♢キューティー☆E
キューティー☆Eが感じたのは、強烈な違和感だった。自分は確かに、目の前のこの魔法少女の脳天にかかと落としを決めたはず。しかし、返ってきた感触は、まるで大岩を蹴っているようだ。
その違和感に気づけたからからこそ、キューティー☆Eはその場を即座に離れることを選んだ。そして、直後、ぬっと伸ばされた腕が、キューティー☆Eの太ももをかすめる。
「おー、残念デス。あなた、なかなか強いデスね。それに、なんか変な魔法使ってきマス。これ、なんデスか?」
「賊と語る言葉など、ない!!」
まったく攻撃が効いた様子のないギャシュリーに対し、警戒心を一層高めたキューティー☆Eは、手拍子を合図に魔法を発動させる。勿論、最速ペナルティMAX。手加減は一切しない。
「おお? またこれデスか?」
ギャシュリーはまだ、キューティー☆Eの魔法の仕組みを理解できていない。キューティー☆Eが提示したQTEに反応できず、ペナルティを受け固まっている。そこを全力で叩く。
キューティー☆Eは、拳を握る動作をトリガーに、自分自身にQTEを送る。送る動作の指示は、パンチ。指示通りに体を動かす。今回は、ペナルティは与えない。与えるのは、成功ボーナス、“威力2倍”。
「おおお!? これはちょっと痛いデスね~~~!!」
キューティー☆Eの全力のパンチを手で防いだギャシュリーは、その重みに目を見開く。しかし、驚いたのはキューティー☆Eも同様であった。
何故、手で防げる。まだ、ペナルティは適用されているはず。本来体をまったく動かせないほどの負荷が体全体にかかっているはずなのだ。
「──ああ、なるほど。これ、そういう魔法なんデスね」
ぐいっと口角を上げたギャシュリーの表情を見て、キューティー☆Eは自身の魔法の仕組みが見破られたことを悟った。しかし、そこは問題ない。あのさららとかいう魔法少女も、仕組みはすぐに見抜いていた。問題は、ギャシュリーに対しペナルティがほぼ機能していないことだ。
QTEをかけたその始めの一瞬。一瞬程度なら動きは止められる。しかし、それ以上は止められない。これはおそらく、ギャシュリーの身体能力の高さの問題だ。この魔法少女は、耐久力、筋力ともに通常の魔法少女とは比べ物にならない。そう想定して立ち回る必要がある。
キューティー☆Eは、いったん今ギャシュリーにかけているQTEを中止し、そしてウインクを合図に再びQTEを脳内に送る。ペナルティの内容は、身体拘束から身体能力の低下へと切り替えた。
「あはは!! なんか身体重いネ!! 面白いね、あなたの魔法!!」
ギャシュリーは、魔法の仕組みは理解したはずなのに、それがどうしたと言わんばかりにQTEを無視して突っ込んでくる。それでも、キューティー☆Eが避けるのがやっとのスピードなのが恐ろしい。攻撃を受けてはダメだと頭が全力で警鐘を鳴らしている。
「クソっ⋯⋯! この化け物め!!」
「ほらほら、どうしたんデスか? 攻撃しないと、私は倒せませんヨ?」
思わず口から悪態が飛び出す。先ほど戦ったさららも強かったが、ギャシュリーはもはや、存在からして格が違う。魔法をもろともしない、圧倒的な“力”。それによって、キューティー☆Eは次第に押されていた。
(しかし、絶望はしない!! 突破口は必ずある!! 私がここで諦めるなど、言語道断!! 早くこの賊を倒し、ミルキーウェイの治療をせねば!!)
先ほど遠目で確認したミルキーウェイの状態は、間違いなく重症だった。いくら魔法少女の生命力でも、あのまま放置すれば死んでしまう。その前に、一秒でも早く、目の前の賊を倒す必要があった。
「⋯⋯ギャシュリー。遊んでないで、そんなの早く片付けてください。私、その顔は別にいりません」
「はーい!! 分かったよ、マーブル!!」
誰の声だ。キューティー☆Eはその声の主が理解できなかった。しかし、これがもし、Re:Nameのメンバーの誰かだとしたら、すぐわかっただろう。その声が、“ああああ”の声であることに。
そして、その会話の内容に気を取られた一瞬。その一瞬で、驚くべき速度で間近まで迫ったギャシュリーが、拳を振りぬく。とっさに前に出した右腕は、ぐしゃりと音を立ててつぶれ、そのまま千切れとんだ。
走る激痛。しかし、その痛みに悶える暇はない。いきなりギャシュリーの動きが目で追えなくなった。つまり、これがギャシュリーの本気だ。このままでは、続く攻撃で殺される。
キューティー☆Eは、とっさに自分に対しQTEを発動。ペナルティをあえて与え、自分の筋肉を無理やり動かす。そちらの方が早い。無理やり動かされた身体が激痛で悲鳴を上げるが、何とか続けざまに振りぬかれた拳は回避できた。
「わぁお!! これよけれるんデスか!! やっぱあなた、めちゃくちゃ面白いデス!!」
弾けんばかりの笑みを浮かべるギャシュリーは、もう止まらない。楽しいおもちゃをまた見つけた喜びで、上機嫌だ。ギャシュリーの拳が、キューティー☆Eの顔面に迫る。先ほど無理やり身体を動かした反動で、とっさの回避はできない。
ならばとギャシュリーに対しQTEを発動。ペナルティは、身体の拘束。勿論今のギャシュリーに対してはほぼ効果はないが、それでもほんの僅かに、動きは止められる。
顔面に拳が当たる直前、QTEによって動きを阻害したことにより、威力を最低限に抑えることはできた。それでも衝撃は完全には止められず、キューティー☆Eは顔面を殴られた衝撃で後方に吹き飛ばされ、そのまま意識を失ってしまったのであった。
♢♰混沌ノ魔眼♰
「あの人でもたぶん、長くはもちません⋯⋯。い、今のうちに、早く逃げましょう」
さららは、キューティー☆Eが戦闘を始めたのを横目に、既に奈子とガリを髪の毛を使って回収し、逃げる準備を始めていた。ケイオスは、躊躇いながらもその言葉に頷く。
本当は、ここで残ってキューティー☆Eと一緒に戦いたい。ああああの仇をうちたい。でも、それは、ああああの願いではない。ここから全員生きて帰るためには、今は逃げるしかない。さららからガリを受け取り、背中に背負って走り出す。
「クラム⋯⋯クラム⋯⋯」
ガリが背中で、クラムゼリーの名前をぼそぼそと連呼し続けている。ガリとクラムゼリーはいつも一緒だった。その相棒が目の前で死んだのだ。そのショックは⋯⋯理解できる。
「⋯⋯絶対、あんたたちは死なせない」
ケイオスは、普段の口調を取っ払い、素の口調で背中のガリに呼び掛ける。返事はないが、それでいい。今はただ、約束を果たすことだけ考える。
「──あなたたちは、逃がさないわぁ」
しかし、逃げるケイオスたちの前に、一人の魔法少女が立ちふさがる。それは、先ほどまでぼうっと佇んでいたはずのピンクのコスチュームの魔法少女、ラブリーバブリーだった。今もその目はどこかうつろだが、その手には大きなスポンジが握られており、戦う意志はばっちりであった。
ラブリーバブリーがその手に持ったスポンジを2つに分け、さららとケイオスに投げる。さららは奈子を背負っていてもその髪の毛で防いだが、ガリを背負うケイオスには、とっさの対抗手段がない。やばい、と反射的に身を固めるケイオス。
──ぽよん
しかし、ケイオスにスポンジは届かなかった。その間に挟まるようにして割り込んできたのは、宙に浮かぶ真っ赤なゼリー。そのゼリーを見たケイオスは、見落としていた違和感にようやく気が付いた。
ケイオスがこの空間に来た時、既にクラムゼリーの首から上はなくなっていた。それなのになぜ、赤いゼリーが一面に浮いていた?
はっとクラムゼリーの身体があった方向に視線を向ける。そこにあったクラムゼリーの身体は、今もまだ首から血は流しているが、それでも倒れずに立っている。そして、その腕が、ゆっくりと動き、ケイオスたちの進む方向を指さした。
それを見た瞬間、ケイオスの心の中にあった迷いは、完全に消え去った。
「わわわ、ちょっと、何よこれ~!?」
パパパパパンと、ラブリーバブリーの周囲で弾けるゼリーの音。その音に見送られる形で、ケイオスとさららは、ラブリーバブリーの横を通り過ぎ、出口へと駆け抜けていった。
──クラムゼリーがまだ動けたのは、奇跡か。それとも偶然か。それは、クラムゼリー本人にも分からないこと。
そして、その奇跡は連鎖し、もう一人の魔法少女を動かす。
(なんだろう、あれ⋯⋯。宙で弾けて、キラキラ光って⋯⋯まるで、あの時の彗星みたい)
宙で弾ける真っ赤なゼリー。その光景を薄れゆく意識の中で眺めたミルキーウェイは、自分の燃え尽きかけた命に、再び火が灯るのを感じた。
(そうだ。私は、まだ輝ける。キラキラ光って、輝いて⋯⋯あの人みたいに、誰かを助ける、希望の星に、きっと、なれる)
ゆっくりと開けた瞳のその先で、キューティー☆Eがギャシュリーに顔面を殴られ、吹き飛ばされるのが見えた。ミルキーウェイは、最後の力を振り絞り、這うようにしてキューティー☆Eの元へと向かうのであった。