ゴーストミクとノーマルミクが最終的に結ばれる話(仮題) 作:新品のタタリモップ
あれから1か月が過ぎた。本当に、本当に色々とあった1か月だったと思う。
あのあとアタシたちはそのままかなりの時間をかけて歩きながら帰った。のだけど、深夜とはいえゴーストポケモンを大量に引き連れて歌っていればそれは目立つわけで。アタシが有名人なのも相まって、なにかのイベントと勘違いした人たちによって見られていたらしい。その様子がSNSに投稿され、小さな話題を呼んだ。
そうなると大変なのはマネちゃんだ。ドームについてようやく帰った来たぞと扉を開けた瞬間、烈火のごとく怒ったマネちゃんが仁王立ちしていたのも頷ける。アタシは思わず扉を閉めちゃったけれど。ライブの締めを全部放り投げられた挙句、小さいとはいえ騒ぎを起こしてしまったのだから仕方がないといえば仕方がない。結局、雰囲気に圧されたハツネと一緒に正座して、二人仲良く怒られてしまった。ただ、お説教の最中にも「帰ってこられたんだな」、という実感が湧いてきてしまって、ハツネと顔を見合わせて笑ってしまったのは許してほしい。まぁ、そんな許しを乞うまでもなく「そんな顔されたら怒れないじゃない」と呆れ気味に言われて、お説教はまた後日となった。
そこでようやくハツネのことを紹介できたのだけれど……ここからが大変だった。なにせ十年間も森の中で眠っていたリアル眠り姫だ。マネちゃんが大慌てで病院を手配して緊急入院、精密検査となった。結果としては多少の栄養失調が見られるものの問題なし、同時にポケモンセンターに送られたムウマージの方が重症だったそうだ。病院に送られてから気が気でなかったアタシはその報告を聞いて心底安心した。……本人が隣で慰める状況は、よくわからなかったけれど。
そう、ハツネは隣でアタシを慰めていたのだ。なにを言ってるかわからないと思うのだけど、ハツネはいわゆる幽体離脱ができるようになっていた。恐らく長い間肉体から離れて活動していたからできるようになったんだろう……とは、本人の説明。で、検査の間は暇だからとアタシの方に来ていた。隣にいたマネちゃんからすると黒い影に見えるらしく、いつも冷静沈着な彼女がたいそう驚いていたのが印象深い。
幽体離脱も割と大事件で、バレたら大変な騒ぎになるのは間違いない。そのへんはマネちゃんが情報操作してくれているからまずバレないとは思うけれど。バレても眉唾だから研究者なんかが来るかはわからないけどね、とはマネちゃんの言葉だったか。それよりも森の中で十年間眠っていた少女奇跡の生還というニュースの方が騒ぎになりそうだと、マネちゃんは頭を抱えていた。いや、本当に申し訳ない。その場でよくわからなそうな顔をしているハツネと一緒に頭を下げておいた。ハツネは自分のことについて本当ににぶい。
ハツネが退院してからは彼女の今後についての会議をした。といっても、参加者はアタシとハツネとマネちゃんの三人だけだったけれど。アタシは稼ぎのあるアタシが養うという素晴らしい提案をしたのだけれど、ハツネとマネちゃんの反対を受けて却下されてしまった。ハツネは「ヒモは……ちょっと」と難色を示し、マネちゃんに至っては「不健全」とバッサリ切る始末だ。アタシの中では第一候補だったのだけれど。とはいえ、ハツネは身寄りのない少女。ほかの地方では12歳で旅に出ることもあるというけれど、よそはよそ、うちはうち。第一、ハツネはトレーナーとしてそこまで優れているというわけではない(そこそこ凄腕のトレーナーであるマネちゃんの評価だ)ので一人旅には不安が残るし、なによりアタシが猛反対した。……いや、だって会えなくなっちゃうじゃん。
じゃあどうしようかと頭を悩ませたところで。マネちゃんが「歌がミク並に上手ければうちでスカウトするのにね」、と申し訳なさそうに発言し、それだ!となったアタシ。その場でハツネに歌ってもらって突発オーディションを行い……見事、ハツネとアタシは同じ事務所所属の同僚になった。唖然としていたマネちゃんの表情は見ものでしたね、えぇ。
で、職も決まったし次は住む場所の話になったのだけれど、それについてはアタシの家でいいよねと押し切って、半ば強引にアタシの家に住まわせた。しててよかった一人暮らし。……まぁ、滅多に帰らないし、ハツネも『わすれられたそうこ』に居る時間の方が長くなりそうだけど。あぁ、そうそう。『わすれられたそうこ』は名実ともにハツネのものになった。なんでも、使われていない倉庫ひとつでこれだけの才能を迎え入れることができるなら安いなんてものじゃないらしい。マネちゃんはよくわかっている。たぶんハツネが一番よくわかっていない。
それから、ハツネのシンガーとしての日々が始まった。初めはアタシも苦労したな、ちょっと手伝ってあげようかなと(無断で)ハツネの練習風景をSNSに上げてみた。引くほどバズった。考えてみれば当然で、アタシが当時大変だったのは、まだまだ歌唱力が未熟だったというのと知名度上げに難儀したせい。超絶歌唱力持ちのハツネを今のアタシの拡散力で拡散すればどうなるか、少し考えればわかることだった。結果、アタシはマネちゃんに大目玉を食らい、一気にハツネの知名度は上がった。顔が映っていなかったから、天才シンガーミクお墨付きの謎の天才シンガーとして。売り出し方を色々と考えていたらしいマネちゃんには本当に申し訳ないことをしたと思っています、はい……。
ハツネは結局、顔出しをしない、いわゆる覆面シンガーとしての売り出し方をすることになったらしい。ハツネは可愛いから、そのうち最高に盛り上がるタイミングで顔出しをするのだとか。説明を聞かされて、全体的によくわかっていないアタシは、可愛いの部分だけよくわかっていない様子のハツネを褒め殺しにしておいた。
この1か月であった出来事は、だいたいそんなところだろう。マネちゃんからまとめて反省文を書くように言われたからざっと振り返ったけれど、特に漏れはなさそうだ。これから書き始める真っ白な原稿用紙に目を落として、アタシは深く溜息を吐いた。
「ミク……どうか、した?」
アタシの溜息を気にかけてくれたらしく、ハツネが話しかけてきた。ここはアタシの控室。ほとんど自室と化した部屋で、アタシとハツネはソファに並んで座っていた。この1か月で板についてきた、いつもどおりのポジションだ。
「いや、来週ライブなのにこの量の反省文おかしくないかな〜と思って……」
「……でも、だいたいミクが悪い」
「うっ」
ぐうの音も出ない正論に、仕方なく紅茶を飲んで茶を濁す。ポットデスが『わすれられたそうこ』から出張して淹れてくれたものだ。最近は『わすれられたそうこ』と半々くらいのペースでここを使っているから、彼も慣れたご様子。
「それに……マネージャーさんは、ミクの無理も聞いてくれた」
「うう……」
ハツネが、ぷにぷにとアタシの頬を突きながら言うそれに、また言葉が出なくなる。そうなのだ。来週にライブを開催出来るのは、マネちゃんがアタシのワガママを聞いてかなりの無理をしてくれたおかげ。さんざん迷惑をかけているし、アタシは本当に頭が上がらない立場。だったらそんなに早くライブしなくてもいいじゃないかと思われるかもしれないけど……。
そこまで考えて、未だに頬を突くハツネを見つめ返す。ハツネは、あれ以来スキンシップをとることが多くなった。今みたいに頬を突くなんて序の口で、誰もいないと当たり前にハグや膝枕をしてくる。それが、その……嬉しいんだけど、キツイ。嫌とかではなく、嬉しいからこそキツイ。
そう、嬉しいのだ。ハツネからのスキンシップが。十一月のあの日、アタシは完全に自覚した。……自分が、ハツネのことを好きだって。親友としての、とかじゃなく、恋愛としての……ライクじゃなくて、ラブの方の好意。その気持ちを、アタシは歌手としてライブで伝えたい。それまではこの気持ちを隠し通すと決めているからこそ……キツイ。いや冗談ではなく、ふとした瞬間に告白してしまいそうになるくらいには気持ちを抑えるのが大変なのだ。
だからハツネにも責任があると思う、なんて考えながら不思議そうにこちらを見るハツネを見つめる。あっ、小首傾げるのずるいからヤメテ。
「ねぇ……ミク」
「……んぇ?なに?」
歯を食いしばって耐えるアタシに、なにか思いついた様子のハツネが話しかけてきた。イタズラっぽい笑顔をこちらに向けて、まっすぐにアタシを見ている。
「ライブ、楽しみにしてるから」
「……」
ちゃんと待ってる、と。なんとなくそう言われた気がした。固まるアタシを見て小首を傾げるハツネに、きっとその意図はないのだろうけど。だけど、彼女が楽しみにしてくれるというのなら。
「当たり前、今度はしっかり最後まで、楽しんでいってよね!」
今まで以上に、最高以上に仕上げないとね!
〇
なんとか反省文を書き終えて、ようやく迎えたライブ当日。アタシはステージの上で観客席を見渡していた。その真ん中あたりにハツネの姿を見つけて、ちょっと胸を撫でおろす。ないとは思うけど、万が一いないなんてことがないように。
今回のライブは、本人たっての希望で観客席にハツネがいる。なんでも、今まで行けなかったからここで楽しんでみたいとのこと。
逸れた思考を自覚しながら、大きく深呼吸。アタシは……有体に言えば緊張していた。その様子を珍しいと感じたのか、観客の視線がアタシに集まっていくのを感じる。
別に、ライブで失敗するかもとか、そういう緊張をしてるんじゃない。ただ、このステージが、アタシにとって一世一代の大舞台になるのは確かだから。傲慢で、もしかすると知ったら怒る人がいるかもしれないけれど。このステージは、アタシがハツネに思いを伝える場所だから。そう、アタシが定義したから。だから、緊張する。
ワガママだろうか、自分勝手だろうか。いや、聞くまでもないだろう。間違いなくワガママで、自分勝手だ。でも、それでいいと言ってくれた人がいたから。だからアタシは、ここで歌える。マイクを持って、声を吹き込む。
「待たせちゃってごめん!前は、ちょっと中途半端で終わっちゃったけど!」
観客は、ちゃんとしたライブを見せるまで時間がかかったことに対する謝罪だと思っているのだろう。でも、ハツネだけが知っている。わかっている。
「このライブで、ちゃんと伝えるから!」
アタシがなにを謝っているのか。誰に伝えようとしているのか。……なにを伝えようとしているかは、まだわかっていないだろうけど。それでもハツネの目が、ゆるやかに見開かれたのが見えた。それからふっと笑ったハツネが、口だけで「おそいよ」と文句を言ったのが見えた。ごめん、ちゃんと伝えるよ。さんざん待たせたけど、アタシの意思で、言葉で、歌で!
「目、離さないでね!」
言い終えて、ステージの床をダン、と踏みしめる。スタートの合図として決めていたそれを皮切りに、前奏が流れる。ベースとドラムの低音が、アタシの身体を揺さぶる。踵をつけたまま爪先でリズムを取って、目を瞑る。これはラブソングだ。愛を、想いを伝えるための曲。気付いた観客が、意外そうに息を呑む音が聞こえる。アタシは今までこういう曲を歌ったことはなかった。理由は、共感できなかったから。でも、今なら。目を開いて、マイクをぎゅ、と握りしめる。
「──────♪!!」
この1か月抑え込んだ気持ちを、歌に込める。間違えのないよう丁寧に、けれど想いの丈が伝わるよう烈しく。ポップな音楽に乗って、アタシの想いが、好意が、恋が。形を成して空気を震わせる。不安も、期待も、全部込めて。この胸の鼓動がリズムを保ってくれる。
「───……♪」
サビ前、一瞬の間が空く。ハツネと目が合った。頬を赤く染めて、それでもアタシから目を離せないその姿をとらえて。ちゃんと伝わってると確信した。『みやぶる』を使っていないけれど、今は間奏だからとハツネの気が緩んでいたのがわかる。目が合ったことに気が付いてその目を見開くハツネに、そんな油断なんてする暇ないことを教えてあげないと。歌の合間、それはパフォーマンスの時間だ。
指で銃を形作って、客席に、ハツネに向けて照準を合わせる。ちょうどハツネの位置が客席の真ん中だから、アタシの背後にある液晶も、大きくそれを映し出す。
『ロックオン』
ウィンクしながら指鉄砲を撃つ。ボン、と音が出そうなくらい真っ赤になったハツネを見て笑みを深める。でもね、本命の弾はこっちじゃないんだよ、ハツネ。ハツネに狙いを合わせて、口の形だけで言う。アタシの想いを、言葉に変える。ねらいうちだ。
「だ・い・す・き」
真っ赤な顔を更に赤く、首まで真っ赤にしたハツネは、それでもこの気持ちを受け取るしかない。だって、もうアタシに『ロックオン』されているんだから。
「────♪!!」
それでも歌は続く。止める気なんて毛頭ない、ポップな音に乗せて、アタシの無尽蔵な気持ちは溢れていく。ハツネに、ハツネだけに向けて。ごめんねハツネ、ちょっとギャラリーが多いけど、許してね。アタシを最高にワガママな歌手へ変えたのは、ハツネなんだから。
「────♪……」
歌が終わる。ライブは終わらない。アタシの告白はまだ続く。ハツネは逃げられない。アタシがとらえて逃がさない。ね、ハツネ。アタシの気持ち、こんなもんじゃないからさ。
「最後まで聞いてってよね!」
盛り上がる観客と、顔から火が出そうなハツネ。ライブが終わるまで、彼女は真っ赤な顔のまま、それでも一度も目を離したりしなかった。
〇
今度はちゃんとライブが終わらせて、アタシはほとんど走るように『わすれられたそうこ』に転がり込んだ。ハツネから、告白の返事を聞くために。別に示し合わせたわけじゃないけど、ハツネがいるならここだと思ったから。
そして、やっぱりハツネはそこにいた。俯いていて、表情はわからない。真っ赤になってたさっきの表情を考えると、たぶん色よい返事を貰えるとは思う。……でも。
でも、やっぱり教えてくれないと不安だ。一方通行の気持ちじゃないのか、すごく不安だ。自分だけが好きで、ハツネはアタシのことなんてなんとも思ってないんじゃないかって。どうしても、その気持ちが消えてくれない。だから、アタシは答えを聞く必要がある。アタシだって、もう逃げられない。
俯いたままのハツネと、しばらくそのまま向かい合って……沈黙を破ったのは結局私だった。
「えっと、その、あの……たぶん伝わったと思うんだけど…………返事、とか……」
しどろもどろでどんどん尻すぼみになるアタシの声にも、ハツネは俯いたまま。もしかして嫌だったんじゃないか、とすごく不安になる。それを誤魔化すようになにか口にしようとして……ふいに顔が軽くなって視界が開けた。見れば、アタシのメガネが浮いている。理解が追いつかないまま、ふよふよと浮き上がるそれを見上げていたら。
ふいに、唇になにかが当たった。柔らかい、なにか。びっくりして視線を下に戻すと、目の前にはハツネの真っ赤な顔がある。それで、理解した。ハツネが、なにをしたのか。
真っ赤なままなのに、イタズラげで、得意気で、なにより嬉しそうな顔を浮かべ、ハツネは固まって真っ赤になったアタシに言う。
「返事……これじゃ、ダメ?」
幸せそうなその声に、イタズラでハツネに敵う日は来ないかもしれないな、なんて思いながら。アタシはハツネに飛びついた。
「ありがとっ、ハツネっ!」
これからよろしく、なんて言って笑い合う。ただ、幸せを噛み締めながら。
────アタシはミク、ハツネミク。今日から、彼女の恋人だ。