恋する榛名
・開かれた恋のキャンパス
腰を下ろした時に潮風でパサついた黒髪が垂れてくる。
私はそれを肩にかけて一息つく。
「今回も無事に終わりましたね。」
出撃ドッグから見える空は茜色を覗かせている。
朝から出撃して気が付けばこんな時間。
随分と手こずってしまったかもしれない。
それでも誰一人として欠けることなく戻ってこれたことに安堵する。
横に置いた主砲は被弾で砲塔部分が少しひしゃげている。
私はトコトコとやってきた整備の妖精さんに両手を合わせて申し訳なさを伝える。
すると彼らは腕まくりをして任せろと言わんばかりのアピールをしてきた。
「ふふ、いつも頼りになりますね。」
そんなかわいらしい仕草につい笑みがこぼれる。
私たちがいつも満足な状態で海に出ることができるのも彼らのおかげだ。
近くにいる一体を撫でてあげようとして少し身体を捻る。
「いっ...。」
脇腹が痛んだ。
おそらく先の戦いで怪我を負ってしまったのだろう。
顔をひがめて痛んだ箇所を手で抑えていると、妖精が心配そうな顔でこちらを見ている。
「大丈夫ですよ、少し休んだら治りますから。」
精一杯の笑顔を作って彼らにそう言った。
私は戦艦。
艦隊の主軸とあろう存在が弱音を見せては士気に関わる。
他の子たちには悟られないようにしなければ。
不思議な表情をして去って行く妖精に手を振ってその姿を見送る。
納得は出来ていないだろうけど、誤魔化せはしたと思う。
視線を夕焼けに戻して何度か大きく深呼吸をする。
今日の終わりを優しく照らす夕日は水平線で揺らめいている。
椅子から少し浮いた足をパタつかせて私はそれを眺める。
砲撃が鳴り響いても、硝煙が香ってもあなたは変わらず私たちを照らしてくれるのですね。
「私もそんな風に強くあり続けられるでしょうか。」
手を伸ばしてみるも、その存在には届きそうにない。
せめて艦隊の光になれたらと願ってその手を握った。
「みんなお疲れ様、今日は大変だったと思うけど簡単に報告だけお願いしてもいいかな。」
感傷的な気分なっていたところに提督の声がドッグに響いた。
私はすぐに椅子から立ち上がって敬礼をする。
他の子も同様に今していた作業の手を止めて提督に対して敬礼をした。
「その場で楽にしていていいよ。」
提督は少し笑ってから手を軽く上げて休むよう促す。
その後、私からと一緒に出撃していた妙高さんが提督の傍に行き報告をした。
提督はいたって真面目な顔でそれを聞いている。
私は少々手持ち無沙汰になって頭の装飾を兼ねた電探を座った足に乗せてタオルで拭いていた。
ところどころにある細かい傷にタオルの繊維が引っかかる。
それを指で撫でながら、ここまで生き残れたことに対して感慨深い気持ちになる。
「うん、ここまでで大丈夫。じゃあ傷がひどい子から順次入渠していこうか。」
報告を受けた提督が皆に号令を出す。
しかし、誰一人としてその場から立ち去ろうとはしなかった。
「皆さんどうしたんですか?早く入渠に...。」
その空気感が気になって私は周りにそう言った。
「はぁ、どう考えても先に行くのは榛名さんですよ。」
溜息を吐きながら妙高さんがそう言葉を漏らした。
他の子もうんうんと頷いている。
「そんな、榛名は大丈夫ですから皆さんからお先に行ってください。」
両手をブンブンして他の子たちに入渠を譲る。
私は戦艦で丈夫だから大丈夫。
私は戦艦で強いから我慢できる...。
必死になって拒んでいると提督が困ったような表情で息を吐いた。
「今日は全員高速修復剤を使って休んでいいよ。榛名はちょっと残ってね。」
ラッキーと言わんばかりに周りの子たちはバケツを浴びにドッグから出ていった。
「そんな、せっかく溜めた資源なのに...。」
私は勢いよく立ち上がり提督に訴える。
その際にまた脇腹が痛んで思わず手をかざす。
「榛名。」
名前を呼ばれて提督の顔を見ると、その目は悲しそうな瞳をしていた。
「キミたちにも感情があってただ僕たちに使役されるだけの存在じゃない。」
提督はそう言いながら私の頬についた黒い煤を触れた指で取ってくれる。
「提督...?」
「心であれ身体であれ痛いものは痛いんだ、それを我慢なんてしなくていい。」
私の言葉を待たずに提督はそのまま語りかけてくる。
「僕は榛名にもいつも笑っていて欲しいんだ。だからもし自分のためというのが抵抗ならば僕のために自分を大切にしてくれないかな?」
その目はまっすぐ私を見ている。
兵器である私がそんなこと言われたのは生まれて初めてだった。
それでも鍵をかけた私の心を解き放つには十分だったのかもしれない。
自然と目から出た雫が頬にある提督の指がせき止める。
「知りませんよ...榛名...わがままかもしれないんですから。」
「榛名はきっとそれくらいがちょうどいいんじゃないかな。」
あなたはそう言って私を受け入れてくれようとする。
どうしてここまで優しいのか。
後悔してももう遅いんですからね。
だって私の心には恋のキャンパスが開かれているから。
最初の色はきっと桃色ですね。
・もみじのしおり
「提督と二人でお出かけだなんて久しぶりですね。」
買い物袋を両手に下げながら上機嫌で歩を進める。
「お出かけというより買い出しのパシリにされただけなような気もするけどね。」
提督は苦笑しながら私にその表情を向ける。
なんだかんだ言っても艦娘が頼んできたことはやってくれる。
たとえそれが鍋の食材を近所のスーパーに買いに行くことであっても。
「提督は分かっていません、こういうのがいいんですよ?」
やや前傾姿勢で提督の顔を覗き込みながらそう言う。
「ははは、まあ普段は鎮守府に籠りっきりだし悪くないかもしれないね。」
そうやってあなたは面倒なことであっても私たちのせいにしない。
いつも私たちと同じ目線でいてくれる。
本当は忙しいはずなのに。
でも榛名はあなたのそういうところ嫌いじゃありません。
むしろ...。
「あ、榛名ちょっとじっとしていてね。」
「え?」
突然、動かないようにと言われて困惑する。
首をかしげて提督を見ているとその手が私の頭にやってきた。
「っと、取れたよ。ほら。」
その手にあったのは赤く紅葉したもみじの葉だった。
「わぁ、綺麗ですね。」
辺りを見回すと、二人で歩いているこの並木道はオレンジに染まっていた。
それはまるでこの季節を代弁しているかのように主張している。
「ここまで綺麗だとこのまま捨てるのはもったいない気がするね。」
提督は手に持ったそれを太陽に透かして名残惜しそうな目をしている。
よほどそれが気に入ったのだろうか。
私は唇に指をあてて少し考える。
たしか提督は読書が好きだと前に言っていたような...。
連想するように一つのアイディアが思いついた。
「なら、しおりにしませんか?榛名、それくらいなら作れると思います。」
きっと大きなもみじで作ったしおりはどこに挟んでいても見つけやすいだろう。
それに提督の趣味にもあっているはず。
私は我ながら天才的な発想だと自信満々な表情をする。
「しおり...しおりか...。」
提督はそれを聞いて一人でブツブツとその葉を見ながら呟いている。
あれ?
あんまりお気に召していないでしょうか?
いい提案だと思ったのですが...。
出過ぎた真似だったかと一人で反省する。
おそらく私に猫耳が付いていたらぺたんとしていることだろう。
こんなことで不安になってしまうなんて榛名は弱くなってしまったのかもしれませんね...。
「榛名。」
ちょっぴり落ち込んでいるところで名前を呼ばれた。
「は、はい。」
緊張した面持ちで提督の返事を待つ。
「しおり、僕に作ってくれないかな?」
提督は目尻を下げて私に笑いかける。
さっきまで不安に駆られていたのにその一言で一気に心の雲が晴れる。
「ええ、榛名にお任せください!」
私は満面の笑みを浮かべて提督からそのもみじを受け取った。
そしてぐちゃぐちゃになってしまわないようにいつも使っている手帳の間に挟んだ。
「楽しみにしていてくださいね綺麗なしおりを作ってみせますから。」
「それは楽しみにしておこうかな。」
そんな話をしながら二人で鎮守府までの道のりを歩く。
やっぱりあなたは分かっていないのでしょうね。
こういうことを共有できるからいいのですよ。
遊園地とか映画館とかでのデートも楽しいのでしょうけれど、場所じゃなく誰といるかが重要なんです。
だってあなたといればこんな素敵なこともあるんですから。
「提督、昨日言っていたしおりできましたよ。」
私は控えめにその綺麗にオレンジを保存した一枚のしおりを提督に差し出す。
「もうできたんだね、ありがとう大切に使わせてもらうよ。」
一晩で作った事に驚いていたが、提督はそれを受け取って早速愛読書に挟んでくれた。
ちゃんと使ってくれて嬉しい気持ちが芽生えてくる。
しおりを提案してよかったかもしれない。
私は業務日誌の最後の行にペンを走らせる。
それが終わるともう一枚のしおりを取り出してそこに挟んだ。
「ふふ、これは秘密です。」
密かに拾った二枚目のもみじ。
内緒で作ったおそろいはあなたとの思い出を彩るオレンジ担当。
これから他の色もそろっていくといいな。
私は期待を膨らませながら微笑んだ。
・榛名の献身
普段はあまり来ることのない廊下をゆっくりと歩く。
窓から外を見ると小雨が降っているようだ。
「天気のせいか肌寒いかもしれませんね。」
思わず腕をさすってしまう。
残暑が終わった後の秋は気候が不安定でやや過ごしにくさを感じる。
丈夫な艦娘の私でさえそう思うのだから人間である提督はもっと感じているのだろう。
そのまま歩くとやがて艦娘たちのにぎやかな声が聞こえなくなってくる。
艦娘寮からは離れた静かなエリア。
その中の茶色いドアの前に立ってノックをする。
「提督、榛名です。」
ノックをして呼びかけるも返事はない。
今は間違いなくこの自室にいるはずなのにと少し不思議に思う。
「提督?入りますよ?」
そーっと音が鳴らないようにドアノブを回して開いてみる。
中の様子はシーンと静まり返っている。
提督の姿を探して奥の方まで入ってみると、ベッドにその影が見えた。
「いらっしゃったなら返事をしてくださってもよかった...の...に?」
そのまま歩を進めると提督は眠っているようだった。
私はふうっと息をついてその額に手をあてる。
「やっぱり熱がありますね...。」
いつも張り詰めて仕事をしているのとこの季節の変わり目もあいまって体調を崩してしまったのだろう。
提督は軍人にしては線が細くて少し心配になる。
ちゃんと食事を取っているのだろうか。
私は持ってきたバッグの中からタオルを取り出して台所でそれを濡らして提督の額に優しくおいた。
食欲がない時のためにゼリーなどの食べやすい物も持ってきたがこれは起きてからでいいだろう。
「一応ちゃんとしたご飯も用意しておいた方がいいでしょうか。」
そう思い立って冷蔵庫の中を確認する。
男性の一人暮らしとはこんなものなのか。
中には大したものは入っていなかった。
提督らしいといえば提督らしい。
私はそこからいくつか材料を取り出して調理を始めた。
いつも食堂で食事を取っているため自炊なんてものは滅多にしないが最低限のものは作れる。
鼻歌を口ずさみながら土鍋に火を通す。
自分のために作る料理はめんどくさいと思ってしまうが、提督のためとなると何故かやる気が沸いてくる。
もしかしたら美味しいと言ってくれるだろうか。
そうだったら嬉しい。
火がいい感じに通ったのを確認して台所から提督の様子を伺う。
「まだ、起きそうにありませんね。」
クスっと笑いながら、いつ提督が目を覚ましても食べられるように弱火で一旦置いておくことにした。
借りたエプロンをたたんで適当な場所に置いて窓際の提督の傍に座った。
雨足がさっき見た時より早くなっているような気がした。
「あなたたちのせいですよ。」
窓ガラスを指でつついて提督に風邪を引かせた悪い子たちを叱る。
「なーんてそんなこと言っていても仕方ありませんね。」
その場で苦笑しておどけてみせる。
提督を見るとやはり少し苦しそうだ。
「榛名が変わってあげられたらいいのに...。」
大切な人の辛そうな姿は見ていてこちらも辛くなる。
でもこればっかりはどうしようもない。
私はまた外に視線を向ける。
しばらくそうしてぼーっとしていると、遠くの歩道でカップルに見える男女が歩いている様子が見て取れた。
仲が良さそうな二人を見て素直に素敵だと思った。
私は窓に息をかけて白く曇らせた。
そしてそこに自分の名前と提督の名前を指で書いた。
添えるように最後にハートマークも。
それを見てそうなれたらいいなと頬を染めて微笑む。
「榛名?」
不意に提督の声がした。
私は慌てて窓ガラスに書いたそれを袖で消した。
「提督、もう起きて平気なんですか?」
熱で火照った顔をした提督が身体を起こしてこちらを見ている。
「まだ身体も重いし熱もありそうだけど寝る前よりかはましになったよ。」
目が覚めたことに心から安堵した。
「それよりこれは榛名が?」
額においていた濡れタオルを持って提督がそう尋ねる。
「はい、風邪の塩梅が心配だったので看病をと...。」
よく考えれば勝手に部屋にあがって失礼だったかもしれない。
もしかしたら一人でゆっくり休みたかった可能性まである。
少し俯き気味に提督の表情を見る。
「あはは、なんで榛名がそんな顔をしているんだい?ありがとう助かったよ榛名は優しいね。」
ホッとした。
叱責されるかもということではない。
その笑顔が見られたことに。
榛名はそれが見たかったのです。
それに榛名はそんないい子じゃありません。
だってこれもあなたといられる口実だと思っていたのですから。
「お粥作ったんです、よかったら召し上がりますか?」
私は笑顔で尋ねる。
ちょっぴりずるい小悪魔だった今日は黒色を足しておきましょう。
・小さな海
水しぶきが冷たい。
艤装をつけて海に出ている時はそんな風に思ったことなんてないのに、こうして小さな船に揺られているとその温度を色濃く感じる。
それはそんなことを気にしている余裕がないから?
それともこの冷たさはあなたの気分を表しているから?
あなたは鎮守府を出てからひと言も話さない。
気がかりではありますが生きていく中でそんな日もあるでしょう。
そこも含めての心だと榛名は思っています。
やがて小さな船は鎮守府から少し離れた入り江に停泊した。
私たちはそこから降りて舗装すらされていない道を歩く。
人がほとんど立ち入らないことを示しているそれは若干歩きにくい。
それでもあなたの背中を見ながらついていく。
ややしばらくすると行き止まりが見えてくる。
そこが今回の目的地。
決して大きくはない滝があり、上を見上げれば木々が揺れ鳥がさえずっている。
二人でその滝が下に落ちていく様を見つめる。
「今日また一人の提督を罷免したよ。」
横で目線をそのまま滝に向けてポツリと提督が呟く。
相槌をうとうかと思ったが私は黙ってその続きを待った。
「そこでは艦娘が物として扱われていてね、与えられた予算は横領し食事はほぼなく自室は寝るためだけの独房のようだった。」
最初のひと言で大体のことは察することができていた。
心優しいあなたのことですから、艦娘がそういう扱いを受けているのがどうしても許せないのでしょう。
それに、悩んだときはいつもここに来ますから。
「その子たちはどうするのですか?」
「うちで預かることにしたよ。すっかり怯え切っている様子なんだ、榛名にもケアをお願いできるかな。」
「ええ、お任せください。」
私はそう言って頷いた。
それを見て提督は小さく助かるよと言い眉をひそめた。
そしてまた少しの沈黙が流れた。
先の話で生まれた嫌な気持ちもこの滝を見ているとそれを洗い流してくれている様な気分になる。
提督もきっとそう感じているからここに来るのだろうか。
「榛名はこの戦争が終わった後の事を考えたことがあるかい?」
唐突に問を投げかけられて困惑する。
「戦争が終わった後ですか...?」
深海棲艦との戦いで今を生きることに精一杯な毎日を送っている私にとってそんな先の事なんて考えもしない事だった。
ましてやその時に生き残っているのかすらも。
「僕はね、この戦いが終わった後もキミ達が生きていける環境を作っておきたいんだ。」
その目は目の前の滝ではなくもっと遠くを見据えているような気がした。
「今戦っている海はとても小さい、その後に広がる大海で不自由なく生きていって欲しい。もちろんその中には榛名もいる。」
驚いた。
深海棲艦と激しく制海権を奪い合う日々を送っているのにあなたは更に未来を考えている。
そんなことができる余裕がある人間がどれだけいて、私たちの将来を憂いてくれる人間がその中に何人残っているのだろうか。
あなたに出会えた艦娘はきっと想像もつかないくらい幸せでしょう。
だってそれは私が証明していますから。
それに。
あなたの心中を私に打ち明けてくれたことが何よりも嬉しい。
「提督はお優しいのですね、兵器である私たちにそんなに気を使って頂いて。」
「そんな風に言わないでほしい、キミたちは一緒に戦ってくれる仲間だ決して兵器なんかじゃない。」
その声は冗談が混じっているような様子ではなかった。
どうやらあなたの前では兵器という言葉は禁句の様です。
私はその左手を両手で包み込むように触れた。
今しがた生まれた感情がそうさせたのかもしれない。
「あなたは一人じゃありませんよずっと榛名がいますから。」
いえ、少し違いますね。
榛名があなたとずっといたいのです。
提督の手が一瞬だけ強張った気がした。
それでも私はそれをも優しく受け入れた。
この気持ちの名前は慈しみ。
あなたがくれた贈り物です。
沈んでしまった心を表すには青がよさそうです。
それはきっと一度落ち着くために必要な色。
「もうそろそろ戻ろうかみんな心配する。」
提督は滝を背にして歩き出した。
私はその大きな背に誓った。
あなたが描いた世界は私が守り抜きましょう。
あなたがくれたこの力はあなたのために。
・MVPと赤い苺
「榛名がんばりました!」
両手を胸の前で握ってフンスと提督にアピールする。
そう、今回の出撃では私がMVPなのだ。
「よく頑張ったねいつも助かってるよ。」
笑みを私に向けて提督が褒めてくれる。
最早これだけで出撃の疲れなんて吹き飛んでしまう。
どうして特別な人からかけられる言葉にはそんな力があるのだろう。
「えへへ。」
ついふにゃっと顔が緩んでしまう。
あなたのためと思うと海の上でも力がみなぎってくる。
まるで私に魔法をかけてくれているかのように。
このMVPはその魔法が取らせてくれたのかもしれない。
「MVPといえばいつもは間宮券だけど今回もそれでいいかい?」
その質問に頭を少し傾けて思案する。
たしかに間宮さんのところで食べるスイーツは絶品だしそれでも悪くない。
でも今日は何か別のご褒美でもいいかなと思った。
ふと以前にお姉さま方とお茶をした時に食べたショートケーキを思い出した。
大体スコーンか焼いたクッキーだが、あの時は貰い物のケーキを頂いた。
生クリームのあの甘さがとても美味しかった記憶がある。
「提督。」
「決まったかい?」
椅子にもたれながら何かなといった様子でこちらを伺っている。
「榛名、提督と苺のショートケーキが食べたいです!」
私は勢いよくお願いを提督にぶつけた。
あの美味しいと感じたものを今度は大切な人と一緒に味わいたいと思ったからだ。
そうすればきっともっと美味しいかもしれない。
「そ、そんなことでいいの?もっと他に何かねだってもいいんだよ?」
このお願いは流石の提督も予想をしていなかったのか驚いている。
私はそんな提督に笑みを返した。
「榛名はこれがいいんです。」
やれやれといった様子で提督は机に置いてある電話を取った。
「榛名がいいのならそれでもいいんだけどね。」
提督が要求を飲んでくれたことに安堵して上機嫌になる。
私は客人用に用意されたソファーに移動して向かいの壁に見える棚を眺める。
そこには今まで提督が歩んできた証拠である戦闘履歴が並んでいる。
まだ周りに比べれば若いにもかかわらずその挙げてきた戦果は歴戦の将にも引けを取らないだろう。
改めて尊敬の念が沸いてくる。
「失礼します。」
そんなことを考えていると、伊良子さんがトレーに希望の品を乗せて執務室へやってきた。
「急にすまないね。」
「いえ、私はこれを運んできただけですから。」
ニコッと笑ってテーブルに二人分のショートケーキと紅茶を置いてくれる。
「ありがとうございます。」
置き終わったのを確認して改めて私もお礼を言う。
「どういたしまして、ではお二人でごゆっくりどうぞ。」
そう言い、最後に軽く提督に会釈して伊良子さんは部屋から出ていった。
視線で彼女を見送ってから私は提督を催促する。
「提督、とっても美味しそうですよ!早く頂きましょう!」
目の前の鼻孔をくすぐる甘い香りに期待が止まらない。
柄にもなくテンションが高くなってしまう。
「そうしようか。」
提督は笑いながらその装飾された机から私の対面まで移動した。
その腰がソファーについたのを見て私はフォークを手に取った。
「「いただきます。」」
自然と二人の声が合った。
少しそれに驚いたが、私はこういうのがいいのだと思った。
好きな人と食卓を囲むのはこんな感じなのかと。
そんなことを思いながらケーキを一口食べた。
「んー、すごく甘くて美味しいですよ提督。」
頬に手をあてて期待以上の味を噛みしめる。
「たまには甘い物もいいものだね。」
普段は間食をしない提督も目を大きくさせて味わっている。
その姿を見て私も嬉しくなる。
こんなに美味しい物を食べる時間をあなたと過ごせることが。
ふと一つだけのった赤い果実が目につく。
「ん、どうしたの榛名。」
私の様子が気になったのか提督が尋ねてくる。
私はその果実と提督の顔を交互に見る。
そして苺にフォークをさした。
「提督、あーん。」
「え、榛名?」
突然の行為に狼狽している。
何故そうしたのか自分でも分からないが今はそうしたい気分だった。
困惑して提督は動かない。
差し出した苺に呼応するように段々と私の顔も赤くなる。
「早く食べてください、じゃないとこうしてる榛名がバカみたいです...。」
徐々に恥ずかしさをこらえきれなくなり、そうポツリと呟いた。
それを聞いた提督は一回咳ばらいをして姿勢を正した。
「それじゃあ...頂こうかな...。」
そう言ってその苺を口にする。
「どう...ですか...?」
やり場のない羞恥心を質問で誤魔化す。
「はは、少しすっぱいかな。」
頭をかいて若干提督は恥ずかしそうだった。
そこは甘いと言ってほしかったけれど、正直なところが提督らしいと思った。
「じゃあ、今度はお返ししないとね。」
「へ?」
私の前には提督から苺が差し出されている。
それは暗にあーんをし返されていることを意味していた。
「ほら、榛名も食べてみてよ。」
そう提督から促されてしまう。
確かに榛名も食べないと不公平かもしれませんね。
混乱した頭で自分に言い訳をして、その苺を口にした。
「どう?」
「あ、甘いです...。」
そう答えたそれはどちらかといえば雰囲気のことを指していたのかもしれない。
だって味なんてわからなかったから。
それでもこのご褒美を選んでよかった。
あなたのあーんはきっと私しかしてもらっていないでしょうから。
苺にちなんで赤い絵具も追加ですね。
私はきっと真っ赤になった顔でその時間を胸に刻み込んだ。
・純白の恋心
夜も深まった時間、自室へ戻ろうと廊下を歩いていると見知った背中がその先に見える。
もう今日の執務もとっくに終えているはずなのにどうしてこんなところにいるのだろうと疑問が浮かんでくる。
それでも偶然気になる人の姿が見えて胸が高鳴る自分がいた。
さっきまで平然としていた心臓が彼を見た途端に跳ねるのだ。
寒さで憂鬱だった気分もそれだけで吹き飛んでしまう。
声をかけようと軽い足取りでその姿を追いかける。
提督が曲がった角を私もその方向へ曲がる。
「こっちは確か今は使われていない...。」
普段来ることのない場所についキョロキョロして辺りを伺ってしまう。
今歩いている場所は老朽化で使われなくなった旧館だ。
前を行く提督はそのまま目的地でもあるかのように進んでいく。
「どこへ行くのでしょうか。」
しばらくついていくと、ある一室に提督が入っていった。
私はその足を早めてドアもついていないその部屋の中を顔だけ出して覗いてみた。
そこは特に何もなく、テーブルといくつかの椅子そして暖炉があるだけだった。
提督はそのうちの一つに腰を下した。
「そんなところにいないでこっちに来たら?」
急に提督がこちらに振り向いて私に声をかける。
「気付いていたんですね...。」
「これでも軍人だからね。」
提督はそう言って横の開いている椅子に手を向けた。
私は促されるがままにそこにちょこんと座った。
「ここまでついてきて僕に何か用事でもあった?」
テーブルに置いたグラスにお酒を注ぎながら私に尋ねる。
そのグラスは暖炉の火の光が反射していて綺麗だった。
「用事というか...提督の姿が見えたので気になってしまって...。」
今になって提督をつけてしまった事実にばつが悪くなって少し俯く。
「ははは、秘密の場所がバレちゃったね。まあ、榛名にならいいかな。」
お酒を少し口にして提督は笑った。
その笑顔に目が行きつつも私にならいいという言葉に期待を覚えた。
「よくここに?」
大きな窓ガラスから見える雪化粧が見える。
たくさん降ると煩わしいそれもささやかな加減では風情がある。
「たまにかな。」
それが本当のことじゃないと私は思った。
だってたまににしてはこの部屋は綺麗すぎる。
きっとよくここにきて一人の時間を満喫しているのだろう。
「そうでしたか。」
短く返答したその裏で私は少しショックを受けていた。
些細な事だけれど嘘をつかれたことに。
私はまだあなたの信頼にたる艦娘になれていないのだろうか。
もしかしたら別に深い意味はないのかもしれない。
あなたは私のことをどう思っているのだろう。
榛名があなたを好きと言ったらどんな反応をしてくれますか?
そんな焦がれた感情が次々と押し寄せてくる。
榛名はわがままですね、これ以上を求めてしまうなんて。
空から降る雪を見つめて切なくなる。
「榛名も少し飲むかい?」
先走る心をその声が現実に呼び戻した。
「あ、はい。それじゃあ頂きます...。」
そう返事すると、提督は少し微笑んで空になったグラスに私の分を注いだ。
「どうぞ。」
私はその一つしかないグラスを両手で持った。
さっきまで提督が飲んでいたグラス。
私はそれを半周ほど回してお酒を口にした。
あなたが口をつけていたところを手前にして。
度数が高いのかすぐに身体が火照る感覚がする。
部屋にはパチパチと暖炉が火を灯す音だけが響いている。
「提督、今日は月が綺麗ですね。」
ギイっとあなたが座る椅子がきしむ音がした。
「そうだね...。」
横目であなたの様子を伺う。
すると少しだけ頬が赤らんでいる気がした。
それがお酒のせいなのかそれとも他の理由なのかは分からない。
でもきっとそういうことだ。
視線を落としてグラスの縁を指で撫でる。
「ちょっと酔ってしまったのかもしれません。」
静かな部屋でそう言葉を零す。
提督は何も言わない。
勇気をふり絞ったつもりだったのにと少し残念な気持ちになる。
でもいいんです。
次は逃げ道を作らないようにしますから。
私は頬を染めて提督の顔を見つめる。
そしてしっとりと潤んだ目で私は言った。
「今度は月が出ていない時にあなたから聞かせてくださいね。」
榛名はいつまでも待っていますよ。
だってあなたを愛していますから。
あなたと描いたキャンパスに添えた純白は一番その中で目立っているかもしれません。
恋する榛名 ~fin~