死にたがりの讃歌   作:椿芽

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ここすきありがとうこざいます!考え抜いたセリフだったので嬉しいです。


第19話 世界はもうすぐ夢を見る(それぞれの昔話と双子がやってくる話)

「ねえ、維新(ウァイサン)。 ……私にも、もらえる?」

 

 体が冷えるからとベッドに入るように勧める(チャン)に生返事をして、窓際からロアナプラの遠景に視線を投げていたエレンが、ようやく振り返って言った言葉がそれだった。

 

 予想もしなかったエレンの要望に、ベッドの上で張は手の中のグラスと彼女を交互に見つめた。

 

「めずらしいな。……ウイスキーでいいのか?」

「ええ」

 

 張に手渡されたグラスの中身を一気に流し込んだエレンは、ため息のように大きく息をついた。彼女の意外な行動に、張は目を丸くする。

 

「おい、エレン──」

 

 怪訝そうな張に構う様子もなく、エレンはベッドにもぐり込み、張の隣にぴったりと寄り添うと、そのまま身体を丸めるようにしてうずくまった。

 

 不思議に思いながらも、張はエレンの体を抱き寄せる。すべらかな肩はひんやりと冷たい。

 

「冷たいな。 そら見ろ、言わんこっちゃない」

 

 呆れたようにそう言いながら、張は彼女の冷たくなった肌を手のひらで撫でた。

 

「 ──維新」

「ん?」

「──昔話を、してもいいかしら」

 

 

 ***

 

 ──昔、あるところに、女の子がいました。 女の子は優しい母と頼もしい父と三人で、幸せに暮らしていました。

 けれど、ある時、彼女の母が、そして父が、何者かに殺されてしまいます。

 突然両親を奪われた女の子は、 一人ぼっちになってしまいました。父が死の間際に残した銃だけを抱きしめて、女の子は独りで、両親と過ごした家を、育った街を後にしました。

 

 両親を殺した奴が自分を殺しに来るかもしれない。恐ろしくて、女の子は当てもなくただ遠くへ、遠くへと逃げようとしました。

 ──いったい何日、何週間、歩き続けたのか。 気が付けば知らない街をさまよっていました。

 

 ──雪の降る日、歩き疲れた女の子は力尽きて、道端に倒れてしまいます。

 そこに、ある女性が現れて家に招き入れ、彼女を救ってくれたのです。

 

 女性はマティルデといい、大きな家に独りで住んでいました。女の子はマティルデを祖母のように慕いました。

 

 ある時、マティルデに連れられて、車で遠く遠く離れた場所へと訪れます。

 地平線を見渡せる草原は、まるでこの世の果てのように静かで、日の沈み始めた空からのそよ風に穏やかに凪いでいました。

 

 マティルデに紹介され、女の子はファティマという女性と出会いました。

 ファティマはとても優しい表情を浮かべていて、まるで聖母マリア様のようだと女の子は思いました。

 

 実はマティルデは、金を貰ってファティマに女の子を売り渡したのでした。これまでもずっと彼女は、それを生業にしてきたのです。

 幼い女の子にはまだ理解できません。

 

「今日から貴女は、ここで暮らすのよ。お友だちもたくさんいるわ」

 

 とても優しい声で、ファティマは女の子に語りかけました。

 

「そうね、──エルフリーデ。今日から貴女を、エルフリーデと呼ぶわ」

 

 女の子は驚き、戸惑います。彼女には、両親からもらった大切な名前があったからです。

 

 ──輝くもの、太陽の光。彼女はいつも両親に尋ねていました。わたしの名前は どうして付けたの? 答えが聞きたくて、何度も、何度も。

 

 その度に彼女の両親は、優しく答えるのでした。貴女の名前は、美しいもの、太陽の光、という意味なの。

 与えられた人生の中で輝いてほしい。そんな願いを込めたのよ。

 彼女はその話を聞くのが大好きでした。

 

 だけど、そんな両親はもういません。二度と会うことすらできないのです。

 ──だから、彼女は頷くしかありませんでした。

 

 その日から、彼女はエルフリーデとして、ファティマのもとで暮らし始めました。そこには、彼女と同じような境遇で集められた、年端もいかない身よりのない女の子たちが何人も暮らしていました。

 

 暖かなベッドに、食事、ぬいぐるみに書物、楽器に洋服、望むものは何でも、女の子たちには何不自由なく与えられました。

 ファティマは彼女にも告げます、

「貴女は選ばれた子なの。貴女が望むものは全て手に入るわ。ここに、とどまりさえすれば」と。

 

 ──その場所は、ひどい境遇で生きてきた者には天国のような場所でした。けれど──

 

 彼女たちはそこで生活しながら、くる日もくる日も毎日、──人を殺すための技術を教え込まれました。

 

 朝、起きて食事をとり、射撃の訓練、20ヤード先の的に当てられるまで100発でも200発でも訓練を強いられました。

 

 拳銃以外のあらゆる武器の使い方、狙撃の方法、ナイフや接近戦の戦術、車やバイクの操縦方法、爆薬の種類、爆破装置の作り方──

 

 ファティマは、女の子たちを傭兵にするための施設の長でした。

 年のいかない子供、さらに女の子であれば周囲に警戒されにくい、そのため暗殺に適しているのだと、ファティマはよく皆に言い聞かせていました。

 

 エルフリーデと名付けられた女の子も、毎日、必死で覚えました。──人を殺す術を。

 

 苦しい訓練に耐えられなかった少女たちは、いつの間にかひとり、またひとりといなくなって行きました。その後その少女たちとは二度と会えませんでしたが、気にする者は誰もいません。

 彼女たちすべてが脱落しないように必死で生きていたので、周りのことなど考えることすらできなくなっていたのです。

 その代わり、といっては何ですが、残った者たちには強い絆のようなものができ、互いに励まし合って訓練に耐えました。お互いの過去も本当の名前も、決して知ることはないけれど、大切な仲間です。家族に代わる仲間たちです。女の子も、いつしかそんな生活に慣れていきました。

 夕食後から就寝前のわずかな雑談の時間は、彼女たちの唯一の憩いの時間です。厳しい訓練も忘れて、仲間たちと過ごす時間はたしかに幸せなものでした。

 

 ──だけど、どうしても忘れたくなくて、毎晩眠りにつくまえに必ず、両親からもらった本当の名前を呟くのでした。

 

 ──独りで、何度も、何度も。

 

 やがて七年もの時が過ぎていました 。すっかり娘になった女の子は、あるときファティマに呼び出され、美しい服を着せられて、“お仕事”を与えられました。

 

 ──それが、彼女が初めて人を殺した日になりました。美しく着飾った少女を、誰ひとり警戒しませんでした。

 

 銃声と、名前も知らない男の断末魔の呻き声がいつまでも彼女の耳に反響して、耳を塞ぎながらファティマの待つ施設へと戻りました。“お仕事”を終えた女の子を、ファティマは優しく迎えて抱きしめます。

 

「ああ、 エルフリーデ。やっぱり貴女は、わたしが信じていた通りの女の子でした。

 ──素晴らしいわ、エルフリーデ」

 ファティマに抱きしめられながら、女の子は心が暗くて深い闇で満ちていくのを感じていました。 彼女の父が最期に彼女に遺した言葉──

 

『生きるために、ためらわずに、引き金を引くんだ。いいな?』

 その言葉を自分に言い聞かせるように、幾度も思い出すのです。──自分は、間違ってなどいないのだと信じられるように。

 その夜は、殺した男が夢に現れて彼女をひどく責め、彼女は一晩中うなされました。

 

 ──それから、もう記憶が曖昧になるくらい、たくさんの人間を殺めていきました。

 彼女が望まずとも、それしか道はなかった。彼女は何も感じないように、心に蓋をしてただ生きていきました。

 

 ある日のこと。いつも通りの“お仕事” のはずでした。

 彼女はミスを犯します。計画から外れてしまったのです。仲間を殺られた男たちが、彼女を追いかけ殺そうとしました。弾丸が、走り続ける彼女の後ろから、腕を掠めて服を焦がします。

 その時初めて、彼女の心の蓋が外れ、今まで抑えていた感情が溢れだしたのです。

 

 ──もう、嫌だ

 ──人を殺すのは、もう、嫌だ!! 

 両親を殺した男と同じだと、気付かないふりをしてきたのに。

 父の最後の言葉を守り、ただ生きるために、その引き金を引いてきたのです。いくつもの命を奪ってきたのです。生き延びるため──そう、 生き延びるために。

 ファティマの──組織の操り人形になりながら。 ──()()()()()()()()()()()()()()()()! 

 父の言葉を守っただけ。──なのに、溢れた涙が止まらなかった。

 

 死に物狂いで逃げて、いつの間にか港にたどり着き、ひとつの船に忍び込み、隠れました。

 暗くて狭いその場所にうずくまり、優しいゆりかごのような揺れに身を預けて、女の子は静かに目を閉じました。

 ──もう、疲れた。

 次に目を開けたら、父の、母の笑顔に会えるようそう願って──。

 

 目を覚ました時には、何もかもが霞がかったような、ぼんやりとした気分になっていました。

 

 ──いままで、自分は何をしていたのだった? 

 まるで長い夢を見ていたかのような気分でした。何ひとつとして、はっきりとは思い出せなかったのです。

 

 いつの間にか目的地に着いた船を降りて、港に降り立ち辺りを見回せば、ムッとした南国の熱気と、辺りに響く罵声、銃声──

 

 父と母はもういない、帰ってこない。でもどうしてかは覚えていない。なぜ? 

 ただひとつ信じられるのはその手に握る父の銃だけでした。

 

 その南国の街は、彼女が今までいた街とはあまりにも大きくかけ離れていました。硝煙が、血が、──そして誰かの死が、近くにありすぎるのです。

 

 あてもなく彷徨う女の子の頭上から、雨が降り始めます。

 女の子はそこで、一人の男性と出会いました。彼は言いました、この街に歓迎する、と。

 

 その男性は、彼女に居場所をくれたのです。

 ──いつの日か一人前になって、彼から仕事を任せられるようになるまで、この街で生きてみようと、彼女はそう思うようになったのです。

 

 そして、その日もその次の日も、そのまた次の日も生き延びて、生き延びて、女の子はいつしか大人になりました。

 彼は女の子を救ってくれた。いつか、彼にこの思いを伝えるまで、この気持ちを伝えるまで──私は、まだ死ねない。

 この命をくれたのは、彼。

 そう思いながら、今日まで生きてきたのでした。

 

 ***

 

 そこまで話すと、エレンは大きく息を吸い込み、それを長いため息に変えて吐いた。

 長い間つかえていたものが取れたかのように、ほっとしたような表情を浮かべて、天井を見上げている。

 

「──居場所、か」

 

 傍らで張が小さく呟いた。

 

「そんなものに捕らわれて、何もできなくなっちまっても困る」

「え……?」

 

 聞き返すエレンの声は、困惑したように揺れていた。

 

「居場所なんてのは──そんなものはな、誰かの都合で出来た極めて不確かなもんだ。

 誰かの思惑ひとつでどうにでも形を変える、儚いものだよ。そんなものを守ろうなんて馬鹿馬鹿しい真似をしないことだ」

 

 突き放すような彼の言葉は、まるで氷のように冷たくてエレンの心を瞬時に凍えさせてしまった。彼が何を思っているのか分からないまま、黙って彼を見つめることしかできずにいた。

 視線の先では、張が、咥えた煙草に火を点けている。炎が触れたところからチリチリと葉が焦げ、それはあっという間に黒く煤けた灰へと姿を変えた。

 

「人間って奴は、失いたくないものができるとそれが弱点になっちまう奴がいる。

 そして、失いたくないものを基準に物事を考えるようになって視野が狭くなり、最善が視えなくなる。

 そうなりゃ後は、くたばるだけさ」

 

 そう言い切った張は、肺にためていた紫煙を天井に向けて吐き出した。

 

「──でも!」

 

 エレンは強い口調で遮るが、すぐにまた語気が弱くなる。

 

「……私は、確かにそれに救われたわ」

 

 黙って彼女の顔を見つめていた張は、持っていた煙草を煙の登るまま灰皿のふちに置いた。それから、ゆっくりと口を開く。

 

「──俺も、昔話をひとつしよう。

 その昔、ひとりの若い男がいた。──彼は、()()()()()()()()()()()

 その警官は、無益でつまらない正義というものに焦がれていた。彼の信じる正義を体現すべく、いつも心を燃やしていた。

 正義のために──絶対的な法の番人である組織の一員となったことを、誇りに思っていた。この場所こそが、自分の居場所なのだと。

 

 だが、蓋を開けてみりゃあ、彼の信じた正義はまやかしだった。なにせ彼の組織は、彼が最も嫌っていた悪と、べったりと繋がっていたんだからな。

 

 あれだけ嫌っていた、憎んでいた悪は──正義と正反対のはずの悪の正体は、正義と()()()をしていたのさ。

 

 はじめにゃ、彼はそれに抗おうとした。だが、組織の中で彼の存在はあまりに小さすぎてな。結果から言やぁ、彼の訴えは、見えないところで握りつぶされていた。彼に賛同する仲間もいなかったし、あの頃はまだ、外からの監視の目(サードパーティ)なんてのも存在しなかったしな。

 

 市民を助け悪をくじくのが警察の仕事ではないのか? なぜ知らん顔を続けられるのか。あまつさえ、悪と仲良しこよしができるのか。

 まだ、彼は折れずに信念をつらぬこうとした。声を上げれば、聞いてくれる誰かがきっといると信じてな。若さならではの無鉄砲さかもしれんな。

 

 だが哀しいことに、そんな彼に手を差し伸べるものはいなかった。彼は日に日に孤立していったよ。

 

 そんな毎日を送るうちに、彼はすっかり分からなくなっちまった。何が善だ? 何が悪だ? 

 それは、見る者の視点だ。或いは、信じる者の都合だ。そんなふうにいい加減なもんだと、彼はまだ善悪の正体を知らなかったのさ。

 

 夢であってほしいと、彼は願ったよ。だが願いむなしく、それはたしかに現実だった。毎日のように()()()()()が漂ってくる。

 

 そしてある日、彼の運命を決定づける出来事が起こった。──いや、大したことじゃない。あの場所では()()()()()()の一つさ。

 

 彼は糾弾を受けた──これっぽっちも身に覚えのないことについて、だ。あろうことか周りの人間が口裏を合わせ、汚辱を彼に擦り付けようとしたんだ。すべての罪を彼に押し付けることで、自分たちは変わらず甘い汁を吸うつもりなんだろう。

 

 そのときになって彼はやっと気づいたのさ。

 彼が思うよりずっと、周りは彼を邪魔で仕方ないと思っていたと。自分の存在の小ささに、無力さに、そして自分が戦おうと抗っていたものの()鹿()()()()にな。

 なんて愚かなのだろう。そう、はじめから知らなかったのは自分だけだ。同僚が、上司が、組織が、社会が、──眼の前にあるものすべてが、自分を嘲笑っていた! 

 それに気づいてしまった以上、──若かったんだな──()()()()()()

 彼は、──仲間に向けて引き金を引いていたよ。──何発も、何発もな。

 スターフェリーポートの夜は、()()()()()()()()

 風もなく、海も凪いでいて、まるで何かが終わるのを待っているみたいだった。

 ……あの頃の()()、何を信じてたんだろうな。今となっちゃ、もうわからん。

 

 あんなに誇らしかった制帽ももう、何の価値もない色褪せたただの帽子だ。地面に落ちたその帽子を、無意識に踏みつけながら彼はぼんやりと考えていた。──はじめから確かなものなんて何もありゃしなかったんだ、と。

 返り血を拭うことも忘れて、彼は呟いた。『……なんて馬鹿馬鹿しい……。もう、熱くなるのはやめだ』。

 そうして、彼は日の当たるところから居場所を失った、そして──」

 

 張の声は重苦しいくらいに低く響く。

 そして彼は、少しの間を置いてから、再び口を開いた。

 

「太陽の光を視界の隅に映しながら、宵闇を歩き続け、いつしか常闇(とこやみ)の中にいた。かつての自分が憎んだ、犯罪組織の一員となってな。

 彼は思ったのさ、愚かだったかつての自分を殺してやろうと。愚かだった自分の、くだらない憧れを徹底的に殺してやると。お前が夢見た理想郷など存在しなかったんだと証明したかった。

 かつてあれだけ憎んだ世界に飛び込んで、いつの日かこの手で総て支配してやる。それが正義に裏切られた彼が選んだ復讐さ。

 ──そしていつの間にか年月は経ち、無頼者ばかりが集まる、屑と糞を煮詰めたような街に根を下ろすこととなったとさ」

 

 張は剽げた仕草で、両手を上げて肩をすくめてみせた。シニカルに口角を引き上げる表情も、まったくいつも通りだ。

 だがエレンの様子は違う。見開かれたヘイゼルの瞳はゆらゆらと揺れている。それは室内の微かな明かりを取り込んで、さざ波のように揺らめいていた。

 

「警、察…………」

 

 初めて聞く張の過去に驚きを隠せずに、エレンは神妙な面持ちをしていた。眉間を硬くし唇を結んだその表情は、まるで自分のことのように哀しそうだった。

 

 灰皿に置かれたままの煙草は、フィルターの近くまで灰になってしまっていた。まだくすぶるその火種を押しつけて消しながら、張はエレンに向き直る。

 

「──もっとも、彼はそれが不幸だなんて思っちゃいない。

 なんてったって、結果的に世界で一番、エキサイティングな街に辿りついたんだからな。まさに別天地(エルスウェア)さ。他のどんな街よりも、ここは闇夜の精気に満ちてる。暴力、硝煙、策略に、悦楽。

 刺激には事欠かないさ、()()()()()()()()()()()()()()にな。

 ついでに彼は、好きな女をその腕に抱いて寝物語に彼女の昔話を聞くことができる、そんな生活をとても気に入っているとさ」

 

 張が肩をすくめて見せると、エレンの表情がふっと和らぐ。

 

「……話してくれて、ありがとう……」

「ただの()()()()さ」

 

 いつも通りの仕草で、張は新しい煙草に火をつける。

 

「──で、エレン。お前のその物語は──ハッピーエンドなのか? その女の子は、幸せになれたのか?」

 

 そう言う張に見つめられて、エレンは目を見開いたあと、照れたような笑みを浮かべた。

 

「ええ、そうね……」

 

 エレンは張に身を擦り寄せて、静かに続きを語り始める。

 

「──それからずっと先のお話です。

 人を殺し続けた彼女は、もう輝く光ではありませんでした。だけど、夜の世界で、彼女は星を見つけたのです。そう、“彼”のことです。

 暗闇の中でも彼は輝いていて、女の子にとって一番星のようによく見える存在でした。彼を見ているだけで幸せでしたけれど、女の子はいつの間にか彼を愛していました。

 ある時、彼も彼女のことを愛していると言ってくれたのです。夢のようでした。……今でも夢みたいなのだけど」

 

 張の胸に頬を押し付けるエレンの、その表情はこの上なく穏やかで幸福感に満ちたものだった。

 

「今では毎日、思いを伝えた彼の腕の中で、かつての女の子は幸せに眠るのでした。めでたし、めでたし」

 

 ***

 

 ──夜が更けて、暗黒の闇夜が辺りを包む頃。真夜中のロアナプラの街に、一台の車がやってくる。

 

 運転席の男が、後ろを振り返って言った。

 

「ほら、降りろお前ら。着いたぞ」

 

 助手席の男は、忌々しげに吐き捨てる。

 

「ボスはこんなガキ共、マジで使うつもりなのかよ」

「……例のビデオで見つけたってガキ共だとさ」

 

 後部座席に座っていた()()は、会話に気をとめる様子もなく、やっと退屈から解放されたとばかりに各々その()()()()()を伸ばす。

 

 作りの良い靴が、ロアナプラの地面を踏んだ。

 先に車から降りたのは少年だった。十代前半くらいのその少年の、銀にも見えるプラチナブロンドのショート・ボブがさらりと夜風に流れて、月夜の仄明かりに煌めく。

 

 夜目にもはっきりわかる、青白いまでの肌の白さは、その人形のような美しい顔立ちを一層引き立てている。

 まるで高貴な王子様が着るようなフリルのついた純白のブラウスに、光を飲み込む漆黒の外套。丈の短いズボンは小さな膝小僧を無防備に晒している。

 

「もう、兄様。男の子なんだから、レディが車を降りるときは手を差し伸べるくらいするものよ」

 

 そう言って唇を尖らせるのは、少女だった。彼女は少年と同じ色のプラチナブロンドの髪を長く伸ばしていて、首を傾げる仕草に、カチューシャの黒いリボンがさらりと流れた。彼女の服装もまた、黒を基調としたものだ。ゴシックな要素のあるリボンのチョーカーに、たっぷりとレースをあしらったフレアスカートが、車を降りる少女の足首を優雅に滑る。

 

 ──彼らはまったく同じ顔をしていた。

 まるで人工物のように整った顔で、少年にも少女にも見える人間離れした美貌。

 

「ああ、ごめん姉様。新しい街だから、早く見たくってついつい。……ここがロアナプラって街なんだね」

「そうね、兄様。初めての街だわ、ここではどんな楽しい遊びができるかしら?」

 

 背丈も顔も瓜二つの──少年がひとり、少女がひとり。

 愛らしい二人が並ぶその姿は、実はおもちゃ屋から抜け出したアンティークドールだと言っても不思議はない。

 

 少女はおもむろに旅行鞄の中から小さな菓子の箱を取り出すと、中身をひとつ手に取る。そして華奢なつつみ紙を剥がし、その小さな口の中にぽいと放り込んだ。

 ──キャラメルの甘ったるい芳香ごと、上下の奥歯の間で圧をかけ──ぐにゃりと形が変わるくらい噛み潰した。少女のつややかな唇の隙間から覗くのは──やけに鋭い犬歯。

 

 二人は顔を見合わせて微笑みを浮かべた。──まるで秘め事を共有しているかのように、静かに声を立てて笑う。内緒話のような笑い声が、いつまでも夜の街にささめいていた。

 

 こうして──銀色の小鳥たちは、ロアナプラに放たれたのだった。

 

 ______

(Twinkle, twinkle, little star, how I wonder what you are.)

(きらきら光る小さな星、あなたはいったい何なんだろう)

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