♢午前4時30分
胸が苦しい。謎の圧迫感を感じて、お茶たちょ
「おはようございます、茶田千代さん。今日はいい天気ですね」
顔面からわずか数センチといった距離で、のぞき込むようにしてこちらを見るカレンダ・レンダと目が合い、茶田千代は夢であることを確信し、再び目を閉じる。
「すみません、二度寝しないでもらえますか? この後のスケジュールが狂ってしまいますので」
しかし、ここで再びレンダの声が茶田千代に呼び掛けてくる。ここにきて、どうやらこれは夢じゃないなと気が付いた茶田千代は、眠気から一気に解放され、そしてパニックに陥った。
「え!? いや、なんでレンダがここにいるの!? ここ私の部屋なんだけれど!? あと、顔良!! じゃなくって、近い!!?」
「茶田千代さんに緊急の用事があったので、やむを得ずに合鍵で開錠いたしました。事前に許可を取れず、申し訳ありません」
「いや、事前許可とかそういう問題じゃなくって、そもそもなんで私の部屋の合鍵持ってるの!? あといい加減体の上から降りて!! なんか恥ずかしいから!!」
「承知しました」
茶田千代が顔を赤らめて抗議すると、レンダは素直に従い、茶田千代に覆いかぶさっていた体勢から、体を起こしてベッドの横に気を付けの姿勢で立つ。一寸の無駄もないその動きは見事なもので、思わず見とれてしまいそうになるが、レンダが合鍵を使って茶田千代の部屋に無断で侵入してきた不審者であるという事実は覆りようがなかった。
「もう一回聞くけれど、どうして私の部屋の合鍵を持っているの?」
「黙秘権を行使いたします」
「⋯⋯はあ。もういいや。で、私への緊急の用事って何? これでくだらない用事だったら、部門長に報告するからね?」
レンダは、一切表情を変えず、淡々とした応答しかしない。こういう時、いくら粘ってもレンダが口を割ることはないと茶田千代は経験則で理解していたので、諦めて別の話題に移ることにした。正直、普段プライベートでの絡みがほとんどないこの変な後輩が、どんな緊急の用事でこんな朝早くにやってきたのかは気になっていたのだ。
「そうですね。これ以上遅らせるわけにもいきませんし、手早く済ませましょう。茶田千代さん、ベッドから降りて、部屋の中央に移動していただけませんか?」
「? 別にいいけれどさ⋯⋯。移動する意味ってある?」
茶田千代は、指示された通りにベッドから降り、部屋の中央に移動する。そんな茶田千代の正面に立ったレンダは、相変わらずの無表情で、おもむろに懐から何かを取り出した。
──パァン!!
突如、部屋に乾いた音が鳴り響く。驚愕して目を見開いた茶田千代、充満する火薬の臭い。
そして⋯⋯茶田千代の肩にかかる、色とりどりの紙テープ。この状況に理解が追い付かず、疑問符を浮かべるしかない茶田千代に、レンダは憎らしいほどの無表情で、ぱちぱちと手を打ち鳴らす。
「誕生日おめでとうございます、茶田千代さん。サプライズ、喜んでくれたでしょうか?」
「サプライズ過ぎて驚きの割合が90%だよ!? もしかして緊急の用事ってこれなの!?」
「嬉しくなかったでしょうか?」
こてんと首を傾げ、レンダはそう尋ねてくる。相変わらず表情の変化は乏しいが、よく見ると少しだけ眉が下がっており、若干不安げな様子がうかがえた。
「嬉しいか嬉しくないかで言ったら⋯⋯嬉しいよ!!」
そして、レンダの表情のギャップとサプライズの嬉しさについきゅんときてしまった茶田千代は、思わずそう返答していた。お茶田ちょ茶田千代、恋人いない歴=年齢の彼女にとっては、このサプライズはなかなかにぐっとくるものがあった。茶田千代は相手が不法侵入の犯罪者ということも忘れて、胸をときめかせていた。かなりちょろい女である。
「喜んでいただけたなら幸いです。実は、もう一つプレゼントがあるのですが⋯⋯」
「え、なに!? あなた、私を堕とそうとしてるの!? これ以上サプライズ重ねられたら私、好きになっちゃいそうなんだけれど!?」
そんなことを言いつつも、まんざらではない感じの茶田千代は、期待に胸を膨らませていた。レンダは、融通が利かなくて冗談が通じなくて無表情すぎて何を考えているかよく分からない後輩だが、外見だけは茶田千代の好みドストライクだ。
「それでは⋯⋯少しだけ、目を瞑ってくれませんか?」
「え、この状況で目を瞑るって⋯⋯まさかキス!? だ、ダメよ茶田千代。相手は後輩、しかも同性!! いくら最近は多様性が謳われているからといっても、まだまだ世間の風当たりは厳しい。あなたにお嫁さんになる覚悟はあるの!? そもそも新婚旅行に行こうにも貯金も十分にな⋯⋯」
勝手に脳内妄想でハワイに旅立ったところで、茶田千代の身体に電流が走る。それは、比喩表現ではなく、本物の電流だ。気絶する寸前に、茶田千代はレンダが自分の身体にスタンガンのようなものを押し付けているのを見た。
「⋯⋯残念ですが、口づけはスケジュールに含まれていません。この世に産まれてくれて、ありがとうございます、茶田千代さん。そして⋯⋯さようなら」
これが、茶田千代が聞いたレンダの最後の言葉となった。この時レンダがどんな表情をしていたかは、茶田千代は永遠に知ることができなかったのであった。
♢午前6時
「今日は、我々にとって運命の日だ。この日のために、我々は準備を積み重ねてきた。失敗すれば、二度目はない。我々は魔法の国に捕まり、二度と日の目を浴びることはできないかもしれない。だが!! それでも、我々はやるしかないのだ!! 自らの尊厳を、『名前』を手に入れるため、共に戦ってくれ!!」
ああああが、アジトの入り口、桜の大木の正面に立ち、旗を力強く掲げる。そして、ああああの宣言に合わせ、メンバー全員が気合の声を上げた。士気はばっちり。新入りの奈子も、ほかのメンバーに負けないくらい大きな声を出している。
「⋯⋯しかし、私はお前たちに強制する気はない。これが危険な作戦であることは、十分承知しているからな。もし、参加したくないという者がいるならば、遠慮なく手を上げてくれ」
先ほどとは違い、優しい口調でメンバーに語り掛けるああああ。その言葉を聞いて、さららがそっと手を上げようとしたのを、隣に立っていたケイオスが無言で頭をたたいて止めた。
「そんな奴いるわけねえっすよ! みんな、この日のために頑張ってきたんすから。それに、キャプテンを置いて逃げたりなんてするわけねえっす!!」
「そうだよ、かいちょー!! 私たちを舐めないでよね!!」
「今日は快晴。気分は妖精。You say Goでだいじょうブイ。リーダー、最高の一日にしよう」
「おうともよ!! 長、何も心配することはないで。あんたはうちらに、やれと命令するだけでええんや!!」
「あ、あたしだって!! みんなに負けないくらいやる気なんだから!!」
「ぼ、ボクはちょっとお腹の調子が⋯⋯」
「みんな、ありがとう!! 素晴らしい仲間を持てて、私は幸せ者だ。⋯⋯あと、私のことは名前で呼ぶように」
若干一名を除いて、メンバーの心は一つ。作戦決行は、今からおよそ6時間後。正午ちょうどに決行される。ああああは、その作戦決行の最後の仕上げに、人事部門にいるとある協力者に、魔法の端末で連絡を入れるのであった。
──同時刻、人事部門オフィス内。
「あー、はいはい。了解っす。じゃあ、そういう手筈で」
魔法の端末を耳に当て、通話をしているのは、人事部門の新入り、Tierドロップだ。その様子を無表情でじっと見つめていたのは、先ほど出勤したばかりのレンダであった。
「⋯⋯ずいぶん長いこと話していましたね。相手は誰でしょうか? ドロップさん」
「おやおや? あんたが茶田千代せんぱい以外に興味持つなんてレアっすね。なんすか? ドロップちゃんが誰かと長電話して問題でもあるんすか?」
通話を終えたタイミングでドロップに話しかけたレンダに対し、ドロップは皮肉交じりに応答する。だが、レンダは表情を変えることはなく、それに対しても淡々と応答した。
「いえ、問題ありません。あなたが私のスケジュールを乱すようなことをしない限り、私があなたのすることに口をはさむことはありません」
「へぇ~。じゃ、もんだいナッシングすね。ドロップちゃん、超絶いい子なんで」
へらへらとした態度を崩さないドロップだが、その目は一切笑っていない。レンダを真正面から見据え、決して目をそらそうとはしなかった。
レンダは、一瞬だけ、ちらりと手元のスケジュール帳に視線を落とす。そこには、今日の
『正午ちょうど。Tierドロップの手引きにより、魔法少女数名が人事部門を襲撃する』
レンダの魔法に書かれたスケジュールは、決して覆ることはない。ならば、この未来は確実に起こるものであり、ドロップは決していい子ではない。
しかし、レンダはそのことを追求するつもりはなかった。レンダにとって最も重要なことは、スケジュールを守ること。それ以外のことは、ほとんどがどうでもいいことだ。
ただ、一つ。懸念点は、何故ドロップがそんなことをするかの動機が一切分からないことだ。それ故に、レンダはドロップに対し、こんな質問をした。
「ドロップさん。あなたは⋯⋯いったい、誰の味方なんですか?」
ドロップは、その問いかけに一瞬目を見開いたものの、すぐにもとのにやけ面に戻ると、こう答えた。
「ドロップちゃんは⋯⋯昔からずっと、“正義”の味方っすよ」