魔法少女育成計画NoName   作:赤葉忍

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ファーストキスは妖精の味

♢♰混沌ノ魔眼♰

 

「⋯⋯アイアイ、降ろしてくれや。うちはもう自分で走れる」

 

「ほんとに? それなら、お言葉に甘えて降ろすけれど⋯⋯」

 

 正面出口まであともう少しというところで、いつからか何も言わずに黙り込んでしまったガリが、急に口を開いた。ケイオスは、もういろんなことがありすぎて思考がマヒしてしまっていたので、深く考えることなくその言葉に甘え、ガリを背中から降ろした。

 

 すると、その直後、ガリが怒りの形相で来た道を戻ろうと駆け出し始めたので、ケイオスは慌ててしがみついてガリを止める。

 

「ちょっと、何してんの!? 早く逃げないとあいつらに追いつかれるんだってば!!」

 

「放せやぁぁぁぁ!!! うちは見たんや!! クラムのゼリーが浮かんでたのを!! あいつはまだ生きてる!! 助けにいかんとダメやろがぁぁぁ!!」

 

 どうやら、背負って逃げている間に、あのゼリーをガリも見ていたようだ。しかしながら、あの状態のクラムゼリーを助けにいったところで、もはやどうにもならないだろう。それに、せっかくゼリーで逃げ道を開いてくれたというのに、戻ってしまっては意味がない。

 

「あんたもあの子が出口を指さしたのを見たでしょ!? あの子の気持ちを考えなさいよ!! ここで戻って死ぬことが、ほんとにあの子の望みだと思ってるの!?」

 

「うるっさいわ!! あいつはうちが守ってやらんと。約束、したんや⋯⋯!! そもそも、仲間を見捨てておちおち逃げられるかボケ!! あんたには人の心ってもんがないんか!!」

 

「⋯⋯っ!! 私だって、本当は⋯⋯!!!」

 

 ガリの怒声を受けて、ケイオスの脳裏にああああの顔が浮かぶ。先ほど振り切ったはずの迷いが再び芽生え、その拍子にガリを抑えていた力が緩まり、ガリは即座にケイオスの腕を振りほどき、駆け出していく。

 

 が、しかし。数歩走ったところで、ガリはがくんと力なく崩れ落ちてしまう。その背後からは、すうっと青色の髪の毛が伸ばされていた。

 

「ご、ごめんなさい⋯⋯。このままだと殺される未来しか見えなかったので、無理やり眠らせました⋯⋯。め、迷惑でしたか⋯⋯?」

 

「⋯⋯いや、ありがとう。さあ、早く行こう」

 

 ケイオスは、意識を失ったガリを再び背負う。しかし、進み始めようとしたそのタイミングで、今度は後方からいきなり伸びてきたキラキラ光る物体が、ケイオスとさららの行く手を遮った。

 

「ちょっと、今度はなに!?」

 

「⋯⋯これ、誰かの魔法ですかね。さっき裏口で戦った魔法少女さんと一緒に、魔法の端末と、スケジュール帳⋯⋯みたいなものが、運ばれてきてます。たぶんこれ、ボクたちにこの人を連れて行ってほしいってことですよね。ど、どうしましょうか⋯⋯?」

 

「どうするって⋯⋯。ここまでわざわざ運ばれたら、もう連れていくしかないでしょ。さらら、あんたに任せていい?」

 

「あ、それは大丈夫です。奈子ちゃん、体重軽いので⋯⋯」

 

 さららも既に奈子を背負っているが、ガリと違って、奈子はもう動く気力すら残っていないようで、ずっとうつむいたままだ。それはそれで心配だが、今は気にかけている余裕がない。さららが器用に髪の毛をキューティー☆Eに巻き付けているのを見ながら、ケイオスは今度こそと改めて声をかける。

 

「さあ、早く進もう。さっさとしないと、あいつらが来ちゃう」

 

「──あいつらって、誰のことデスか? ワタシ、ギャシュリーって可愛い名前がありマス。ぜひ、名前で呼んでほしいデス」

 

 ぞぞぞっと一瞬で背筋に寒気が走り、慌てて後ろを振り向く。するとそこには、ニコニコと笑いながら手を振るギャシュリーが立っていた。

 

「はーい、ケイオス!! さっきぶりデスね!! 会いたかったデスよ!!」

 

「⋯⋯私は、二度と会いたくなかったけれどね」

 

 どうする、どうする。このまま二人で逃げるのは、絶対に無理だろう。こちらは、動けない魔法少女が三人もいる。三人を背負いながら、この化け物から逃げられるわけがない。

 

 考えろ、どうすれば、全員が助かる。どうすれば、最悪を回避できる⋯⋯!!

 

 そこまで思考を回したところで、ケイオスはある結論にたどり着いた。自分は、決して頭がよくはない。この状況で全員が助かる方法に思い至ることはない。だが、ここにはケイオスのほかにもう一人、最悪の事態を回避することにかけては誰にも負けない、プロフェッショナルが居る。

 

「⋯⋯さらら、あなたなら思いついているはず。全員がここで死ぬのが、ソイエの最後の願いに反する、最悪の事態。それを回避するには、どうすればいい?」

 

「うう、うう⋯⋯。お、思いついてはいますけれど、でも、ぼ、ボクにはできないですぅ⋯⋯」

 

「私は、さららが何を言っても、決して責めない。だから⋯⋯言え!! 最悪を回避する方法を!!」

 

 さららは、目に涙を浮かべながら、ケイオスと、余裕の笑みを浮かべるギャシュリーを交互に見る。その視線の動きで、ケイオスはさららが何を言おうとしているかを悟った。

 

「⋯⋯アイアイさん、ここで、死んでくれませんか?」

 

「おーけー!! ネガティブな後輩の最初で最後のお願い、先輩が叶えてやるっすよ!!」

 

 ケイオスは、あえていつものふざけた話し方で、さららに応える。さららはその答えを聞き終える前に、ガリを含めた三人を背負い、全力で走り出していた。

 

 最悪は、全員がここで死ぬこと。そして、目の前にいるギャシュリーは、何故かケイオスをお気に入り認定している。誰が残って足止めするか。それは簡単な話であった。

 

「うーん、逃げられちゃったか。まあ、イイね。ワタシ、あの子らよりも、ケイオス、あなたに一番興味ありマスから」

 

「ほう、死神に魅入られたとは、それは僥倖だ。しかし、貴様はまだ知るまい。我の真の名を!!」

 

 死への恐怖は、長年積み重ねてきた中二病ムーブで掻き消す。右手を眼帯に当て、左手は前に出し、くっくっく⋯⋯と怪しい笑みを浮かべ、ケイオスはその名前を叫ぶ。

 

「拝聴せよ!! 我が名は、『♰混沌ノ魔眼(ケイオスアイ・ケイオス)♰』!! この混沌を司る魔眼は、あらゆるものを焼き尽くす闇の邪気眼よ!!」

 

「⋯⋯ケイオス、やっぱりあなた、最高にクールですネ!!!」

 

 ケイオスの瞳から熱光線が放たれ、ギャシュリーの拳とぶつかり合う。閃光と、爆音。煙の中から無傷で飛び出してきたギャシュリーが、ケイオスの目の前に躍り出る。とっさにポケットから魔法のアイテムを取り出そうとするも、その腕を握りつぶされる。

 

ケイオスは、苦痛に呻く暇もなく、振り上げられた拳によって、顎を殴られ、脳を揺らされる。意識は、一瞬で闇の中へと落ちていった。

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 どのくらいの時間、意識を失っていたのだろうか。ケイオスが目を覚ますと、両手両足を激痛が襲う。まったく動かせる気配もないため、どうやら完全に潰されてしまったようだ。

 

「お、やっと目が覚めましたか。ケイオスはお寝坊さんデスね~」

 

 そんなケイオスを上からのぞき込むようにして見つめるのは、ギャシュリーだ。どうやら、自分はギャシュリーに敗北したらしい。しかし何故、まだ死んでいないのか。

 

「ギャシュリー、何故殺さないんですか。私は、別にその顔はいりませんよ?」

 

 その時、ケイオスの耳に飛び込んできたのは、聞き覚えがありすぎる声。一瞬、心が揺さぶられる。それは、ケイオスがマーブルフェイスの魔法を見ていなかったゆえに、抱いた一縷の希望。しかし、それは、即座に否定される。

 

「先生、ごめんなさい。私がふがいないばかりに、何人か逃がしてしまいましたぁ⋯⋯」

 

「あなたのせいではありませんよ。私の可愛い下僕。それと、私のことは、先生ではなく、“ああああ”と呼びなさい」

 

 ケイオスは、怒りのあまり叫びたい衝動に襲われた。その声で、そんなことを言うな。ああああは、ソイエは、自分の名を嫌っている。だから、絶対にそんなことは言わない。侮辱もいいところだ。許せない。

 

 しかし、のども潰されてしまっているのか、声が出せない。そんなケイオスをニコニコと眺めながら、ギャシュリーはケイオスの頭のそばに腰を落とした。

 

「マーブル、ワタシは、名前を聞いてもこの絵本に描かれない子は、殺さないと決めているんデス。そこであなたにメロメロのラブリーバブリーも、あそこで悶えている変態(Tierドロップ)も、名前を聞いてもこの絵本には描かれなかった。だから殺さない。この子たちは、まだ死ぬ運命じゃないからデス。そしてそれは、ケイオス、あなたもそう。だから、生かすことにしました」

 

 ギャシュリーは、胸元から何かを取り出し、それをケイオスの目の前へと持ってくる。キラキラと光の粉を舞い散らすそれは、ケイオスも何度か見たことがある、妖精だ。涙目を浮かべ必死に逃げようともがく妖精の首を、ギャシュリーはぽきりと、呆気なくへし折ってみせた。

 

「さあ、食べてくだサイ。さっき掴まえたばかり、新鮮デスよ?」

 

 ⋯⋯何を、言っているのか。しかし、冗談で言っているのではない証拠に、ギャシュリーはケイオスの口元に死んだばかりの妖精を押し当ててくる。ケイオスは、必死に口を閉じて抵抗した。

 

「むー、ケイオスはワガママですネ。このままじゃ死んじゃいマスよ? 仕方ないデス、それなら、こうしましょう」

 

 ギャシュリーは、妖精をぽいっと自分の口に放り込むと、ばきぼきと音を立ててその小さな体をかみ砕く。そして、何度か咀嚼した後、おもむろにケイオスへと口づけをした。

 

「~~~~~~~っ!!!!?」

 

 ケイオスは必死に抵抗しようともがくが、ギャシュリーは舌を絡ませ、無理やりケイオスの口の中に妖精を押し込んでくる。息ができない、苦しい。妖精を完全に飲み込んだ後も、ギャシュリーの舌は止まらない。ケイオスの口内を蹂躙するように、ひたすら唾液を絡めとられる。

 

 時間にしておよそ一分弱の長い口づけを終え、ギャシュリーは満足げにケイオスから離れる。ギャシュリーとケイオスの唇の間を、一本の唾液の糸がつなぐ。それすらも満足げに舐め取った後、ギャシュリーは笑顔で手を振った。

 

「これでだいじょーぶ!! ケイオスも、ワタシと同じになれマスよ~!!」

 

 うっと吐き気がこみ上げ、とっさに口元に手を持ってくる。その時、つぶれていたはずの腕が完全に治っていることに気づき、ぞっと恐怖を感じた。

 

 そんなケイオスの前には、笑顔のギャシュリー、無表情のああああのニセモノ、マーブルフェイスに、虚ろな目をしたラブリーバブリー、そして何故かこちらを睨んでいる、Tierドロップ。

 

(⋯⋯絶対、こいつらは殺してやる)

 

 ああああを殺され、侮辱されたことへの怒り、そして、ファーストキスを奪われたことへの怒り。全ての怒りを胸に秘め、ケイオスは一人孤独に、決意を燃やすのであった。

 

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