくない。とは言え一番使いたくなるのは禪院扇だ。
この家に人間としての価値が無い者には部屋なんて上等なものはない。あるのは狭く古い物置として元々使われていた場所。どれだけ掃除してもろくな掃除用具も与えられない俺と二人の姉たちではカビ臭さは消し切れない。それでもここしか居場所はない。
「真くん、大丈夫……?」
真依ちゃんの不安そうな声。
「大丈夫、いつも通り。治せるし真依ちゃん心配しないで」
今日は雑用が早く終わったのか部屋には真依ちゃんがいた。俺がいる手前、元気に振る舞おうとしているが疲れを隠し切れてない。畳から立ち上がるときに躓いてしまったからだ。真依ちゃんが倒れる前に素早く動いて体を使って受け止め呪力を掛け合わせ正の呪力を生み出し真依ちゃんの身体へ流し込む。
正の呪力による治療。彼女の体に大きな外傷は見当たらなかったがないとは言い切れない。服の下にアザなどがあれば俺には見ることができないのだから。
「真依ちゃん正座で足痺れた?すぐに立ち上がったらコケるに決まってるよ」
「違うわよっ! ちょっと、つまづいただけなんだから……真希ならまだしも私はそんなドジしないわ」
唇を尖らせプイッと顔を逸らされた。いじけたような言いようだがこういうのは大抵照れ隠し。ほっぺも赤いしうちの姉は天使か。天使だった。この糞だらけの家での生きていけるのは真依ちゃんと真希ちゃんのおかげだな。
そっと真依ちゃんを押して体を押し戻したが俺の右手を握られた。そしてグイッと真依ちゃんは自分の目の前に持っていきじっと見つめた。
「小指、切れてる」
指摘されて右手の小指を見てみると確かに小さな切り傷があった。切り傷と言っても大したものではない。皮一枚切れて血が滲む程度の傷。意識すれば痛みがあるその程度の傷。
「あぁ、治しそびれたのかな。どうせすぐ治る」
「えっと、ちょっと待って! ……ほら出来た!」
そう言って得意げに見せてきた真依ちゃんの右手には真新しい絆創膏が一つあった。新品、俺や姉達には一切手に入れることの出来ないモノ。それをくれる姉。自分ももらったことが無いのにそれを他者にあげれる善良さに涙が出てくるぜ。
特にドブカスにサンドバックにされた後だとホントに沁みる。躯倶留隊の奴らも訓練と称して思いっきりやってくるし治療となるや何十人とさせられる。なんで嫌いなヤツら治療しなきゃいけないのか怠い。怪我すんなよ。
「ありがとう真依ちゃん」
右手の小指に巻かれる真新しい絆創膏。それがとても暖かい。
「……」
「す、すいません! すぐに退きます!!」
廊下の曲がり角から現れた父親に娘が恐怖に顔を引き攣らせている。父親が実の娘に声をかけることなく無言の圧と視線で邪魔だと、視界に入れるのも煩わしいと言わんばかりの態度。真依ちゃんは怯えている。身を縮こませてどうか嵐が過ぎ去るように何度も何度も頭を下げて廊下の隅に。
しかし、その光景を見て頭に血が昇ってしまった。我を忘れてしまった。使ってはいけないと戒めたのに。愛しい家族と同じ場所に居たいから。
天道 純潔 白き鳳凰 術式反転「▫️▫️▫️」
でももう駄目だ。ここはもういらない。
俺の影からずるりと這い出てきた光輝の式神。口から出てきた式神の名前は自分自身でも認識できない。俺が転生したからなのかこの世界にとって異物な為か。まぁどうでもいいか。大事な事は出てきた二柱の式神は俺の意を汲んでくれる事。
聖霊王の拳が禪院扇を横から殴りつけて吹っ飛ばす。まだ殺さない。そのために正のエネルギーを込めて殴らせた。致命傷だろうが完璧に治療してやるぜ。
「真依ちゃん大丈夫!? 痛い所ない!?」
真依ちゃんには一切傷つけないようにと厳命していたけど初めて使った術式と式神。廊下の隅で縮こまっていた彼女にすぐに近寄って触って確かめる。触ってみて特に怪我はなかった。よかった。本当に良かった。
地響きと振動、破壊の重低音と甲高い鐘の音が耳に届くもどうでもいい。真依ちゃんの体にギュッとしがみついた。
「真くん。どうしたの、痛いよ」
「痛いの!? どこか怪我した?!」
「してない。真くんの力が強かったの!」
痛い、と真依ちゃんの口から出たから心臓がキュッとした。でも困惑した顔で力が強いと言われ抱きしめた時に思った以上に力が込められていたみたいだ。反省しないといけない。
「……あの人は?」
「あー、うん。大丈夫大丈夫。真依ちゃんは気にしなくていいよ」
生かしてあるから。離れてても聖霊王から伝わってくる。死んでもその瞬間に正のエネルギー流し込んで五体満足に蘇生してやればバッチリ生き返る。どいつもこいつも抵抗しようが聖霊王から放たれる光は俺以外の呪力の放出を許さない。呪術師としてご大層な術式も発動できなければ無いも同然。いくら肉体は強化できてもそれ以上の暴力で捩じ伏せれば問題なし。家を出たっていうあの人なら問題なく俺をぶっ殺せると思うけど残念な事にここには居ない。
「真依ちゃん。ここで待ってて。ね?」
「ま、真くん?」
外で生きるにはお金が必要だからね。ちょっと養育費貰ってくる。
「▫️▫️▫️。一旦止めていいよ」
地面に地割れをいくつも刻み込んでいた拳が俺の静止によって止まる。ちゃんと言うこと聞いてくれる。ていうかデッカ。首が痛くなるな。
成人男性を握り潰せるほど大きな拳。地面に埋まっていた禪院扇の足を指で摘んで俺の眼前に運んでくれる聖霊王。
「ちゃあんと生きてるだろ禪院扇。じゃ、喋れるよな? ここ、出て行く前にお前から養育費貰って行こうかと―何やってんのお前?」
俺の首に突き立つ刀。刃も拳も震えてどれだけ力を籠めてるのか知らないけどいつも以上に呪力でガードしてる俺には半端な攻撃は通じない。口元を黒い布で覆ってるし服装も同じ。髪も丸刈りで区別が付かない。ホント誰だよ今話してるだろ。人の話はキチンと聞きましょうって親から教わらなかったか? あ、親が禪院のカスなら教わらんか。俺も父親が屈指のカスだからわかるよ。でも今邪魔だからさ。
地面揺るがす轟音。聖霊王の拳が知らない誰かを地面に埋める。
「ぁ……ッ!」
「俺と真希ちゃん、真依ちゃん。まぁ、お母さん。4人合わせて1億くらい? 良心的だろ? ここ、金持ってるしこれくらい余裕でしょ。」
「き、貴様! 言わせておけば親に向k」
「払うだろ? 今後一切禪院家は接触も禁止。」
「キサm」
「払うだろ? ちゃんとした戸籍も用意しといて。もちろん禪院家は今後接触も禁止。お前らみたいな肥溜めが関わってくると近所で噂されるからさ。近所付き合いって大事だよね」
「ふざけるのもt」
「それと一番大事なのは真希ちゃん真依ちゃんに今までのこと全部ひっくるめてごめんなさいしよっか? 悪いことしたらごめんなさい、常識だぜ? 子供でも知ってるしできるんだ。大人のあんたも出来る。ほら頑張れ頑張れ」
「黙れ! なぜ私が出来損ないの子供に謝罪せねばならんのだ! 子が親の足を引っ張るなどあってはならぬ! 一般人程度の呪力と多少頑丈な体! 使い勝手の悪い術式と無いも同然の呪力! そのような落伍者、しかも女などなんの役にも立たぬ! むしろ生きてあるだけ感謝すべきであろうが!? 貴様もそのように術式があるなら私の役に立たぬか!」
土で薄く汚れた醜い顔。ボロ切れのような立派な服。息を荒げて喚く父親。醜いな。
ま、呪術を尊ぶこの家で二人の姉が生きてこれたのは確かに感謝すべきなのかもしれない。
「そこは感謝するよ禪院扇。ありがとう。俺の大好きで大事な二人の姉を生かしてくれて」
「なら―!!」
「だからこの家。ぶっ壊すわ」
聖霊王が禪院扇をパッと空中に放って落ちてくるモノに拳を振りかぶる。
激突。乾いた音が炸裂する。屋敷に向かって吹き飛ぶ人影はいろんな物を巻き込み破壊し消えていく。
この家が真希ちゃん真依ちゃんの存在を否定するというのなら。俺もこの家の存在を否定する。全部壊す。全部殺す
朔日 鏖殺 黒い城 術式順転「◾️◾️◾️」
真くんは女顔の細い美少年で呪力量は宿儺より2倍は多いです。
理由は『死』にどっぷり浸かったことがあるから。
その代わり肉体強度は低め。乙骨のように呪力でゴリラになるタイプ。
因みに扇の指示で去勢済み。
出来損ないの子供も子孫も必要ないからね。