♢午前9時
「すみません、急に呼び出してしまって」
「いいえ、問題ありません!! 立場上レンダさんは我らの上司に当たる存在!! そんなあなたの呼び出しを無視するなど言語道断ですので!!」
「そうですよ! 謝る必要はありません。宙にかける天ツ橋、ミルキーウェイ、困っていることがあればいつでも駆けつけますので!!」
午前中の休憩時間を利用し、カレンダ・レンダは、人事部門で警備を担当しているキューティー☆Eとミルキーウェイの二人を呼び出していた。
二人を呼び出した理由はしごく単純なもの。今日起こるとスケジュール帳に記された人事部門の襲撃事件、その被害を少しでも抑えるためだ。
「──と、こういうわけで、お二人に警備をお依頼したいのです。この人事部門のオフィスへの入り口は正面玄関と裏口の二か所が存在します。おそらく、襲撃してくる魔法少女も二か所に分かれて襲撃してくると思われます」
「なるほど!! それでは、裏口は不肖この私、キューティー☆Eが、正面玄関はこのミルキーウェイが担当いたしましょう!! 正面玄関の方が皆さんのデスクに近い!! 守りの能力なら、私よりもミルキーウェイの方が優れています!! やれるか、ミルキーウェイ?」
「は、はい!! もちろんです!!」
「そうですか。それでは、その手筈でお願いします。魔法少女の集団は正午ごろに襲撃してきます。それまでには準備を終えておいてください。⋯⋯あと、そうですね。キューティー☆Eさんには追加でお話したいことがあるので、ミルキーウェイさんは席を外してもらえませんか?」
スケジュール重視のレンダに、ルール主義者のキューティー☆E、そして素直な性格のミルキーウェイの3人の会話は、特に雑談などをはさむことなく要点だけ話してすぐに終わってしまう。
ミルキーウェイは、残った二人を少し気にしながらも、この後の警備の準備をするために足早に去っていった。そして、残った二人は、どちらも真剣な表情で向かい合う。
「レンダさん!! 私だけを残したということは、あなたの抱える懸念事項は、その正午にやってくるという魔法少女の集団だけではないのではないですか!?」
「さすがベテラン、勘が鋭いですね。はい、その通りです。正午の魔法少女の集団の襲撃、これも警戒すべきですが、もっと警戒すべきはその後。午後一時に記載された、このスケジュールです」
レンダは、スケジュール帳の下半分を手で覆い隠した状態で、キューティー☆Eにスケジュール帳の内容を見せる。キューティー☆Eはレンダが意図的にスケジュール帳の内容を一部隠していることには気づいていたものの、そのことは指摘せず、横からのぞき込むようにしてスケジュール帳を確認した。
「なるほど。これは確かに、ミルキーウェイには見せられませんね。奴はきっと動揺します」
「キューティー☆Eさんは動揺しないのですね」
「私のやることは変わりませんので!! 例え困難なミッションだとしても、上司に命令されれば死ぬ気で達成させるだけ。ルールはルール、そこに動揺、躊躇いを混ぜるなど言語道断ですので!!」
「話が早くて助かります。ここで書かれたスケジュールはあくまで予定。魔法少女の魔法の影響で書き換わる可能性はあります。しかし、それはあくまで希望的な解釈。私はすでに、この未来が起こるものと考え、準備を進めてきました。あなたにも、その覚悟を持って臨んでほしいのです」
「承知しました!! それでは、私も警備の準備に移ります!! ここからは一分一秒たりとも無駄にできませんからね!!」
キューティー☆Eは、びしっと気を付けの姿勢をとって一礼すると、そのまま駆け足で自分の持ち場へと戻っていった。その後姿を見送った後、レンダは自身のスケジュール帳に視線を落とす。
『午後一時。魔法少女2名の襲撃により、複数名の魔法少女が命を落とす』
「⋯⋯大丈夫。ここまでは、スケジュール通りです」
レンダの魔法で確定させる予定3つに関しては、すべて使い切った。一応、万が一のためにやり直しは一回分残している。
この未来に関しても回避のために何度かスケジュールを練ったが、どうしても覆らなかった。ならば、あくまでレンダは自分ができる範囲で最悪な未来を回避するだけだ。
運命の時間へのカウントダウンは、刻一刻と進んでいる。腕時計が刻む秒針の音が、いつもよりうるさく感じられた。
♢午前10時30分
「あわ泡立てて~、ごっしごし♡ ぜ~んぶ綺麗に、お掃除しちゃう~♪ ラブリー・バブリー、ハーモニ~♪」
ピンクと白の混ざったふわふわなドレスを揺らしながら、魔法少女ラブリーバブリーは、清掃作業に励んでいた。鼻歌を歌いながら軽やかなステップで飛び跳ねつつ、手に持ったスポンジから泡を出し、周囲にばらまいている。
泡が付いた箇所は、汚れが泡に包まれる形で吸収され、それをスポンジでひと拭きすれば、たちまちピカピカの綺麗な姿に生まれ変わる。
「ふんふふ~ん♪」
ラブリーバブリーの清掃作業はまだ終わらない。大量に出た泡をホースから出した水で洗い流す。そして、水はスポンジで吸収だ。
ラブリーバブリーがおもむろに地面に手を置くと、その箇所がスポンジに変わり、そして驚くべき吸水力で、たちまちにして周辺の水を吸い取ってしまう。水分を吸い切ったスポンジは、もう一度触れればただの地面に戻る。これが、ラブリーバブリーの魔法、『魔法のスポンジでなんでも吸収するよ』の能力だ。
魔法でどんな形状のスポンジだって生み出せるし、手で触れた無機物をスポンジ状に変化させることもできる。そして、生み出したり変化させたスポンジは、ラブリーバブリーが吸収できると思ったものならばなんだって吸収させることができる。
ラブリーバブリーは、この魔法が最大限活かせるこの清掃員という立場が天職だと思っていた。たびたび後輩のキューティー☆Eから警備の仕事に勧誘されることはあるが、ラブリーバブリーは今の仕事が好きなので、手伝うことはあっても、転職することはしない。
今日も、いつものように魔法の国の施設周辺の清掃作業だ。魔法少女は魔法の不思議パワーで風呂に入らなくても体が汚れる心配はないが、お菓子のゴミなどはしょっちゅう出す。しかも、常識があまり通じない魔法少女も多いので、割と清掃員の仕事は多いのだ。
そして、今ラブリーバブリーが視線の先に見つけた魔法少女二人組も、おそらくそういう常識が通用しない輩だと一目で分かった。
「うーん、やっぱジャパンは最高デスね~。ユニバにネズミーランドに、ヨシノガリーイセキにスペインヴィレッジ!! 観光地がいっぱいでワクワク最高デス!!」
『そうですね。あなたが楽しそうな姿を見ると、私も“楽しい”を感じられた気がします。それを現す仮面がないのが、残念です』
一人は、いろいろな観光地のグッズを身に着けた、全体的に黒っぽい魔法少女だ。買ったばかりだろうお菓子を、先ほど掃除したばかりの場所にバラまきながら、楽し気に笑っている。
もう一人は、仮面をつけた白っぽい服装の魔法少女だ。こちらはもう片方の魔法少女とは違って浮かれた様子ではないが、足元に赤い液体がポタポタと垂れており、汚し具合では負けていない。ただ、片言でも日本語を話している黒っぽい魔法少女とは違い、こちらの魔法少女は英語で話しているらしく、あまり英語が得意ではないラブリーバブリーには何を話しているかの内容までは分からなかった。
しかし、相手が外国人らしきことは大した問題ではない。ラブリーバブリーは激怒した。必ずやかの魔法少女たちに掃除したばかりの場所を汚した愚行を叱ろうと心に誓った。
「こら~、そこの二人~!! そこはさっき私が掃除したばっかのところよぉ。汚したら、めっ!! なんだからね!!」
「オー!! あいむソーリーアベソーリー。迷惑をかけるつもりはなかったデス」
『なんか五月蠅いですねこの魔法少女。顔剝ぎますか?』
「マーブル、郷に入ってはゴーひろみと言いマス。ここは素直に従いマショー」
『分かりました。どうせ後からぜんぶ壊しますからね』
「その通りデス!! それよりも、せっかくの第一ムラビト、ワタシ、あなたに聞きたいことがありマース!!」
ぷりぷりと怒りを露わに詰め寄ったラブリーバブリーだったが、魔法少女二人は思ったよりも素直に謝ってくれたから、怒りはたちまちに冷めた。相変わらず白い魔法少女の英語はよく分からないが、たぶんこの2人は悪い魔法少女じゃない。白い魔法少女は微動だにしなかったが、黒い方の魔法少女は、ラブリーバブリーが掃除するのを手伝ってくれたからだ。綺麗好きな魔法少女に悪い魔法少女はいない。ラブリーバブリーのモットーであった。
「どうしましたかぁ? あなたは掃除してくれましたし、お姉さん、答えられることならなんだって答えちゃいますよぉ~?」
「せんきゅせんきゅ、千利キュー!! えと、ワタシたち、ここでスタンプラリー開催されるって聞いて遊びにきたんデス。でも、スタンプを押すシートが見つからなくッテ。どこにあるか知りませんカ?」
「なるほど~! 確かに、そんなイベントやってましたねぇ。ちょっと待ってくださいねぇ。確か、この前貰ったスタンプシートがあったはず⋯⋯。あ、ありましたぁ!」
ラブリーバブリーは、胸の谷間から取り出したスタンプシートを、二人の魔法少女に渡す。黒い魔法少女は、渡されたそのシートを笑顔で受け取った。
「ありがとうございマース!! お姉さん、いい人デスね。名前、教えてもらえませんか?」
「ふふ、名乗るほどのものじゃない。ただの清掃員ですよぉ。スタンプラリー、楽しんでくださいねぇ」
「⋯⋯お姉さん、運がいいデスね。うん、きっと、あなたはまだそういう“運命”ではないんでしょう。でも、きっと、また会えますよ。優しいお姉さん。その時のために、先に名前を教えてあげマス」
ニコニコと上機嫌で笑っていたラブリーバブリーだったが、急に背筋に寒気を感じ、反射的に身構える。
すると、いつの間にかピタッと顔の前まで接近していた黒い魔法少女が、ささやくような声で、その名前を告げた。
「ワタシの名前は、“ギャシュリー”。この子の名前は、“マーブルフェイス”。きっと、忘れられない名前になるよ」
パラパラと、ギャシュリーが古びた絵本のページをめくる。ラブリーバブリーは、何故かその絵本から視線が外せない。そして、ページをめくる手がピタリと止まったその時、開かれたページにはラブリーバブリーによく似た少女の絵が描かれていた。
『ねえ見てマーブル。もう絵本が描かれてる。でも、名前は書かれてない。このお姉さんは、まだ死なないね』
『そうですか。でも、どうせ、みんなみんな、最後にはあなたの絵本に描かれます。そして、私は顔を剥ぐ。それだけの、単純なこと』
『いっぱいページを増やしたいよね。その方が、きっと、素敵な絵本になるから。マーブルの欲しい顔も、きっと見つかるよ』
ギャシュリーと名乗った魔法少女は、動揺と底知れぬ恐怖で固まってしまったラブリーバブリーをすっかり無視して、英語でマーブルフェイスと話しながら、その場を去っていく。
「⋯⋯どうやら、いい子じゃなかったみたいですねぇ。名前、言わなくてよかったです。キューティーちゃんに、警告しといた方がいいかしら」
やがて、二人の姿が完全に消え去り、ようやく一息つくことのできたラブリーバブリーは、自分の頼れる後輩へと、先ほど遭遇した二人の魔法少女のことを連絡することにした。
魔法少女として長年活動してきたことで授かった危機察知能力が、全力で告げている。あの二人は、とんでもない災厄だと。
あの絵本に描かれた自分の姿を思いながら、ラブリーバブリーは祈る。どうか、綺麗なままこの一日を終えたいと。その祈りが叶わないであろうことを、半ば察しながら。