ゴーストミクとノーマルミクが最終的に結ばれる話(仮題) 作:新品のタタリモップ
走る。燭台の灯りに照らされた木々の間を縫い、下草を蹴飛ばし、ただ走る。いくつこの灯りを視界の端に見ただろうか、初めから数えることなどしていないからわかるわけもない。走る。光源があってなお先を見通せない暗闇の森を、空気と霧とを切り裂いて。
ユウちゃんと別れてから数分、アタシは再び『しんげつのもり』を駆け抜けていた。焦りはある。不安もある。でも、不思議と胸の中は穏やかだった。凪いだ海のようなその心を、自分でさえ不思議に思う。ふいに、赤い光が目に入った。それに気づいた瞬間、案内は終わりだとばかりに燭台が消える。森の中を再び闇が支配し、木々の隙間から漏れ出る月光だけがわずかにそれを切り裂いていた。
アタシは進路をその赤光に向けてとる。距離感はわからなかったが、さほど遠くもなかったのだろう。すぐに近づくことができた。それは、いつもユウレイさんの周りに浮かんでいた、ホログラムのような人魂だった。ジジッ、というノイズ音を鳴らしながら、闇をわずかに照らしている。アタシは息を整えもせずに周囲を『みやぶる』……見つけた。
「やっほ、ユウレイさん。むかえに来たよ」
「……」
こちらを振り向いたユウレイさんの表情は、あのときと同じだった。『わすれられたそうこ』から消えてしまったあのときと同じ……なんの感情も映さない、完全な無。その瞳に縫い留められて、しかし今度はひるまない。全部話して、全部伝えて、ユウレイさんを連れ戻す。約束も、宣言も、願い事も。守って、果たして、叶えてやる。──ユウレイさんが、口を開く。
「帰って。あなたなんて……呼んでない」
「やだね」
即答する。底冷えする声だった。平坦でなんの感情も乗らない、人間のものとは思えないような声だった。霧の塊がひとつ、風に押し流されて消えていったのを視界の端に捉える。ユウレイさんが不快そうに眉を寄せる。……けれど、もう騙されない。
「ね、ユウレイさん覚えてる?ハロウィンのとき、当日まで開催場所教えてくれなかったの」
「それが、なに?」
意図が読めない、不愉快だ。そんな声だ。感情が乗っていることにクスリとほほ笑んで、言葉を続ける。目を閉じて、ただ思い出を振り返って。
「アタシがしつこく場所聞いたら、ユウレイさんびっくりするくらい誤魔化すの下手だったよね。思わず笑っちゃうくらいで……」
「だから!……それが、なに?」
ただの思い出話だと思ったのか、ユウレイさんが苛立ち混じりに言葉を遮ってきた。アタシは微笑んでいた顔を引き締めて、目を開く。揺れる黄色をしっかと見据える。ユウレイさんが、わずかにひるんだ。
「そんな寂しそうな顔してたんじゃ、演技だってバレバレだよ」
「っ!」
ユウレイさんが、明らかに動揺した。やっぱり誤魔化すのは下手なんだな、なんて思う。ああ、ようやく彼女と話ができる。不安に、動揺に、心配に……揺れる黄色い瞳と目が合った。
「…………って」
俯いたユウレイさんが、小さく声を絞り出した。小さくて聞き取れないそれは、しかしちゃんと感情が乗っていた。自分よりも他人を優先してしまう、ユウレイさんの声だった。
「…………帰って」
「やだね」
初めと同じ会話に、同じように即答する。ユウレイさんはバッと顔をあげて、懇願するように瞳を揺らして、小さく言った。「どうして」、と。思わず口から漏れ出たのだろうそれは、それでもしっかりとアタシの耳に届いた。
「私は……っもう、助からない」
「……」
ユウレイさんは必死に、絞り出すような声で訴えかけた。アタシは、ただ黙ってそれを聞く。彼女の、ユウレイさんの言葉を聞きたかったから。彼女がいなくなってしまった理由の本当を、知りたかったから。
「ここに居たら……ミクまで、助からなくなる」
少しずつ、彼女は頽れるように、すがるものがなくて倒れこむように、その場に座りこんだ。彼女の瞳から涙が零れ落ちる。雫が、地面に弾けてきらりと光った。
「私を守ってくれるあの子も……もう、限界なの」
ユウレイさんの声は、どんどん小さくなっていく。ああ、やっぱりだ。ユウレイさんは、他人を優先している。ユウレイさんは顔を静かにあげて、下手くそな笑顔を作った。
「だから……お願い、ミク。帰って、幸せに……」
ユウレイさんは、そこで言葉を止めて「私は……大丈夫だから」なんて嘘を吐いた。彼女はあの子のために、アタシのために、もう助からないからと自分を投げ捨てようとしている。確かに美談だろう。美しい自己犠牲なのだろう。でも、アタシには気に入らなかった。どうしても、こんな結末を受け入れるわけには行かなかった。だって、それは。彼女が独りでこの森に残るだなんて結末は。──アタシは、ユウレイさんに質問する。
「ねぇ、ユウレイさん」
Q.5
「”寂しくないの?” 」
「っ!」
アタシの質問に、答えは返ってこなかった。ユウレイさんの表情が、答えだった。アタシはへたりこんでしまっているユウレイさんのところに歩み寄って、しゃがむ。視線を合わせて、目を合わせる。涙で濡れた瞳に、アタシの微笑みが映りこんでいた。
「ね、ユウレイさん。……答え合わせ、しない?」
「答え、合わせ……?」
意図が読めないと呆けた顔でオウム返しするユウレイさんに「うん」、と頷きユウレイさんの手を握る。そう、ユウちゃんとアタシがしたように。ユウレイさんとアタシも答え合わせをしないといけない。
「初めて会ったあの日、あの質問の答え合わせ!」
アタシは少しだけ首を傾げて、明るく笑った。呆けたままのユウレイさんの手を引いて立ち上がる。雲から出てきたのだろう、月の光が少しずつ強くなっていた。今宵も三日月だ。アタシたちは月の光に照らされて、闇を薄めているようだった。
Q4. ”どこからきたの?どうしてきたの?”
「ユウレイさんがどこから来たのかの答えは……ここから」
「……」
二人向かい合って立つアタシたち。しっかりユウレイさんの目を見て話すアタシを、彼女は、ただぼーっと見つめていた。
「つまり、『しんげつのもり』から。それからどうして来たのかだけど……ユウレイさん、わかる?」
「……わから、ない。なんとなく……あそこに行かなきゃいけない気がした」
言葉に詰まりながらも答えてくれる幽霊さんに頷きを返し、ポケットからお守りを……その中に入っていた『みかづきのはね』を取り出す。ユウレイさんが一気に悲壮な表情になるのを見て、説明を手早く終わらせることに決めた。
「これ、アタシのお守りの中に入ってたんだ。きっと、ユウレイさんはこれに惹かれてやってきた」
「……」
アタシは『みかづきのはね』をポケットに仕舞いながら「あの倉庫はアタシの控室の真下にあるからね」、と言って説明を終える。今ので確信した。彼女も、全部思い出してる。
Q3. ”さっきのイタズラは?”
「ユウレイさんがよくアタシのメガネを浮かばせるのは、メガネをしてないころのアタシを知ってて、それが普通だったから」
アタシは自分のメガネを手に持ってそう言った。メガネをかけると印象ってだいぶ変わるし、加えてアタシのメガネはだいぶ特徴的だ。もしもいきなりつけ始める人が居たら、しばらくはかなりの違和感があると思う。実際、これがトレードマークとして馴染むまで結構な時間を要したし。メガネの液晶から漏れ出る光が少し弱まる。充電切れが近いのだろう。
「しっくりこないって、そりゃそうだよね。アタシ昔はこのメガネしてなかったもん」
そう言ってメガネをぷらぷらさせるアタシの顔を、彼女はじっと見ていた。懐かしむような雰囲気を感じて、なんとなく照れくさくてパッとメガネをかける。彼女が小さくあっと声を漏らしたけれど気にしない。……ちょっと微妙な空気になってしまった。
Q2. ”幽霊ですか?”
「それじゃあ次ね!」
仕切りなおすように声を張り上げて、微妙な空気を振り払う。アタシの声は森の中によく響いて消えていった。棒立ちのままこちらをじっと見るユウレイさんと目を合せて……言った。
「ユウレイさんは、正確には幽霊じゃない」
びくり、と彼女の肩が震える。アタシは歩み寄って、彼女の身体を抱きしめた。わずかに震えている、温度のない身体。たしかに今の彼女は人間の身体を持っていない。でも。
「──まだ、生きてる」
小さく、けれどたしかに聞こえる声で。アタシと彼女に刻み込むように、そう言った。あたりに立ち込めていた霧はほとんど風にさらわれて消えていた。月の光も強くなっているように感じられる。もう、迷うことはないだろう。
Q1. ”名前は?”
彼女を抱きしめて、しばらくそのままそうしていた。彼女はなにも言わず、アタシもなにも言わなかった。次の答え合わせをしたら、決定的にアタシたちの関係は変わるから。アタシは決意を再確認して、彼女はきっと怯えていた。でも、いつまでもこうしているわけにはいかない。
アタシは少しだけ身体を離して、のぞき込むように彼女と……ユウレイさんと、目を合せた。子どものようにふるふると首を振る彼女に、アタシはそれでも口を開いた。彼女と帰るため、前に進まないといけないから。
「ユウレイさん。あなたの名前は、ハツネ。ハツネミク。アタシと同じ名前で……10年前、それがキッカケで仲良くなった」
ね、思い出したんでしょ?アタシは思い出したよ、ハツネ。
────アタシの脳裏に、ずっと閉じていた記憶が溢れ出す。大切で、忘れたい……後悔の記憶。
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ミクのメガネ
レンズが 液晶に なっている
変わった メガネ。
よく イタズラを される。