♢お茶たちょ茶田千代
窓から差し込む西日に照らされ、茶田千代は目を覚ました。なんだか、いつもよりも目覚めがよい。柑橘系の爽やかな香りが寝ぼけた頭に、すーっと効いてくる。
「うーん、よく寝たぁ。なんか変な夢見ちゃったなぁ。レンダが急に私の部屋にやってきて、誕生日祝ってくれる夢。なんであんな夢見たんだろ。そりゃ、今日は私の誕生日だけどさぁ。絶対にあんなことやんない後輩に祝ってもらう夢見るとか、どんだけ欲求不満なのよ」
ぶつぶつと独り言を呟くのはいつもの癖だ。だからこそ、茶田千代は洗面所に足を運ぶまで、その違和感に気が付かなかった。
「ん? このコップは昔私が使ってたやつだけれど、こっちは違う⋯⋯。てかなんで、歯ブラシもコップも二つずつあるわけ? どれも、見覚えある方はなんかビニールで包まれてるし」
ん~?と首をひねりながら鏡を見つめる。そこに映るのは、満面の笑みを浮かべた茶田千代の顔だった。
「え、なんで私こんな笑ってるの? 別におかしなことは特に何も⋯⋯いや、あの夢はおかしかったけれど」
んん~?とさらに首を傾げる茶田千代だったが、鏡に映る茶田千代は笑顔でこちらを見つめるまま。さすがにおかしいと思って鏡を触ってみると、そこには確かに鏡はあったが、鏡の上に茶田千代の写真が貼られてあった。
「え~!? 私いつの間に洗面台に自分の写真貼るようなナルシストになっちゃったわけ!? まさか、これも夢!?」
慌ててほっぺを抓ってみると、めっぽう痛い。ならばこれは夢ではないなと一人納得した茶田千代であったが、それはそれで疑問が残る。
「これ、夢じゃない⋯⋯。でも、私はさすがにこんなナルシストになった記憶ないし、ならきっと、ここ私の部屋じゃないんだ。じゃあ、誰の部屋?」
寝ている間に部屋を移されたなんて怖い話だ。降ってわいてきたホラー展開に背筋が凍るが、このままじゃいられない。ここから逃げるにしても、まずは状況を把握しないといけない。
「考えるのよ、お茶たちょ茶田千代⋯⋯! 私は火曜サスペンスを毎週録画して欠かさず見る女。いつも途中で眠っちゃうけれど、きっと睡眠学習で頭に刻まれているはず。名探偵のDNAが!!」
まず、除外していいのはレンダだろう。変な夢の中で誕生日を祝ってくれたいい後輩だ。後半の記憶は曖昧だけれど、こんなことをする子ではない。
怪しいのはドロップだ。あの子、たぶん私のこと舐めてる。それにこの前おやつに持ってきていたカップケーキを目の前で食べられた。許すまじ。
しかし、ドロップは実はフェイク。真犯人は、意外な人物だと相場が決まっている。
「犯人は、意外な人物⋯⋯。そう、それは清掃員!! ラブリーバブリーさん、あの人が怪しいとみた!!」
まだ数回しか話したことがないラブリーバブリー。なんだかおっとりした話し方のいい人っぽい魔法少女だったけれど、そういういい人が実は犯人だったりするのだ。それに、なんだかあの人なら茶田千代でもまだ勝てそうな気がするし。あの人が犯人であってほしい。切実に。
今は、茶田千代以外にこの部屋に魔法少女の気配はない。たぶん、どこかに出かけているのだ。それならば、鬼の居ぬ間に何とやら。今こそがこの部屋の主を特定するチャンスである。
「敵の正体を知るためには⋯⋯やっぱり、このパソコンを何とかして調べないとね」
ずいぶんと機能的なデスクの上には、デュアルモニターのデスクトップパソコンが置かれている。きっと、これを調べればこの部屋の主が特定できるはずだ。
茶田千代は、マウスパッドの上になぜか置かれていたお祝い用のクラッカーをベッドの上にぽいと放り投げると、パソコンの電源を点ける。しかし、画面には「パスワードを入力してください」の文字が、非常な現実を茶田千代に突き付けてくる。
「くっ!! やっぱりパスワードが必要よね。いったいどうすれば解除ができるのかしら⋯⋯。まあ、考えてもわかるわけないし、適当に自分の誕生日でも入れてみよう!!」
むむむと一瞬考えこんだ茶田千代であったが、どうせ考えこんだところで天からパスワードが降って湧いてくるわけじゃなし。思いつく限りの数字をでたらめに打つことを決めた。
「まあ、私のパスワードで解除できるわけないけれどねー! 私の部屋じゃないのにこのパソコンのパスワードが私の誕生日で解除されたら、どんだけ私のこと好きなのよって話で⋯⋯って、解除されてるぅーー!?」
ゆらゆらと両足を揺らしながらこれから始まるであろう長いパスワード解除作業に思いを馳せていた茶田千代は、たちまち解除されたパスワードを見て思わずひっくり返りそうになった。
しかし、これはまだ序の口であった。パスワードが解除され、映し出されたその画面を見て、レンダは今度こそ本当にひっくり返った。
「あぎゃーーー!? いてて⋯⋯びっくりしすぎてひっくり返っちゃったわ。それにしても、何よこれ⋯⋯!! これ、この施設全域を映しているカメラ映像!?」
そこに映っていたのは、見慣れた職場の風景。さらには、職場よりももっと見慣れた茶田千代の部屋の映像も、様々なアングルからばっちりと映されていた。そして、そのカメラの一角に、とんでもないものが映ってる。
「なに、これ⋯⋯? 見たこと無い魔法少女が居るし、それに、なんか血の跡? みたいなのが、いっぱい広がってる⋯⋯。こ、この部屋の外で、いったい何が起こっているの!?」
カメラに映る魔法少女たち。ドロップとラブリーバブリーは分かる。知らないのは、ゴスロリ風のコスチュームの魔法少女と、黒い死神みたいな魔法少女、そして、ジャンヌダルクのような衣装をまとった魔法少女。
特に、恐ろしいのはあの黒い魔法少女だ。その魔法少女の目が、カメラ越しにこちらに向けられた気がして、茶田千代は慌てて映像を切った。
そして、カメラが映らなくなったことで、デスクトップに表示されたあるものに目が留まる。それは、どうやら文章アプリに書かれた日記のようだった。
日記を勝手に読むなんて悪いかなぁと思いつつも、この部屋の主の正体が知りたくて、茶田千代はその日記を開く。そこに書かれてあったのは、まったく予想外の内容だった。
──〇月×日
『今日からこの人事部門で働くことが決まった。出勤時間は朝八時きっかり。スケジュールには一切の乱れなし。私はスケジュール通りに、ただ仕事をこなすのみ』
『初めての仕事が終わった。私の先輩は、お茶たちょ茶田千代さんという人だ。仕事の効率は悪いし、何回かミスはしてたし、なんだか動きが全体的に鈍くさい、変わった人だ。でも、一目ぼれだった。今も、胸のドキドキが収まらない。まさか、これが恋というものなのだろうか。分からない、こんな気持ちは初めてだ⋯⋯』
──□月△日
『今日も茶田千代さんは可愛い。この日は確か、午後からは休みを取ってサスペンスドラマを見ているはずだ。あの人はいつも途中で寝てしまうから、部屋にお邪魔するチャンスだろう。合鍵はこの前作った。あとは、予定通りに進めるだけ。⋯⋯そういえば、なんだか変な名前で申請をしてきた魔法少女がいた。こんな『ああああ』とかいうふざけた名前で本当にいいんだろうか? まあいい。今は優先すべきは茶田千代さんだ。部屋にお邪魔するついでに、パジャマを何着か頂いていこう』
──×月△日
『茶田千代さん茶田千代さん茶田千代さん茶田千代さん茶田千代さん茶田千代さん茶田千代さん茶田千代さん茶田千代さん茶田千代さん茶田千代さん茶田千代さん茶田千代さん茶田千代さん』
──△月〇日
『最悪な予定が立ってしまった。折角、茶田千代さんの誕生日をサプライズでお祝いしようと思っていたのに、まさか、人事部門の魔法少女が全員死ぬなんていう予定が立ってしまうとは⋯⋯。最悪、私の命はどうでもいい。でも、茶田千代さんは。茶田千代さんだけは、何とか助けなければ』
──♢月♢日
『茶田千代さんは、何とか私の部屋にかくまうことができた。誕生日もちゃんと祝えたし、もう心残りはない。⋯⋯いや、本当は少しだけある。本当は、誕生日を祝うときに、私の気持ちを最期に伝えようと思っていた。でも、直接言う勇気がなくて、結局言えなかった。だから、ここに記しておく。愛しています、茶田千代さん。あなたに初めて会ったその時から、ずっとずっと、私のスケジュール帳はあなたへの愛で埋まっていました。あなたと一緒に、未来のスケジュールを埋めていきたい。でも、どうやらそれは叶わないから。どうか、永遠に、健やかに。あなたの後輩、カレンダ・レンダより』
茶田千代は、震える手でデスクトップパソコンの電源を落とした。今見た内容が、とてもじゃないが信じられない。両手を頬に当て、茶田千代は思わず叫んでいた。
「私⋯⋯めちゃめちゃ愛されてるぅぅーーーーー!!!!!!」
茶田千代は、凄く感動していた。きっと、今鏡を見たら、真っ赤になった自分の姿が映っているに違いない。それくらいに、茶田千代はこの日記に込められた溢れんばかりの愛に、心を奪われていた。
「え、じゃ、じゃあ、今朝のあれも夢じゃなかったってこと!? まさかレンダが、私のことをこんなに愛してくれていたなんて!! 確かに、たまぁに私物なくなるなぁとか思っていたけれど!! でも、これもあなたの愛!! 私、しっかり受け取ったからね!!」
ぐっと力強く握られた拳は、しかしその数秒後には、力なく降ろされる。茶田千代の心は、もうレンダの虜だ。完全にやられてしまった。責任を取ってほしい。
でも、この日記を信じるならば、レンダは、もう死んでいる。自分をここまで愛してくれた魔法少女は、この世に居ない。その事実が悲しくて、茶田千代の瞳からはぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
しばらくしくしくと泣き続けていた茶田千代だったが、その泣き声をかき消すように、魔法の端末が着信を告げる。その相手の名前を見た瞬間、茶田千代の涙は引っ込み、目にも止まらぬ速さで応答する。そして、開幕一番、自分の溢れんばかりの愛をその相手にぶつけたのだった。
「レンダ、生きていたの!? 新婚旅行はどこに行こっか!?」