ゴーストミクとノーマルミクが最終的に結ばれる話(仮題) 作:新品のタタリモップ
ただ、真っ黒だった。眼前に広がる闇は、どこまでも、いつまでも、ひたすらに真っ黒だった。すべての星月が消えた夜でも、きっとここまで黒くはない。暗い。暗くて、昏くて、冥くて、闇くて──黒い。
歩く。なにも見えない暗闇を、常闇を。ただそこから逃げたくて。でも、どんなに歩いても光は少しも見えない。だんだん不安が大きくなって、歩く足が早くなる。確かに歩いているはずなのにその足音さえ聞こえなくて、この闇が音さえも呑み込んでいるんじゃないかと思う。歩く足が早くなる。なにも見えない、聞こえない空間を、もうほとんど走りながら誰かを呼ぶ。誰でもいい。独りはいやだ。喉が壊れてしまうくらいに叫んでも、自分の耳にさえ届かない。本当に叫んでいるのかもわからなくて、私はいよいよ走り出した。私の周りには、ただ闇があるだけ。暗くて、昏くて、冥くて、──黒い。
走る、走る。闇の中をただ走る。どこへ行くのか、自分がどちらを向いているのかさえわからない。闇雲に走るだけ。必死に走って、走って、ふと思った。私はもっと暗い方に行ってるだけなんじゃないかって。そう考えたらもう駄目だった。足がすくんで、一歩も動けなくなってしまう。立ち尽くした私の眼前に、少しも変わらない闇が広がっている。暗くて、昏くて、冥くて、──黒い。
寒い。温度なんか感じないはずなのに、どこかが寒くて仕方がない。凍り付きそうな心臓を抑えて蹲る。心臓を庇うように、少しでも温めるように。けれど寒さは変わらない。いや、もっとずっと酷くなっていく。誰の声も聞こえない。私の周りを、闇はずっと覆っている。暗くて、昏くて、冥くて、──黒い。
誰もいない。ここには、誰もいない。初めから、私が独りで居るだけ。温かい家族も、頼りになる相棒も、大好きな友達も、誰もいない。──あれ?そんなひと、いたんだっけ。もっとずっとはじめから、ひとりだったんだっけ。私を取り巻く闇が、いっそう黒くなった気がした。暗くて、昏くて、冥くて、闇くて──
〇
ひゅ、と自分の喉が鳴る音で、私は目を覚ました。ガバッ、と音を立てて身を起こす。荒い息のまま辺りを見渡せば、そこにはただ薄暗い空間が──いつもの『わすれられたそうこ』があるだけで、あの恐ろしい闇はどこにもなかった。
「……夢?」
まだ早鐘を打つ心臓をぎゅ、と抑えて呟く。こわい、怖い夢だった。誰にも助けてもらえない暗闇の中で、独り藻掻く夢。まだあの寒さが残っているような気がして、自分の身体を掻き抱く。そこで、あれ?と疑問に思った。
「私……寝て、た?」
記憶を辿る。たしか……ミクが帰ったあと、ソファで今日の会話を思い返してた。そのあと、寝ちゃった……?そこまで考えて、やっぱり不自然だと思う。
「ちがう。私に睡眠は……必要、ない」
そう。幽霊?の私は、基本的に眠らない。自分から寝ようと思えば……寝ることは、できる。でも、今日はそんなことしようとしていなかった。なんとなく自分の手を見る。いつもと変わらない、半透明な手。あの子に、ミクに……触れない手。ふと、夢のことを思い出して怖くなった。またいつ眠ってしまってあの闇の中に行かされるのかわからない。
「ミク……」
不思議と、私の口はミクの名前を呼んでいた。なんでかは……わからない。わからないけど、無性にミクに会いたい気分だった。なぜか、そんな気分だった。
「……まだ、起きてるかな」
ミクはたまに夜更かしをすることがある。それも結構な遅くまで。もしかしたら起きてるかもしれないと期待しながら、私は『わすれられたそうこ』の天井に向かってふわりと飛んだ。ミクの控室は、ここの真上だ。私は寒さを誤魔化すように、するりと天井をすり抜けた。──まだ、夜は長い。
〇
「すぅ……すぅ……」
「……ねてる」
するっと床をすり抜けて控室に出ると、そこはもう暗くてミクの寝息だけが響いていた。今日に限って、ミクはもう眠ってしまっているらしい。起こすのも悪いけれど、この不安感をどうにかしたくて……結局なにもすることができないまま、寝ているミクの周りをふわふわと飛び回った。
そんなことをしていると、壁際にある棚が目に入った。トロフィーのようなものや、写真立てに入った記念写真が並んでいる。思い出を並べる棚なのだろう。そこに自分の写真がないことに寂しさを覚えた。私は写真に映ることができない。映っても、黒いモヤのようになってしまう。
棚を眺めているうちに、左側にあるものの方が古くて、右側にあるものの方が新しいことに気が付く。折角なら順番通りに見ようと左側を見れば、今よりもずっと幼いミクの写真が見つかった。自分の知らないミクを知れたようで少しだけ嬉しくなり、だんだんと右の方へ視線を動かしていく。なにか歌の大会で優勝したらしいミク、まだライブに不慣れなのか緊張した面持ちでステージに立つミク。だんだんと今に近付いていって、私は視界の右端に見覚えがあるものを見つけた。
「これ……『ねらいのまと』?」
大きくヒビが入ったそれは、かつて私がミクに持たせたものだった。よく見れば、そこから右は見覚えのあるものばかり。七夕で結局使わなかった飾りの一部や、ハロウィンのときに渡したヨマワルのお面、あの流星群を見た夜に拾っていた綺麗なだけの石。胸が温かくなるのを感じながらそれを眺めていると、見覚えのないものがあることに気が付いた。写真立てのようだけれど、その中身が見えないように倒されている。
「『ポルターガイスト』」
わざを使って、音を立てないように気を付けながら写真立てを起こす。ゆっくり、ゆっくり。最後まで音を立てずに終わらせて、さて、と呟いて中身を見る。
「……ふふっ、へたくそ」
ミクが描いたのだろう、笑ってしまうほど下手な絵だった。たぶん、このカラフルなのがミクで、こっちの浮いてるのが私。私たち二人が並んでいる絵で、辛うじて二人とも笑顔であることだけがわかった。それ以上は、せいぜい背景が青空ってことくらいしかわからない。でも、それで私には十分だった。こんなにも胸が温かい。
きっと芸術の秋だ、とか言って描いたはいいもののマネージャーさんに酷評をもらったんだろう。でなければ、あのお調子者なミクは真っ先に私のところへ見せに来ただろうから。その光景が目に浮かぶようで……くすくすと笑っていると、後ろからガサ、と音がした。まさか起きてしまったのだろうかと思って振り向くと、ミクがもぞもぞと動いているのが見えた。なんとなく緊張して唾を飲む。
「……すぅ」
「……セーフ」
ただ寝返りを打っただけだったようだ。ほうと胸を撫でおろしてから、ミクの方へふわふわと向かう。見れば、今度は仰向けになったようでいつもメガネで隠されている素顔がよく見えた。さすがに……寝てるときは静か、なんてちょっと失礼なことを考える。でも、無防備な寝顔はずっと見ていたくなるような魅力があった。
「……大丈夫、かな」
すやすやと眠る彼女を見て、ふと不安に襲われた。いつか、いつか、万が一。ミクが……私のことをどうでもよく思ってしまう日が来るんじゃないかって。約束したけれど、それさえも重荷になってしまうんじゃないかって。考え出すと止まらなくて、いろんな不安が胸を覆いつくす。記憶を取り戻したとき、私がミクを拒絶したら。彼女は本当に、私なんかのそばに居ようだなんて思うんだろうか。──ふと、目の前の彼女が口を開いた。
「ユウレイ、さん……」
それから彼女がなんて言ったかは、私だけの……ヒミツ。でも、ねごとのくせに……生意気に私の不安を払ってくれたのは、間違いなかった。
「ありがと……ミク」
私は一言だけお礼を言って、ふわりと浮き上がった。赤い頬を抑えて『わすれられたそうこ』に戻る。もう大丈夫だ。だって、こんなに心臓がバクバク言ってるんじゃ……眠りたくたって、寝られない。きっと、夜明けは近かった。
〇
翌日の夕方、いつも通りミクはやってきた。他愛もない話をしながら、ポットデスが淹れてくれた紅茶を飲む。ミクと飲む紅茶は、きっと幸せの味がした。ふと、私は昨日のことを覚えていないか気になって聞いてみる。
「あの……昨日……」
「昨日?なんかあったっけ?」
だけどミクはなにも覚えていない様子で、間抜けな顔で聞き返してきた。寝ていたんだから覚えてないのなんて当たり前なのに、なんとなく私はそれが気に入らなくて……いつものイタズラをしてやることにした。心のなかで『ポルターガイスト』、と唱える。
「えっちょっ、なんで無言でメガネ浮かせるの!?ちょ、返して!?」
「覚えてないから……」
理由を聞かれたので答えてあげた。ひょっとすると私は寛大なのかもしれない。ミクは「なにが!?」と叫んでぴょんぴょん跳ねて、なんとかメガネを取り戻そうと必死だ。やっぱり何故かあのメガネはしっくり来ないな、とミクを観察しながら、私は口を開く。
「……跳ねてるの、おもしろい」
「あたしの質問どこ行ってるの!?」
正直な感想を口にすると、鋭いツッコミが返ってきた。打てば響くとはこういうことを言うのだろうと感心して、私はうんうんと頷いた。ぴょんぴょんと跳ねる元気でちょっぴりやかましい姿に、寝てる時とは大違いだな、なんて思って……ふと、あの絵を思い出した。青空の下で私とミクが笑顔で手を繋いでいる絵。なんとなく言いたくなった言葉を口にする。
「……ありがと」
彼女はなにが?と聞き返してくるだろうか。それとも、よくわからないままどういたしましてと言ってくるだろうか。どちらもあり得そうだけれど、私はこの言葉の理由を教える気はなかった。
「ちょ、跳ねてる最中は聞き取りづらいんだって!なんか言った!?」
「ううん……なにも」
私は寛大だけれど、大事なことを覚えてないような人に3回もお礼は言わないのだ。それに昨日の夜は、きっとなにもない、なんでもない当たり前の夜だったから。あれを受け取るわけにはいかないから、そういうことに……しちゃうのだ。
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ミクの絵
シンガーの ハツネミクが 描いた絵。
本人いわく とっても 芸術的。
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たぶん ひとがふたり かかれた え!
とっても いいえがお!