夜汽車のサキュバス   作:榛葉 涼

16 / 23
“人外”は蔑称らしい

 

 サイシキ号に飛び乗り、3回目の夜を迎えた。

 

 この3日間はとても穏やかなものだった。家で暮らす時と遜色(そんしょく)のない水準で設備が整えられているからだろう、汽車での生活にもすぐに慣れた。

 

 パンが焼けた匂いで目が覚めて、車窓を流れてゆく海と断崖のそばで本を読む。掃き掃除や皿洗いといった雑務をこなすシェーデルが時折に顔を見せて、実のない話を駄弁ったり。そして、陽が落ちきってもう眠りを待つだけの時間になると、駅員を交えてトランプで遊ぶ。昨日は少しだけビリヤードをして……その時はハルシネも参加していた。

 

 穏やかな日々だ。骨董店で頬杖をつきつつ”店長ごっこ”をやっていた時とは比べものにならないほどに。 ……あの時、なぜ汽車に乗ることをあんなにも躊躇っていたのだろうか? 今ではそんな疑問でさえ思い浮かべてしまう。それくらいにはちゃんと楽しめている。

 

 ………………。

 

 

 だからこそ、ハルシネがこぼしたあの発言が余計に引っかかってしまうのだが。

 

 

「…………ウ。シュウ」

「え?」

 

 ふと聞こえてきた呼びかけに(まぶた)を開く。すると目の前にはシェーデルの頭蓋があり、ギョッとした。

 

「シュウの番だゼ。大丈夫カ?」

「あぁ、うん。じゃあ……フォールドで」

 

 シシュウが自身のそばに置かれたトランプを2回叩くと、「ヒヒ」とシェーデルは不敵に笑った。

 

「なァ駅員さんよォ。お前サンはどーするんダ? 言っておくガ、オイラは出来ちゃってるゼ? スリーカード」

「左様でございますか。 ……では、“コール”」

「へへッ、乗ったナ? 今回はブラフじゃないゾ!」

 

 シェーデルが声の勢いと共に伏せられていた自身のカード2枚をバッと(めく)った。

 

「どうダ! 1のスリーカード……スリーカードの中で最も強い役ダ! ヘヘヘヘヘ……勝てるものなら――」

「ええ。フルハウスですので今回もわたくしが勝者(ウィナー)でございますね」

 

 颯爽と駅員が言い放つと、ディーラー役のオーはなんの躊躇いもなくシェーデルの前に積まれたチップを回収していってしまった。

 

 全てを失ったシェーデルがこちらを向く。

 

「……骨抜きにされちまっタ。骨だけにヨ……」

「そんな上手くないよ、シェーデル」

「うるさいナ! シュウ頼むゼ……仇をとってくれヨ……」

 

 明日こなす雑務の数が増えたシェーデルがシシュウの着るパーカーへとしがみ付く。シシュウはそれを引き剥がすことなく、新たに配られた2枚のカードを受け取った。

 

 ………………。

 

「なぁ駅員さん、ちょっとした……相談事なんだけどさ。いいか?」

「ええ。わたくしにお答え出来ることでしたら」

「その……人外種族って自分たちのことをどう思ってるんだろ、って」

「……と、仰いますと?」

「とくに俺が住んでた街は顕著だけど、世界には人間ばかりなわけだろう? だから人外って自分達のことが嫌になったりするのかなって……勝手にそう思ってさ」

「ええ、それです」

 

 要領を得ない駅員の言葉に、シシュウは(うつむ)き気味だった顔を上げる。すると駅員は、あくまで丁寧な口調にてこのように言った。

 

「その”人外”という言葉遣いは蔑称(べっしょう)と捉えられかねません。お気をつけください」

「あぁそう、なのか。それはごめん。本当に知らなかった。 ……人間を除いた二足種の話、なんだけど」

「はい、そのことでございますね。 ――そうですね、確かにそう思われている方もいらっしゃるかもしれません。ですが、種族というよりは個人の範疇の話かと」

「ハルシネは“人間以外の二足種は肩身の狭い思いをしている”って、そう言っていたんだ」

「フフフ。ですが、シシュウ様も()()()()()のではないでしょうか?」

「俺も? ……! お前……」

 

 骨董店での暮らしのことを引き合いに出されたことに気がつき、シシュウの語気が強くなる。そのことに駅員は気づかなかったのか、気にも留めていないのか(おそらく後者だろう)。やはり、ゆとりある口振りにてこのように続けた。

 

「種族の違いが独自の価値観を作り出すことはあっても、各々(おのおの)の性格や考え方をそのままに形作ることは無いと思います。だからこそ悩みを解決するためには、その者へと真摯に向き合うしかないのではないかと」

「……そういうものなのか」

「そういうものでございます」

「難しいこと言うんだな。 ――”コール”で頼む」

 

 

『サキュバスなんて、怖いもの。身勝手な夢を魅せて……人を騙して壊すあんな存在』

 

 

 夜と朝の境界線で聞いたハルシネの言葉。やるせなさげに吐かれたソレを“悩みを打ち明けてくれた”と解釈するのは、あまりにも都合が良すぎるし、きっと傲慢だ。でも……ハルシネを知りたいという思いだけが否応(いやおう)なく一人歩きしてしまう。そして、あわよくば何か力になりたいとも。

 

(テディベアの分際で何を言っているんだか)

 

 心の中で吐き捨てて、ボタンで出来た真っ黒色の目を開く。すると、テーブル上のトランプは最後の5枚目が捲られていた。

 

「シシュウ様、対決(ショーダウン)でございます」

「おう……」

 

 ほぼ無意識の元で行っていたポーカーは、いつの間にか役を見せる段階になっていた。勝敗なんてもはやどうでも良かったシシュウは、自身の手札をまともに見ることなく、投げやり気味にカードを場へ落としたのだった。

 

 ………………。

 

「んア? なんだよコレ」

「ほう。シシュウ様、面白いものをお出しになりましたね」

「え、なんだよ。役そんなに強かったっけ」

「いや役じゃなくてヨ。ほらコレだっテ」

 

 トントンと骨指でテーブルを叩くシェーデルに、シシュウの目線はゆっくりと下がる。そして机上にある1枚のカードを目にして……。

 

「……は?」

 

 唖然と固まった。

 

「シュウ、確かに種族の違いについてはオイラも思うところがあるゼ? でもヨ、こんな堂々としたイカサマは……トランプじゃないカードを出すことはいただけないナ」

 

 

 シェーデルが人差し指と中指の間にカードを挟み、揺らす。真っ赤なカードに描かれた影絵のオオカミが、そこに不気味な残像を残していた。

 

 




 ポーカーに負けたため、事前の約束通りシェーデルが掃除をする車両が1つ増えた。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。