「うわーん、また死んだー!! もうやだー!!」
俺の彼女である
彼女の家にお邪魔して、居間でオススメされた漫画を読んでいた時の事だった。
「死ってなんだ、穏やかじゃないな……ゲームの話か?」
「そうだよー……これ見てー……」
この世の終わりみたいに暗い声を出しながら彼女が指差すのは、居間に置かれたテレビ。
その画面は真っ暗な中に「GAMEOVER」の赤い文字が浮かんでいる。俺はゲームを自分ではほとんどやらないが、その文字の意味するところぐらいは流石に理解できた。
「うぅぅー、今日はずっとこの調子なんだよぉー……同じところから延々と進まないのー……」
「今日って……ミコ、始めてから随分と経ってないか? それだけ熱中してたんだな……」
時計を見てみれば、彼女がゲームを付けた時からは既に一時間ほど経過していた。
詳細は分からないが、その間ずっと同じことをしていたというのは中々の熱中具合ではなかろうか。
「うぇーん、熱中できても結果が出ないのは悔しいんだよぉ……慰めてぇ
「はいはい、了解っと」
半分ぐらい涙声になって俺の名前を呼ぶミコ。
全く、彼女にそんなふうに甘えられて断れる男がどこにいるというんだ。
「よーしよし、頑張ったなー。えらいぞー」
「うん、うん……」
髪型をぐしゃぐしゃにしないように気をつけながら、彼女の頭を撫でてやった。
されるがままになっているミコは、幸せそうにとろけた表情になっている。
ゲームに詳しくない俺にできる慰めなんて精々、これぐらいだ……と思っていたが。
「ん……」
ミコは無言で、俺を招くように腕を広げる。
頭を撫でられるだけでなく、『もう一歩』を要求しているらしい。
……普段は明るい性格をしているやつなのに、好意を表現しようとすると照れて言葉少なになるところを、可愛いなと思ってしまう。
「はいはい、っと……」
彼女の要望に応えるべく、彼女の腕の中に飛び込んで……思いっきり、ハグしてやった。
ふんわりと、彼女の髪の毛から漂う女の子らしい匂いが、触れた部分の彼女の熱と一緒にやってくる。まるで五感がミコに支配されるような感覚だった。ミコに支配されるならそれは全然構わないと、そんな風に思ってしまう。
「なんでも一生懸命なミコが、俺は好きだぞー。落ち込むなー」
「うん……うんっ……」
とはいえ俺の方ががいつまでも心地よさに浸っている訳にもいかない。
ハグをしながら耳元で優しく、慰めの言葉を囁いてやる。
ミコはぎゅっと、ハグしている俺の背中に両腕を回してきた。
俺の言葉には生返事と言った風だが、流しているというよりはハグの心地よさに浸っているというのが多分正しいのだろう。
俺が感じている心地よさをミコも感じられているというのなら、これ以上に嬉しいことはない。
それから、背中をさすってやったり、また慰めの言葉をかけてやりながら、しばしの時を過ごして。
「…………よーし!! ボク、完全復活ー!!」
ようやく俺の身体から離れたかと思えば、ミコは意気揚々と拳を振り上げて叫ぶ。
良かった。甘えてくるミコも好きだが、やっぱり元気で明るいミコが俺は好きだ。
「さー、次こそ悪者に勝つぞー!! あ、司も良かったら見るー? ボクが華麗に敵をぶっ倒すとこ!!」
「いや、俺は見てもよく分からないし……って、あ」
どうやら元気になり過ぎたらしく、ミコは普段ならば言ってこないような事を言ってくる。
とはいえ知識がないゲームの画面を見ても俺には何もできなさそうなので、おとなしく借りた漫画をもう一度読み始めようと思ったのだが……
「うえーん!! 調子コキ過ぎたー!!」
……それよりも、画面に「GAME OVER」の文字が再びデカデカと表示される方が早かった。
ゲームのことは詳しくないが、いくらなんでも早過ぎではなかろうか。
「ごめんねぇ、ボクが突貫させちゃったばっかりに……でもイケるかなって思ったんだよぉ……」
「……ちょっといいか?」
「ほえ? どうしたのー?」
さめざめと何かを謝っているミコに、俺は何となく質問を投げかける。
「……これ、何したら勝ちのゲームなんだ?」
最初と違って真っ暗な画面に辿り着くまでの過程を見せられている身としては、どうしても気になってしまった。
彼女の好きな物だから知りたいと、そういう思いも勿論あるのだが。
「……っ!! えっとねえっとね、これはSRPG……シミュレーションRPGって言ってね!! 味方の駒を動かして、敵の駒を倒すゲームだよ!! なになに、司も興味出てきたの!?」
「いや、興味っていうか……気になることがあって……」
一瞬ぽかんとしたが、俺がゲームについての質問をしたことがよほど嬉しかったらしい。
ぱぁっと目を輝かせて、早口になりながらミコは説明をしてくれた。何かを期待されているんだろうか、少々気持ちが重く感じる……
それにしてもなるほど、将棋や囲碁に近いゲームなのか……ふむふむ。
「え、えっと……それなら、今みたいに駒を孤立させるのは、良くないんじゃないか……? ガッチリ守りを固めた方が、盤石なんじゃ……」
それは、GAME OVERになる前の画面を見ていたからこそ感じた疑問だった。
ミコの言う通りならその『駒』は大切にしなければならない物なのだろうに、どうもミコは駒に無謀な突進をさせてしまったように見えたのだった。
もちろん、このゲームに関してはてんで初心者の俺の質問なので、的外れな可能性もあったのだが……案の定ミコは頬を膨らませて、不満そうな表情になってしまった。
「むー……司の言ったことぐらい、とっくに試したもん……でもやってみても結局ジリ貧になるっていうか、あんまりボクの性に合わなかったっていうか……」
ミコは頬を膨らませたまま、それでも初心者の俺でも分かるように説明してくれた。
そりゃそうか、一時間も挑んでいるのだから、試してない訳はない。
悪いことを聞いてしまったな……あんまり見たことがなかった膨れた顔が可愛くて、見れて良かったとも思ってしまうのだけれど。
まぁ素人質問はこの辺にして、そろそろ漫画に戻るか……
そんなことを思ってはいたのだが。
「……そんなに気になるなら、一度やってみる?」
目の前にコントローラを差し出されるのは、完全に予想外だった。
「い、いや、ミコが進めてる途中だろ? その、データとかどうとか、大丈夫なのか?」
「いいよ、今日はボクのファイル使っても。どうせ煮詰まってたとこだしねー」
咄嗟に思いついた断る理由も、ミコの優しさの前に封殺される。
好きになった子が優しくしてくれるというのはそれだけで嬉しいものがあるのだが、それはそれとして流れは考えてもみなかった方に進んでいる。
いや、別に、特別に断る理由がある訳では、ないし……何より、キラキラと期待に目を輝かせているミコの提案を断ったら、しゅんとした顔をしてしまいそうだ。
彼氏として、なるべく彼女に悲しい顔をさせたくはない。
「わ、分かった……とりあえず、やってみるか……」
コントローラを受け取って、テレビ画面の前に座ってみる。
まぁ、ちょっとやって、やっぱり出来なかったって言えば、それでいいか……
最初はそんな程度の、ミコが聞いたらヘソを曲げてしまいそうな気持ちだった。
「……で、操作どうやるんだ、コレ?」
「えっとー、これが移動で、これが選択!! で、これをこうすると、攻撃ができてー……」
本当に一から知らない俺にも、ミコは丁寧に教えてくれる。
興味を持ってくれたのが嬉しくて仕方ないといったようだった。
そういう顔が見られたなら、それだけでもやってみて良かったかな。
『てりゃぁぁぁぁっ!!』
「そうそう、それで敵を撃破!! 分かってきたじゃん!!」
しばらくやり取りをしながら言われた通りにしていると、なんとか敵を撃破することに成功したらしい。
……なるほど。これを繰り返して進めていくんだな。
「てゆうか駒、喋るんだな……今更だけど……」
「そうだよー!! ただの駒じゃなくて、生きてる人間なの!! 一人一人に名前や設定があったりするんだから!!」
「へー、凝ってるんだな……」
ひとつ質問すると、それだけでミコは楽しそうに語ってくれる。
それにしても、この並んでいる駒に一人一人設定があるとは。俺の中ではゲームの印象といえばシンプルにステージをクリアして終わり、ぐらいのものだったので、中々奥深いものもあるのだなぁと感心する。
「ボクが好きなのはこの人!! なっがーい名前の王子様なんだけどね、前線でかっこよく敵をやっつけるんだよー!!」
「なるほど、王子なのか……そんな偉い人を前線に出すのはまずくないか……?」
「そこはそういうゲームだからいいの!!」
なんとなく出てきた疑問を口にすると、プリプリとした様子で強引に流されてしまった。
そ、そういうもの、なのか……
「しかもこの王子様ねー、真面目で一生懸命でカッコいいんだよ!! ちょっと融通が利かないところがあるけど、そこも含めて魅力的でー……」
その王子のことがよほどお気に入りなのだろう、これまでより三割増しぐらいの饒舌さでミコは画面の中の彼について語ってくれた。いつも明るいミコだが、それにしたってこんな姿は初めて見る。
……むぅ。ちょっと、妬けてしまう。
画面の中の王子様についての話であって、現実の男子についての話をしている訳ではないのは分かっているのだが……画面の中でも、他の男に夢中になっているミコは見たくなかったというか……
……あ。
『ぐあぁぁぁぁぁっ……!!(エコー』
余計なことに気を取られていたら、件の王子様が画面の中で悲痛な叫び声をあげて死んでしまった。
画面が暗転し、デカデカと飾られる「GAME OVER」の赤い文字。
……なるほど、こうやってちょっと油断すると死んでしまうのか。
「あちゃー、さっきまで順調だったのに……なんか、急に変な動きしなかった?」
「そ、そうか? いやー、慣れてないからな、こういうの……」
ミコが鋭いツッコミを入れてきて、咄嗟に初心者であることを言い訳にしてしまった。
その、なんだ。本心を口にするのが恥ずかしかったっていうか、画面の中に嫉妬するような小さい男だと思われたくなかったっていうか……
しかし、ミコは見透かしたかのようにニッコリ笑うと、そっと俺の耳元に顔を近づける。
「もしかして……嫉妬してくれたの? 王子様なんかより自分がいいだろって?」
「……っ!!」
吐息があたるぐらいの距離で呟かれた言葉に、心臓が跳ねるような心地になった。
器の小さい自分を見透かされたようで、恥ずかしさに顔が真っ赤になる。
ただし、次の言葉は俺の想定していたものとは、だいぶ違うものだった。
「その……今の顔、すっごくゾクゾクした……♪」
思ったよりも遥かに甘い、とろけたような声。
思わず身体を離して、彼女の顔を見る。
「……っ!!」
……俺といい勝負をするぐらい顔が真っ赤になっていた。
甘い言葉を吐くことは、彼女自身も慣れていなかったらしい。
なんという諸刃の剣だ。
「え、えっと……そのぉ!! もう分かったでしょ、難しいのは!! まだ続ける!?」
今の話を続けたくなかったのだろう、話題を強引に転換しようとしてか叫ぶように言葉を放ってくる。
……まぁ、確かに。ここでやめても、別にいいとは思うのだけれど。
「……いや。せっかくだし、もうちょっとやってみるよ」
「へ? そ、そう……?」
もう一度コントローラを握った俺を、少し不思議そうに首を傾げてミコは見る。
俺自身も、なんでまだやろうと思ったのか、理由はハッキリ言葉にできないが……まぁ、気が向いたという事なのだろう。
それから。
『でやぁぁぁぁっ!!』
『せぇぇぇぇぇい!!』
『ぐあぁぁぁぁぁ!!』
辿々しくも王子様を動かして、時に倒したり時に倒されたりしつつ。
「それでねー、この王子様は力が強すぎてつい色々物を壊しちゃったりするんだけどねー」
「この人はね、王子様の幼馴染なんだよ!! とっても無愛想なんだけど、ホントは王子様をとっても気にかけててねー……!!」
合間合間に味方の駒の解説を楽しそうに語るミコの笑顔を、ちょっと嫉妬しながらも癒しとして堪能しつつ。
そんな調子で、しばらく試行錯誤を繰り返していた結果。
『でやぁぁぁぁぁっっ‼︎』
『ぐあぁぁぁぁぁ……!!(エコー』
どうにかこうにか、敵の大駒……倒さなくてはいけない目的を、倒すことに成功した。
「おぉぉぉぉ……!!」
横から聞こえるミコの歓声。
画面にデカデカと表示される、「STAGE CLEAR!!」の文字。
「よ……よっしゃぁっ……!!」
気がつけば俺は、誰に言われるでもなく自然に、拳を天に振り上げていた。
「すごいすごーい、大金星だよ司ー!!」
ミコは俺に抱きつきながら、自分のことのように喜んでくれていた。
そうか……元はと言えば、ミコが言い出したのが始まりだったっけ。
そんなこと……途中からは、気にしなくなってたな。
「そうか、良かった……そういえば、今は何時だ……」
どれくらい時間が経ったのか気になってふと時計を見てみると、ゲームを初めてから一時間ほど経っていた。
……もう、そんなに経っていたのか。
一時間もやっていたミコのことを内心すごいと思っていたら、気がつけば自分も同じぐらいやっていたことに驚く。
「えっへへ……楽しかったでしょー、アレコレ考えるの。熱中って、こんな感じなんだよ」
「熱中……してたのか、俺……」
その言葉が俺に当てはまることに、とても驚く。
熱中っていうともっと気持ちが特別に盛り上がる感じというか、最高にハイって奴だぁ!!みたいな心持ちを想像してたんだが……
こんな感じ、なんだな。
手に汗をかいていることに気づいて、ぎゅっと握りしめる。
「楽しい気持ち、おすそ分けできたみたいで良かったよー。ボクね、司にはつねづねこういうゲーム合うんじゃないかと思ってたし!!」
「……そう、だな。なんというか……ミコの気持ち、分けてもらえた気がするよ」
「ホント!?」
俺の言葉に、ミコは今日一番に顔を輝かせて喜ぶ。
確か、好きな物を人に進めるのをミコは『布教』って言うんだったか。
布教が予想よりも遥かに成功したのだから、そりゃ嬉しいってもんだろう。
「んじゃあ、これからも詰まった時は司を頼っても……」
「……帰ったら、買ってくるよ。このゲーム」
「……へ?」
ただ、どうやら今日の布教は、ミコの想定より遥かに越えて成功してしまったようで。
この日の後、ゲーム機本体ごと同じソフトを買ってきた俺に対して、詰まったところをやってもらえなくなったことにミコが落ち込んだり、それでも同じゲームの話ができることを喜んだりと、しばらく彼女は大騒ぎだったのだが……それはまた、別の話だ。