「トレーナーってさ、どんな子がタイプなの?」
そう聞くと彼は少しの時間腕を組み唸った後、こう口にした。
「愛が重すぎる子は嫌かな」
私のこれからを決めるには十分な一言だった。
トレーナーには感謝している。
選抜レースで選ばれることなくあまりものとして燻っていた私を救い上げてくれた人だから。
トレーニングは大変だけど、おかげでちょくちょくレースでも勝てる様になった。
もうちょっとで重賞にも手が届く…かもしれない。
きっと誰しもが夢見るような大きな舞台には立てずとも、
その舞台を夢見て道半ばで折れてしまった同期達に比べればかなり恵まれているんだと思う。
そして私も年頃の乙女で。相手は自分の道を照らしてくれた恩人な訳で。
気づけば信頼や尊敬の気持ちは、それだけじゃなくなってしまった。
そして今日、絞り出した勇気の回答がこれだ。何か…過去にでもあったのかな。
確か担当は私で3人目だって言ってたっけ。そんなことを考えて悶々としていると、
トレーナーはそんな私を見て苦笑していた。
「過去に何があったのか気になるって顔してるよ。」
まずい。顔に出ていた。私が何とか弁明しようと策を練っていると、
ちょっと表情を陰らせてから、トレーナーは5年前のことを教えてくれた。
まあ、結論からすればよくある話だった。
トレーナーに好意を抱いた担当ウマ娘が余りある愛を持て余し、
自分だけのものにするべく監禁した。監禁で済むならまだ軽い方だし、
割と数年に1度くらいの頻度で起きる。
最も、完璧な情報統制のおかげで、外に漏れることは無いんだとか。
まあ普通に逮捕だし、レース資格も剥奪されるし退学なのだが。
それでも過ちを犯したウマ娘がその後社会で一般の人と同じようには暮らせるための配慮らしい。
トレーナーが採用時にそういう契約書に同意しているのも大きいのだと。
クラスメイトと多少交友関係がある程度の私でもこれだけわかるのだから、
如何にこの話が知れ渡っているかが分かる。
だがまさか自分のトレーナーが当事者とは。
トレーナーは後悔していると言う。
自分がいたから彼女のレースの道を閉ざしてしまったと。
彼女を犯罪者にしてしまったと。その顔はひどく悲しそうで、
恋愛感情を抱いた胸に罪悪感を覚えた。
そしてこれからはこの気持ちを閉じ込めることにした。いつか解き放てる時が来ると願って。
それから季節が1巡した。私はG2のレースで3番人気くらいなら貰えるほどに成長した。
G1にはまだ手が届かないけど、G2なら時々勝てるようになった。
恋心の方はといえば、今のところは問題ない。
元々暗い性格ではなかったが、あの日を境に積極的に『活発で快活な少女』を演じることにした。
まるで恋など知らぬような、純粋無垢で太陽のような子を。おかげで後輩にも懐かれている。
同じチームの子だ。自分で言うのはこそばゆいが、私が寒門の出ながら、
なかなかの戦績を誇っているのでちょくちょくトレーナーを逆スカウトしてくる子が出てきたのだ。
だったらチームを作らないか、と上からお達しがあったようで、
組んでも良いかとトレーナーから持ちかけられたが、
正直なところ嫌だった。でも今は『活発で快活な少女』だ。
あなたを取られるのが怖いからチームを作りたく無いです、なんて言える訳なかった。
断れなかった。こうしてチームが作れるくらいの後輩ができた。初めては煙たかったものの、
懐いてくれれば悪い気はしない。
そんなある日、トレーニング前に後輩の1人がこんなことを聞いてきた。
「先輩、今やトレーナーさんの歴代ウマ娘の中でも一番の成績なんじゃないですか?」
そうかな、とそっけなく返す。考えたこともなかった。
でも、あの人の1番になれるものがあるのは、悪い気はしない。あとで聞きに行ってみようかな。
そんなことを考えなが靴紐を結ぶ。
切れかけてるからトレーナーさんにスペアの紐をもらいに行かなきゃ。
「失礼します」
いつも通り、返事を待たずにトレーナー室に入る。
赤い夕陽に照らされた椅子に座ったトレーナーがお疲れ様を言ってくれた。
靴紐が切れかけた旨を伝えると、明日の朝には用意しておくよ、と快く返してくれた。
そして暫し雑談に入る。楽しい。ずっとこうしていたい。
恋心は隠していても消えた訳では無いことを実感する。
その勢いのまま後輩に聞かれたことも聞いてみた。
ただ、期待した答えは返って来なかった。
「あの子がレースを続けていたら、君に並んでたかもね」
そう話すトレーナーは私が初めて見る顔をしていて。
その瞬間だけは私なんて目に入っていないかの様で。
そんな顔を見た瞬間、何かが心の中で感覚がした。
私を見てくれないの?そんな言葉が喉を越すのを必死に押し留める。
心臓の音が大きくてトレーナーの声が聞き取れない。ここにいたらまずい。
意識が朦朧とする。気づけばトレーナー室の外に立っていた。
私は『活発で快活な少女』を演じ続けて退出出来ただろうか。
積み上げてきたモノが崩れているかもしれない恐怖。
自分を制御できない不安感。
黒い感情に押されて学校を飛び出した。
息をするのも忘れて走り続ける。外は雨が降り出していた。
私は隠し通してきたのに。
あなたは何故。
ずるい。
ずるい。
見た事もない「1人目」に心の中で罵倒を浴びせる。
雨が強くなる。
自分が泣いているかも分からないまま走り続ける。きっと酷い顔だ。
不意に靴紐が切れた。バランスを崩しその場に転がる。
痛い。
ずぶ濡れの私はきっと、もう『活発で快活な少女』では無くなっていた。
走れミラ子から見にきてくれた方がいたら高低差で高山病発症するような内容になってしまいました。
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