ゴーストミクとノーマルミクが最終的に結ばれる話(仮題)   作:新品のタタリモップ

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幻月の追憶

 side:ミク

 

 アタシがユウレイさんと……ううん、ハツネと出会ったのは、まだ寒さ残る春の日だったと思う。出会いと別れの季節だなんて言われる春だけど、当時のアタシにとって、その年の春はまさにそうだった。引っ越しをして、環境がガラッと全部変わったから。そしてなにより、ハツネと出会ったから。

 

「ミク、あとはお父さんがやっておくから遊びに行っていいぞ」

「うんっ!」

 

 その日はまさに引っ越してきた当日だった。寒さがやわらいできて、風が強くても薄手の上着一枚で十分だった。アタシは鼻唄を歌いながら、新しい街を歩いて回った。ワタッコの移動を見上げたり、ガーディに吠えられて逃げ出したりしたっけな。それでも鼻唄を……あれ、普通に歌ってたんだっけ。とにかく、ずっと音楽と一緒に歩いてたのは、当時から歌が好きだったからだと思う。歌を歌うととにかく楽しくてたまらなくて、なにかにつけては歌を歌ってるような子どもだった。だから、きっと必然だったんだと思う。

 

「──♪」

「……うた?」

 

 風に乗って飛んできた、その歌に惹かれるのは。優しい雰囲気の曲なのに、寂し気な歌声に引き寄せられるのは。ハツネと出会うのは、きっと必然だったんだ。

 

 

 

 side:ハツネ

 

 あの歌を……ミクが歌ったあの曲を聞いてから、頭の中でずっと記憶が流れている。昔の、ミクと出会ってから別れるまでの記憶が。あの曲は、お母さんが教えてくれた曲だった。私が転んだり、他の子に避けられたり。嫌なことがあったときにそっと歌ってくれた優しい歌。優しい、私のおまじない。

 当時の私は、街に馴染めていなかった。子どもの中で避けられているとかじゃなくて、街全体に避けられていた。理由は……私の体質。ゴーストポケモンに好かれる私は、周りの人から見たら不気味で仕方なかったんだろう。それでも、私は幸せだった。あの雨の日に、両親が死んでしまうまでは。理由は、よく覚えていない。

 それからの日々は、地獄だった。腫れ物のように扱われて、誰も私のそばに居てくれない。居てくれるのは、ゴーストポケモンだけ。余計に気味悪がられることを薄々知っていながら、夜に彼らと会っていた。孤独を癒すために、私にできることはそれくらいだったから。だから、私はずっと彼らとだけ生きていくんだと思ってた。──あの日、ミクに会うまでは。

 

「────♪」

 

 その日は、風が強い春の日だった。風に乗ってワタッコたちが飛んで行くのを遠くに見ながら、私は街はずれにある橋の下でそっと歌を歌っていた。相棒のムウマージと、ゴーストポケモンたちと一緒に。その日は嫌なことを言われて、少しだけ悲しみながら……ううん、今振り返ればすごく悲しかったんだと思う。誰も近づかない、誰の迷惑にもならないこの橋の下がそのころの私の、唯一の居場所だった。だから、柱の陰から飛び出てきた幼い顔に驚いた。

 満面の笑みでこちらを見やる、期待にきらめく空色の双眸に。私はなんとなく、運命染みたものを感じた。

 

「……だれ?」

 

 当時の私は、警戒するだけだったけど。

 

 

 

 side:ミク

 

 アタシが歌声を辿ってたどり着いたのは、どっかにある橋の下だった。近づくに連れてその歌がとっても上手なことに気が付いて、アタシは途中から走っていたと思う。転びそうになりながら橋の下まで下りて、そこで見つけたのがハツネだった。はじめはすっごく警戒されていたんだけど、名前が同じってことを知ったアタシがそんなこと気にせずスゴイスゴイと騒ぎ立てて……それから何を話したのかはよく覚えていない。とにかく、仲良くなったことだけが確かだった。

 

「ねぇねぇ、ハツネはどんなことがすき?」

「……うたうのは、すき」

「ほんと!?アタシも歌うのすっごく好きなんだ!!」

 

 ひかえめながらも返事を返してくれる彼女をハツネと呼んで、彼女もミクと呼んでくれて。それから何度も、二人で会った。初めて会った橋の下を二人の秘密の場所にして、いろんな場所で遊んだ。ハツネは歌が上手かったから、色々と教えてもらったのを覚えている。二人で歌うのは、とっても楽しかった。

 アタシたちは歌の他にも、ごっこ遊びをして遊んだ。なかでもよくやったのが冒険ごっこだ。街の外れにある廃墟、街に程近い森、日が暮れるまで川沿いに歩いたり、釣りで競争したり。ちょっとくらい危ない場所でも、ハツネはゴーストタイプに好かれるから大丈夫だった。ごっこなんて呼んでるけど、アタシたちにとってあれは本当の大冒険だった。アタシたちは、二人でならどこにでも行けると思ってた。だから、ハツネがあれを持ってきたとき。なんの迷いもなく、そこに行くことを決めてしまったんだ。『しんげつのもり』に行くことを。

 

 

 

 side:ハツネ

 

 ミクに会ってから、私の日常は一変した。寂しさを紛らわす道具だった歌は、ミクと私を繋ぐ絆になった。逃げ込むだけの場所だったあの橋の下は、二人の秘密基地になった。それだけじゃない、明るいミクが手を引いてあちこち連れまわしてくれたおかげで、街での私の印象も変わっていた。友だちが増えた。笑いかけてくれる人が増えた。ミクが、私の世界を広げてくれた。

 いつか、ごっこ遊びでヒーローごっこをしたとき。ミクはヒーローをやっていた。悪いやつをやっつけて、弱いやつを助ける。それが普通のヒーローごっこだと思う。でも、ミクは違った。ミクは悪いやつも弱いやつも一緒になって笑う大団円が好きだった。ただのごっこ遊びでも、誰かを仲間外れにしたりしなかった。

 そんなミクの一番の友達が私であることは、私の誇りだった。幼い、拙い心だった。それでも私はきっと、ミクのことが。どこまでも真っすぐで、優しいミクのことが、大好きだったんだと思う。

 一緒に冒険をした。意外に怖がりなミクを励ましながら廃墟に行った。森のなかでかくれんぼをして、ミクが必ずアタシのことを見つけるのが不思議だった。日が暮れるまで川の近くを歩いて、二人で夕暮れを見た。釣りで、こっそり『ポルターガイスト』でズルをして競争に勝った。毎日が輝いていた。今なら、両親の死とも向き合えるように思えて。ずっとそのままでいた両親の部屋を片付けていたとき、私はそれを見つけた。見つけてしまった。

 

「なに、これ。……羽?」

 

 ミクと一緒に図書館で調べて、それが『みかづきのはね』というものだと知った。悪夢を祓う力を持つ、すごいものだと。私とミクは大興奮だった。ミクなんて飛び跳ねていたくらいだ。……あのとき、私があんなことを言わなければ。断っていれば。いや、そもそも『みかづきのはね』を見つけなければ。

 

「ねね、ハツネ!」

「?」

「二人で『しんげつのもり』、行ってみない?」

 

 その言葉に私はなんて返したのか、もう覚えていない。でも、きっと賛成したんだろう。数日後に私たちは『しんげつのもり』へ行って……私は二度と、帰ることは出来なかったのだから。

 

 

 

 side:ミク

 

 『しんげつのもり』は、アタシたちが住んでいた街から一時間ほど歩いたところにある、深い、深い森だった。なにも居ないのに影だけが動いているのを見た。森に入ったら二度と出てこれない。恐ろしいポケモンが住んでいる。不気味な噂がいくつもあったけれど、ひとつ、誰でも知っているものがあった。それが。

 

「でも、あそこに入ったら、悪夢を見続けることになるって……」

 

 そう言ったハツネの声を今でも覚えている。あのとき私がそれで諦めていれば、きっと今みたいなことにはなっていないだろうから。最後の分岐点だったと、そう思うから。でも、当時のアタシは止まらなかった。

 

「だいじょうぶ!アタシたちには『みかづきのはね』があるじゃん!」

「でも……」

 

 大丈夫、そう言ってアタシはハツネを説得した。最後にはハツネも頷いて、二人で計画を立てた。図書館で騒ぐなって怒られて、途中からは外で話していたような気もする。とにかく、数日後にアタシたちは『しんげつのもり』に出発した。

 

「うう……暗いよ~ハツネ~!」

「来ようって言ったの、ミクなのに」

「だって~!」

「マージ……」

「ムウマージも、情けないって言ってる」

 

 そんなことを話していたときだと思う。アタシが落ち葉に隠れていた、ぐにっとした何かを踏んでしまって……あたりがキラキラと光ったのは。綺麗、なんて思ったのが私の最後の記憶。気付いたら町に居て、手に巾着袋を持っていた。

 ──それ以来、隣に空白を感じながら生きてきた。

 

 

 

 side :ハツネ

 

 森に入ってしばらく、私たちは二人話しながら歩いていた。他愛もない話だったと思う。だからだろうか、それが崩れるのも一瞬だった。わっ、と小さく叫ぶミクの声が聞こえたと思った瞬間、あたりがキラキラと光るなにかで包まれた。今思えば、あれはきっとネマシュの胞子だったんだと思う。その光を見た私たちは、眠りに落ちてしまった。悪夢を見るという、この森の中で。

 

「ミク?ミク、どこ?」

 

 私が見たのは、どこにもミクがいない夢だった。ただの日常なのに、ミクがいないだけですごく恐ろしくて仕方がなかった。街の誰も、相棒のムウマージでさえミクのことを覚えていなかった。

 

「だれか……だれかミクを知りませんか!?」

 

 そう聞いても、誰もが不思議そうな顔で首を傾げるだけ。こんな風にみんなと会話できるのはミクのおかげなのに、ミクだけがいない。みんなの中心だったミクが消えたのに、誰もそれに気が付かない。アタシの中にある、ミクが消えてしまったという喪失感だけが彼女の存在を教えてくれる。そういう夢だった。どれだけその夢を見ていたのかはわからない。でも、気づけば私の意識は『しんげつのもり』に帰ってきていた。

 

「…………ぅ、ミク……っ、そうだ、ミクは!?」

 

 かなりの時間寝ていたせいか、あたりはもう夜になっていた。暗くて、昏くて、冥くて、──黒い。闇だけがあたりに立ち込めて、支配していた。起きてすぐにあたりを見回した私は、すぐに隣で寝ているミクを見つけた。魘されている様子の彼女を揺り起こして、ミクが居ることに、その存在に安心した。けれど、ミクはそうじゃなかった。

 

「ハツネ!お父さんがっ、お母さんがっ……!!」

「っ、ミク、落ち着いて!」

「みんなが……っ!」

 

 死んじゃう。そう叫ぶミクは明らかに正気じゃなくて。ミクは、まだ悪夢に囚われていた。私はすぐにポケットから『みかづきのはね』を取り出し……愕然とした。それはまるで強い熱に曝されているかのように、ボロボロと崩れ始めていたから。幼心にも、私は悟った。二人分の悪夢を祓うには、『みかづきのはね』が足りないこと。だんだんと私の意識も薄れきていて、私の悪夢も祓えていないこと。このままじゃ共倒れになる。私は、迷わなかった。ミクがいない日常の恐ろしさを、知ってしまったから。

 

「ミク、これを持って。これがあれば、大丈夫だから」

「うっ、ひっぐ……」

 

 泣きじゃくるミクの手に、強引に『みかづきのはね』を入れた袋を握らせる。祈るように、縋るように。アタシはミクの手を両手で包み込んだ。大丈夫、大丈夫と……ミクに、自分に言い聞かせながら。独りは怖い。怖くて、悲しくて、寂しくて、そしてやっぱり怖い。でも、ミクが居なくなってしまうことの方が、私にはずっと怖かった。だから、だから。私はポケットのダークボールからムウマージを出した。

 

「ムウマージ、ミクに『さいみんじゅつ』」

「……マージ」

 

 ムウマージは私がやろうとしていることを悟ったらしく、優しくミクに光を見せた。ふらりと崩れそうになるミクを抱きとめて。耳元で、歌を歌った。私が昔から使えた、ヒミツのじゅもん。誰かを不幸にも、幸せにもできる私のとっておき。お母さんと誰にも教えないって約束したから、ミクにも教えていなかった隠し玉。ミクとの日々を、思い出を考えながら、ミクがそれを忘れるように。じゅもんを歌う。私がいなくても、幸せになれますように。そう願って、歌を歌った。ミクの肩が、雫で濡れる。私の目から零れ落ちた雫が、これ以上ミクを汚してしまわないように……そっとミクから身体を離した。ムウマージの『さいみんじゅつ』で意識がないミクは、ぼーっとしている。

 

「……ムウマージ、おねがい」

 

 ムウマージがなにか呪文を呟いて、ミクが立ち上がる。ゆっくり、ゆっくり、ムウマージとミクが私のそばを離れていく。

 

「ミク、どうか……幸せで」

 

 遠ざかるその背中を言祝いだ。ゆっくり、ゆっくり離れていくミクの背中はまだ見える。まだだ。まだ、我慢しないと。俯いて、歯を食いしばって、その言葉を吐きだすのを必死に耐える。霧でミクの背中が見えなくなる。あと、もう少し。もう少しだけ我慢しよう。『みかづきのはね』の力が届かなくなってきているのだろう、段々と意識が薄れていく。ミクの姿は、もう見えなかった。……もう、いいかな。弱音を吐いてしまっても。誰にも届かないのなら、助けを求めてしまっても。

 

「おいてかないで」

 

 それだけ言って、そのあとどうなったのかはわからない。気付いたら記憶を失って、この森の入口に浮いていたから。近くのごみ捨て場でロトムに会って、それからずっと、隣に空白を感じて過ごしてきた。あの日、再びミクに巡り合うまでは。でも、私の命は期限付きだ。

 今も、あの子の力を感じる。ムウマージが私を守ってくれているのを。

 ああ、昔を想うのはここまでにしないといけない。きっと、私はもう助からないけれど。ミクとムウマージにはまだチャンスがある。だから、私はもうこの記憶だけあれば十分だ。あと少しだけ頑張って、そしたらまたこの記憶に縋ろう。決めて、私を抱きしめるミクを睨みつける。

 

────私の脳裏で、そっと流れていた記憶に蓋をする。忌まわしくて、大切な……寄る辺の記憶。

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