♢♰混沌ノ魔眼♰
♰
「こんな夜更けに急に呼び出したりしてどうしたんすか?キャプテン。作戦決行は明日。早く寝とかないと力出ないっすよ?」
ケイオスがお茶らけた様子でそう声をかけると、ああああは珍しく苦々し気に顔を歪ませた。
「おい、二人っきりの時はその喋り方はやめてくれないか。それにその呼び方も。私が名前で呼ばれないのを嫌っているのは知っているはずだろう。⋯⋯
「──長年中二病口調で話していると、他人の前で普通の喋り方は逆に恥ずかしくてできないのよ。それはあなたもわかってるはずでしょ?
お互いに普段とは異なる呼び名で呼び合い、特に合図もなくカップをそれぞれの片手に持つと、軽く2つのカップを打ち合わせて飲み始める。その様子は、チームのリーダーとそのメンバーの1人というには、かなり親し気な雰囲気であった。
「これおいしいわね。どこの店の紅茶?」
「ああ、海外から取り寄せた私のお気に入りだ。最近は寝る前にこれを飲むのが習慣でな。欲しいならいくつか分けてやるぞ」
「いや、遠慮しとくわ。私の血液はドクぺに捧げているから。⋯⋯それよりも、こんな雑談をするためだけに呼んだわけじゃないでしょ? うちのチームのキャプテンは、いったい何を不安がっているのかしら?」
ケイオスは、ずずずと音を立てて紅茶をすすりながら、ちらりとああああに視線を向ける。ああああは、観念したように乾いた笑いを浮かべた。
「はは、どうやら君にはすべてお見通しみたいだな」
「何年の付き合いだと思っているの。親友舐めんじゃないわよ。んで、結局何が不安なの?」
「⋯⋯私の魔法のことは、君も知っているだろう? 『魔法の旗でみんなを勇気づけるよ』。聞こえだけなら立派だが、実際は他人の精神を汚染する、卑怯な魔法だ。私が旗を振れば、皆は無理やり勇気を引き出され、次第に私に従いたくなってしまう。自分の意志と関係なしにな。⋯⋯そして、私はそれを分かっていて、皆にこの魔法を使った」
「⋯⋯」
暗い面持ちで独白を続けるああああに対し、ケイオスは何も言わない。その沈黙に少しばかりの勇気を貰い、ああああは胸の内に秘めた思いをさらに打ち明ける。
「私は、どうしても人事部門の奴らに復讐がしたかった。でも、一人じゃやれることは限られる。だから、私は、あいつらの自分の名前に抱える後悔や悩みを利用して、半ば強制的に洗脳し、仲間に引き入れた」
「私は違うけれどね。それに、たぶんさららも、洗脳とっくに解いてるよ。あの子、ほかのメンバーと比べてあなたへの崇拝度低いし」
「⋯⋯お前が、ほかのメンバーと同じように私を名前で呼ばなくなった時は、かなりきつかったぞ」
「ほかのメンバーが名前呼びしないのに、私だけが呼んでるのも逆に変じゃん? だから合わせたってわけ。そうだ、名前呼びといえばさぁ。あなた、奈子には魔法使っていないわよね? それはどうして?」
「⋯⋯それは、わざわざ説明しなければいけないことか?」
「⋯⋯いや、いらないわね。ごめん、変なこと聞いちゃって」
うつむいて絞り出すようにそう口に出したああああの心情は、ケイオスはある程度理解できた。ああああは、本当は魔法で洗脳などしたくないのだ。仲間のことは本当に大切に思っているし、だからこそ新入りの奈子に対して魔法を使って他のメンバーと同じように洗脳することはしたくなかったのだろう。
「⋯⋯私はきっと、死ねば地獄に落ちるだろう。自分がしたことはそれくらい罪深いことだと理解しているし、罰を受ける覚悟もある。だからこそ、明日の作戦は、必ず成功させねばならない」
「じゃあ、私も同罪ね。地獄でもあなたと一緒なら、楽しく過ごせそう」
「おい、茶化すな。はあ、まったく⋯⋯。しかしながら、だ。もし仮に、作戦が失敗して、私が死ぬようなことがあれば⋯⋯」
「ちょっと、やめてよ!! そういうことは言わないで!!」
「仮定の話だ。ないとは限らない。常に最悪の事態を想定する。さららから私が学んだことだ」
「あの子の生き方はあんま学ばない方がよさそうだけれど⋯⋯」
「とにかく。もし私が死ぬようなことがあればだ。あいつらのことは任せた。皆、私の大切な仲間だ。私のことは放って、皆で生き延びることだけ考えてほしい」
「⋯⋯そうならないために、今まで頑張ってきたんでしょうが!! 馬鹿なこと言ってないで早く寝ろ!! あなた、冗談下手なのよ!!」
「ああ、そうするよ。⋯⋯おやすみ、ケイオス」
☆☆☆☆☆
「ぬおおおおお!!! 私は負けない!! こんな拘束など抜け出して、早くミルキーウェイたちの元に急がねば!!」
「ひぃぃぃ!? ちょ、骨折れる音してますよぉ!? あわわ、この人頭おかしい⋯⋯。もっと拘束強めなきゃ⋯⋯」
ケイオスは、昨夜の出来事を思い返していた。それはきっと、胸元にしまっていた緊急用の通信機器が揺れたせいだ。目の前ではさららが必死でキューティー☆Eを拘束している。しかし、ケイオスの意識は一気に胸元の通信機器に向かった。これは、ああああに渡していたものだ。そして、これが使われたということは、何か緊急事態が起きたことを意味する。
いつの間にか体は動くようになっている。ケイオスは、ワンコールが鳴り終わる前に通話ボタンを押した。
「もしもし、キャプテン? 何があったんすか!?」
「⋯⋯ケイオス。すまない。しくじった。私は、おそらく、もうすぐ⋯⋯死ぬ」
「⋯⋯はあ!? あなた、冗談下手だって言ったでしょ!! こんな時にやめてよ、そんな嘘!!」
否定する言葉とは裏腹に、足は既に動き出している。突然走り出したケイオスを、目を見開いて見つめるさららとキューティー☆E。説明している暇はない。さららならきっと、何が起きたか察して動いてくれるはずだ。たぶん、さららならばこの最悪の事態も想定していたはずだから。
「⋯⋯ははっ。冗談だと言えればいいのだがな。あいにく、私はあの時から、下手な冗談を言うのは、やめたんだ」
「そんなの知ってる!! 今そっちに向かってる。さららも後で向かうはず。それまで何とか耐えろ!! 私を置いて勝手に死ぬなんて許さないから!!」
「ケイオス。もう一度、改めて、お前に、頼む。あいつらを⋯⋯私の大切な仲間たちのことを、どうか、頼んだ、ぞ⋯⋯」
「ふざけんな!! おい、返事をしてくれソイエ!! おい、おい!!」
思わず足を止め、端末に呼び掛けるケイオス。しかし、端末から返事は返ってこない。代わりに聞こえてくるのは、ごとんと何かが地面に落ちた音と、轟音。誰かの悲鳴。そして、何かが破裂するような音。いったい端末の向こうで何が起きているのか。混乱するケイオスにさらに追い打ちをかけるように、その声は端末からこちらに呼び掛けてきた。
「はーい、ケイオス。ワタシ、あなたが来るの、楽しみに待ってマース!!」
ぞくりと、背筋に寒気が走り、ケイオスは端末を落としそうになる。端末を持つ手の震えが、止まらない。
しかし、ここで立ち止まるわけにはいかない。何より、ケイオスはああああが死んだという事実を受け入れられない。受け入れたくない。その事実を否定するために、ケイオスは再び走り出す。
──そして、ようやくたどり着いた人事部のオフィス。そこで、ケイオスはこの世の地獄を見た。
まず、目に留まるのは、あたり一面に漂う、真っ赤なゼリー。ふわふわと漂うそれは、クラムゼリーの魔法のゼリーだ。
しかし、そのゼリーを出しているはずのクラムゼリーの姿が見当たらない。確認できたのは、茫然自失と佇むガリと、泣き崩れる奈子。ぼんやりとした様子のピンク髪の魔法少女は、見覚えがない。デスクの近くで震えているのは、人事部の魔法少女だろうか。それ以外は、すぐに認識できなかった。脳が理解を拒む。
お腹から血を出して倒れる青い魔法少女。見覚えはないが、重症だ。胸が動いているから、辛うじて息はしているみたいだ。
拳を真っ赤に染めた、黒い魔法少女。その隣にあるあれは、なんだろう。首から下は、クラムゼリーのコスチュームだ。でも、肝心の首から上がない。首から真っ赤な噴水が、ぴゅーぴゅーと噴き出している。
そして、ケイオスの視線の先に見えるモノ。あれは、さくらの顔だ。さくらの顔面だけが、仮面のようにぽとりと地面に転がっている。
その隣に座る、白い魔法少女。表情が全くない仮面をつけた魔法少女が持っているものは、ああああの顔だ。苦痛に歪んだああああの顔。その下の身体はない。
白い魔法少女が、ああああの生首に、鋏を突き立てる。ぺり、と音がしてああああの顔面の皮が剝がされかかったその瞬間、ケイオスは湧き上がる怒りに任せ、叫んでいた。
「⋯⋯なんだ。なんだこれはぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!?」
その叫び声に、反応したのは、黒い魔法少女。その魔法少女、ギャシュリーは、満面の笑みを浮かべ、ケイオスを歓迎する。
「ワァオ!! 待ってたよケイオス!! みんなで一緒に、イチゴジャムパーティーを、再開しまショー!!」