メンヘラ天使とヤンデレ一番星   作:リララ

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名前だけ友情出演がありますが本筋に影響はありません。

今回で書き溜めは終わりです。
最後にお知らせがあります。



何気ない一言でスイッチが入る瞬間ってあるよね

 俺たち史上最初で最後の大喧嘩から一夜明けた日の放課後。

 今日は金曜日。仕事尽くしの日々も終わり、世間は楽しい連休が待っているという状況。

 まぁ俺たちは明日から本格的に事務所に通ってレッスンなんだけど。そもそも芸能事務所って固定の休みとかないよね。シフト制なのかな?じゃなきゃ回せないよね。

 でも現状苺プロダクション(うち)はベンチャーだし従業員も社長とミヤコさんしかいない。雑用とか清掃も自分たちでやってるみたい。14連勤とかあったらしいし、ブラックだなぁと思った。

 やっぱりコネもない弱小は厳しいんだねぇ。作ったばかりだし仕方ないとはいえ、清掃員くらいは雇えばいいのに。けどまぁ人件費って高いからなぁ。これは一刻も早く俺たちが有名にしてあげないと──という使命感に駆られる……わけもなく、あくまでも自分のペースで進めていく。そういう契約だし。そもそも俺たちを雇った時点で勝ち確定だもん。クイーンエリザベス号に乗ったつもりでシャンパンタワーでも作れば良いと思うの。

 

「え?先生もサインが欲しいんですか?」

「ええ…、正確には私の妹なんだけど、貴方たちの大ファンでね。私の学校に通ってるし一年の時の教え子よって話したらサイン貰ってきて!って凄まれてね…」

 

 俺たちは四年生のあるクラスにいた。目の前には俺たちが一年の頃の担任だったあの女教師。いつぞやの面談の時のように、机と机をくっつけて対面で座っていた。そして俺たちの机の上には二枚の色紙。

 事の顛末はこうだ。俺たちはいつものように学校の授業を適当に流した後、アイと二人で帰りの支度をしていた。そして教室を出たところでこの人に話し掛けられたのだ。ぶっちゃけ俺もアイも初めは誰だか分からなかったし、アイに至っては俺に耳打ちで、誰?と聞いてきた。もちろん俺も答えられなかったから、さぁ?と返した。

 そんな俺たちの様子に女教師は、信じられないというような顔をしてから、貴方たちが一年生の頃に教えてたでしょ?と言うから、ようやくそこで思い出したって感じ。ちなみにアイはそれを聞いても分からないらしく、終始きょとんとしていた。ごめんね先生。俺も必要ない記憶は消してるんだ。次からはちゃんと覚えておくからさ。

 

「妹がいるんですね」

「ええ。今大学生なの」

「何年ですか?」

「四年よ」

 

 へぇ~、就活生じゃん。俺も四年は卒論と就活に終われて忙しかったなぁ。もうそういうのは無縁だけど、今でも面接風景とか覚えている。圧迫面接とか、普通にあった時代だからなぁ。

 

「就活生ですね。内定は貰えたんですか?」

「それがいくつか内定は貰えたんだけど、全部断ってるのよ。勿体ないわよね」

「滑り止めとか妥協で受けたとかそんな感じですかね?」

「そんな感じ。大学の成績だけは良いから内定自体は貰えるけど、それがかえって余計な自信をつけさせちゃったみたいで、どうせ自分ならどっかしらから内定貰えるから詰むことはないって思ってるようで。元々本人が特にやりたいこともないからって断ってるみたい。最近は就活を辞めちゃったのよ」

「で、最終的にはどこからも貰えないか、ブラックからしか貰えず詰むと」

 

 これもまたそこそこ内定が貰える勘違い学生にありがちなのだが、自分が優秀だと勘違いして身の丈以上のところを志望して現実を知ったり、この先生の妹のように特にやりたいこともないけど成績だけは優秀だからどっかしらから内定貰えるだろうと年末までだらだら過ごしたりして気づいたら手遅れ、とかね。

 そもそも社会に出たら自分より優秀な奴なんてたくさんいるし、何かの間違いで身の丈以上の会社に就職しても周りとの格差に着いていけず、落ちこぼれになって惨めったらしくしがみつくか、現実を知って辞めたりする場合がほとんどだろう。

 目的がない奴だってそうだ。せめて金のためだと割り切らないと惰性で続けられるほど甘くない。これは俺の実体験だ。

 

「そうならないと良いんだけど…。正直あの子にはガッカリだわ」

「そういうの何て言うか知ってます?」

「なに?何て言うの?」

「〝真面目系クズ〟って言うんですよ。見ず知らずの人に使う言葉ではありませんが、これ以上に当てはまる言葉もないかと。テスト勉強も基本的に一夜漬けで、その時だけ高得点取るタイプですよ」

「……そうかもしれないわ。実際テストも前日にしか勉強してないし。それで真面目にやってた私より成績だけは良かったから、こっちとしては複雑よね」

 

 さっきから話を振ってる俺が言うのもなんだが、この人実の妹のこと切り売りし過ぎでは? 

 

「まぁ、それくらいにしておきましょう。アイが暇そうにしてるし。サインでしたっけ?いいですよ」

 

 俺の隣に座ってるアイは、俺たちの会話にはまるで興味がないらしく、この話が始まってからずっと机の下で俺の太ももを撫で回す手遊びしている。

 おかげでくすぐったくて堪らない。しかも時折ショートパンツの中に手を入れて来る。そこまでならまだいいんだけど、先生から見えないのを良いことに、俺のパンツの中にまで手を忍び込ませようとするから困ったものだ(可愛いよね)。でもさすがにそんなことされたら声も出ちゃうし色々不味いから、俺もアイの手を掴んで抵抗していた。

 なので俺はマルチタスクで平然を装って会話をしつつも、机の下ではアイと必死に攻防を繰り広げていたのだ。

 

「本当!?」

 

 浮かない顔をしていた先生も、俺の言葉にぱあっと表情を輝かせた。

 

「えぇ。アイもいいよね?」

「いいよー」

 

 うわぁなんて適当な返事なんだ。ファンじゃない人にはとことん塩だなぁ。

 ファンにすら塩の俺よりはマシだけど。一見すると俺の対応は、きちんとしていて丁寧だけど、そこにいちいち感情は込めていないから、淡々としていて業務感が強いと自分では思っている。

 

「あの、それでお願いがあるんだけど…」

「どんな?」

「私の妹、『真奈美』って言うんだけど、〝真奈美お姉さんへ〟って書いてもらってもいい?」

 

 あー、よくあるよね。○○さんへって書くやつ。そういうのってどこまでが許容範囲なんだろう。サイン会みたいな公式のイベントかつ行列ができてる時は時間短縮のために名前だけで済ますらしいけど、今回はプライベートだからいいのかな? 

 こういう業界の細かいルールとかまったく分からないんだよね。まぁルールを知らなくても界隈の頂点に立てば〝俺がルールだ!〟って言い張れるからそこまで気にすることでもないけど。

 

「いいですよ。漢字教えてくれれば書きます」

「これもファンサービスってやつだね!」

「だね」

 

 アイの言葉に同調する。いちいちめんどくさがらずに、ファンには極力神対応を心がけることが大事だ。こういうところで人間性が出るもんね。

 俺とアイの〝神対応〟に先生は、二人ともありがとう、と言って持っていた手帳の空白欄にに大きく『真奈美』と書いた。

 

「私たちのサイン、可愛い系とかっこいい系があるんですけど、どちらをお望みで?」

「え?うーん…そうね…、可愛い系でお願いするわ」

「了解」

「ねぇ、エル」

「ん?」

 

 ついに練習の成果を披露する時が来た…!と思った矢先、アイがペンを握った俺を引き留めるように俺の袖口を引っ張ってきた。顔だけをアイの方に向ける。

 

「せっかく色紙二枚あるし、どうせなら両方書いてみない?」

 

 その瞬間、俺の脳裏に稲妻が迸る。

 

「……アイ君。それは〝アリ〟だ」

「だよね!」

「え?え?」

「私たち一人ずつ書くよりも、一つの色紙に二人分書けば、一度のサインで二粒美味しい。しかもタイプの違う二種類を同時に手に入れられる。妹さんにとっても最高のプレゼントになるかと」

「え…、っと、つまり両方とも書いてくれるってことでいいのよね?」

「そういうことです。とりあえず少し待ってて下さい」

「こっち可愛いにする?」

「うん。私かっこいい方書くね」

 

 そう言って俺は机に置かれた色紙を手に取ると、昨日練習したように、色紙の上部分にお洒落に崩した筆記体の『Mirastrea』を、右側に同じ字体で『トゥエル』と書く。…うん、良い感じ。隣を見るとアイも書き終えたようで、お互いに書いたものを交換する。

 アイから渡された色紙を見ると、筆記体の『Mirastrea』の()()にあの『♡』を使った可愛いサインが書かれていたので、その右隣に同じく『♡』を使ったサインを書く。

 そうして出来上がった二枚の色紙を先生の机の上に置いた。

 

「できました。どうぞ」

「っ…うわ…!思ってたのよりすごい…!」

 

 俺たちが予想以上にしっかりしたサインを書いたのが大層意外だったのか、先生はタイプの異なる二つのサインをじっくり見比べている。

 

「すごい…。芸能人みたい…」

「こういうこともあろうかと、ちゃんと自分のサインは持ってますから」

「すごいでしょ。たくさん練習したんだよ」

「えぇ…、本当にすごいと思う。これ、あなたたちが考えたの?」

「はい。二つとも私たちのオリジナルです」

「へぇ~…なんて言うか、こっちの筆記体の方はいかにも芸能人って感じでお洒落に決まってるし、こっちの可愛い方は二人の名前にハートマークが使われてて本当に可愛いわね」

 

 先生は俺たちのサインを褒めてくれた。サインを決めてから初の実践だったが、この反応を見る限り結果は上々だろう。特に昨日の女子高生もそうだけど、若い女性から高評価を得たというのが大きい。同姓からの評価って厳しいものになりがちだから。特に俺たちみたいな外見は非の付けどころがないような美少女だと、外見以外で粗探しされやすいし。

 

「アイドルたるもの、サインも抜かりありません」

「完璧で究極のアイドルは、弱点なんてないんだよ?」

「正直にすごいと思うわ。三年前から二人のことは知ってるけど、あの頃からアイドルとしての身の振り方とか意識の高さとかしっかりしてるなぁって感心してたし、今だってここまでのサインを完成させるまでの二人の努力とかを考えると、自分がどれだけ小さな人間に見えてくるというか…。二人のこと、本当に尊敬してる。()()()()()()()、人としてもね」

「ファンになってくれるんですか?」

「え?今さら?初めて配信したあの頃から、ずっとファンのつもりだったんだけど…」

「えー、意外!事あるごとに小言言ってくるからアンチ寄りなのかと思ってた~」

 

 アイの言うことは尤もで、配信ではっちゃけた次の日は毎回のように呼び出されて注意されてたものだ。アンチではないにしろ、純粋に大人として自分の教え子が危ない橋を渡らないように見守ってくれてるっていうのは伝わってたんだけど、俺たちのファンだとは思ってなかった。

 

「私も意外だな…」

「あぁ…、そう言えばあの頃はよく呼び出してたもんね。私からしたら、あなたたちが危ない目に遭わないように気遣ってたつもりだったんだけど、あなたたちからしたら余計なお節介にしか見えないか…」

 

 先生は少しだけショックを受けているようだった。その証拠に語尾が小さくなって項垂れてしまったから。

 

「いや、私もアイもそれは伝わっていましたよ。でもあまりに頻度が多かったのと、内容が注意ばかりだったからアンチではないけど好きでもないのかと思っていました。私たち、だいぶ生意気な態度でしたし」

 

 正確な数はカウントしてないけど、配信を始めてから学年が上がるまでの間に30回以上は呼び出された。

 

「…今だから言うけど、あれは本当はあなたたちと話がしたくて呼び出してたの。もちろん本気で心配もしてたけど、二人の時間を私に使ってほしくて、二人のクラス担任っていうポジションを利用してただけなのよ…。普段の授業中はまるで相手にされないことは判ってたし、その時くらいはあなたたちに私のことを見てほしくてね」

 

 なにそれ…、そんなの──

 

「職権乱用じゃない?」

「ツンデレなの?」

 

 俺とアイは同時に言った。アイよ、確かに俺も最初はツンデレかよって思ったよ。

 

「えぇ…?そう言われるとそうかも…」

「へぇ~、面白いじゃん」

「いやぁ、毎回小言言われるこっちの身にもなってほしいですけど…」

「それに関しては謝るわ。ごめんなさい。本当に心配だったのよ、あの頃のあなたたち、どこか生き急いでいたっていうか、他人との関わりを拒絶してるようにしか見えなかったから」

 

 言われてみればそうだったかも。あの頃は今よりも余裕なんてなくて、周りが全部敵に見えてた。そういえばこの人にも二人で一つの殻に閉じ籠って傷の舐め合いしてるとか言われたっけ。ぶっちゃけその通りだったよね、と内心自嘲した。その自覚があったからこそ、あの頃の俺はその言葉に過剰に反応していた。

 この人にそんな意図はなかったと思うが、あれは端からみたら分かりやすく挑発に乗ってしまったようにしか見えない。当時はそれを否定するだけの材料もなかったが、今はもう…違うはずだ。

 

「まだ傷の舐め合いをしてるように見えますか?」

 

 俺たちだってあの頃から成長してる。俺もアイも、いつだって最優先はお互いにあって、それがブレることはないけど、それ以外に目を配ることくらいはできるようになった。

 

「ううん。今のあなたたちは周りの人たちのこともちゃんと気にかけていて、成長したなぁって思ってるわ。まず星野さん。星野さんは笑顔が可愛くなった──元々可愛いんだけど…、それまではあなたが私たちに向ける笑顔って、どこか作り物染みてたっていうか、はっきり言うと目が笑ってなかったのよ。それが今は自然な柔らかい笑顔になったかなって印象」

「私、そんなに怖い笑顔だった?」

「えぇ…。時々見てるこっちがゾクッてするくらい…」

「ふーん…」

 

 冷笑、嘲笑、誹笑……時に笑顔は最も攻撃的な表情とも言われるからな。今でこそアイは完全な嘘で塗り固められた笑顔を張り付けることができるけど、あの頃は今ほど精度が高かったわけでもないし、分かる人には分かっちゃうのかな。

 でも、どれだけ綺麗な言葉で飾ろうともアイの本質は変わらない。こうして称賛の言葉が出るということは、それだけアイの()()()()()()()()()()()()()ということだから。

 アイが心からの笑顔を向けるのは俺だけでいい。その特権は他の奴には絶対に譲らない。

 

「次にトゥエルさん。あなたは全体的な雰囲気が柔らかくなった。無表情なのは変わらないけど、同じ無表情でも目が優しくなったかなって。あなたが私たちを見る目が、以前は無機質で何も感じない冷たい印象だったけど、最近は星野さんに向ける優しい瞳のそれに近づいたって感じかな」

「へぇ…」

 

 特に表情を和らげたつもりはないが、まぁそれなりに人を見る目があるこの人が言うならそうなんだろう。それはトゥエルちゃんムーブが崩れているということ。つまり自分の理想から遠ざかったということだが、悪いことではない。

 だってそれは言い換えれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということだし。それはアイドルとして活動する上での選択肢が一つ増えたことに等しい。

 俺たちが目指す〝完璧で究極のアイドル〟にまた一歩近付いたということだから。

 

「良い事務所が見つかったのね」

 

 先生はどこか安心したような表情で笑った。その安堵の表情を見て思う──かつての俺たちが毎回の呼び出しに素直に応じていたのは、この人にまったく悪意がなかったからだって。

 余計なお節介を鬱陶しいとは思いつつも拒絶しなかったのは、自分たちの本質を理解してくれる〝味方〟が欲しかったからなんだって。

 俺もアイも、極論を言ってしまえばお互いさえいれば他は要らない。たとえ全世界を敵に回したとしても、互いが互いに理解し合っていればそれでも構わないと思っていたはずだ。でも、もし──ほんの少し手を伸ばせば届く距離に()()があるのであれば──贅沢にも〝もっと〟と求めてしまっていたんだ。

 結局のところ、俺にもアイにもそういった人並みの承認欲求があったということだ。

 

 ──ま、じゃなきゃ二人してアイドルになる、なんて結論にならないか。

 

 ◆◇◆◇

 

 時刻は午後一時過ぎ。

 先生にサインを渡した後すぐに学校を出て帰り道をアイと話ながら歩いていると、不意に俺の携帯に電話がかかってきた。

 

「ん?……社長からだ」

「今から事務所来られる?とかかな?」

「かなぁ。とりあえず出るね」

「うん」

 

 社長には今日は学校は午前で伝えてあるから、この時間に電話が来ても不思議ではない。

 

「どうも。トゥエルです」

「俺だ」

「失礼。オレオレ詐欺なら間に合っている。切りますね」

 

 そう言って本当に電話を切ろうとすると、電話口から、おい待て!と聞こえてきたので仕方なしにもう一度出てやることにした。

 

「お前今本当に切ろうとしただろ」

「えー?冗談なのに」

「……まぁいい。ところでお前()()今どこにいる?」

 

 さすが、アイは隣にいるのか?と訊かないあたり良く分かってるな。

 

「通学路。普通に帰宅途中だ」

「ならちょうどいい。悪いんだが今からこっちに来られるか?」

 

 やっぱりそうか。しかし電話じゃ駄目なんだろうか。一瞬訊こうと思ったけど野暮ったいな。

 

「分かった。この後は特に予定はないからな」

「俺もミヤコも今手が空いてないから車は出せねぇ。電車で来てもらうが、場所は分かるか?」

「大丈夫」

「そうか。じゃあ近くなったら教えてくれ」

「ん」

 

 また後でな。と言った社長が電話を切ったのを確認して、アイに向き直る。

 

「今から来てって?」

「うん」

「何気に急な呼び出しって初めてじゃない?何だろうね?」

「何だろう?明日からの事とかかな」

「かなぁ」

 

 そう話ながらも俺たちは既に駅の方に向かって歩き出していた。

 帰ってゲーム実況でも撮ろうと思ってたけど、まぁ今度でいいか。今は目ぼしいホラーゲームもないし。

 

 ◆◇◆◇

 

 今俺たちが暮らしているこの街は程よく都会に近い郊外といった感じで、駅周辺は人が多いものの、一度駅から離れてしまえば閑静な住宅街が広がっていて、人通りも少ない。特に観光地でもないので、歩いているのも地元の人ばかりで、彼らは俺たちを見慣れているから、たまに話しかけられることはあってもじろじろ見られることはない。だから俺たちもわざわざ認識阻害の結界を張る必要もないのだが──

 

「人多いね…」

「やっぱり駅周りは人いるかぁ」

 

 駅周辺ともなれば雰囲気も変わってくる。特にここはアーケード商店街があったり、再開発してできた駅ビルが建ってたりと、郊外にしてはなかなか発展している。そのせいかふらっと寄り道して行く層もいるみたいで、午後のこの時間であってもそこそこ人がいるのだ。

 

「ここからは認識阻害かな」

 

 人が多いということは見られる回数も増える。すると話しかけられる回数も増える。昔パソコンを当てたあの大型家電量販店に向かった時よりもずっと俺たちは有名になった。あの頃は視線なんて気にならなかったのになぁ。

 

「ね、それなんだけどさ」

「ん?」

「あえて認識阻害しないでみない?」

「え?」

 

 認識阻害を張ろうとした矢先、それを遮るような形でアイが意外な提案をしてきた。アイは無駄なことをしないから、今回も何か考えがあるのだろうか。

 そんな俺の思考が漏れていたのか、アイは首を横に振って、いや…、と切り出した。

 

「特に深い意味は無いんだけどね?純粋に今の私たちってどれくらい認知されてるのかなって思って」

「──なるほどね。理解した」

「うん。電車は色々な人が乗ってるから、私たちのことどれくらい見てくるかなって」

「アイ」

「んー?」

 

「私と二人きりになりたいなら正直に言ってくれていいからね?」

 

「──……あ、アハッ♡なぁんだ。バレちゃってたか」

「当たり前でしょ!アイのことなら何でも分かるよ。何なら今ちょっと照れたこともね」

「あっ…えへへ…、うれしい♡」

「前に約束したじゃん。お互いに隠し事はしないって。正直に自分の気持ちを伝えてくれていいんだからね?今私が言わなかったら黙ってたでしょ」

「うん…ごめん…、あ、違うよね。ありがとう、エル」

「ん。おいで」

「うん」

 

 腕を広げると、いつものような勢いではなく、何かを確かめるようにトコトコ歩いて来るアイの腕を掴んで引き寄せる。

 

「わっ…!」

 

 少しだけ強く引っ張ったから、アイは慣性のままに俺の胸元に向かって顔から飛び込んできた。

 掴んだ腕はそのままに、片方の手を背中に回してそれを受け止めると、アイの心配事を払うように、腕を掴んでいた方の手で頭を撫でる。

 

「ぎゅー♡よしよし。大丈夫だからね」

「えへへ…♡エル大好き…♡愛してるぅ♡」

「私も愛してるよ」

「うん…♡」

 

 アイの気持ちが落ちつくように、心の不安を取り除くように、優しく優しく撫で続ける。

 するとやがて眠るように瞼を閉じて、安らかな表情を浮かべて俺の胸元に顔を埋めるから、さらにアイを安心させるように言葉を紡いでいく。

 

「大丈夫。ずっと一緒にいるし、ずっとアイのことだけを見ているからね」

「私も!!」

 

 俺に包まれながら、顔だけを見上げたアイは元気よく返事をした。心に何かを抱えていたような先ほどまでとは違い、今のアイは憑き物が落ちたように晴れやかな顔つきだった。

 それを見て俺はケアが成功したことを確信した。

 

「ふふ…、もう大丈夫そう?」

「うんっ!もう治った!エルのおかげ!」

「それは良かった。…じゃあ行こうか。認定阻害もかけないから」

 

 俺がそう言うとアイは意外そうに大きな目を見開いた。

 

「え?いいの?」

「うん。確かに今の時点でどうなのかは気になるしね」

「あ…、でしょ!?実際にそれは気になるし、だから試しにこのまま乗ってみない?」

「いいよー!じゃ行こっか!」

「うん!」

 

 アイは元気よく返事をして、一般的な恋人がするように、俺の腕に腕を絡めてきた。

 

「あら」

「えへへぇ♡今はこういう気分なの♡」

「よしよし」

 

 俺に腕を絡めて幸せそうにはにかむ可愛い恋人の頭を撫でると、目を細めて俺の肩に頭を預けてくれる。たまにはいいなぁ、こういうのも。

 ふぅっ。良かった良かった。アイの僅かな変化にも気づけないようじゃ恋人失格だからな。アイが俺の些細な感情の変化に気づくように、俺だってアイのことなら何だって分かるんだ。

 

 ◆◇◆◇

 

 さてさて、知名度の話だけど、正直三年前と今じゃ比べ物にならないだろう。あの頃はそもそも動画投稿すらしてなかったのだから知名度は0だ。それが今やチャンネル登録者数600万人という国内最大のYouTuberになってしまった。それが齎す影響は想像に及ばない。現にこうして立ち止まってる今もじろじろ見られてるし、携帯のカメラを向けてくる人だっている。

 俺たちはアイドルという見世物ではあるけど、プライベートの今はあまり見られるのも良い気分はしないから、アイの手を引いてそそくさと駅内へ向かって行った。

 

 周囲の視線から逃げるように駅構内に入ったものの、俺たちは電子カードを持っていないので券売機で切符を購入することに。実に三年ぶりの切符購入だ。()はSuicaとPASMO二つ持ちだった上にチャージも頻繁にしてたから切符なんて買うのは本当に久しぶりだ。電子カードが普及し過ぎて最近の子供や芸能人は切符の買い方を知らないらしいからなぁ。そういうのを聞くと世も末だなって思う。アイにはそうなってほしくないから、ちゃんとそういう一般常識も教えないと。

 

 アイに切符の買い方を教えて、改札を潜りホームへ向かう。そうしてやってきた上り方面の電車に乗って二つ空いてる席を探すと、ちょうど俺たちと入れ違いで角に座っていた人が降りたらしく、二人で隣同士で座ることができた。するとその瞬間から押し寄せるように一度に大量の視線を感じてしまい、反射的にうわっと声を漏らしてしまった。この体はそういうのに敏感なんだよ…。

 

一気に来たね…

 

 極小さな声だったが、隣に座るアイには聴こえたらしい。

 

すごいね…

うん…

 

 対面に座る人たちは、それまでは眠たそうに瞼を開けたり閉じたり、船を漕いでいたりしていたが、俺たちが座るとぼーっとこちらを眺めていて、何秒かすると突然目を見開いた。大方寝惚けていたのが俺たちの姿を視認して急速に脳が覚醒したってとこか。おもしろ。

 他にも俺たちの近くで携帯を見てた人や、あちこちにいる数人組で話していた学生の集団すらも会話を止めて俺たちの方を見ていた。もちろん皆あからさまにじろじろ見ては来ない。チラッ、チラッ、と数秒置きに見たり、携帯を操作してるふりをしながらこっちを観察してるような感じ。ああ、一応言っておくと今日は俺たちはスカートじゃないからそっちは大丈夫。

 

やばいね…

うん…

 

 きっと俺たちが乗るまでは賑やかだったであろう昼過ぎの車内が、朝の通勤時間の如くしーんと静まり返っていた。車内には電車がレールを踏むガタンゴトンという音と、運転手のアナウンスだけが響いている。何この空気…。俺たちのせいだっていうのか? 

 

予想以上なんだけど

同じく

 

 アイが小声で言った。周りが静まり返ったせいで俺たちも自然と超小声になってしまっている。会話聞かれたくないから仕方ないけどさ。

 そうだ、せっかくだから『思想思念(しそうしねん)』を使ってみるか。最近全然使ってなかったし。

 能力を発動した瞬間、車内にいる人たちの〝声〟が押し寄せる波のように一気に聴こえてきた。

 

 ──本物? 

 ──トゥエルとアイだよな……あれ

 ──誰かtweetしてないかな?

 ──うわっ、あんなに可愛いのかよ

 ──すげ、実在したんだな

 ──話しかけたいけど誰も話しかけないから無理だ…

 ──すっげぇかわいい

 ──この付近に住んでるってマジだったんだな…

 ──早く誰か話しかけろよ

 ──今俺の目の前に『Mirastrea』のトゥエルとアイいるってtweetしよ

 

 うわぁバレてる。そりゃそうだよねぇ。ていうか何?皆して牽制してるのか?日本人らしいな。

 それにしてもtweet勢が厄介だ。あまりこいつらを野放しにさせたら地元が特定されかねない。事が大きくなる前に軽く思考弄っとくか…?

 まぁでも結局この人たちも思ってることは普段の俺たちの配信のコメントと同じようなことなんだよな。あっちもリアルタイムであることには変わらないわけで。感想なんて必然的に似通ってくるよね。

 

 ──どこで降りるんだろう。ついていってみようかな。事務所特定できるかも。

 

 ふむ。やはりこういう輩は出てくるか。これだから認識阻害が外せないんだよ。こういうストーカー紛いのバカがいるから有名人は公共交通を使いたがらないし、プライベートでも変装するんだ。

 とりあえず今聴いた声はアイと共有する。残念だけど〝バニラ(何もかけない)〟状態はここまでだ。そろそろ降りるしここからは認識阻害というバフをかけさせてもらう。

 指先でアイの肩をちょんちょんとつつく。

 

私たちの後をつけようって奴がいるから認識阻害かけるね

えぇ…、ほんとに?

うん。今聞こえた

そっかぁ。残念だね

うん。本当に残念だよ

 

 まさか俺たちのことを尾行しようなんて奴がいるなんて、本当に残念だ。どうしたらそんな発想になるんだろう。野次馬根性だろうか、そんなことをしても誰も何も得しないというのに。本当に俺たちのファンであるならそっとしておいて欲しいものだ。

 

「はぁ…」

 

 わざとらしく溜め息を吐いてから認識阻害をかけると、それまで俺たちのことで頭がいっぱいになった結果、謎の連帯感を発揮して無音になっていた車両内に再び活気が戻ってきた。そしてこの場の全員の思考から俺たちのことが消え去ったのを確認すると、俺はそこでようやく思想思念を解除できたのだった。

 実際のところ、仮にその道のプロに尾行されたとしても俺は常に周囲の生物の気配を感知できるから確実に気づくし、その時点でそいつの脳を弄って見せしめに廃人にすることだって厭わない。俺たちの平穏を脅かす事象は可能性から根絶するだけだ。

 

 ◆◇◆◇

 

 下車駅が近づいて社長にLINEすると、すぐに既読がついて『改札で待ってろ。ミヤコを向かわせる』と返事があった。

 言われた通りに改札で待つこと数分、通りの道からミヤコさんがこちらへ一直線で向かってきた。

 

「早かったわね」

「まぁ、ちょうど帰る途中だったからな」

 

 ここで疑問に思った人もいるかもしれない。どうして認識阻害を張っているのにミヤコさんは俺たちを認識できているのか。それは単に俺が『俺たちが知っている人物は外部からでも俺を認識できる』というルールを結界に付与しているからだ。ここで大切なことは、俺たち〝が〟知っている人物ということだ。相手側が一方的に俺たちを知っているだけじゃこの認識阻害は破れない。

 では例えば相手側が複数でいたとして、そのうちの一人とだけ知り合いの場合。その場合は少し複雑で、そのままでは俺たちと知り合いの人物のみ普通に俺たちを認識できるが、連れの方は俺たちを認識できない。連れが俺たちを認識できるようになる条件は二つあって、一つは「あそこにMirastreaいるよ」等俺たちの存在を伝えること。もう一つは俺かアイのどちらかと会話をすること。そのどちらかを満たした時点で脳が書き換えられて俺たちを認識できるようになる。上手く伝えられたかな?

 

 閑話休題(話を戻そうか)

 

 俺たちに声をかけてきたミヤコさんだったが、その直後に何故か黙り込んでしまった。それを不思議に思ったアイが声をかけた。

 

「どうしたの?」

「……あなたたちがランドセル背負ってる姿……違和感しかないわ」

 

 そういえば見せたことなかったんだっけ。確かに今までは学校を休むか、早退して一度施設に帰ってから迎えに来てもらうかだったからランドセル姿のまま出社することはなかったか。

 

「えー?私たち現役だよ?」

「それはそうなんだけど。中身が大人びてるからかしら?」

「似合ってない?」

「私もアイも脚長くてスタイルいいし、顔も完成に近いからじゃない?」

「そうかも!」

 

 今俺が言ったように、俺もアイもとんでもなく顔が整ってる上に、身長の割にめちゃくちゃスタイルがいい。特に俺なんて股下比率52%だったし。この52という数値、なんとパリコレでも滅多に御目にかかれないらしい。さすがトゥエルと言わざるを得ない。これが本当の意味での脚長効果というのか、このスタイルのおかげで俺たちは実際の身長よりも高く見られることが多い。

 とにかく俺たちは外見も雰囲気も小学生離れし過ぎているのだ。ランドセルが似合わないのもその辺りが原因だろう。

 

「はぁ…羨ましい限りね」

「ミヤコさんもめちゃくちゃスタイルいいじゃんか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?そのまま行ってたらワンチャンモデルにでもなれたんじゃないか?」

「……どうだろうね。〝東京(ここ)〟は可愛い子が多いから。永遠に輝き続ける星なんてないのよ」

 

 ──ふーん。俺とアイの前でそういうこと言っちゃうんだ。

 

「なら私たちがなってやる」

「えっ…?」

私たちが()()()()()()()()()になってやるって言ったんだよ。あんたは旦那と一緒にステージの下で見ていろ。そして絶えることのない星天の輝き(私とアイが放つ世界一の煌めき)に焼かれてしまえ」

「っ……トゥエル……」

「エル!覇気!覇気出ちゃってるから!バレちゃうよ!」

「あっ…ごめん」

 

 感情が昂ってしまい無意識に覇気が漏れてしまっていたようだった。気持ちを落ちつかせて周りを見ると、俺の覇気にあてられて皆一斉にこちらを見ていた。中には頭を押さえて立ち眩みしてる人もいて、アイが指摘してくれなかったら悲惨なことになっていたかもしれない。

 

「ミヤコさんもごめん」

 

 目の前で放心状態のまま固まっているミヤコさんにも声をかける。あー、早く事務所行きたいここから逃げ出したい。

 

「──ハッ!?あ、ええ、大丈夫よ……」

「ごめん。気持ちが昂った」

「もう平気よ」

「ね、皆見てるし、早く行こ?」

 

 アイが俺とミヤコさんの服を引っ張ってくれた。

 

「そうね。ここで話しててもなんだし」

「うん」

 

 俺たちが歩き出すと、モーセの海割れのように人の波が綺麗に別れて通路を作った。

 あぁ、目立ちすぎたなぁ。

 

「おお~!通りやすくていいじゃん!やっぱ、エルの溢れ出るオーラは隠せないね!」

「まったくだ。困った、困った」

「あなたたち……」

 

 ミヤコさんが白い目で見てくるけど気にしない。俺はもう開き直ることにした。

 

 ◆◇◆◇

 

「お、もう来たのか」

「電車がタイミングよく来たんだ」

 

 事務所に着いて会議室に入ると、社長は資料を片手にこちらに背を向けてホワイトボードに何か書き込んでいた。

 

「よし、全員揃ったな。座れ。早速始めるぞ」

 

 社長とミヤコさんが着席するが、俺には話が見えない。

 

「待て。何を始めるんだ」

「あん?まぁとにかく座れ」

 

 座れというなら座るけど。いつものようにアイと隣同士で着席すると、社長が開口一番に発した言葉は、俺の戸惑いを吹き飛ばすのには十分過ぎる程の威力を持っていた。

 

「ドームを押さえた」

「マジっ!?」

「日程は!?」

 

 思わぬ朗報に、俺とアイは机に両手を置いて前のめりで問いただした。

 

「マジだ。日程は当初の予定通り来月の三連休だ」

「神」

「すごぉい!やるじゃん佐藤社長!やっぱりやればできる男だね!」

「よくやった!えらい!」

 

 ぱちぱちぱちぱち、と俺とアイの拍手が斉藤社長に注がれる。

 

「ああそうだ、もっと褒めろ。万雷の喝采を送れ」

「調子に乗るなバーカ」

「それで、結局どうなるの?」

「お金は?」

 

 俺が調子に乗った社長を叩いて、アイが続きを促す。見事なコンビネーションだ。俺としてはお金の行く先が気になる。

 

「今回のライブ費用はおよそ一億。金はこの前行った会社と話し合って、会場費は向こうが一社当たり2500万の資金提供を受けることになった。機材とかの準備費用をうちで出す感じだ」

「えっ、すごい…」

「すご…」

「あなたたちが帰ってからも何度も向こうの担当者と打ち合わせしてたのよ」

「そうなんだ。私たちのためにありがとう」

「ありがとう!」

 

 俺たちのために大金が動くって考えると、元小市民の俺は怖くて震えちゃうよ。今だからこそ平然としていられるけど。プレッシャー?そんなものは一切ない。

 

「ああ。で、当然それだけの金が動くんだ。相手の顔に泥を塗ることだけは許されない。最低でも二倍には持っていく。君たちが苺プロ(うち)の存在を明かしていない以上、俺たちは表立って宣伝はできない。君たちの意思を尊重する契約だからだ。だから、ぶっちゃけここからは君たち次第だが……勝算はあるんだろうな?」

 

 なるほど。そういう話がしたいのか。

 

「当然だ。と言っても現状私たちにできることは限られているが、その中で最善を尽くすつもりだ。まず今日の夜に『緊急生放送』と題してドームが決まったことの配信をする。それから明日以降の動画のエンドカードにライブのことを宣伝するような編集を加える。そして今日からライブまで毎日動画投稿して配信頻度も上げる。もちろんSNSでの拡散もする。思いついたのはこんなところだ」

「レッスンはどうする?ライブが近くなれば打ち合わせもあるが」

「もちろん手は抜かない。やれることはすべてやる」

「君はそれでいいかもしれないが、アイはどうだ?ついて来られるのか?」

「アイの体力的にきついんじゃない?」

 

 社長とミヤコさんの視線がアイに向かう。つられて俺もアイの方に顔を向けると──アイは笑っていた。

 

「私のことなめすぎ。ついて行けるとか行けないとかじゃなくて、ついて行くよ!余裕余裕!」

 

 決して虚勢や強がりなんかじゃないとないと判る、確かな力強さと説得力があった。瞳の一番星に闘志を宿しながら不敵に笑うその姿に、底知れないナニカを感じ取ったのか、二人はそれ以上何も言わなかった。

 

「私のアイをみくびるな。この子の覚悟はとっくに受け取っている」

「エルのこともね。こうなるって分かってて進んだ道だから、覚悟なんて最初っから決まってるんだよ」

「ありがとう、アイ」

「うん」

 

 アイはそっと俺の手を握ってくれた。指を絡めてぎゅっと結ぶと、安心感が沸き上がってくる。

 実際アイの体力的な心配はしていない。肉体的な疲労なんて魔法でどうとでもなる。

 それに、本人もやる気みたいだし。スイッチの入ったアイは強いのだ。

 

「分かった。約束通り君たちに任せる」

「ふふ。この人、心配してるのよ。あなたたちが無茶しないかって」

 

 それに答えたのはアイだった。俺たちの握っている方の手を持ち上げて、二人に見せつけるように掲げながら宣言した。

 

「大丈夫!エルのことはちゃんと私が見てるから」

「私だってちゃんと線引きはできている」

 

 そもそも俺は()()()()()肉体的疲労は無効だし、アイとの痴情の縺れ以外でヘラることもない。そっち方面以外には絶対的な自信があるからだ。だってトゥエル()とアイだし。世界一位と二位が組んでる時点で無敵だし。

 

「君たちのことは信用もしてるし信頼もしてる。だからこそ今回の話も呑んだんだ。……頼んだぞ。俺たちに夢を魅せてくれ……」

「──ああ、任せろ」

「あなたたちの想い、確かに受け取ったよ」

 

 だが勘違いするなよ?これはあくまで()()()に過ぎないのだから。俺たちが目指す場所はまだまだ先にあるのだから。

 

 ──ちゃんと、振り落とされないようにしがみついて来い。

 

 ◆◇◆◇

 

「次の話だが…、客席はどうする?それがチケットの枚数にもなるが」

「前に言ったが7万でいい。一日7万の21万だ。それ以上は増やさなくていい」

「それだとステージが小さくなるかもしれないぞ?」

「そうだな。でもそれ以上は厳しいし、スクリーンと照明である程度派手さは演出できるだろ?」

「俺もドームなんて映像でしか見たことないから確実なことは言えないが、何とかなると思う」

 

 俺だってない。そもそも()はYouTubeでライブ映像も観られたし、そもそも興味もなかった。

 

「それにどうせ向こう(ドームの運営)ともミーティングするだろ?だからこっちとしては7万席に決めておいて、運営とのミーティングの時に調整すればいいだろう」

「一応キャパは5万5千人だけど、過去に6万人以上導入したこともあるから行けるわね」

 

 確か某イケメン事務所で6万後半行った気がする。あの規模の事務所ですらそれなら、今回がデビュー戦となる俺たちが如何にとんでもない設定をしてるのかがよく判る。普通なら正気を疑うし大赤字まったなしだ。普通ならな。

 

「なるほど。じゃあ21万人でいいんだな?」

「うん」

「料金は?」

 

 だが、この場にそれを指摘する人間はいない。この場にいる全員が、今回のライブの成功を信じて止まないから。誰も直接言葉にはしないが、軸となる絶対的な自信を抱いている。

 

「任せる。直接的な利益に繋がることはそっちで決めてくれ。四つの会社にも影響するだろうし」

「わかった。なら上限だけ決めてもいいか?席によって金額が変わるんだ。君もなんとなく分かるだろ?」

 

 確かにそうだ。ドームの構造がどうなっているかは知らないけど、普通に考えて俺たちに近いほど高くなるものだ。一番近いのがアリーナ前方席だっけ?ステージの配置にもよるが、アリーナの後方と一階スタンド席は同じか一階スタンド席の方がよく見える?

 その辺りはちょっと分からないから任せよう。

 

「じゃあ…、私たちに一番近い席が1万で、一番遠いのが5千でどうだ?」

「5千?それはちょっと安過ぎじゃないか?」

「そうなのか?」

「あぁ…いや、でも初めてだしそんなものか?いやでもこいつら知名度と人気を考えたら…」

 

 五千円で安いのか。相場知らないんだよな…。調べるか、と思ったら既にアイが調べてくれていた。さすアイ!

 

「国内アーティストで相場1万円だって。指定席とかで2万くらい?」

「私はこの子たちの人気を考えたら2万でも全然いけると思うわ」

「なら一番近いアリーナ前方席を2万円でどうだ?数も限られるだろうし問題ないだろ」

「うーん。…まぁちょっと向こうと相談する」

 

 なら俺たちも皆で決めるべきか。

 

「あ、ならさ。今日の配信でリスナーと相談してもいい?」

「なに…?」

「だめ?ぶっちゃけその方が皆に納得してもらえそうじゃない?後から高過ぎる安過ぎる言われるより良くない?」

 

 我ながら神ってる発想じゃないか?別にどこの世界にもチケット代をファンと決めてはいけませんなんてルールは無いんだしさ。

 

「エル君……それは〝アリ〟だよ」

「さすアイ!」

 

 ほらアイもアリだって言ってくれてる。ていうかその台詞さっき俺が言ったやつ…!真似してくれて嬉しい♡

 

「いや、それは構わないが、上限だけは決めてほしい」

「わかった。なら2万で。自惚れてるつもりはないが、あの人たち私たちのライブならいくらでも出すって言いそうでさ」

「あー、確かに…。何人か言いそうなのがいるよね…」

「うん。『ツキノカミ』さんとか『シンボク』さんとか『雨ゴロー』さんとか」

「『三番手の鬼』さん『至宝MF』さん『魚塚』さん『ネクラ寮長』さん『ハルチヨ』さん『凍星の料理人』さんとかも…」

「あーね…」

 

 その名前を聞いて思わずひきつった笑みが零れてしまう。アイが名前を出した面々は色々な意味でキャラが濃い奴らだ。特徴はとにかく全員口が悪いこと。俺とアイに対しては従順なんだけど、こいつら同士は非常に仲が悪くて毎回のように喧嘩してる。それにこいつら毎回えげつない金額投げてくれるんだよね…。あんたらの生活大丈夫なの?ってこっちが心配するくらい。それ以外にも何人かいるなぁ。

 というか2万って独身の社会人からしたら安いよな?あとバイトしてる学生とかも。だってゲーム機で2万なんて携帯機しか買えないぜ?据え置きはその倍はするし、それに比べたら安いよな。きついの既婚者で月のお小遣いが3万とかのリーマンくらいでしょ。

 

「だぁー、お前らのリスナーの話はいいから。つーかそんなにいるのかよ!」

「いるねぇ…他にも何人か」

「言い方は悪いが金を落としてくれる奴らはちゃんと手綱握っとけよ?……で、上限2万でいいんだな?」

「うん。それでいいよ」

「よし。次いくぞ次」

「はーい!」

「ん」

 

 その後も四人で意見を出し合って着実にライブへ向けて準備が進んでいく。

 結局今日決められる話がすべて終わって、ミヤコさんに施設まで送ってもらう頃には夕方になっていた。

 

 ◆◇◆◇

 

 固定されたツイート

 トゥエル【Mirastrea】@truEL

 

 どうもトゥエルです。

 今日の21時から緊急生放送をするから来られる人は来て。

 ライブに関して重要なお知らせがあります。

 

 #トゥエル #アイ #Mirastrea

 

 ご飯を食べてお風呂に入って少し休んでいると、いつの間にか窓から見える外は暗くなっていた。グループLINEで軽く打ち合わせをして、現在時刻は午後20時55分。

 前もってTwitterで告知したからか、既に待機人数は過去最高の10万人を超えている。

 当日の告知にも拘わらず、これだけの人数が集まっているのはやはり『緊急生放送』という題名が大きいのだろう。

 

「また記録更新できそうじゃない?」

「40万は超えたいね」

「ね。話題になればそれだけ興味を持ってくれる人が増えるだろうし」

「私たちの〝価値〟を知ってもらえば、今後の仕事にも繋がるだろうしね」

「だね。──よし、頑張ろう!」

「うむ!」

 

 新たに配信前のルーティーンとして、お互いの頬を両手で挟んでむにむにし合ってキスをする。

 これで頑張れる。

 

 さぁ、やるぞ!

 心中で意気込んで俺は配信開始のボタンをクリックした。




【天使】
喧嘩してより一層仲良しに。
就活の話は自分の経験を元にしている。
早速サインを披露できてご満悦。先生がファンだったことは意外に思った。自分たちのSNSをフォローしてるのは知っていたが、監視のためとばかり…。それはそうと就活生の妹に関してはワンチャン苺プロに引き抜けないかなと画策している。今回表情に熱がこもったと伝えられて成長を感じている。自己肯定感が2ポイント上がった!
まぁ、誰に何を言われようが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?どれだけチヤホヤされようが俺はアイだけを見続ける。それは確定事項だから。他の一切はいらないよ。
アイの気持ちの変化に最速で気付いたMVP。喧嘩したことで確実に成長してる。本心で語り合うって約束はしてるけど、言い辛いこともあるよね。大丈夫そこは俺も解ってるから気にしてないよ。今の自分たちがどれほど認知されているのか確認のために認識阻害を外したら、思ったよりも見られるしストーカー予備軍に合うし最悪。やっぱり認識阻害外したら悪意に晒されそうで怖い。やっぱり認識阻害は毎回かけないと駄目なんだな…。
ミヤコさんの何気ない一言にやる気スイッチオン!ドーム?大黒字にしてやるから安心しろ。後の伝説のライブとなる。

【一番星】
喧嘩して心と心がぴったりくっついた。嬉しい♡
先生の名前は相変わらず覚えてないし、妹の名前もサイン書く直前まで何だっけ?と思って、こっそりエルの色紙を覗いて確認した。アイから見ても先生はあまりに呼び出しの頻度と小言が多すぎて心配してるように見せかけた自分たちのアンチ寄りかと思ってた。
笑顔が可愛くなった?当然でしょだって私は()()()()()()()()()()。私の本質はエルだけが知っていればいいしエルだけが受け入れてくれるからそれでいい。ていうか何その程度でエルや私の本質を理解したつもりになっているの?たとえエルが自分でも気づかないうちに理解者を〝外〟へ求めていたとしても私はそれを認めない。だってエルは私だけを見ていればそれでいいんだから。他にいらないでしょ。
認識阻害を外させたのは、エルに自分へ向けられる好奇の視線を感じてもらって、現実を知ってもらうことで警戒心を上げて次から毎回認識阻害を張ってもらう(=二人きりの世界になる)ため。
ミヤコさんの一言でスイッチ入っちゃって熱くなってるエル可愛いなぁ。
自分でも気付かないうちにメンヘラスイッチが入ったが、その瞬間エルが最適解でもって消してくれた。自分ですら気付けない部分のケアもしてくれるエルへの愛情と信頼がさらに上がった。正直今すぐ飛び付いて押し倒して愛情(物理)をぶつけたいくらい気持ちが昂っているけど自重した。
今日の夜、エルは寝られない。

***

どうも、こんばんは。
私の作品をここまで読んでくれてありがとうございます。大半が一話で切りそうなのに、なかなかマニアックですね。
さて、書き溜めも終わりましたし、明日からはのんびり続きを書いていきます。
この作品、元々は小学生編が終わってから公開予定でしたが、本誌に謎の少女が出てきたのと、遅筆+体調を崩しがちなこともあって年内に終わらない可能性が高かったので…(今も熱出して寝込んでますし)。
小学生編はできればあと五話くらいで終わらせたいんですけど、この後は配信回(チケット代決め)→報告&レッスン開始→ライブ当日→打ち上げ的な&謎の少女と対談→二年後にとんで卒業式&春休み……と、まだやることが沢山あるのでどうなることやら。
とりあえず年内に終わることを目標に頑張ります。
そして今さらですが、今後も「ここはこうはならないだろ」って場面があると思いますが、この作品は〝夢小説なので(夢主の設定がぶっ飛んでるので)〟ご理解いただけたらと思います。なるべくリアル寄りにしたいけど、芸能界全然知らないしどうしても不自然になるところは出ちゃうよなって。
そういう時はまぁトゥエルってチート(常識改編と思考操作の使い手)だし…って感じでお願いします。

あ、ちなみにド下ネタなんですけど、エルは魔法で自分にも相手にも生やせるんですよね。今までは年齢的に自重していましたが、実は裏でアイエル間の約束で、卒業式の日にお互いに貰うことになってます。さすがに全年齢では書けませんが。なので中学生編からはちょっとだけ()()になったアイエルが見られるかも…。ただでさえ小学生時点で色香振り撒いてる(人を惹き付ける才能に溢れてる)のに、()()になったらいよいよ大変なことになりそうですよね、周りが。

それと、番外編として「ブルーロック」とのコラボ編を載せる予定です。章機能を上手く使って一番上に載せるかな?
内容としては未来軸ifで、17歳のアイエルが「ブルーロック対U-20日本代表」のスペシャルサポーターとしてハーフタイムショーをする、というものになってます。
この作品の未来軸なので、色々なネタバレ+ブルーロックアニメ派の方もネタバレになりますので閲覧は自己責任でお願いします。文字数的には4万文字以内かな。
こちらはサブタイトルに〝クロスオーバー〟と付けるのでタグの方では付けません(タグ増やしたくないので)。
尚ブルーロックとアイエルの年代が明らかに違いますけど、そこはクロスオーバー特有の謎時間軸ということでスルーしてください。
あといつか東リべのクロスオーバーも書きたい。イザナ推しなんで。アイエルの施設を神奈川にして書きたい。ただこの二作pixiv寄りなんだよなぁ。

最後になりますが、ここまで読んでくれて(ついて来てくれて)ありがとうございます。この作品が誰かの性癖に刺さっていれば嬉しいですね。もしそういう方がいらしたら、良ければ高評価コメント等いただけると嬉しいです。
それでは。
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