11月には最新刊の『赤』、3月には第三弾朗読劇もある魔法少女育成計画、みんな読もうね!!
プロローグ
♢名無しの少女
ゴミみたいな人生を送ってきた。ゴミのような親に育てられ、生き抜くためにゴミを漁る。そんなあたしのことを、通勤中のサラリーマンやOLたちがゴミを見るような目で眺め、その数秒後にはそんなゴミが道端にあったことすら忘れていく。ゴミの価値なんてそんなもんだ。
「うーん、私は君がゴミには見えないけれどなぁ」
あたしなりに培った、そんな人生観をばっさりと否定したのは、この町にある唯一の図書館で司書をしている、顔がしわしわで白髪のお姉さんだった。年齢はわからない。あたしは学校に行っていないから数字の数え方が分からないし、自分の年齢だって知らない。お姉さんと呼んでと言われたからそう呼んでいるけれど、たぶんそんな年齢じゃないんだろうなということは何となく分かる。
このお姉さんとは、あたしが図書館の裏にあるゴミを漁っているときに出会った。それ以来、なんの気まぐれかたまにだけれどご飯をくれたり、図書館にある本を読み聞かせてくれたりしてくれた。そのおかげで、簡単な文字くらいは読めるようになったから、とても感謝している。
「いやいや、あたし、ゴミだって。名前だって親からもらってないし」
「名前のあるなしはそんなに重要じゃないのよ。大事なのはそこにどう意味をつけるかということ。貴女の人生は、確かに今まではゴミみたいだったのかもしれない。でも、そのゴミみたいな人生にも意味があるのよ、きっとね」
「ふーん、難しいことはよく分かんないけどさ。お姉さんがそう言うなら信じることにするよ」
そんな会話をしたのが、今から一週間くらい前のことだ。あたしは、痛む頬を抑えながら、まだ読み方の分からない漢字が書かれた看板の建てられた建物の中に、黒い服を着た人たちが入っていくのを、遠くからじっと眺めていた。
「なんだ、やっぱりお姉さんって歳じゃなかったじゃんか。嘘つき」
図書館のお姉さんは、年齢をごまかしてお姉さんなんて呼ばせる嘘つきだったけれど、一つだけ嘘をついていないことがあった。
この日、あたしは魔法少女となり、これまでのゴミみたいな人生に一つの意味を見つけることができたのだった。
☆☆☆☆☆
あの日から約一年。あたしは、魔法少女として充実した日々を過ごしていた。
まず、このハイスペックな体!! どれだけ動き回っても綺麗だし、疲れを感じることもない。結構な間食事をしなくてもへっちゃらだし、排泄物なんかも出ないから、処理に困る心配がないのがありがたい。
それだけじゃない。あの日、あたしに魔法少女の才能を見出して魔法少女にしてくれた、人事部門? とかに所属しているとか言っていた眼鏡をかけた魔法少女は、『魔法少女は困っている人を助けることが仕事だ』とあたしに伝えた。
その魔法少女はそれだけ言ってすぐどこかへ行ってしまった。確か、この後に予定が詰まっているとかどうとか言っていたはずだ。まあ、そんなことはどうでもいい。重要なのは、魔法少女となったことでゴミみたいな人生に意味が生まれたことだ。こんなあたしでも、誰かを助けることができるのだという希望を持てたことだ。
魔法少女は、みんな特別な魔法を一つ持っているらしい。あたしの魔法は、『魔法の消しゴムでなんでも消しちゃうよ』という魔法だ。ほかの魔法少女にあったことがまだあの人事部門の魔法少女との出会いだけなので、どんな魔法があるかはわからないけれど、この魔法はなかなかに便利だと思う。
真っ白な学ランを模したコスチュームに付属した大きな消しゴムで、壁に描かれた落書きをこすると、綺麗に落書きだけを消すことができるし、地面に散乱したゴミに向かってごしごしすれば、ゴミだけを消すことだってできる。
ただ、消せるものにも条件はある。例えば、壁に描かれた落書きは消せるけれど、壁そのものは消せないし、ゴミだって大きすぎると消しゴムでこすれないから消すことができない。
それでも、だいたいのものなら消せちゃうこの魔法は便利だし、ごしごしして消す作業はなんだか楽しいからとても気に入っている。
今日は、壁に描かれていた傘を持ったネズミの落書きを魔法で消した。いいことをすると気分がいい。自分が生きている意味を感じて、満ち足りた気分になる。せっかくだし、今日は奮発してあの高級レストランのゴミでも漁りに行こう。隣町の近くだから距離はあるけれど、魔法少女の身体能力なら問題ない。
「え⋯⋯。貴女、私と同じ魔法少女、だよね? なんで、こんなところでゴミなんて漁ってるの?」
どうやら、今日はとことんついている日らしかった。ゴミを漁るあたしに声をかけてきたのは、手に持った大きな赤ペンが目を引く、とんでもない美少女。つまり、あたしと同じ魔法少女だった。
「魔法少女だからお腹は壊さないかもだけれど、ゴミなんか食べちゃダメだよ!」と言われてせっかく手に入れたばかりのゴミを奪われた時は腹が立ったけれど、その代わりにふかふかのパンをくれたので、目の前の魔法少女に対するあたしの中での好感度は一気に跳ね上がった。あたしがゴミを漁っていなかったら、この魔法少女には会えなかったし、このふかふかのパンも食べられなかった。ならば、あのゴミにもきっと意味があったのだ。
「う、コンビニパンなんかでそんな幸せそうな顔されたら、なんだか逆に申し訳なくなってくるよ。もっと高いパンの方がよかったかな?」
「もぐもぐ、そんなことない。あたしはモノの値段とか分からないし、たぶんどんなモノを貰ってもこの感動は変わらなかった。ありがとう!」
「あはは、そう言ってもらえたら助かるよ。えっと⋯⋯、そういえば、まだ名前言ってなかったよね。私の名前は“アーカー・ペンシル子”。貴女の名前も教えてもらっていい?」
ペンシル子は、大きな赤ペンを胸の前で構え、ピシッと名乗りを上げた。その姿は様になっていて、昔絵本で読んだ騎士みたいでかっこいい。
でも、残念ながら、あたしにはそんなかっこいい名乗りはできない。
「あー、ごめんね。あたし、親から名前貰ってないからさ。名前ないんだ。だから適当に名無しとか呼んでよ」
「え、それはごめん⋯⋯。で、でも、魔法少女の名前はあるはずでしょ? 魔法少女になるときに登録してるはずだよ?」
「え? 魔法少女の名前とかあるの? 登録とか、してないんだけれど⋯⋯」
あり得ないというように目を見開いたペンシル子の表情を見て、この時初めてあたしは、自分が魔法少女の名前も与えられていないことを知ったのだった。
「なんだよ、すぐには対応できかねますって!! そっちのせいであたしは名前がないまま一年も魔法少女やってたんだぞ!? しかも昨日も同じ返事だったし!! いつになったら対応してくれるんだよ、バーカ! あーほ!!」
あたしは、先ほど通話を切られたばかりの魔法の端末を、怒りに任せて地面に投げつけた。頑丈な魔法の端末は、魔法少女の力で投げつけられても傷一つ入らなかったけれど、それがかえってあたしをイラつかせる。
ペンシル子から魔法少女に名前があることを教えてもらったあたしは、これまたペンシル子から教えてもらった人事部の連絡先に、あの後すぐ電話をかけた。
しかし、その時の通話相手は、なんだか気弱そうな口調の魔法少女だったが、返事は「もろもろの手続きが必要ですので、すぐには対応できかねます」の一点張り。それならばとその翌日、つまり今日もまた電話をかけてみたものの、通話相手は違えども返事は全く同じであった。
「てか何さ!? もろもろの手続きって!! もろもろってなんだよ!! そんな擬音絵本で見たことないんですけれどぉ!? ボロボロとかコロコロとかと間違えてんじゃないの!?」
怒りに任せて口からはどんどん文句が飛び出してくる。魔法少女になってからこんなにひどい気分になったのは初めてだ。何かをしゃべり続けていないと、あの頃のゴミみたいな気分が蘇ってきてしまいそうで恐ろしい。
「あたしは結局、名前を名乗る価値もないってことなのかよ⋯⋯!!」
怒りの衝動は収まらず、再び魔法の端末を頭上に振りかぶる。その時、手のひらに振動が伝わり、あたしは慌てて振り下ろそうとした腕のベクトルを自分の耳元へと急転換させた。
「いてっ!! あー、もしもしぃ!? 人事部門の偉い人ですかぁ!? あたしの対応してくれる気になりましたぁ!?」
「⋯⋯いや、私は人事部門のものではない。君が人事部門にかけている電話の内容を訳あって私たちも聞いていてね。それで、君は私たちの同志だと思い、連絡することにしたんだ」
魔法の端末を思いっきり耳にぶち当てた痛みで半分切れながら電話に出たが、何やら様子がおかしい。これは、昨日から続く定型文しか話さない人事部門の血の通っていない応答ではない。冷静だが、とても強い意志を感じる、そんな声だった。
「人事部門のやつじゃないなら、あんた誰なのさ」
「私は、『人事部門はもっと魔法少女に優しくしろ同盟~魔法少女の改名を認めろの会~』、通称『Re:Name』の会長だ。人事部門の連中のミスで名前を貰えなかった君の怒りは、私たちの怒りとも合致している。私たちは、魔法少女の改名を。君は、襲名を。あのお堅い人事部門の連中をぶっ飛ばして、一緒に悲願を叶えようではないか」
口調は淡々としたものであったが、その熱意は端末越しにビシビシと伝わってくる。今にもその誘いにうなずきたい気持ちになったが、その前に一つ確認したいことがある。それを確認すれば、躊躇うことなくこの誘いに頷ける。あたしは、ドキドキする心臓を抑えながら、端末越しに問いかけた。
「ところで、あなたの名前は?」
「私の名前は、『ああああ』だ」
「よし、その話乗ったぁ!!!」
──これは、魔法少女の名前をめぐる、魔法少女と人事部門の戦いの物語。
そして、あたしが本当の生きる意味を見つけるまでの物語だ。