夜汽車のサキュバス   作:榛葉 涼

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後輩駅員

 

 トン トン トン

 

 

 …………………………。

 

 

「ご不在ですね」

 

 シシュウたちに割り当てられた部屋の扉をノックしたが、返事はなかった。同じく寝台車両に設置されているバスルームも現在は空き部屋状態だ。当然、周りを見渡してもその影は見当たらない。

 

 シシュウは少々強ばり気味の声で独りごちるように言った。

 

「ハルシネ、どこ行っちゃったんだろ。 ……えっ、降りていたりとか……?」

「単なる入れ違いかと思いますよ。一度、座席車両の方へと向かいましょう」

「ああ、そうか。そっちに居るかもしれないのか」

「なァ駅員サン。前から気にはなっていたんだけどヨ、なんで個室が用意されているのに共用の座席車両があるんダ?」

「フフフ。シェーデル様、座席の方が”汽車感”はございませんか?」

「なるほどナ。分からン」

 

 シェーデルがカラカラと頭蓋を横に振った時だった。

 

「……ん?」

 

 シュルと布同士が擦れ合うわずかな音とともに、目の端を何かが通り過ぎていったのだ。

 

 反射的にその方向へ振り向くと、そこには真っ黒な背中があった。どうやら駅員のものと同じ外套に身を包んでいるらしく、被っている帽子だってそうだった。そんな黒い影は誰かが声をかけるより先に、そそくさと連結扉をくぐり、座席車両の方へと抜けていってしまった。

 

 …………。

 

「あの、今のは?」

「ええ、シシュウ様。あちらも駅員でございますよ。わたくしの後輩に当たります」

「……あんた以外にも居たんだな」

「でなければ、今こうして汽車は走っておりませんよ。彼らは寡黙(かもく)で人見知りですが、よく働く良い子達です。後ほど紹介させてください」

「あぁうん。分かった。 ……シェーデル、行こうか」

「おうヨ」

 

 1つ頷いたシェーデルが連結扉へと手をかける。 ……この先はもう座席車両だ。駅員の話が確かならば、ここにハルシネが居る可能性が高い。

 

 シシュウは無い唾をゴクリと飲み込んだ。

 

「シュウ、緊張しているのカ?」

「……当たり前だろ」

「ちゃんと仲直りしろヨ? 事情はどうあれ、ハルはきっと勇気を出して言ったんだからナ」

 

 

『私、サキュバスなんだよね』

 

 

「……うん」

 

 シシュウが小さく頷くと、シェーデルは「ヘヘ」と上機嫌に笑い、そしてドアノブへかける骨手にグググと力を込めたのだ。するとすぐに……赤い瞳が目に映った。ハルシネだ。こちらを見て、わずかに眉を上げている。

 

「ハルシ……えっ?」

「やっと見つけた。そう、愉快魔と一緒にいたんだ」

「ハル、シネ……?」

「加えて動く骸骨。ソレって愉快魔の手下?」

「いや……えっと、それより何をやっているんだ……?」

「? 何って……」

 

 座席に腰かけるハルシネの態度とはひどく飄々としたものであり、それは目にかかった前髪を直すほどだった。 ……だが、シシュウには到底それが理解できなくて、だから震える肉球でハルシネの体を指差したのだ。

 

 ……人目を隠すようにハルシネの体に覆い被せられた外套は、しかしその存在を主張するように激しくはためいている。そして、乱雑に通路へ転がった制帽と汽車が走る音に混じり聞こえる短い間隔の息遣い。そんな光景を見て、シシュウは路地裏を曲がった時に感じたものと同じ、ひどい既視感に襲われた。

 

 一方のハルシネはその目を伏せ、やはりなんて事のない様子で元へと戻した。

 

「遊んであげているだけだけど?」

「エッチな遊び!?」

「は? 何言っているの?」

「い、いや……だって! そのえ、え、駅員がハルシネの上に……!」

「おや。わたくしのことを呼びましたか?」

「お前じゃねーよ!」

「シュウ、落ち着けっテ。たぶん何か誤解しているゼ」

「ご、誤解も何も……! ハルシネはサキュバスで――!」

 

 バサッ

 

 と、シシュウが言いかけたその時、大きな音と共にハルシネの体に被せられていた真っ黒な外套が宙を舞ったのだ。そして呆気もなく露わとなってしまったのは……。

 

「……え?」

「ヘヘヘ。けっこう可愛いなア」

 

 パタパタパタパタパタパタ……

 

 蜘蛛の子が散るように、複数の小さな影があわただしくシシュウの前を横切ってゆく。影たちは瞬く間に座席車両をその奥まで駆けてゆき……最後には後部座席の後ろから小さな頭をひょっこり覗かせた。

 

 黒と白と灰色が混ざり合ったふわふわの体毛、ピンと立った耳に少々切れ長の目、そしてファサリと揺蕩(たゆた)う太い尻尾。一見すると犬のようだが、にしては”獣感”が強い。そして……みな二足歩行をしている。

 

 シシュウはただでさえ丸っこいその目をさらに丸くして、そんな4匹の影を見ていた。

 

「オオカミの……子供?」

「正確にはワーウルフでございます。シシュウ様」

「わー……」

 

 ハルシネは衣服にまとわりついたグレーの体毛を払うと、ため息を1つ吐いた。

 

 

 ※※※※※

 

 

 寝台車両の一室――シシュウとハルシネに割り当てられた部屋の中で、大きく息を吐いた。しかしそれで気疲れは解消しないし、眠気が抜けることもない。車窓を眺めると、月は白みつつあり、空の底の方が赤らんでいた。 ……シェーデルたちと一緒に居た時には全く気づかなかったことだ。

 

 ………………。

 

「あのワーウルフたち」

「え?」

「可愛かったね」

「……あぁ、うん。“オー”って言ってたっけ。あいつらの名前」

 

 数匹のワーウルフの子供が集まり、一着の外套を着こなして出来上がった一つの影こそが、駅員が言うところの“後輩駅員”だったのだから驚きだ。そして駅員の口ぶりからして、オーは他にも居るのだろう。この汽車の中の何処かに集まっているのだろうか?

 

 その場に仰向けとなりつつ、シシュウはボソリ言った。

 

「何なんだろうな、あいつら」

「成人したワーウルフは普段の姿形が人間に近いから、簡単に人間社会へ溶け込める。ただ子供の頃はそう言うわけにもいかないから、ワーウルフのコロニーの中で親類を問わず大切に育てられる」

「へぇ。 ……? じゃあオーたちは……」

「愉快魔が誘拐してきた」

「いやいやいやいや! …………冗談だよな?」

「さすがに冗談だよ。半分くらいは」

 

 サラッとそのようにこぼしたハルシネは、備え付けの水差しの中身を汲むと、一息に飲んでしまった。シシュウはと言うと、ぎこちない調子で乾き笑うことしか出来ない。

 

「あの駅員は……思ってたよりも結構ちゃんとしてるなって思ったよ。俺は。まぁ変なやつではあるけどさ」

「危害を加えられていないなら今はそれでいいよ。出来ればあまり接触してほしくないけど」

「で、あとはシェーデル――」

 

 シシュウがそこまで言いかけたとき、ハルシネのその口から静かな欠伸が漏れ出た。瞼だって少し落ちている。

 

 ハルシネはぼんやりとした口調で言った。

 

「寝よう」

「……あぁ、そうだな」

「どうしたの? まだ話し足りないことがあった?」

「いやその……あのさ、ハルシネ」

 

 

 ガタン ゴトン ガタン ゴトン ガタン ゴトン

 

 ガタン ゴトン ガタン ゴトン ガタン ゴトン

 

 ガタン ゴトン ガタン ゴトン ガタン ゴトン

 

 

 ……………………。

 

 

「あのさ、ハルシネ。その……ハルシネがサキュバスだって言った時、思わず逃げちゃってごめん」

「いいよ別に」

 

 ほとんど間を開けることなく聞こえてきた許しの言葉に、シシュウは呆気もなく拍子抜けする。実に素っ気もない口ぶりで、本当に気にも留めていない様子だった。そのことにシシュウは安堵より先に困惑が打ち勝つ。シパシパと瞬きをし、シシュウは改めてハルシネの表情を見た。

 

 ……明るいのか暗いのか。ハルシネの横顔には、夜混じりの朝の光と朝混じりの夜の闇で出来た影がかかっているように見えた。

 

 

「サキュバスなんて、怖いもの。身勝手な夢を魅せて……人を騙して壊すあんな存在」

 

 

 …………え?

 

 おやすみと残し、横になったハルシネの表情が見えなくなる。ボソリと独りごちるように言ったハルシネの言葉が耳を離れない。無感情にほど似たやるせなさを感じてしまったからだ。線路の継ぎ目を規則正しく(また)ぐ車輪の音は、一切それをかき消してくれない。

 

 




ハルシネが好きな食べ物:酸味の強いイチゴ、白子
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