オラ! 口開けろ! 舌伸ばせ! んぢゅるるるるるっっ!! 作:バター大統領
私たちが見た大通りは、もともと商店が立ち並ぶ商店街だったようだ。商人がいなくなったことでゴーストタウンと化していたが、少し進んだところにある居住区にはまだまだ人が住んでいた。
荒れ放題だった商店街の方とは打って変わって、こちらは見たところしっかり手入れされている。どうしても寂しさは拭えないが、耳をすませば聞こえてくる子供たちの笑い声が、温かさを伴って路地に響き渡っていった。
こんなになってしまったアグダーティアにも、残る人々がいる。それが、理由があって離れられないからなのか、この都市が好きだからなのか。分からない。分からないが、ラグナは終始微笑を浮かべ歩いていた。鳴り響く靴音と、夕餉の準備をしているのだろう、家々から聞こえる生活の音に耳を傾けながら。
さて、日が暮れだしている。
ぽつぽつと点在する酒場の窓から零れ出る光が、道の奥でぼんやりと漂っていた。冒険者や旅行者向けというよりかは、地元民向けのこじんまりとした酒場。今夜はこれからだぞと言わんばかりに、大人たちはその店へ足を運んでいく。それはたぶん、この都市が廃れてしまう以前から続く光景なんじゃないか、と思った。
情報収集は酒場でこそ、とはラグナの言。こういった場末に夢を見るのは相棒らしいと言えばらしいのかもな。
ともかく、今日は酒場で情報を集めよう。
そう意気込んで歩みを進めたラグナは――
「た、旅人さんっ! う、うち、いかがっすか……っ!」
「うお……おわ……ワぁ!」
――突如来襲した白髪メカクレ高身長むちむちロリに性癖を破壊されていた!!
◇
「おとーさーーん!! リリーがお客さん連れてきたーー!!」
「――なにぃ!? 客だと……ってお前、子供じゃねえか! ここ酒場だぞ!?」
どうやらこの性癖破壊爆弾ちゃんはただの客引きだったらしい。恐ろしい街だ。気を抜いたところでとんでもないえちえち美少女とエンカウントしやがる……おかげでうちの相棒はもうダメだ! まあいつも通りなんだけど。
隣に立つ少女――リリーを見る。白い髪を腰先まで伸ばしており、綺麗なルビー色の瞳が隠れるくらい前髪もまた長かった。漆黒の角と尻尾が特徴的で、これまた背が高い。あとやけにむちむちしてる。ラグナから向けられる視線に気づいたのか、リリーは身を縮こまらせて、ソレで余計にむちっとした身体が強調される。特に、その、胸のあたりが。
「ご、ごめんなさい、旅人さん……い、いっぱいいっぱいで、つい」
「あっはっは! 気にしないで、お嬢さん。僕の方こそ、君のお誘いがあまりにも魅力的だったからつい足を運んでしまったんだ!」
「え、えぇっ!?」
やけにきざったらしく、ウインクしてラグナはリリーの手を取る。こちらのほうが背が低いから、彼女の魅力的な瞳が良く見えた。恥ずかしさと驚きに満ちたリリーの表情を見て、ラグナはしてやったりと笑う。からかったつもりなのだろう。
「子供一人、いいですか!」
「ミルクしか置いてねえぞ」
「あとおとーさんが好きな紅茶ー!」
「ありゃ俺のとっておきだバカ! おいロジー! ぼさっとしてねえでとっとと片付けやがれ! お前の部屋じゃねえんだよここは!」
「あいー」
『……ここ、一応お店なんだよな? 客一人もいないんだけど』
ロジーと呼ばれた少女はリリーとは対照的に比較的小柄な女の子だった。客用の椅子を並べてそこに寝そべり、机の上には何かしらの木の実の残骸が散乱している。気だるげな表情を浮かべながらロジーが体を起こすと、ボブカットの白い髪がふわりと揺れた。黒い角に、黒い尻尾。リリーの妹さんとかなのかな。
店主らしき男性はあきれ顔で肩をすくめた後、改めてラグナの方を見る。「こんなところに子供一人が旅なんて、珍しいこともあるもんだなあ」とぼやきながら、厨房の方へと歩いていった。
「あ、ここおとーさんが日替わりのお通しを押し売りしてくる感じだからぁ。まあてきとーにくつろいでなよー」
「も、もー! おねーちゃん! せっかくのお客さんに雑な対応しないでよー!」
「おねーちゃん!?」
『おねーちゃん!?』
ハモった。おねーちゃん!? え!? こっちが妹さん!? お姉ちゃんの腰と同じ太さしてますよ妹ちゃんのふともも!!
ははーん。やっぱドラゴン娘って……ドスケベ種族だな? 相棒の心拍数の増加も感じる。ふらっと立ち寄った酒場が性癖を煮詰めた坩堝みたいな場所だったとは夢にも思わなかったろう。
「店名は『スキャット・エール』か……ふーん……」
『行きつけにしようとしてないか?』
あとそこに店名は書いてねえ。リリーちゃんのおっぱいだバカ。
ぷりぷり怒ったリリーにぽこぽこ殴られたロジーが立ち上がり、こちらに近づいてくる。比較的小柄、とは言ってもラグナよりは背は高い。
「初めましてー。お名前なんていうのー?」
「僕はラグナ! お姉ちゃんはロジーちゃんでいいのかな?」
「わっ、リリー、お姉ちゃんだってー。この子かわいー、えへへー」
『……!』
にこにことご満悦なロジーが両手でラグナの頬を挟み込む。外にいて冷えていたからか、少女の温もりがじんわりと溶け込んでいく。
少し前にラグナが話していたような気がする。「小さい頃はね、少し年上のお姉さんに構われやすいんだ。そしてそれは初恋となり、癒えない傷となるんだよ」ってしんどそうに。なるほど確かに、子供パワーは年上特攻だな。カトレアもこの輝きにやられたのだから……。
「おーねーえーちゃーんっ! お友達じゃないんだよ! しっかりおもてなししなきゃじゃん!」
「じゃあリリーがやればー? えい」
ぐい、と頬を挟まれたまま顔をリリーに向けられる。
「…………うぅ」
「相変わらずロジーちゃんとおとーさん以外だとよわよわなんだからなあ」
「そういうところも素敵だと思います」
「おー? 色男なんだぁー。こんな小さいのに気遣いを覚えるとは、将来有望かもねー?」
『素だぞこれ』
リリーは他人が苦手なのか、見つめていると徐々にゆでだこのように真っ赤になってしまう。白くきめ細やかな肌をしているから余計にそれが目立つ。眼福だね。違うや。消えろ邪悪な私。
頭から煙を出してうつむくリリーにラグナが近寄った。彼女の顔を覗き込むようにして見上げると、目が合って、ラグナは驚かさないように優しく笑ってあげる。
「よろしくね、リリーちゃん」
「……は、はいっ」
「わぁい、リリーの初めてのお友達だー!」
「お、おねーちゃんっっ!」
やっぱり綺麗な瞳だ。恥ずかしさからか涙目だが、それがキラキラして余計に美しく見えてくる。目は良く見えるが、口元は胸で隠れてしまうな。これで……妹かあ。妹かあ。
ロジーも交えてわちゃわちゃしてると、厨房の方から店主が顔を出してきた。その手には――大皿料理が!
「ちょ、おとーさん、なんで大皿料理なのさー! 一人で食べきれる量じゃないじゃんかー!」
「え、えぇ!? そうなのかぁ? 今どきの子供はこれぐらい食べるもんだとばかり……」
「そんないっぱい食べるのリリーだけだってー!」
「え? え!? た、食べない食べない、私食いしん坊じゃない、じゃないから、ラグナさん!」
なんか……あれだな。
『知らない家族にお邪魔してる気分だ……』
「突撃隣の晩ごはんか……?」
どう頑張ってもラグナ一人では処理しきれないので、リリーとロジーと一緒に頂くことに。
おいしそうなアツアツのグラタンだった。お通し……?
◇
結局ほとんどリリーに食べてもらった。
いっぱい食べる女の子いいよね……!
さて、居心地が良いから忘れかけていたが、本来の目的は情報収集だ。ラグナも食後にサービスしてもらった木の実を齧りながら、この街のこと、そしてアグダートのことを聞いていく。
”アグダートは狂した”――そう何度も言われていたものの、ここに住まう人たちの表情からは恐怖は感じない。強大な古龍が正気を失っているのにも関わらず、だ。疲弊は感じるけど、あれはどこも同じだろうしな。少なくとも、アグダートという存在が彼らにとって脅威ではないことは分かっていた。
まずそもそもとして、彼らにとって守護龍アグダートとは一体どういう存在だったのか?
その名が示す通り、守護者。土地柄で魔物の発生が他より多いこの場所を、人が穏やかに栄えることができるように、結界を張って街を守り通してきたのだと。それは遥か昔、アグダートの友人であった龍主クリストフと勇者リアとの盟約によるもの。彼ら3英雄が魔王を退けるまで、この地は支配されていたという。これはその名残だ。
人の領地が増え、魔物の発生も緩やかになっていった頃でも、アグダートによる守護は続いた。続いていた、が――ここ最近になって、結界が消えてしまったのだ。もともと膨大な魔力を消費する結界魔法だったために、その浮いた分の魔力はアグダートの身体から周囲への土地へと伝播していき、問題となっている魔物の異常行動や土地の魔力汚染へと繋がっていく。おそらくその結界が消えた瞬間こそが、シュピラーレの言う”狂した”その瞬間だったのだろう。
「――どうしてみんなはこの街に住み続けているの?」
ラグナがそう言うと、姉妹は「確かにね」と苦笑した。
住みづらい街になってしまっただろう。商人はいなくなり、外からやってくる人もほとんどいなくなって。魔力の汚染は悪化の一途を辿るばかりで、解決策も出ていない。アグダートはともかく、彼らは出て行くという選択肢が採れるのだ。
「アグダート様が好きだからー!」
「好き――アグダート様が? えっと、アグダーティアが、じゃなく?」
「うーん、この街のことも好きだけど……アグダート様がね、優しくて、それで好きなんだー」
ラグナは牛乳を口に含んで、目線だけで隣に座るロジーに続きを促す。
「今はダメになっちゃったんだけどね、少し前まではアグダート様に会えたんだよ」
ロジーの語り口調は近所の有名なおじいさんについて話しているかのようだった。
彼女は口角に指を当てて、懐かしむように続ける。
「えっとねー、リリーがこーんなに小っちゃかったときかなー……アグダート様に会う機会があってね、なっがーい階段を上っていくんだけど、リリーがぐずっちゃってさぁ。しかもアグダート様の目の前で! でもねえ、慰めようとしてくれたのか、アグダート様がリリーのために水の魔法で芸をやってくれて」
そう言ってロジーは両手の親指をくっつけて、指をはためかせた。鳥か、蝶に見える。動物をかたどった水魔法で子供をあやした、ということなのだろうか。懐かしい目をしながら語るロジーに、リリーはピンとこない様子で首をかしげていた。
「覚えてない……」
「そりゃそうだよ! 結局疲れたのかすぐに寝ちゃったんだもん! おとーさんは平謝りで、でもアグダート様は大笑いして……うわー、懐かしいなあ……! あの頃からリリーは図太かったなあ……!」
「あれこれ私の暴露話?」
どうやらアグダートとは結構気楽に会えたらしい。守護龍なんて大層な肩書があるからにわかには信じがたいが……。勝手に信仰の対象みたいなのにされてるのかと思ったけど、そうでもないのかな。
ぷんすことお怒りなリリーが机の下でロジーの足を蹴りつける。「きゃー」とかわいらしい悲鳴を上げてロジーがラグナに抱き着いてきた。距離感!
「お」
ああ急すぎて一文字しか出力できてねえや。
「ほかにも、困ったことがあったらみんなアグダート様に相談してたりしたし。ロジーちゃんだけじゃないと思うな、アグダート様が好きなのは!」
『この距離感のまま続けるのか!?』
リリーのそれとは違うロジーの身体もまた、膨らみを帯びてやわっこかった。さらさらした髪が肌に触れ、ラグナがそんな彼女を驚いた表情で見つめていると、彼女もまた見つめ返してくる。良い匂い。温かい身体。向こうはたぶん、こちらを異性として認識してないだけなのかもしれないけど……。
ラグナにとっては――ああうんダメそうね。思いもよらなかった接触により勇者の仮面、瓦解! うぅ、分かるけど、分かるけどさぁ……微かに感じる
「――だからロジーちゃん、決めたんだ! 龍姫様はアグダート様をやっつけちゃおうって考えみたいだけど、絶対にそれを阻止するって! 勇者に言ってやるのさ、これはうちらだけの問題だってね!」
「――」
「もう、おねーちゃん。またそんなこと言って……」
ロジーがすっとラグナから離れ、人肌の温かさが離れていくのと同時、ラグナもゆっくりと冷静になっていく。どうやら今抱き着いていた人物が勇者だとは気づいていないらしい。
まあ、そうだな。そうだよな。話に聞く限りじゃ、アグダートは好々爺として親しまれている。狂したとはいえ、自分たちに危害を加えたわけでもないのだから、いきなり外の人間が討伐しようってなったら、反感もある。無論、シュピラーレもそのあたりを考慮しての判断だったのだろうけど。やっぱり――アグダートを殺して万事が丸く解決、とはいかなさそうだ。
ラグナは変わらず微笑む。納得、そんな感情を抱いていた。
「また戻ってきてほしいんだもん。この街はもっともっと笑顔で溢れてたんだもん。アグダート様がいないんじゃ、それは、戻ってきたとは言えないよ」
「……」
「昔みたいに、おとーさんが街のみんなを集めて、いっぱい人が集まるお祭りをやって。ロジーちゃんも、衣装作りとか手伝ってさ、アグダート様に褒められたりして」
祭り。その単語にラグナは首を傾げた。
「あれっ、知らない? ほら、『臆病者クリストフ』でもあるじゃん、”魔王を倒し三日三晩、民草と英雄は踊り狂う、花火を打ち上げ屋台を出して”って」
「この辺りの人じゃないと知らないんじゃないかなあ」
「うっそ、結構おっきなお祭りで、前までは毎年やってたんだよ! 知……らないねー、この反応は」
”聖龍祭”――と言うそうな。魔王退治の功績をたたえ、近頃まで続いていた伝統あるお祭り。昔話になぞらえて、焼きそばだったり、りんご飴だったり、わたあめだったりの屋台を出して、実際に三日続けて騒ぐらしい。
ただ、例の魔物の異常行動と大攻勢による影響により祭りは開催されなくなってしまった。この店、『スキャット・エール』も花火師だった店主が仕方なく経営している店のようで、姉妹もあまり乗り気じゃないみたいだ。
『臆病者クリストフ』とは3英雄の出会いから魔王退治までのお話を歌にした民謡とのことだった。建国者である龍主クリストフの視点で語られる、出会いと成り上がりの物語。歴史の生き証人が実際にいるわけだから、まあ実話なんだろう。
「そだ。折角だからさー、聞かせてあげなよ、リリー?」
「え、えぇっ!? それは、
「ぶーぶー、夢は吟遊詩人だって言ってたくせにぃ、お客さん一人相手でそんな状態じゃ、なれるもんにもなれないよー?」
是非とも聞きたい! というラグナの目の輝きに当てられるも、リリーの表情は渋いままだ。
そこで、何かを閃いたようなロジーがラグナの耳元に口を寄せる。こしょこしょ、「こうすればリリーは言うこと聞いてくれるよ」、と。相棒は耳が弱いので死んだ。
「お姉さん……お姉さん……よし」
『こいつ、毒を以て毒を……』
どうにか致命傷で済んだ相棒は、咳ばらいを一つ。隣に座るロジーは意地悪な笑みを浮かべ、対してリリーは良く分かっておらず目をぱちくりさせていた。
「――お歌、聞かせてほしいな、リリーお姉ちゃんっ!」
「――――――」
「んふっ」
悪ガキ二名はご満悦で、リリーは完全停止。リリーの目は見開かれたままで、ふわりと前髪が揺れると、綺麗なルビー色が顔を覗かせる。
その視線は真っすぐとラグナに――? あれ、ちょっと、なんだ? こんな真っすぐ見てくるような子だったか? 見つめるというか、射抜くレベルで……怒らせた?
と、思ったら、リリーは頬を膨らませ、
「おーねーえーちゃーんっっ!!」
「うわ、うわわっ、ご、ごめんよぅ、久しぶりに妹の歌声が聞きたかっただけなんですぅ、あう、叩かないでぇ!」
「ん、……んー……はぁ。そうならそうって、ちゃんと言ってよ」
「あい、反省します」
ラグナも「ごめんなさい」と謝る。それを受けてリリーは手を振って怒ってないと笑ってくれた。やっぱ気のせいだったのかもね。
「笑わないで、ね……?」
リリーは椅子に腰かける。それから、長いスカートの裾を掴んで少し上げ、靴音を何回か鳴らした。
「もちろん!」
「わーい、リリーのお歌だー! おとーさーん!!」
「ギャラリーが増えてくぅ……」
見ると店主はすでにスタンバっていた。手には紅茶。それとっておきのやつじゃない? 表情はどこか誇らしげだ!
観念したリリーは一度大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。意を決したように顔を上げたリリーは、ラグナの方を見つめ、かかとを大きく鳴らす。そして、恥ずかしがりながらも、『臆病者クリストフ』を歌い出した。
昔話。
覚えているのはアグダートくらいの、大昔のお話。
村一番の臆病者であったクリストフ。彼の村は魔物に襲われ、絶体絶命の危機の中、クリストフは祈りを捧げて踊り続けていた。
声を持たない彼のために、とある巫女が教えたこと。祈りて足を踊らせよ。さすれば勇ある者がやってくる。彼の祈りは天に届き、勇者リアが現れた。そこから始まる昔々の英雄譚。
リリーの声は良く響く。恥じらいはあるだろうに、誤魔化すような歌い方はせず、美しい旋律を紡いでいく。
彼女の靴音も心地よく、節々に挟まるスキャットもかわいらしいものだった。ラグナもロジーも無意識のうちに身体でリズムを取ってしまう。
クリストフは不思議な男だった。臆病で、喋れず、それでも勇者リアの一番のお気に入りだった。
彼女が不安に苛まれ悲しむとき、彼は踊ったという。リアはそれを見て、へたくそな口笛と、リズム感の無い手拍子で彼を盛り上げる。
アグダートとの出会いはその後だ。
ドラゴンの裏切り者として排斥された彼。孤独のうちに生きていた彼に手を差し伸べたのがクリストフ。
震えていたアグダートの笑顔を取り戻すため、三日三晩踊り明かしたのだとか。最後にはアグダートも踊りだし、地面がひび割れたところをリアに咎められた。
そして、冒険の後、クリストフは魔王に囚われることになる。
臆病者のクリストフに魔王は言う。踊り狂って死ぬがいい、と。クリストフは気丈に答える。貴様に私は殺せない。この臆病な心でさえ、震えさせることができない、貴様のような存在には!
太陽を覆う大きな翼。暗闇を切り裂く聖剣の輝き。臆病者のために、親友たちは集い、悪しき魔王をこの土地から追い出すことに成功する。
魔王退治の暁に、人々は踊った。
屋台を出して、花火を打ち上げて、彼の3英雄の偉業が永劫語り継がれますようにと祈りを捧げて。
三日三晩。最後の夜に打ちあがる一番大きな花火。その散りざまを見て、英雄たちはこの地の、この国の名前を決する。ここが、『クリスタルフォール』であると。
綺麗な歌声だった。歌いきったリリーは熱い息を吐く。満足げだ。感想を求められたラグナは、「綺麗な歌声だった」と私と同じようなことを言っていた。
この歌。『臆病者クリストフ』はアグダートのお気に入りであると、ロジーは教えてくれた。「情けない男だった。戦いを嫌い、血を見るのが嫌で、だから死に物狂いで人類を統一した。最初にして最高の王だった」――と、アグダートは語ったのだと。
ふと、寂しい気持ちになる。狂してしまったアグダートは、それを覚えているのだろうか。かつての友を、戦友を、今でも思い出すことができるのだろうか?
「今日はありがとうございました。また来ますね! リリーちゃん、ロジーちゃんも、またね」
リリーがお会計してくれたので、お金を渡す。姉妹に見送られながら、ラグナは店を出て行った。
◇
外はすでに真っ暗だった。運よく満月が出ていたので、帰り道は月明かりだけでなんとかなりそうではある。
路地の向こうから響いてくる笑い声は、別の酒場から。ラグナはそちらの方をちらと見てから、背を向け帰路に就く。
「おっきい妹とちっちゃい姉たまんねえな……」
『第一声がそれか?』
平常運転だなあこいつ。
石畳を踏みしめ歩くラグナ。どうしようもないくらいのムラムラが流れ込んでくる。これは……今夜も、かなぁ。うーん、うーーーーーーん、認めたくないなあ、ちょっと楽しみにしちゃってるの。うおぅ、お前のせいなんだからなあ!
ナチュラルに、ナチュラルに「あの子たちともキスしたいなあ」っていう私がいるんだから! 普通に最低で引くぞ私! しかも相棒の性癖のせいで、どちらかというと年端のいかない少女たちに責められたい欲求もある! どうすればいいんだ、これは!!
「こうなればいい、って結末は見える。だけどどうすればいいかはまだ分からない。明日はシュピラーレ様のところに――いや、なんなら直接アグダート様に会いに行くべきかな」
『……んー、まあ、こうなると正直”狂した”っていうのがどういうものかによって行動が変わるからなあ。そもそもなぜシュピラーレが討伐の選択をしたのかも気になるし』
相棒がちょっと冷静になってくれたおかげで頭が冷えた。
人と魔物の区別がついてない、と言われて、このアグダーティアの住民に危害を加えたのかと言われればそうでもないみたいだし。もちろん、地位のあるシュピラーレだからこそ気付いたアグダートの危険性があるのかもしれない。
殺すか、生かすか。重い選択だ。ラグナはよく背負えるなと思う。これが――キスだなんだと騒いでいるうちに事を進めているってんだから、相棒は面白くて仕方ないんだ。
「――!」
「ん?」
『誰だ?』
そうしてしばらく歩いていると、背後から声が聞こえてきた。
聞き覚えのある声。暗闇の中から、月明かりに照らされて何かが輝いた。あれは――おっぱいだ! 乳が迫っている! と思ったらリリーだった。ごめんね。
「リリーちゃん!」
「はぁっ、はぁっ、ご、ごめん、なさ、っ、はぁ、らぐ、な、しゃ」
「どうどう」
汗をだらだらと流しながらえづくリリーを落ち着かせる。そんな距離歩いてないと思うんだが……?
どうにか息を整えたリリーが何かを差し出してくる。その手には硬貨が一枚握られていた。
「あ、あの、さっき、会計で余分に頂いちゃって……」
「おっと、そうだったんだ。ごめんね、僕も気づけなかったや――って、ん? あれ、金貨?」
黄金に輝く、ドラゴンのレリーフの彫られた硬貨。ラグナはそれを受け取って訝しむ。金貨と銀貨、銅貨は分かりやすいように分けて保管しており、先の支払いは銀貨1枚と銅貨数枚程度だったので、金貨が紛れることなんてあり得ないはずなんだが……?
何かの間違いだろうか? 金貨の入った巾着袋を開けて中を確認してみたが、どうにもこちらのものではなさそうだ。リリーに金貨を返そうとして、ラグナは彼女の瞳を見つめた。
「――――――」
見た。彼女の瞳を。紅い紅い、綺麗な瞳を。輝きを無くした、どこか見覚えのある、捕食者のような目を。
ラグナは思わず硬直し、リリーはこちらの肩に手を置いてきた。なんだ、なんだ――疑問に思う暇もなく、ゆっくりと壁際まで追い詰められ、背が壁にぶつかった。
「あげる」
「え?」
「金貨、あげるから。また、”リリーお姉ちゃん”って言って、ラグナさん」
様子がおかしい。真っすぐ向けられる視線には、歪み切った劣情が見て取れた。
さっきまでこの子おどおどしてた心優しい女の子だったよな? なんっ、ちょ、肩痛いんだが! い、言えってことですか!? 拒否権は無いタイプ!?
「り、リリー……お姉ちゃん……?」
「あはっ♡ なんだろう、なんだろう、すごくドキドキするっ♡ ね、ねっ、もう一枚あげるから、もっと言って♡」
『この女やべーぞ!!』
ラグナはもう一枚金貨を押し付けられる。突っ返そうとしてもリリーは決して受け取ろうとしない。こいつやり口が汚すぎねえか!?
リリーの力が強いので変に逃げ出すことも出来ず、ラグナはお姉ちゃんと連呼する。その度にリリーの瞳に妖しい光が灯り、頬には朱が差していく。細められた目は、ラグナを絶対に逃さない。
「わ、私ねっ♡ お友達が欲しかったのっ♡ うれしい、うれしいっ♡ 初めてのお友達が、こんな小っちゃくて、かわいくて、男の子のお友達なんて……♡」
「り、リリーお姉ちゃ、んっ!?」
リリーの右手がラグナの口の中に入ってくる。頬の内側、舌、舌の裏を、冷たくて細い指に蹂躙されていく。
優しく、好き勝手に。ぐちゃぐちゃ、と唾液と指がこすれる音が路地に響く。
「うっわぁ♡ ラグナさんのなか、あったかくて、ぐっちゃぐっちゃ♡」
「お、ねぇひゃ、ん、まっへ、あ、あ、うっ、おね、はいっ……!」
「こんなにしても、お姉ちゃんって呼んでくれるんだ♡ いいの? いいの、ラグナさん? ……いいんだ♡」
豊満な身体を使って、壁際から逃れられなくしてくる。両手を使って、ラグナの歯を指でなぞり、舌を引っ張り上げたりして、それで苦しみにあえぐ姿を、彼女は心底楽しそうに笑って見ていた。
口の中から指を引き抜くと、つつ、と橋が架かる。リリーはそれをためらいもなく自分の口に含み、その笑みをさらに深めていく。
「ん、ん、ぢゅっ♡ は、ん、んーっ♡ ……ふふっ、これがラグナさんの味なんだぁ♡」
「お、お姉ちゃん……な、なんで、急に、こんなこと」
「……ラグナさんが悪いんだよ? あんな、おねーちゃんも見てる所で、私のこと、挑発しちゃってさ……♡」
記憶にありません! 単純にあなたがぶっ壊れているだけかと思われます!
「お姉ちゃんって言われた瞬間に、私、なにか……壊れちゃって♡」
訂正! 壊したのは相棒でございます!
……ラグナは顔が良い。声もいい。性格も――見かけはいい。それでいてえっちなことに興味津々で、相手方の女の子は意外とそういうところに気づいてしまうのかもしれない。まあ、要は、相棒も相棒で劇薬なんだなってことかな。悦んでるんじゃないよ、バカ!
「ね? 私の味も、ちゃんと覚えてって?」
「んっ!」
先ほどまで舐めつくされていたリリーの指が、再びラグナの口に差しこまれた。ラグナの味と、そうでない、女の子の味。挑発するように口腔を弄る指に、つい反応して舌が伸びる。月光を背に、影が差すリリーの表情は、言外に「吸え」と言っていた。
それに応えるようにして、ラグナは彼女の指を吸い始める。ちゅうちゅう、と。赤ん坊が母乳を吸い出すように、必死に吸い付く。唾液の味も無くなり、リリーの指の味だけが舌の上に広がっても行為が止むことはない。彼女が満足するまで、これは終わらないと他でもないラグナが知っていたから。
「かわいい、かわいい、ホンットにかわいいっっ♡」
これは、自業自得に入るのか?
いや、その、あれかな。遅かれ早かれ、こうなってた気がする。きっかけを与えたのが相棒だったとしても、もともと才能が無ければここまでえっちにはなれないよ。おかしいよ、どこから金を騙して押し付けて逃がさないようにしてから要求するなんて手法を身に着けてくるの? 君やってた? 手慣れてない?
まあ、ともかく。ラグナも、私も、おっきくてちっちゃな、性癖破壊爆弾の餌食になるのだった。もちろん、クリティカルヒットで。
◇
地べたに座り込み、相棒は月を見上げていた。
口の周りはてかてかだ。拭う気も起きないくらい、リリーにはめちゃくちゃにされてしまった。
「あのえっちな感情に慣れてないのに、勢いだけで止まらなくなっちゃうみたいな感じが、すごくたまらないんだ」
『無敵か』
ああいうのが暴走すると本当に手が付けられなくなるんだぞ、と。
相棒はそれすらも望んでそうだ。……キスは無かった。ただ口を指で弄ばれただけ。なんか、こういうのも、悪くないなって気はする。相手は子供で、こっちは勇者で、だのにいいように扱われちゃう、屈辱感とそれに伴う背徳感、みたいなのが……。
しかし、何よりも。何よりも衝撃的だったのは、彼女との別れ際での会話で得た情報だ。
――リリーちゃんって、今、いくつなの?
――11!
年下だった。全然年下だった。いやまあ1歳だけだけど。11歳であの恵体はやべーでしょ。11歳の性癖を壊したことの方がやばいんじゃないかって? そうだね。
――へえ、ラグナさんの方がお兄ちゃんだったんだ!
――う、うん。だから、お姉ちゃんっていうよりかは、リリーちゃんは妹――
――お姉ちゃんって言って。
――え。
――言って。
――も、もう金貨は十分かな! 分かった、分かったよ、お姉ちゃん!
――あはは、ありがとね、お兄ちゃん! また
相手もそれなりにやばいからノーカンかな。うん、そう考えよう。今どきの女の子の基準があれだとはマジで思いたくないから。
……相棒は相棒で「この世界サイコー!」とか叫んでたから、たぶんそうであるほうがユートピアなんだろうけど。私の性癖がね……。
「11……11かあ。ああ、なんか、すごいなあ……こう、すっごいなあ……!」
『語彙力より性癖の方が豊富な人?』
しばらく『11』という数字によからぬ感情を抱いてしまいそうだ。
舌先にリリーの名残を感じながら、私たちはどうにか歩いて、宿屋へと向かっていくのだった。