虹夏に自分の思いを伝えられないぼっちの話。
虹夏に恋心を抱くひとり。しかし、虹夏に自分の思いは伝えなかった――否、伝えられなかった。今の関係を壊してしまうのを恐れているからだ。自分の行為で、バンドを解散にまで追い込んでしまうかもしれない。それならば、現状を維持した関係の方が良い。今も、虹夏は自分に笑顔を向けてくれている。それでいいんだ。私は虹夏ちゃんが笑顔でいてくれればいい。ひとりはそう考えていた。
その日のバンド練習もいつものようにスムーズに進み、充実したものとなった。終了後の片付け中、ひとりは虹夏と喜多が何か話していることに気づく。どうやら虹夏は映画の試写会に当選したようだ。当選したのはペアチケットで、星歌は仕事で忙しく、リョウを誘ったが興味ないと断られたため、喜多を誘ったようだ。喜多もその映画には興味があり、行きたかったが、友人と見る約束を先にしていたため断った。そのため、虹夏は最後にひとりを誘った。だが、問題点が一つあった。その映画はひとりが苦手なジャンルである青春胸キュン映画であることだ。ひとりは少しだけ悩むが、虹夏ちゃんの誘いならば断われないと、一緒に見に行く約束をした。
試写会当日の放課後、ひとりは映画の待ち合わせの為、下北沢駅にいた。寒さの中、ひとりはかじかんだ手に息を吹きかける。手は震えていたが、それは寒さのせいだけではなかった。今日は虹夏と映画を見に行くだけでなく、虹夏の家へお泊りすることになってしまったのだ。
なんで虹夏ちゃんは私を誘ったんだろう、私は断らなかったんだろう。私じゃなくて、学校の友達と言った方がきっと楽しいのに。せめて虹夏ちゃんに迷惑をかけないようにしよう。そしてひとりはこれから空気になることに決めた。
その時、スマホのバイブレーション。虹夏からの通知が来た。少し遅れる旨の連絡だった。数分後、ひとりは慌ててやって来る虹夏を見つけた。誘った側なのに遅れてごめんねと謝罪する虹夏。一方のひとりは、虹夏が遅刻したことをまったく気にしておらず、二人で試写会の会場へ向かうことにした。道中の電車内では一席分、いつもより一歩分空けて歩いていくひとり。映画館につくと、そこにはカップルがごった返していた。案の定、ひとりは”発作”を起こしてしまうのだった。
上映後、ひとりと虹夏は近くのレストランで食事をすることとなった。映画の感想を語り合いながら。語り合うと言っても、虹夏だけが喋りひとりはそれに相槌を打つ形になっていたのだが。
ひとりは前のように青春コンプレックスを発症し、映画を見れなかったわけではない。むしろ、主人公に共感する場面も少なくなかった。だがひとりは、虹夏ちゃんが見に行きたかった映画なのだから、私が出しゃばるべきじゃない。それに、映画のことを離す虹夏ちゃんはとても楽しそうなんだから、それに水を差しちゃいけない。そう思っていた。
伊地知家。床に就いたひとりと虹夏。ぼっちちゃん、最近悩み事ない? 虹夏からの質問に思わずたじろぐ。悩み――というより、伝えたいことは正直なところ、ずっと前からある。だが、それは心の奥にしまうと決めていた。だからひとりは嘘をついた。悩み事なんて、ないです。そう言うと、虹夏は意外にもすぐ引き下がった。安堵するひとり。だが、虹夏の表情はどこか曇っていた。その顔がひとりにはひどく印象に残ったのだった。
翌日の練習は散々だった。明らかに走りすぎなドラム。協調性のないリードギター。リョウと喜多にも、前日に虹夏とひとりに何かがあったであろうことは明白だった。その日のバンド練習は早々に切り上げることとなった。
それから数日後、ひとりとリョウはいつもの喫茶店で、新曲の案を練っていた。ひとりはいつものように、歌詞をリョウにチェックしてもらっていた。しばらくの沈黙の後、良いと思うという声が聞こえた。ひとりは詰まっていた息を大きく吐いた。
その後、リョウはひとりに質問をする。虹夏との関係のことだ。あの日以来、バンド練習もうまくいっていないし、バイトも失敗ばかりだ。明らかに様子がおかしいと、リョウは指摘した。何かあったのか質問するリョウの表情はどこか怒りが感じられたため、ひとりは怖気づき素直に答えた。虹夏に恋心を抱いたこと、虹夏に思いを伝えられないこと、あの日に虹夏を傷つけてしまったこと、なぜ虹夏が傷ついてしまったのか分からないことを告げた。
するとリョウは、ひとりに厳しい言葉を叩きつける。ぼっちは虹夏を傷つけたくないんじゃない、ぼっち自身が傷つきたくないのだと。それが分かっていないのだ、と。そしてリョウは続けた。虹夏に相談されたことを。虹夏はひとりに嫌われてしまったのではないかということをリョウに相談していたのだ。そう、リョウは虹夏を傷つけたひとりを許せなかったのだ。リョウは、ぼっちは虹夏に思いを伝えるべきだと告げる。リョウの話を聞いたひとりは許せなくなった。虹夏を傷つけてしまったこと自分のことを。そして、ひとりは立ち上がる。虹夏に自分の思いを伝えよう。
ひとりは、虹夏を公園へ呼びつけた。ひとりと虹夏が初めて出会った公園だ。そこで、思いを伝えることを決意する。ひとりが緊張しながら待っていると、目を腫らした虹夏がやってきた。どうしたの? と虹夏が聞く。ひとりは、もう一歩の勇気を振り絞り、告げる。虹夏ちゃんが好きだ、と。顔を上げるひとり。そこには目に水を溜める虹夏の姿があった。
……あたしも好き。
虹夏が頬に川を作りながら、呟いた
。
そんな虹夏を見たひとりは遅くなってごめんなさい。そう告げ、抱きつく。あの映画みたいに格好のつかない告白だったが、却って私らしいなとひとりは思う。そして体を離し、見つめあう二人。夕日に染まったオレンジ色の空をバックに二人はキスをした。