◇ミルキーウェイ
いや、これは無理ゲーだな。ミルキーウェイは、目の前で敵意を剥き出しにする魔法少女3人組を前に正直そう思った。それでも、それを表情に出すことはしない。だって、ミルキーウェイの憧れの魔法少女はきっと、こんな状況でもキラキラ輝いているはずだから。
「ありゃ、なんや長はあのピンクの魔法少女とタイマンするんか。じゃあうちらは3人がかりでこっちに当たれるってわけやな。すまんな、あんた。悪く思うなよ?」
「問題ないです! 私は空に煌めくのみ!!」
いいえ、本当は問題あります。1対3とか卑怯じゃないですか? 勘弁してください。そんな本音をこの関西弁の魔法少女に打ち明けることはしない。そんなことをしたら格好悪いし。ミルキーウェイは、再び得意のポーズを決め、同時に首から提げた金属板を1つ口に加える。
アルミニウムに金銀銅、鉄にルビー、そしてラピスラズリ。七種類の多種多様な金属を、ミルキーウェイは首からぶら下げている。ミルキーウェイの魔法、『どんな素材でも丈夫な橋を建てることができるよ』を使うには、素材の一部を口に加える必要がある。そのため、普段からこうして持ち歩いている。
加えたのは鉄の金属板。鉄の味を感じながら手を伸ばすと、そこから橋がぐーんと伸びあがってくる。橋を建てるには、2つのポイントを指定しなければならない。1つは基本自分の立つ位置。もう一つはその時に応じて変えるが、今回は白い魔法少女を指定した。なんか、あの魔法少女だけ動きがやや素人臭いからだ。
「へーい、女児ぃ~。狙いが丸わかりだぜねーちゃん。手出しはさせない、ドラゲナイ。ぷかぷか浮かんで、星になっちゃお」
え、何て言った? ミルキーウェイは、クラムゼリーの独特の喋り方に一瞬思考がフリーズした。そして、その一瞬で、ミルキーウェイの周りにはキラキラ煌めくゼリーがふよふよと漂っている。
キラキラ輝くゼリー、それを見たミルキーウェイの脳裏に、あの憧れの彗星が想起される。
「くらむ~ぼん!」
戦闘中とは思えない呑気な掛け声。しかし、それに反して、襲いくる衝撃は強烈だ。周囲に浮かんでいたゼリーがほぼ同時に破裂し、ミルキーウェイは強制的に橋から落とされる。
「ぬおおおお!? だいじょーぶ!! ぜんっぜん問題ないです!!」
嘘だ。本当は滅茶苦茶痛い。泣きたい。でも、ここで泣いたらあの憧れには届かない。
しかし、あの魔法は凄く綺麗だ。星みたいにキラキラしてるし、正直羨ましい。魔法のトレードとかできたらやりたい。
「おー、そうかそうか。随分元気なことやな。それなら、うちもいっちょやったろか!」
え、やめて。
ミルキーウェイは思わず心の中でそう叫ぶも、その声は勿論届かない。関西弁の魔法少女、ガリは、自前の武器である棒をくるくる回し、ミルキーウェイに迫ってくる。
ミルキーウェイは咄嗟に、ガリの迫ってくる方向に対し金で出来た橋のバリケードを建設する。
「金ぴかの橋か! ええなあ派手で! うち、そういうの嫌いやないで!!」
しかし、ガリは軽い身のこなしで橋をするりとかわし、ミルキーウェイのすぐそばまで迫る。再び橋を出すために今度は銀の板を噛もうとしたミルキーウェイだったが、その口がかりっと噛み砕いたのは、明らかに金属のそれではなかった。
「か、辛っ!!!!」
「辛いよなぁ。それ、キャロライナ・リーパーっていうめっさ辛い唐辛子やで。うちも食べた時数日は悶絶したわ。あんたの口の中にトッピングさせてもらったわ」
そんなの人に食べさせるな! その文句を言おうにも、口の中が痛すぎて声が出ない。そして、悶絶してるミルキーウェイの右頬を、ガリは棒で容赦なく殴打した。
痛い。口が大火事だ。口内保険に入っておけばよかった。涙が出る。これは止められない。憧れの魔法少女ならきっと⋯⋯いや、これはたぶん憧れの魔法少女でも泣くかも。
「おらおら! うちは容赦せんでぇ! なあ、クラム!」
「うん、そうだね。目的のためなら、私たちはやるよ」
ガリの棒術による殴打は止まらない。そして、棒によって後方に押し倒された身体は、クラムゼリーのゼリー爆撃で押し戻され、ミルキーウェイは倒れることすらできない。
あ、これは駄目だ⋯⋯。
止まらない連撃に、ミルキーウェイの意識が飛びそうになる。しかし、ミルキーウェイの意識が飛ぶ寸前、後方から少し緊張した様子の声が聞こえてきた。
「あ、あの! 2人とも、あたしの魔法で橋のバリケード消せたから、ここから入れるよ!!」
それは、最初にミルキーウェイが狙いをつけた白い魔法少女、六奈子の声だった。その声に、ミルキーウェイを攻め立てていた二人の手が止まる。
「お~! 流石ナナコ、有能やなぁ。後で飴ちゃんやったるわ」
「ナコナコ、ありがとう。君の活躍に私は敬意を表する。あっぱれうっちゃれやっちゃえNISSAN」
ミルキーウェイは、立ち上がり奈子の元へと向かう2人を止める気力は既に残っていない。身体はボロボロ、心も既に折れてしまった。うん、充分頑張ったよ。きっと、あの憧れの魔法少女だって、あの彗星だって⋯⋯。
『本当に、諦めていいの?』
ミルキーウェイが脳内で浮かべていた憧れの魔法少女が、ミルキーウェイに語りかけてくる。その声に反応し、ミルキーウェイの人差し指がピクリと動いた。
『あなたの煌めきは、そんなものなの? 魔法少女ミルキーウェイ。あなたが憧れた魔法少女の煌めきは、こんなものだったの?』
「⋯⋯いいえ、貴女は、もっともっと、キラキラに輝いていた!」
ミルキーウェイは、ゆっくりと立ち上がり、ラピスラズリの金属板を噛みしめる。そして、奈子が消した橋のバリケードを、生成したばかりの橋で塞ぎ、3人の前に再び立ち塞がった。
「私は⋯⋯まだ、輝ける! ここから先は、死んでも通さないんだからぁぁ!!」
『そう、貴女はもっと輝ける。私は、いつでも空から見守ってるからね』
憧れの魔法少女(妄想)に背中を押され、ミルキーウェイは何度でも立ち上がる。その瞳の煌めきは、まだまだ消える気配はなかった。
◇ああああ
ラブリーバブリーを魔法で崇拝させ、橋のバリケードを乗り越えたああああは、人事部門のオフィスへとたどり着いていた。そこに居たのは、魔法少女二人組。
「いや~、バリケードの隙間から観戦してたっすよ! 流石正義、あなたは絶対勝つと信じてたっすよ~。ああ、興奮が止まらないっす! やっぱりあなた達に協力してよかったっす~!!」
「⋯⋯協力は感謝している。だが、私達は別に正義ではない。そして、私個人としては、君はあまり好きではない」
「つれないっすね~。でも、正義には負けちゃう! 屈しちゃうっす~♡」
二人組のうちの1人は、面識がある。Re:Nameの協力者、Tierドロップ。こいつは、正義を妄信的に愛する、変態的な魔法少女だ。正直、頭が痛くなるので、これ以上話したくはない。目にハートを浮かべるドロップを無視して、ああああはもう一人の魔法少女へと向き合う。
「⋯⋯直接会うのは初めて、だな。貴様が、カレンダ・レンダであっているか?」
「はい、あっています。貴方たちの行いは、犯罪にあたります。この後の予定が詰まっているので、できればすぐにでも投降してくださると助かるのですが」
ああああは、レンダの声を聞き、改めて確信を得た。この魔法少女こそ、あの時自分の名前を決める際に魔法の端末の向こう側にいた、人事部門の冗談の通じない
その魔法少女が今、自分のことなどどうでもいいとばかりに、スケジュール帳に目を落とし、懐中時計で時間を確認している。その様子を見て、ああああの怒りは限界に達した。
衝動に任せ、レンダの顔面をぶん殴る。その衝撃でレンダは後ろに吹き飛び、デスクにぶつかって呻き声をあげる。レンダのかけていたモノクルは、この衝撃でバラバラに砕け散った。
「⋯⋯傷害罪も追加ですよ。これ以上罪を重ねてどうするつもりですか。人事部に、いったい何の恨みがあるというのですか?」
「何の恨みが、あるかだと⋯⋯? 貴様が、よりによって貴様が、よくその台詞を吐けるな!!」
きゃーっと黄色い悲鳴をあげているドロップを蹴り飛ばし、ああああはレンダに詰め寄るとその首根っこを掴んで持ち上げる。
「忘れたというなら、思い出させてやる! 貴様のせいで私に刻まれた、この名前を!! 私の名前は、『ああああ』だ! この名前に、聞き覚えがないとは言わせないぞ!!」
苦しそうに顔を歪ませていたレンダが、ゆっくりと目を見開く。しかし、その視線は、何故かああああの背後に向けられていた。
「──へえ、お姉さん、変な名前デスね」
◇六奈子
「はあ、はあ⋯⋯、お前、いい加減倒れんかい! もうとっくに限界やろ!!」
「わた、私は、まだ、輝ける⋯⋯。彗星の煌めきは、こんなものじゃない⋯⋯!!」
目の前に立つ魔法少女は、既に満身創痍だ。コスチュームもボロボロ。腕もおそらく折れているし、目もどこか虚ろ。それでも、その魔法少女は倒れない。奈子はなんだか、凄い悪いことをしてる気持ちになってきた。
「ねえ、らっきょん、ジュエリーゼリー。もうやめない? なんだか、可愛そうになってきちゃったよ⋯⋯」
「アホか、奈子。あんた、うちらの目的忘れたんか? ここでやめたら、長を裏切ることになるやろうが。そんなことは許されん」
「ダメだよ、ナコナコ。リーダーのためにも、私たちの目的のためにも、ここで止まるわけにはいかないよ」
いつも以上に真剣な声色の二人に、何だか少し怖くなった奈子は、俯いて黙り込んでしまう。
そして、奈子を除いた二人が、再びミルキーウェイに攻撃をしようと構えたその時だった。後方で何かの破壊音がして、全員が一斉にそちらの方を向く。一番後ろにいた奈子は、真っ先にそこにいた人物に気が付き、目を見開いた。
「え!? 桜花ちゃん!? どうしてここにいるの!?」
そこに居たのは、入り口を見張っていたはずのさくらだった。しかし、さくらは奈子の問いかけに答えることはなく、にっこりと微笑むだけだった。そして、その腕が上にゆっくりと上がり、勢いよく振り下ろされる。
「「危ない、奈子!!」」
ガリとクラムゼリーは同時に異変に気付き、二人揃って奈子を突き飛ばす。そして、そこに襲いくるのは、さくらが魔法で生やした桜の木だ。
「え?」
何とか回避できた三人に対し、その後ろにいたミルキーウェイはそもそもさくらの存在にも気が付いていなかった。ぐんぐん伸び迫る桜の木を避けられず、そのまま腹部を貫かれてしまう。
「かっ、はっ!?」
その痛みに耐えきれず血を吐いたミルキーウェイは、白目を剥いて気絶してしまう。崩れゆく橋のバリケード。何がなんだか分かっていない奈子の目の前を、黒い影が横切っていく。
「忘れたというなら、思い出させてやる! 貴様のせいで私に刻まれた、この名前を!! 私の名前は、『ああああ』だ! この名前に、聞き覚えがないとは言わせないぞ!!」
崩壊したバリケードの奥で、ああああがタキシード風のコスチュームを着た魔法少女の首根っこを掴んで持ち上げている。そして、その背後にいつの間にか、全身が黒い魔法少女がいた。
「お姉さん、変な名前デスね」
突然聞こえた声に、ああああが後ろを振り向く。その時には、その黒い魔法少女は、ボロボロな絵本の1ページ目を既に開いていた。
「アルファベットブックの、『A』。おお、あなたの名前は、すぐに出てきマスね。あーあ、残念。恨むなら、あなたの名前を、恨んでくだサイ」
遠目で微かに見える絵本のページには、『A』の文字。そして、そこに書かれたのは、ああああが倒れた姿。
「『ああああは、穴が空いて死んだ』」
黒い魔法少女が、英語で囁く。その直後、奈子の目の前で、ああああの右半身に大きな穴が空いた。