アイランド・フォーの動乱時、V.Ⅵだったフロイトが単騎で戦局をひっくり返す話。
「馬鹿な……こんな事が……」
アーキバス・コーポレーション直属部隊、Ⅴ.Ⅱスネイルは、呆然と戦況を示すディプレイを見つめていた。
味方の青いシグナルは殆ど消失し、代わりに敵性勢力を示す夥しい赤が、画面を覆いつくしている。
至極簡単な、残党狩りに等しい作戦のはずだった。
このアイランド・フォーは企業間にとって惑星ルビコン3に至るまでの橋頭保だった。アーキバスと同じくこの惑星を手に入れたい敵対企業ベイラムグループは現地武装勢力を買収、蹶起を扇動し武器や資金を提供していた。
現地指揮官であるスネイルも、かの企業の戦力や資金力を侮ったことはない。あらゆる可能性を視野に入れ、本社上層部を半ば強引に説き伏せるようにして、アーキバスの全戦力の3分の一を投入させる事を決定した。
アーキバス随一の精鋭AC部隊、ヴェスパー部隊も活躍し、武装勢力はなすすべなく純白の氷原の上で残骸と果てた。
その結果、このアイランドフォーにおける実効的支配権はアーキバスに移ったかのように見えた。
それが30時間前の事である。
主席隊長(Ⅴ.Ⅰ)が第三隊長とAC、MT部隊を二個小隊伴い、残存勢力の排除へ中央の宇宙港跡地へ向かったまではよかったのだ。スネイルもV.ⅠとV.Ⅲさえいれば大事にならないだろう、そう思っていた。それに、実務よりも実戦を好む二人に恰好の餌場を与えておきたかった。今の主席隊長は性格的にそりが合わないが、腕前は随一だ。上昇志向の強いスネイルは、彼と反目するのは本意ではなかった。
「Ⅴ.Ⅰの生体反応が、消失しました……」
呆然と状況を読み上げるオペレーターの声が遠くに聞こえた。
どこに隠れていたのか、武装勢力の大群が残党狩りに出ていた部隊を強襲したのだ。V.Ⅰの奮戦も大群のACMT部隊の前ではなす術もなく、味方は次々と撃破されⅤ.Ⅲも戦死した。
どいつも、こいつも。
両手を強化ガラスのテーブルにむけて振り上げた。
強化ガラスがひび割れる音が指令室に響く。オペレーター達が一斉にこちらを見て、黙り込んだ。
この馬鹿げた始末をつけるのは現地作戦指揮官である自分なのだろう。責任を取るべきV.Ⅰはさっさと地獄へ行ってしまった。
(使えない奴らだ)
スネイルは深呼吸をしながら、眼鏡型の拡張デバイスを直した。
「残っている実働戦力は?」
地を這うような声にはっとしたオペレーターの一人がスネイルを見た。
「MT部隊残存6機、AC部隊は……」
≪…随…と機嫌…悪そうだな、スネイル第二隊長殿≫
ノイズ交じりの通信が指令室中に響き渡り、クルー達が戸惑いの色を滲ませ響めいた。
この人を喰ったような喋り方は確か。
「V.Ⅵ フロイト、貴方は私が上官だという事を常々忘れているようですね?」
首席隊長自らスカウトした異色の新人。入隊時の実力判断模擬戦闘の成績はトップクラス。反応速度、判断力、全てにおいて優秀な資質を持ち、稀代の天才と噂されていた。
ヴェスパー部隊入隊後、異例の速さで【番号付き】に昇格した彼は、驚いた事に強化手術を受けてさえいなかった。
≪…失礼致しました第二隊長殿。南東、廃墟群の敵勢力は九割方鎮圧しました。次の指令はございますか?≫
スネイルは眉を顰めた。どう見てもディスプレイに映る信号はV.Ⅵの乗機ロックスミスのみだけだからだ。
フロイトは麾下であるAC数機のみを従えて出撃したはずだ。
「V.Ⅵ、貴方の機体反応しかありませんが、他の機体はどうしたのですか?」
≪ああ。置いてきた。後詰の処理はあいつらだけで大丈夫だろう≫
「なっ……!!!?」
信じられない応答に、スネイルは絶句した。
通信はフロイトも聞いていたはずだ。その絶望的なまでの戦況も。それなのに、戦力である部隊を置いてきたと事も無げに言い放ったのだ。
「正気ですか? 貴方は。戦況は通信で聞いていたでしょう? Ⅴ.ⅠとV.Ⅲの機体反応が消失しました。動けるのは……」
≪俺だけだろう? まともな戦力は≫
言葉尻を引っ手繰られて、スネイルはむっとしたが、平静を装った。
「普通ならばここはてっ」
≪普通ならば撤退するべきだ、なんて野暮なことは言わないでくれよ≫
まるで予測したかのように一言一句同じように被せられた。流石のスネイルも言葉に詰まる。
≪これより中央宇宙港跡地へ向かう。MT共は下がらせてくれ。邪魔だ≫
「V.Ⅵフロイト……いい加減に……」
あまりの傲岸不遜な態度に、ついにスネイルが声を荒げようとした時であった。
≪なあ、第二隊長閣下殿。賭けをしようじゃないか。俺が生きて帰還できたら……そうだな、ロックスミスの機体構成に一切口出ししないでくれ≫
「そうでなかった時は?」
≪俺の戦闘ログは好きに使え。機体もな≫
そんなもの賭けにすらならないだろうとスネイルは鼻で笑う。だが、自分も含めたその首は傲岸不遜で自信家の天才(イレギュラー)に委ねられているのは事実だった。
「いいでしょう。但し、援軍を送るまでは最低三十分はかかります」
回収した味方部隊を再編制して再度投入するにしてもそれくらいは必要だった。フロイトはあの地獄のような最前線で最低でも三十分間は生き延びなければならない。それも、単騎で。
実質的指揮官であるスネイルに、大胆な提案を豪語するにふさわしい自信も実力も兼ね備えているのはわかっている。
しかし、この傲慢な若者に主導権を握られるのは癪だった。
「くれぐれも、私を失望させないでください。V.Ⅵフロイト」
≪了解した。Ⅴ.Ⅵフロイト、これより任務を遂行する≫
飄々とした声音から一切の熱が消えた。全てを切り裂き踏み躙る鋼鉄のように、冷徹な。
その瞬間、ロックスミスの機影が消えた。
いや、出力を限界まで引き上げたのだろう。レーダーにも捉えられない速さで作戦区域に向かっている。
強化手術を受けていない身体で、これほどの負荷を課すなど自殺行為だ。これにはスネイルも思わず焦りを滲ませた。
「死ぬ気ですかッ!フロイト!」
≪黙っていろ≫
有無を言わせぬ声音。その底には言い知れぬ感情が潜んでいた。
≪久しぶりなんだ……。楽しませろよ≫
ああ、こいつは狂っている。
戦場で、ACの中でしか生を感じられない人間がいるという事は知っていた。その殆どが短命に終わるのも。しかし稀に、長く生き残る者がいる。
彼らは総じて【まともでは無い】。まともでは無いからこそ、生き残ってきたのだ。
自らの生に貪欲なわけでもなく、未知の戦いにこそ享楽を求める。まさに。
「戦闘狂(バーサーカー)め……」
心底忌々しいと顔をしかめながら、スネイルは呟いた。
「ACロックスミス、20機撃破……」
オペレーターがスネイルの顔色を窺うように言った。
ディスプレイには、敵を表す赤いシグナルの中を自由自在に泳ぎ回る青い機影が時折消え、現れた時にはいくつもの敵影が消失していた。
「凄い……」
オペレーターが呆然と呟く。
≪はははっ。遅いなァ!≫
同時に3機を撃破。幾度も強化手術を受けた自分よりも高い操縦技術、恐るべき反応速度。スネイルよりも劣るはずのナンバーが。
焦げ付くような嫉妬と羨望が裡に燃え上がるのを感じた。
「40機撃破……」
≪左手武器、残弾数10%≫
ロックスミスのCOMが無感情に告げる。右手のライフルの残弾も半分を切っていた。
スネイルはハッと我に返り、フロイトに通信する。
「フロイト、撤退してください。今は補給シェルパも送れません。自殺行為です」
応答は無い。
忌々し気に舌打ちをして、再度通信を試みる。
すると、返ってきたのは驚くべきものだった。
≪断る。折角面白くなってきたんだ。もう少し好きにやらせろ≫
「何を馬鹿なことを……武器も無く死ぬ気ですか」
≪武器なら、あるじゃないか≫
「は?」
ロックスミスのリアルタイム画面を見る。その視線は残骸となったⅤ.Ⅰの機体に向けられていた。
ロックスミスが左のライフルをパージする。そして、Ⅴ.Ⅰが愛用していたレーザーブレードを手に取った。
≪もう使えない奴が持っていても仕方ないだろう?≫
警告音が鳴る。ブーストと共に振り向きざまにレーザーブレードが敵ACに叩き込まれ、爆散した。
≪へえ。いいなこれ。気に入った≫
新しい玩具をもらった幼子のような無邪気な感想。流石のスネイルも眩暈がしそうだった。
早くもその玩具の使い方を覚えた残酷で無邪気な幼子は、哀れな羊達にそれを使いたくてたまらないようだ。
スネイルは一つ深いため息を吐いてから、口を開いた。
「フロイト。もう其処は貴方の【遊び場】です。好きにやりなさい」
純真無垢な子供のように試行錯誤を繰り返し、ひたすら戦いを愉しむ姿は、もはやACを駆る為に生れてきたような男だった。
【子供】には【遊び場】が必要だ。
絶好の遊び場さえあればこの怪物は、スネイルの意のままに動くだろう。
≪ははは。いいね。遊び場か。第二隊長殿は話が分かるようだ≫
言いながら、ACとMT数機を撃破する。
「ACロックスミス、90体撃破……」
「これは、本当に人間が乗っているのか……?」
オペレーター達が急速に消失していく赤いシグナルを見つめながら呟く。
あの絶望的な戦況を、たった一人で覆した怪物。
ガラス玉のようなスネイルの瞳は、もうディスプレイを見てはいなかった。 既に彼の思考は三手先、四手先の未来を見つめていた。
新たなヴェスパー部隊にはイコンが必要になるだろう。
古い細胞は、新しくしなければならない。
「ACロックスミス、99体撃……」
≪これで100だ≫
99体目撃破後に不意打ちを狙ってきたACの頭部がレーザーブレードで切断される。すぐに拾い物のショットガンで撃ち抜かれ、哀れな敵ACは完全に破壊された。
「……敵勢力、完全に沈黙しました……」
ロックスミスのシグナルだけが、ディスプレイにぽつんと映っている。
二呼吸ほどの沈黙の後、指令室に歓声が上がった。
スネイルだけが、冷めきった表情でそれを聞いていた。
「V.Ⅵフロイト。よくやり遂げました。すぐに回収班を送ります」
≪俺に賭けて良かっただろう? 第二隊長殿≫
「私は貴方【と】賭けをしただけで、貴方【に】賭けたつもりはありません。それと、今日の貴方の戦勲は本社に報告します。上位ナンバーへの昇格は確実でしょう」
≪興味はないな。さて、迎えが来るまで一寝入りするとしよう≫
一方的に通信を切られたスネイルは鼻白んだが、いつもの苛々とした眉間の皺は刻まれない。
この男にしては珍しいことに、可笑しそうに笑っていた。
「ふん。喰えない男だ」
誰にも聞かせるつもりもないその呟きは、指令室の歓声の中にかき消された。
その後、V.Ⅰに昇格したフロイトは、その天才的な才能を発揮し、数々の戦場で活躍することとなる。
アイランド・フォーの動乱にて単騎で100機もの敵を撃墜した逸話はアーキバス社のみならず独立傭兵間でも伝説として語り継がれ、氷原の鬼神とまで呼ばれた。
そして、フロイトの残した単独撃墜数は、伝説的記録として長い間その不動の地位を保ち続けていた。
いずれ目覚める無名の独立傭兵の手で破られるまで。