というか、原作リストにもなかったので今時知っている人いるのだろうかという作品ですね(笑)
※初投稿なので勝手がよくわかっていません。
林間学校当日。
人というのは不思議なもんで、気にしても仕方がないと呑み込んだはずのものが、いざ目の前に迫り現実味を帯びてくると、慌てだしてしまうものらしい。
「りん。忘れ物は無いか? ちゃんと薬も持ったよな?」
「んー」
「何かあったらすぐに先生に言えよ? 最悪迎えに行くから」
「んー」
「それと――」
「もうっ!大丈夫だってば。ダイキチは心配し過ぎー」
呆れ笑いのような顔でこちらを見やるりんに、ぐっと言葉に詰まる。
確かに、りんはもう四年生で自分のことは自分でできる。
というより、近頃では俺よりしっかりしてるんじゃないかと思うような時もあり、保護者としての威厳が揺らいできているというのが本音だ。
とはいえ、心配なものは心配なわけで、思わず口から言葉が出ていってしまう。
「あー……ってもなぁ…………いや、悪い。気を付けてな」
「うんっ!行ってきまーす」
日増しに大きくなる体が、あっという間に遠くへ消え去って行く。
そして、眩しい日差しから逃れるように手をかざすと、ふと例のキンモクセイが視界に写り込んできた。
「…………お前もりんも、気づくと大きくなってるよなぁ」
河地大吉、三十五歳。
髪の毛は若干薄く、体もなんとなく無理が効かなくなってきたような気がするのも無理からぬことだと、俺は思わずため息を吐くのだった。
★★★★★★★★★★★★★★★
林間学校でりんがいないということもあり、久しぶりに残業をした帰り道。
自分が食べるだけの飯をこの時間から作るのもなんだかなーと思いつつ、家に食べられるものの心当たりも無いためとりあえずスーパーへと向かう。
「まぁ、今日はサボりでいいか」
小学生とは思えない家事スキルを身に付けつつあるりんのおかげで、最近はめっきりと縁のなかったカップ麺を一つ手に取りそう呟く。
ぶつぶつと独り言を言うのもどうかと思うが、いつも誰かが――それもすぐにじゃれついてくる存在が傍にいる生活というのが四年も続くと、どうにも体にはその感覚が染みついてしまうものなのだ。
それこそ、返ってこない文句の言葉に少し寂しさを感じてしまうくらいには。
「っし! あとはビールと……」
「あら?」
「ん?」
「大吉さん?」「にっ、二谷さんっ!?」
気持ちを切り替えるためにもあえて大きく出した声。
しかし、その実心には少しの隙間が生まれていたのだろうか。
思いがけない出会いに対する自分の反応は、あまりにも情けなく、かつ大げさなもので二谷さんはびっくりしたように体を硬直させる。
「あ、いや、えと。こんにちはっ!」
「ふふっ。もう夜ですよ、大吉さん」
「あっ、そっ、そうですよね。すいません」
しかし、それも一瞬で二谷さんはやがてクスクスと上品に笑うと、いつものように聖母のような微笑みをこんなどうしようもない野郎にまで向けてくれるのだった。
いや、ほんとこの人と知り合えてよかった。
頼りになるし、可愛いし、なんか、ここだけ空気違うもん、マジで。
「………………」
「ど、どうしました?」
幸せを噛みしめていた俺がぼーっと突っ立っていたからだろうか。
見ると、二谷さんはなんとも言えない顔をこちらに向けていて、何かしてしまったかと焦る。
「……今日は……その……それだけで?」
「え? ああ、夜飯のことですか? はい。りんもいないのでサボっちゃおうかと」
「……そうですか」
「?」
なんとも歯切れの悪い反応を疑問に思う。
子どもにこれだけ食べさせるとなれば話は別だが、男の一人飯なんてこんなことはありがちなことだ。
それこそ、職場の昼飯にでもこれだけ食べているやつはいないのだろうか。
「…………もし、ご迷惑でなかったらなんですけど」
「はい?」
「一緒にお食事どうですか? 一人分も、二人分も大して変わらないので」
「へ?……………………ほんとですかっ!?」
「あ、えと、ご迷惑でなければ」
「そんなっ!泣いて喜ぶことはあっても迷惑なんてありえませんよっ」
「っ!」
「あっ、すいませんすいませんっ!ついっ……舞い上がってしまって」
降ってわいた突然の幸運。
嬉しさのあまり触れてしまった肩がびくりと跳ね、それのおかげで冷静さを取り戻せた俺は土下座する勢いで頭を下げる。
本当に、なんてことをしたんだろう俺は。
高嶺の花も高嶺の花。そんな二谷さんの肩を掴んでしまうなんて。
それも、シャワーを浴びた後とかならまだしも、仕事で汗をかいた後なんて最悪だ。
「嫌でしたよね? ほんっとうに、申し訳ありませんっ!」
「……別に、嫌とかじゃ。ただ、驚いてしまっただけで」
「本当にすいません。二度としませんから。もう触れません、絶対に」
「…………本当に驚いただけなんですよ? 触られたこと自体は、その……なんというか……問題はなくて」
「いや、問題あります。女子の、それも二谷さんに俺……僕なんかが勝手に触れていいわけありません」
「女子って…………もうっ!私、もう三十七歳のおばさんなんですよ?」
「えー、いや、でも……ほら、僕の中では二谷さんは女子で……うーん」
「……ふふっ、もういいです。今日、何か食べたいものとかありますか?」
「二谷さんの手料理なら、なんでも。というか、基本好きな物はコウキと同じなんで、僕」
「ふふふっ。そういえば、そうでしたね」
優し気で、上品で、それでいて艶やかな笑み。
コウキの前でする母親のものとは違うそれは、やっぱり俺にとっては心臓が飛び出しそうになるくらいに素敵なもので。
俺は、先ほど感じたその温もりを思い出すかのように、そっと手のひらを動かすのだった。